コメディ・ライト小説(新)
- Re: エンジェリカの王女 ( No.32 )
- 日時: 2017/08/05 05:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fqLv/Uya)
23話「誕生日が祝われない?」
「誕生日パーティー中止っ!?」
たった今、王の家臣の一人から信じられないことを告げられ、私は頭が真っ白だ。
こんなことって……。
いよいよ建国記念祭が二日後に迫ってきた。王国は大忙し。でもなんだか楽しい雰囲気でもある。そんな中で明日、私は誕生日を迎える。
毎年私の誕生日には盛大な誕生日パーティーが行われる。この日ばかりは王である父も参加し、みんなで盛り上がるのだ。
例年そのパーティーが建国記念祭の前夜祭のような感じになっているのに、それが今年に限ってないなんて!理由を問いただすと王の家臣は「侵攻の被害が酷くてパーティーどころでないから」と説明した。全部ライヴァンのせいじゃない!
イライラしているところに、エリアスがやって来た。
「王女、何のお話をなさっていたのですか」
「ちょうどいいところに来てくれたわね。エリアス、少し話し相手をしてくれる?」
苛立ちを彼で発散するのはすまない。しかし今は発散しないと爆発しそうだ。彼なら文句を聞かせてもきっと受け入れてくれるはず。
「王女が自ら私に話を?なんだか照れてしまいます」
エリアスは嬉しそうにはにかむ。多少ずれている気もするが彼らしいといえば彼らしい。
流のまま私はエリアスに誕生日パーティーが中止になったことを話した。聞き上手な彼に文句を聞いてもらっていると段々怒りが収まってくる。
「でも不思議だわ。エリアスに聞いてもらったらイライラがましになってきた。ありがとう」
「そんな。お礼を言われるほどのことはしておりませんよ」
エリアスは静かに微笑んでそう言い、それから真剣な表情になって続ける。
「それにしても王女の誕生日パーティーを中止するなど実におかしな話です。理解に苦しみますね。何を考えているのやら」
「まったくその通りだわ。ライヴァンが余計なことしてくれたおかげね」
私は溜め息を漏らす。誕生日パーティー、楽しみにしていたのに。
「では今年のパーティーは小規模で行いますか?」
「小規模?」
「はい。内輪だけで王女の誕生日パーティーを行うのです。ドアの修理も終わっていますし、王女の自室でなら文句は言われないでしょう」
今まで自室で誕生日パーティーはしたことがない。しかし、なんだか楽しそうだ。
「楽しそうね。エリアス、名案だわ。あ……でもヴァネッサが許してくれないかも……」
「アンナ王女!」
ヴァネッサは駆け足で私とエリアスのところへやって来る。
「アンナ王女、誕生日パーティーが中止とは本当ですか!?」
彼女もどこかで聞いたようだ。説明する手間が省けて得をした。
「私も言われたわ。侵攻の被害のせいですって。酷い話よね」
それを聞きヴァネッサは難しい顔をする。
「困りました。もう呼んでしまったというのに……」
「何を呼んでしまったの?」
「パーティーに備えて歌手と手品師を呼びました。そろそろエンジェリカに到着する頃だと思うのですが……仕方ありませんね。キャンセルしてきます」
ヴァネッサは残念そうに言った。彼女は彼女なりにパーティーを盛り上げる用意をしてくれていたのだろう。
「ヴァネッサさん!少し待って下さい」
この場を去っていこうとしたヴァネッサをエリアスが呼び止める。
「王女の誕生日パーティーは行います」
「はぁ?何を言っているの。パーティーは中止だと貴方も聞いていたはずよね」
ヴァネッサは呆れ顔になるがエリアスは気にせず続ける。
「我々だけで王女の誕生日パーティーを開くのです。一年に一度しかない誕生日を祝わないなど、貴女だって嫌でしょう?」
「それはそうね。でも中止と言われれば中止だわ」
エリアスの眉が微かに動く。
「ヴァネッサさん、貴女はどうしてそんなに無情なのです。王女のために何かして差し上げたいとは思わないのですか?」
彼から発されている聖気が珍しく乱れている。表情からは読み取れないが、怒りスイッチが入ってしまっているみたいだ。
「そんなことを言われる筋合いはないわ。そもそも貴方はアンナ王女を甘やかしすぎではないの?」
ヴァネッサは露骨に不快そうな顔をしてエリアスに鋭い視線を向ける。
「そうやっていつも貴方が甘やかすからアンナ王女がまともに成長しないのでしょう!」
何それ、酷い。確かに間違いではないけどいきなり言われるとさすがにダメージを受けるわね。ちょっと傷ついたわ。
「貴女は何を言い出すのです!王女は立派ではないですか!」
堪忍袋の緒が切れたらしくエリアスは激しく言い放った。
「事実を言ったまでよ」
「王女を侮辱するというのなら護衛隊長として見逃すわけには参りません!」
「私は本当のことしか言っていないわ」
「ヴァネッサさん!よく王女の目の前でそのようなことを!」
見るまに空気が気まずくなっていく。喧嘩しているのは二人なのに、なぜか私が一番この場にいづらい。
「はいはーい。そこまでー」
二人の言い合いを、突然呑気な声が遮った。ノアだ。
「ヴァネッサさん!エリアス!無意味な喧嘩は止めようね!」
ジェシカの明るい声が続く。
「ジェシカさん!ノアさん!」
今の私には二人が救世主に見えた。まるで今までずっと隠れて見ていたかのようなナイスタイミング。
「二人が喧嘩してたら王女様が泣いちゃうよー」
「そうそう!仲良くしようよ。王女様もその方がいいと思ってるよねっ!」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.33 )
- 日時: 2017/08/06 00:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: yl9aoDza)
24話「可愛いから仕方ない」
ジェシカとノアが現れたおかげでエリアスとヴァネッサの喧嘩はなんとか収まった。しかし話についてこれないジェシカらに、私は何が喧嘩の発端となったのかを説明する。
「そっかぁ、そういう流れで喧嘩になっちゃったんだね」
ジェシカは明るく言うが、エリアスとヴァネッサはまだ不満そうな顔のままでいた。仲直りはしばらくできそうにない。
「エリアスは王女様のこと大好きだけど、ヴァネッサさんはどちらかというとお母さんって感じだもんね」
「教育方針の差かなー」
今は客観的な判断をしているジェシカとノアがとても大人に見える。エリアスとヴァネッサはどちらも譲らない、もはや子どもの喧嘩だ。
「……アンナ王女はいずれ女王になりますから、立派に成長していただきたいのです。そのためにまず慎重に考え行動する力を身につけていただかなければなりません」
先にヴァネッサが主張した。
「まだ言うか!」
「はいはーい、落ち着いてー」
激昂して反論しかけたエリアスをノアが宥める。制止されたエリアスは仕方なく言葉を止めるが、瞳はまだ怒りで揺れていた。放出されている聖気からも怒りの感情がひしひしと伝わってくる。
「隊長、落ち着いてー」
ノアは今にも暴れそうなエリアスを宥めつつ苦笑した。
「今日は聖気が尋常じゃないね!エリアスよっぽど怒ってる」
ジェシカも少し引き気味だった。
とにかくエリアスの怒りをなんとかしないと、と考えているうちにふと良い案が閃く。恐らく成功するであろう比較的お手軽な方法だ。
ゆっくりとエリアスに歩み寄り、彼の前に手を差し出す。
「……王女?」
急なことにきょとんとした顔をする。
「握手しない?」
私が手を差し出したまま言うと、彼は両眉を上げる。
「……何事ですか?」
意図が理解できないらしい。よし、それでいい。
理解するにも和解するにも、まずは怒っている状態をどうにかしなくてはならない。そのためには訳の分からないことを起こすのが一番だろう。一旦落ち着けば少しは冷静になって話を聞けるはず。
「私が未熟だっていうのは本当のことよ。だからエリアス、もう怒らないで。これ以上きついことを言わないで。お願いだから、喧嘩するのは止めて!」
するとエリアスは何か言いたそうな顔で俯く。
「……何か言いたいの?」
私は彼の顔を何気なく覗き込み愕然とした。俯いている彼の顔がとても辛そうだったから。食いしばった唇、ピクピク動く眉頭。涙を流しているわけでもないのに、とても悲しそうだ。
きっとエリアスにはエリアスの考えがあったのだろう。思い返せば彼はずっと私を護ろうとしてくれていた。ヴァネッサに「成長しない」と言われて私が傷つくことを心配してくれていたのだ。
それなのに私は何も考えず、自分が言いやすいエリアスだけに、喧嘩を止めるように言ってしまった。でも今更後悔しても遅い。一度言ってしまったことは後悔しても消えない。
エリアスは私に言われたら何も言い返せない。例え思うところがあったとしても、私の言動が私自身を傷つけることでない限り、決して言い返さないだろう。彼は何より私が幸せにいることを望んでいるから。
「最低ね……」
私は無意識に呟いていた。
心から自然に湧いてきた純粋な言葉だった。
エリアスが顔を持ち上げて、驚いた顔で私を見る。
「私、何も考えずに……ごめんなさい」
「あの、一体何を?」
「エリアスは悪くないのに、それなのに……」
「待って下さい。王女」
エリアスが肩を優しく掴んでくる。
「貴女は何を責めておられるのですか?私はただ、王女が健やかにすごせるようにと、護衛隊長として取り組んでいただけのことでして……」
色々言っているが、どうやらなかなかまとまらないようだ。
「隊長は不器用だねー」
「うん。面倒だねっ」
ノアとジェシカが呆れた顔で言っていた。
「貴女は何も悪くない。だから泣かないで下さい。王女が泣くところは見たくありません」
どうしてそんな風に優しくするの。私は貴方を傷つけたのに貴方は……。
優しくされればされるほど、胸が締め付けられて苦しい。
「甘やかしていると言われても構いません。私は護衛隊長として貴女の幸せに貢献したい」
エリアスは真剣な顔でそんなことを言う。
「ほぇぇ……」
「いやー、何だか楽しいねー。えっと、こういうのはー、ロマンチスト?」
「ロマンチック、ね」
「うん。ロマンチックだねー」
ジェシカとノアののんびりした会話が耳に入ってくる。
「エリアス……悪いのは私よ。私は自分の都合で貴方を責めそうになった。ごめんなさい。それは謝らせて」
一度謝らないと自分の中の後悔を拭えそうになかったから。
「構いません。王女の思いを考慮せず喧嘩をした我々にも問題があったのです」
それから彼は黙っているヴァネッサに目をやる。
「ね、ヴァネッサさん。王女の前での喧嘩はこれきりにしましょう」
「……バカらしい。私は何も間違っていないわ」
ヴァネッサはまったく和解する気がない様子だ。
「えぇ、貴女は間違ってはいません。すみませんでした。けれど私はこれからも王女を甘やかしてしまうでしょう」
少し間を開けて続ける。
「なぜなら私は王女が可愛くて仕方ないからです」
これにはさすがのヴァネッサも驚愕していた。
- Re: エンジェリカの王女 《2節スタート!》 ( No.34 )
- 日時: 2017/08/06 21:08
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: lyEr4srX)
25話「和む空気」
「さーて!じゃ、今から王女の誕生日パーティーの計画を立てよーうっ!」
ジェシカが拳を突き上げ、高らかに宣言した。
私の自室にはジェシカとノア、エリアス、ヴァネッサ、私を含めて五人。それほど大人数ではないが私の部屋に入るにはやや多い人数だ。
「わーい。立てようー」
ジェシカの掛け声にノアだけが返事をした。ただし、とんでもない棒読みで。
エリアスとヴァネッサの間にはまだ奇妙な空気が流れている。一応喧嘩は落ち着いたものの、そう簡単に仲良くはできないようだ。いや、そもそも二人は仲良くなかったか。
「確か、ヴァネッサさんは歌手と手品師を雇ったんだよね!」
ジェシカは張り切って芯を取っている。
「ええ。まもなくエンジェリカに到着する頃と思われます」
ヴァネッサは素っ気ない淡々とした調子で答えた。表情も笑みのない冷淡なものだが、それは彼女としては普通のことだ。機嫌が悪いわけではない。
「じゃあ歌と手品の出し物はできるかな!うーんと、それ以外に何か……」
「しりとり大会とかはー?」
ノアが安定のまったり口調で提案する。
「しり、とり?」
私はしりとりなんてものは聞いたことがない。気になったので尋ねてみた。
「しりとりはしりとりだよー」
適当な返答をしかけたノアの頭をパシッと叩くジェシカ。
「適当な答えダメ!王女様、しりとりっていうのはね、人間の娯楽なの」
そういえば前にヴァネッサから、ジェシカとノアは地上界へ言っていたと聞いた。だから地上界の文化に詳しいのだろう。
「人間の娯楽?」
王宮の外を出歩くことすら滅多にない私からすれば、地上界へ行くなんて夢のまた夢だ。地上界へ行きたいなんて言っても、まず王が許さないし、ヴァネッサも危険だからと止めるはずだ。
「そうそうっ。地上界じゃ有名な遊びで、相手が言った言葉の一番後ろの文字から始まる言葉を言うの!それと最後に【ん】がつくのも禁止ね!」
そして、早速やってみよう、という流れになる。
「さっ、王女様からどうぞっ」
ジェシカに振られたので取り敢えず言ってみる。
「アンナ!」
その直後。
「エリアス」「ヴァネッサ」
ほぼ同時に二人が言った。
いやいや、順番を守ろうよ。しかも二人ともしりとりできていないし。
「うーんとねー……」
ノアが頭を押さえて言いにくそうな顔をしつつ控えめに口を開く。
「二人ともしりとりになってないよー」
「違うのか?」
エリアスは首を傾げる。
「相手が言った言葉の一番後ろの文字から始まる言葉を言う!だからアンナの次は【な】からの言葉じゃないといけないってこと!」
改めてもう一度説明するジェシカ。
「そうか。ではどうするか……よし。ナイン、でどうだ」
「【ん】で終わるものはいけないと言われたじゃない」
的確な指摘をしたのはヴァネッサ。今回は彼女が正しい。
「ルール説明ぐらいちゃんと聞きなさいよ」
ヴァネッサが一言余計なことを付け加える。だがエリアスは怒ることなく、逆に、ふっと笑みをこぼした。
「……その通りですね」
いつも真剣なエリアスが笑みをこぼしたことで場の雰囲気が一気に和む。
「これで大丈夫だねー。ジェシカ、もう誕生日パーティーの話し合いしていいよー」
ノアは右サイドの髪を指で触りながら何食わぬ顔で言った。 もしかして空気を和ませるためにしりとりなんてさせたのか?と思ったが、本人に尋ねてみても軽く流されて終わりそうなので聞くのは止めた。場が和んだのだからそれでいい。
「よっし!じゃあ気を取り直して……」
ちょうどその時、ドアをノックする軽い音が聞こえた。ヴァネッサが静かに立ち上がる。
「様子を見て参ります」
ドアを開けたヴァネッサの向こう側に平凡な女性使用人が立っているのが見える。きっと連絡でも伝えに来たのだろう。少しするとヴァネッサはその使用人との話を終え戻ってきた。
「何だった?ヴァネッサ」
私は尋ねてみた。
「雇っていた歌手と手品師が到着したそうです。一度こちらへ呼ぶように指示しました」
「おーっ。いいねいいねっ」
ジェシカは楽しそうに体を揺らす。少女の姿と相まって子どもみたいで可愛らしい。
「あたし、生の歌手を見るのって初かも!楽しみっ。王女様も初めてじゃない?」
私は式典や晩餐会の余興で見たことがある。
「ジェシカさん、私は見たことあるわ」
「え、そうなの?いいなーっ!あたしも早く見たいよ!」
そんな他愛ない話をしばらく続けていると、少しして再び軽いノック音が響いた。
「これはもしかしてっ!?」
「ジェシカ、落ち着きなさい」
キラキラと瞳を輝かせ今にも飛び出ていきそうなジェシカをエリアスが押さえる。
だが私もどんな人か気になっていたので、ついドアの方を凝視してしまっていた。
「ヴァネッサー!久しぶりネ!元気にしてたー!?」
急に騒がしいぐらいの大声が聞こえる。それとほぼ同時にヴァネッサに抱きつく影があった。
「アンナ王女、それから皆さんにも。紹介します。彼女が歌手のラピスです」
紹介されたのは色気のある大人びた女性だった。
「アタシはラピス。皆さん、これからしばらく、よろしくお願いシマス!」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.35 )
- 日時: 2017/08/07 18:59
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 9j9UhkjA)
26話「手品師は魔道士」
ヴァネッサが雇った歌手ラピスは色気のある大人びた女性だった。サラリとした長い金髪に瑠璃色の長いワンピースが似合っている。一方声は快晴の空みたいに晴れやかで、表情はとても明るく華やか。とにかく外見と中身のギャップが激しい。
「今は宮廷歌手をしてマス!ヴァネッサとはもうずっーとの友達なのデス!つまり、一番の大親友ってやつデスヨ!」
エンジェリカの天使たちとは一味違う世界観がある。
「単に天界学校時代の知り合いなだけです」
「エーッ!?ヴァネッサ、何を言い出スノ!お風呂入ったり、ご飯食べたり、一緒に寝たりしてたデショー!」
ラピスは外見に似合わず騒々しい。よく喋るうえ声が大きく、しかも独特な発音。本当に歌手なのか……?と疑ってしまいそうだ。
「お互いに羽のマッサージしたり、口紅を塗りあったり、一緒にダンス踊ったりしたデショー!もしかシテ、忘れたのッ!?」
……後半が意味不明だ。
ラピスにあらゆるところをペタペタ触られ、ついにヴァネッサの怒りが爆発する。
「そんなことはしてないっ!!」
「痛イ」
ヴァネッサは口を歪めてラピスをバシバシしばいた。彼女がこれほど躊躇いなく他者をしばくのは初めて見る。そこから二人の親しさが窺えた。
「止めテー!相変わらず冗談が通じないネ」
なんというか……いろんな意味で凄い関係だ。今まで何人もの歌手を見てきたが、こんなタイプは初めてかもしれない。こんなに活発だとは想像していなかった。
「二人が親しいのはもう分かったよ。それで、後ろにいる男の人は誰なの?」
ラピスとヴァネッサの騒がしいやり取りに注目してしまい気づかなかったが、よく見ると二人の後ろに男性がいた。黒いスーツに身を包んだミステリアスな雰囲気だ。
「初めまして!あたしはジェシカ。アンタ誰?」
もはや気が散っているジェシカが男性に近寄り尋ねる。
「……フロライトという」
黒ずくめの男性は無表情のまま低い声で小さく答えた。
「ふぅん、なんか感じ悪いやつだね。ま、よろしく」
さすがにストレートに言いすぎでしょ!
心の中でそんな突っ込みを入れつつ不安を抱いて様子を見ていたが、フロライトは怒ったり不快な顔をしたりは一切しなかった。ただ眉一つ動かさず真顔のままだ。
「……よく言われる」
そんなことを言うものだから、実はいい天使なのかもと思ってしまった。いや、本当にいい天使なのだろう。
だから私は勇気を出して話しかけてみることにした。
「初めまして、アンナです。よろしくお願いします。フロライトさんは手品師なんですか?」
フロライトはすっかり黙り込んでしまう。でも怒っているのではないと分かるから怖くはない。きっと彼は今頭の中で何を言うか考えているのだ。
かなり長い時間が経過した後、彼はようやく口を開いた。
「魔道士……でもある」
これだけ時間をかけて出てきた言葉はこれだけだった。
「そうなの!魔道士ってことは魔法が使えるの?」
彼は小さく頷く。つまりイエスという意味なのだろう。
それにしても魔法だなんて、何だかウキウキしてくる。
「じゃあ手品師っていうのは、魔法で手品をするということなのね?」
フロライトはまた少し考え込み、さっきよりは短い時間で頷いて答えた。
「……手品には魔法も多い」
さっきよりは延びているもののまだ一文だった。
「貴方って何だか可愛いわね」
たいして会話していないのに不思議なことに段々愛着が湧いてくる。男性に対する感情というより、臆病な動物を可愛がる心境に近い。
「……初めて言われた」
嬉しさと恥じらいの混ざったような顔で視線を逸らす。
「おぉ!王女様、扱えてる!」
私とフロライトがぎこちなくも意志疎通できているのを見たジェシカが驚いている。
「もう離れて!」
「うー、やっぱつれないネ」
ヴァネッサとラピスはまだ騒いでいたようだ。
「とにかく、パーティーは明日です。ラピス、それとフロライトさん。お二人には客室を用意しておりますので、そちらへ」
フロライトはヴァネッサに視線を向け一度だけ小さく頷く。
「ヴァネッサが直々に案内してくれると嬉シイナ!」
「使用人に案内させます」
ヴァネッサが淡々とした口調ではっきり言ったのでラピスは肩を落としてがっくりした。
「すぐに呼びますからしばらくお待ち下さい」
フロライトは黙ったまま、また小さく顎を引いた。本当にどこまでも口数の少ない天使だ。
ヴァネッサはフロライトにだけ軽くお辞儀をしてそそくさと部屋から出ていく。
「ヴァネッサは相変わらず冷たいデスネーッ!」
ラピスは頬を丸く膨らませて大きな声で冗談半分に愚痴を漏らしていた。
そして待つこと数分、特徴のない平凡な女性使用人が一人部屋に現れた。
「お迎えにあがりました」
彼女は部屋の外で一言二言ヴァネッサと言葉を交わし、それからその場でラピスとフロライトを呼んだ。
「わざわざ離れたあそこから呼ばなくても、普通に入ってこればいいノニネ!それじゃあ王女様に皆さん、バイバイデス!」
ラピスは明るい笑顔で大きく手を振り、女性使用人の方へと歩いていった。
彼女がいなくなってから私は思わず息を吐き出した。華やかで美人、それでいて気さく。悪い人ではないし嫌いではない。だが騒がしいので、得体の知れない疲労感を感じた。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.36 )
- 日時: 2017/08/08 01:50
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: nEqByxTs)
27話「エンジェリカの夢」
その夜、また夢を見た。
見上げた空は赤く、辺りには灰色の煙が立ち込めている。建物だったのだろうと思われる石片がところどころに散らばっている。荒れ果てた廃墟に私一人だけが立っていた。
「お前はすべてを滅ぼす」
どこからともなく静かな声でそんなことが聞こえてくる。この声には聞き覚えがある。あの黒い女だ。しかし今回は辺りを見回してみても彼女の姿は見当たらない。恐らく彼女はまた私に夢を見せるつもりなのだろう。何度目かなので大体予想はつく。
ふと足下に目をやると、二人の小さな子どもの天使が追いかけあって遊んでいた。無邪気に笑い声をあげているが、その体は本体がないかのように透けて向こう側が見えている。
それから顔をあげると、あちこちを体の透き通った天使が歩いていた。誰もが幸せそうに笑ったり話したりしている。忙しそうに荷物を運ぶ者、二人で喋りながら買い物をしている者。みんな普段通りに当たり前の日常を送っている様子が窺える。明らかに不自然な気になるところはない。ただ一つ、体が透き通っている以外には。
「アンナ。お前は選ばれた。それゆえにお前は、このエンジェリカを終わらせる天使となる」
また黒い女の声が静かに響いた。そして、その声が消えると同時に、辺りを行き来していた天使たちはいなくなった。
赤黒い世界の向こう側から誰かが歩いてくる。
「……誰?」
遠くてよく見えない。
誰かはゆっくりと重い足取りで進んでくる。その人物が十メートルぐらいの距離まで近づいてきた時、私は初めてその人物の顔を視認することができた。
「エリアス……?」
ところどころ破れた白い衣装には赤い飛沫と黒い煤がこびりついている。立派な羽も傷ついて見るにたえない状態だ。だがそれでもその青年がエリアスだと分かった。
彼はまだ直進してくる。負傷したらしい片足を引きずるようにしてゆっくりと歩く。
「エリアスなの?」
声をかけても反応はない。どうやら聞こえていないようだ。
距離が近づくにつれ、顔まではっきり目で認識できるようになる。肌は灰で黒く汚れ、額から細い一筋の赤が伝っていた。唇は少し開き荒い呼吸をしている。
「ねぇ、聞こえないの?」
もう一度声をかけてみても反応は一切なかった。
その時、不意に彼は立ち止まった。虚ろな瑠璃色の瞳が私を捉える。彼はしばしじっと私を見つめていた。すがるような瞳が私を捉えて離さない。
それから少しして彼は片手をこちらに伸ばす。まるで私に手を差し出すかのような位置に。 私は彼の手に触ろうと手を出してみる。しかし私の手は空を切るだけだった。彼もまた他の天使たちと同じ、透明だったのだ。
彼はしばらくすると伸ばし続けていた手を下ろす。そしてとても寂しそうに笑った。
「……そうか」
初めて彼が口を開く。今にも消え入りそうな微かな声だが確かにエリアスの声である。
「話せるのね!エリアス、こっちよ!私はここに」
「……貴女はもういない」
彼のかすれた声が遮る。私の言葉は届いていないらしい。
途端に彼は膝から力なく崩れ落ちた。
「……王女、私も貴女と共に……逝けたなら良かったのに」
一体何があったというの?私は確かにここにいるのに、エリアスには私が見えていない。
「……懐かしいな。あの時……貴女がこの場所で……」
エリアスは地面に倒れ込んだまま悲しそうな笑みを浮かべ、うわごとのように一人話す。
「……私の手を……とって、私に……未来を、希望を……護衛隊長に……なるようにと……」
そして彼は天を仰ぐ。
「王女の傍にいると……そう誓ったのに……。私は!なぜ私だけが!……私にはもう……何もないのに……」
どんな俳優より、どんな芝居よりも、彼の生々しい叫びは胸を締めつける。
「一度だけ……もう一度だけ、王女に……王女に会いたい。別れを告げる……それだけでも……それだけでいい……だから、だからどうか……」
彼はそれからもずっと同じようなことばかり繰り返す。叶うはずのない願い、届くはずのない想い。そればかりを一人で何度も繰り返す。目の前の彼は完全に精神が壊れていた。
「これは本物ではない」
背後から女の声がして振り返る。そこにはいつもの黒い女がニヤリと笑みを浮かべて立っていた。
「一体何なの?こんなもの見せて……彼は誰なのよ」
「お前のよく知った男だ」
「じゃあ本当にエリアスなの?でも、どうしてあんなことに」
私はあんなエリアスを知らない。見たことがない。だからもしこれが仮に夢だとしても、あんなエリアスは見ないはずだ。
女は真っ赤な唇を動かす。
「言っただろう、これは本物ではない。だがその男ではある」
「意味不明よ」
私には彼女の言う意味がさっぱり理解できなかった。
「そうか。では分かりやすく説明しよう」
そして彼女は私の返答を待たずに続ける。
「ここは未来のエンジェリカ。お前が滅ぼした後の世界だ」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.37 )
- 日時: 2017/08/08 23:54
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: sThNyEJr)
28話「夢から醒めて」
そこで目が覚めた。
視界には自室のベッドで目覚めた時に目に入る天井とヴァネッサの顔。
「おや、起きられましたか」
寝惚け眼を擦りつつ話す。
「うん。ヴァネッサはどうしてここに?」
「うなされているようでしたので様子を確認しておりました」
「確認って変ね」
「はぁ、そうでしょうか」
私は上半身を起こし、「やっぱりさっきのは夢だったのか」と頭を巡らせる。
「何か夢でもご覧になっていたのですか?」
「うん……おかしな夢だった」
するとヴァネッサは首を捻り若干興味を持ったらしく尋ねてくる。
「どのような?」
私は一瞬夢の内容について話すことを躊躇った。だが悪い夢ほど他人に話した方が良いという言い伝えを思い出し話すことにした。
「たった一人で荒れ果てた廃墟にいるの。そしたらそこにボロボロなエリアスが来てね」
ヴァネッサは興味深そうに聞きつつ意見を述べる。
「ボロボロ?それは想像できませんね。エリアスをそこまで傷つけることが可能な者は、天使にも悪魔にもほとんどいないでしょうから」
それはその通り。エリアスが負けるはずないことは私も分かっている。
「貴女と共に逝けたなら、なんて私が死んでしまったみたいなことを言うの。それからもずっと、もう一度会いたいとか同じようなことばかり繰り返して。まるで気が狂れたみたいに」
「それは……。確かに、妙な夢ですね」
彼女にも意味は分からないようだ。
「エリアスが心配ですか?」
ヴァネッサはそう言った。表情からバレていたのかもしれない。確かに私は彼を少し心配していたから。
「ヴァネッサには何もかもお見通しってわけね」
「長い付き合いですから」
私が赤ちゃんの頃から近くにいたヴァネッサだ、顔色で考えが読めても変な話ではない。むしろ当然と言える。
「エリアスを呼びますか?」
彼女は平淡な調子で問う。
「でも夜だし寝てるんじゃないかな。こんなことで起こすのは可哀想だわ」
「まさか。アンナ王女がうなされているというのに呑気に寝ているはずがないでしょう」
つい失念していたが、そういえばエリアスは私に関してだけは極度の心配性なのだった。
「外にいるので呼んできます。少し待っていて下さい」
ヴァネッサは椅子から立ち上がるとエリアスを呼びにドアの方へ歩いていってしまう。私はベッドの上で静かに待つことにした。
「王女!」
ドアが開くとエリアスが駆け込んでくる。歩幅が大きいのですぐにベッドまでたどり着く。
「王女、悪い夢を見ていたと聞きましたが、本当ですか。今はもう平気ですか?」
「えぇ、もう大丈夫。あのね、エリアス。聞いてもいい?」
彼は安堵の溜め息を漏らし、それから私に視線を向ける。
「はい。何でしょうか」
こんなことを聞くのは躊躇いがあるが、一応確認しておきたかったのだ。
「もし、なんだけど」
「はい」
「私が死んだら、エリアスはどんな気持ちになる?」
するとエリアスは顔をひきつらせる。
「なっ……!王女、一体なぜそのようなことを」
「私が貴方を残していなくなったら、どう思う?」
「そんなこと!そんなこと、絶対にありません。あるはずがないでしょう!」
この反応を見て分かった。夢の中で黒い女が見せたエリアスはやはりエリアス本人だ。もし私がいなくなれば、彼があの状態になる可能性はかなり高い。
「これだけ覚えていて、エリアス。もし私が先に死んでも、貴方には生きてほしい。私はそう願うわ」
エリアスには生きて、ずっと覚えていてほしい。きっとそう願うだろう。
「そんなことは起こりません。私が生きている限り、貴女には傷一つつけさせません」
彼は真剣な表情で言った。
「分かってるわ」
あまり暗い雰囲気になるのも嫌なので私は笑みを浮かべる。
「私はもしもの話をしただけ。貴方の強さを疑っているわけじゃないのよ」
ヴァネッサも言っていたが、エリアスを倒せる者なんてそういない。だから彼が私を護ってくれる限り、彼より先に私が死ぬことはないだろう。
「はい。何でも私にお任せ下さい、私は貴方の護衛隊長ですから」
彼はやたらと護衛隊長であることを押し出してくるが、それを聞くたびいつも思うのだ。
もし護衛隊長でなくなったら、彼はもう私の傍にはいてくれないのか——、と。
「それではもう時間も遅いことですし失礼しますね。お会いできて良かったです」
彼は整った顔に柔らかな笑みを浮かべてお辞儀する。そして部屋から出ていこうとした——彼の服の裾を私は無意識に掴んでいた。
「王女?」
目を数回ぱちぱちさせるエリアス。長い睫毛のせいでただのまばたきが目立つ。
「エリアス……もうちょっとだけここにいてくれない?」
私は遠慮がちに口を開いた。こんな夜分に引きとめるのは望ましくないが、今は傍にいてほしいと心から思った。
エリアスは少し離れたところで様子を眺めているヴァネッサに目をやる。恐らく許可を得ようとしているのだろう。
「今夜は許可します」
エリアスの言わんとしたことを察したらしくヴァネッサは言い放つ。淡々とした声だ。
「では王女。許可が出ましたので、喜んで貴女の傍に」
彼はベッドのすぐ横にある椅子に腰かけて微笑む。それは、とても幸せそうな笑みだった。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.38 )
- 日時: 2017/08/09 19:47
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: b9FZOMBf)
29話「二人の夜」
「今日は星が綺麗ね」
ヴァネッサが空気を読んで出ていってくれたおかげで、夜の自室でエリアスと二人きり。暗い空に瞬く星たちを眺めながら何げなく話す。些細なことだがお泊まりイベントみたいで心が弾む。不思議な感じだ。
「はい。王女と二人で夜空の星を見る日が訪れるなど考えてもみませんでした」
エリアスは椅子に座ったまま覗き込むように窓の外を眺めている。まるで幸せな夢を見ているかのように。
「そういえば王女。もう貴女のお誕生日になっていますね」
言われて壁に掛けられた時計に目をやると確かに夜中になっている。少し寝ただけで起きたのでそんな気はしないが、もう誕生日の日が始まっていた。
「王女、お誕生日おめでとうございます」
エリアスは温かな声で静かに言う。そして優しく私の手を取ると、その手の甲に唇を当てて軽くキスをした。
「……っ!?」
え、何?一体何事?
私は彼の突然の行動に戸惑い硬直する。恥ずかしさと気まずさで思わず視線を逸らす。
エリアスがこんな積極的なことをするのは初めてだ。今までは近くにいても触れてくることはほとんどなかったのに。
「えっと、これは一体、どういうこと?」
ようやく硬直状態が治り彼に視線を向けると、彼は頬を赤く染めて恥ずかしそうな顔をしていた。見たことのない表情をしている。
「……すみません。こういうことをするのは初めてなもので」
確かにエリアスから女性の話を聞いたことはない。だからキスなんてし慣れていないのだろう。それは分かるが、彼が言ったことでは私が尋ねた質問の答えにはなっていない。
「それは分かるけど、どういう意味でこんなことを?」
「……はい。実はですね、王女に何か特別な誕生日プレゼントを、と考えていたのです。護衛隊長として可能な範囲で珍しいプレゼントをできればと思いまして。この方法なら忠誠を誓うという意味にもとれますから、咎められることもないかと」
いやいや、二人きりの場所だとさすがにまずい気がするけど?だが確かに唇にキスをしたというよりかは言い逃れの余地がありそうな気もする。
「ですが……やはり恥ずかしさが拭えませんね」
一体何言ってんの?という感じだ。今日はエリアスは明らかにおかしい。いつもの彼ならこんなことはしない。まさか、二人きりになって箍が外れた?
「エリアス、今日は何だかちょっとおかしくない?」
まだ初々しく赤面している。
「……はい。少しおかしいかもしれません。女性と二人になるのは初めてなもので……それも貴女と、ですから」
「一応言っておくけど、そういうことをする気はないわ」
念のため言っておく。別にエリアスを信頼していないわけではないが本当に念のため。
「それはもちろん。確と承知しております」
彼はその時ようやくいつものように微笑んだ。
「私は王女に必要としていただけたことが嬉しかったのです。それ以上は望みません」
エリアスは護衛隊長で、いつも私を護ってくれる。大切にしてくれる。でもその関係は彼が護衛隊長でなくなった瞬間に失われるのではないかと心配していた。
しかし私たちの関係はきっとそんなに寂しいものではない。今はそれが分かる。こうして傍にいて話しているだけで心が温かくなってくる。立場だけの関係なのならこんなに温かくはないと思う。
「そういえばエリアス。今更かもしれないんだけど、首の傷は完全に治ったの?」
尋ねたのはライヴァンと初めて出会った時にエリアスが受けた傷のことだ。
「えっ?」
彼は微かに驚いた顔をする。
「ほら、ライヴァンにナイフで斬られたところ。深くなかったって言ってたけど、あのまま治ったのかなって」
本当に今たまたま思い出したので尋ねただけだ。
数秒間があって、彼は優しく天使のように微笑む。……実際に天使だけど。
「はい。ほぼ完治しました。もう忘れていたぐらいです」
答える直前ほんの数秒の沈黙が気になるが、恐らくそれに深い意味はないだろう。疑惑を抱く心はすぐに消えた。
「そっか。でも、良かったわ!私のせいで傷が残ったりしたら一大事だものね」
「それは男が女性に対して言うことでは?」
「一般的にはそうかもね」
私はエリアスの美しい容姿に傷がつくのは嫌だ。彼の魅力が容貌だけだと思っているわけではないが、その整った美しい容貌が彼の魅力をぐっと引き上げているのは確かである。
「でもエリアスはそこらの女性天使たちよりずっと綺麗だわ。例えば晩餐会に来るあの嫌な女!女だけどエリアスよりずっと品がないし不細工でしょ!」
エリアスは手を添えて口を隠すようにしつつ笑った。あの嫌な女のことはエリアスもよく知っている。
「ヴァネッサとかジェシカさんとかは綺麗だったり可愛かったりそれぞれの魅力があるけど、そこらの女性使用人たちなんてみんな同じ顔よ」
「私も見分けられません」
「やっぱり?でしょー!」
なんだかんだで私たちは他愛のない会話に戻った。
私の心の中にあったものが一つ消えた。それはいつかこの関係が終わってしまうのではないかという不安。しかし私たちには立場なんてものを越えた強い友情があった。私の不安は必要ないものだったのだ。
だから二人はこの先もずっと、こんな風に笑いあっていけるはずね。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.39 )
- 日時: 2017/08/09 23:21
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: XGjQjN8n)
30話「かつて憧れたもの」
あの後少し話してからエリアスは帰ったのだが、結構あまりしっかりとは眠れなかった。おかげで物凄い眠気であくびが止まらない。折角の誕生日なのに見事な寝不足である。
目を覚ますべくベッドのすぐ横にある白いカーテンを開け放つ。よく晴れている。太陽の光が肌を刺すように降り注ぎ、その眩しさに寝起きの目を思わず細めた。次に窓を開けると、心地よい風が吹き込んできた。爽やかな自然の香りを含んだ風が髪を激しく揺らす。今からセットするとはいえあまり髪が乱れるのは嫌なので、一回深呼吸をして空気を吸ってから窓は閉めた。カーテンを開けるだけで十分だ。
こんな心地よい日は誕生日にぴったり。少し日差しが強すぎる気もするが、曇り空や大雨よりはずっといい。
「起きられましたか。おはようございます、アンナ王女」
鏡台を布拭きしていたヴァネッサが手を止めて言った。鏡は曇り一つないくらい綺麗に磨かれている。
「誕生日パーティーの支度を致しましょう。お召し物はいかがされますか?」
「今日はミントグリーンのドレスがいいかな……」
私はまだ眠くてあくびが連発する。
ヴァネッサはクローゼットからミントグリーンのドレスを取り出した。
「こちらですね」
胸元は比較的大きく開いているが、そのくらいの方が目も覚めるだろう。
「それでは着替えられるようになれば仰って下さい」
私は大きく天に向かって両腕を伸ばす。つまり、背伸び。起床直後の背伸びはなかなか気持ちのよいものだ。
「もう今から着替えるわ」
「やけに早いですね。いつもならベッドへ潜ってもう少しもう少しと仰いますのに」
「止めて。言わないでよ」
眠くても準備できる理由なんて一つしかない。誕生日パーティーが特別楽しみだから。ただそれだけのこと。
私は早速ドレスへの着替えを開始する。
ミントグリーンのドレスは私のものにしては大人っぽい。袖は肘まで、丈は眺めだが直線的なラインなのでそれほど派手な感じには見えないだろう。このドレス、地味なようだが実は生地が凝っている。ミントグリーンの薄い生地をよく凝視すると分かるが、生地と同色でうっすらと蔓が刺繍されている。
「……昨夜、エリアスと何かありました?」
背中の長いチャックを上げ終わりリボンを結んでいたヴァネッサが唐突に尋ねてきた。
「えっ?」
多分動揺した顔をしていたと思う。ヴァネッサにいきなりそのようなことを聞かれるとは予想していなかった、というのもあるし、昨夜エリアスにキスされたなんて彼女に言えるわけないという焦りもある。手の甲でもキスはキス、ヴァネッサが知れば怒りの雷が落ちるだろう。
「何をしていたのです?」
ヴァネッサの顔が怪しむ表情に染まっていく。
とにかく、とにかく何か答えないと……!時間が立てば立つほど怪しく思われる。
「き、昨日ね……そう!話していたの。星空について!」
無意識に口から滑り出た。いや、完全な嘘ではないので良しとしよう。
「星空について、ですか?」
ヴァネッサはますます怪訝な顔つきになる。
「……それだけですか?」
リボンを結び終えた彼女は、最後に胸元に赤い宝石のブローチをつけ、私を鏡台の前の椅子へ移動させる。
「え、えぇ。そうよ。昨日はよく星が見えたでしょ。だから一緒に星空を眺めたの」
恐らく彼女には私が隠し事をしているとバレているだろう。完璧に隠せるはずがない。だが問いただされるまでは取り敢えず黙っておくことにしよう。
ヴァネッサはもっと執拗に探ってくるかと思ったが「そうですか」と言ったきり特に何も言わなかった。
しばらくすると綺麗なアップヘアが出来上がった。長い髪でまとめにくいだろうに、ヴァネッサはいつも本当に上手にまとめてくれる。
「いかがです?」
文句のつけようがない完璧なヘアセットだ。
「ありがとう、ヴァネッサ。今日も素敵だわ」
私は自然に笑顔になれた。
「ではパーティーの準備をして参ります。しばらくこのままでお待ち下さい」
彼女は淡白な声で言ってお辞儀すると足音も立てず速やかに退室した。
一人になると自室が妙に広く感じた。ここしばらく大勢でいることが多かったからか、忘れていた静けさだ。
「なんだか懐かしいな……」
私は誰に対してでもなく呟く。
幼い頃からついこの前まで、いつも私は窓から外を眺めては「王宮の外へ自由に行ってみたい」と、「外の世界はどんなに素晴らしいだろう」と思っていた。でもいざ外に出てみると、楽しいこともあるけれど物騒なこともあって、今までいかに護られていたのかを知った。
白い鳥の群れが青く澄んだ空を飛んでいくのが目に入る。私はずっと彼らに憧れていたが、今は少し心境が変わった。
「貴方たちもきっと、良いことばかりではないのでしょうね」
大空に羽ばたく小さな鳥に語りかけるように囁く。もちろん私の声が鳥たちに届いているはずはないが。
「私、ずっと憧れていたわ。外の世界に。いつかこんな王宮から出て、自由に羽ばたいて、好きなところへ行きたいって願っていたの」
だけど、初めて王宮の外を歩いたあの日から、私の平和な暮らしが少しずつ壊れていっているような気がしてならない。今までずっと考えないようにしてきたが、あんな生々しい未来の姿を見せられては、考えないようにするのはもう無理だ。
一人でいると段々弱気になってくる。まもなく楽しい誕生日パーティーが始まるというのにこんな湿っぽい気持ちじゃダメだ。そう思って自分を励ます。
ちょうどその時、ドアをノックする軽い音が耳に入った。
「準備が完了しました。もう入って構いませんか」
ヴァネッサの声だった。
……迷うな。今は誕生日パーティーを全力で楽しめばそれでいい。もしかしたら訪れるかもしれない未来なんて関係ない。
私は再確認するように強く頷き、意識的に口角を引き上げた。そして明るく大きな声で答える。
「えぇ!どうぞ!」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.40 )
- 日時: 2017/08/12 22:43
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SUkZz.Kh)
31話「愉快な誕生日」
ドアが開け放たれ、最初に現れたのはジェシカ。料理がたくさん乗せられた駒つきテーブルを慣れない手つきで押して運んでくる。ひっくり返さないかこちらが不安になる感じだ。それからヴァネッサとエリアス、そしてノアも部屋へ入ってきた。お馴染みのメンバーだ。
「さてさて。じゃあ、王女様の誕生日パーティー始まりっ!」
開始の合図を告げるのもジェシカ。随分重要な役を任されたものだ。
「じゃあまずプレゼントを渡すコーナーからだねー。では早速僕からはー……」
ジェシカに続けてノアが言う。安定ののんびりとした口調に心が少し癒される。
「あたしからはこれっ」
ノアを押し退けジェシカが一番に私の前に立つ。
「お誕生日おめでとっ!地上界で買ったものだよ」
その手には濃いピンクの小箱が乗っている。白いリボンがかけられていてコントラストが可愛らしい。言うなればジェシカをギュッと縮めたような箱。
「ありがとう、ジェシカさん。……うぅっ」
「えぇっ。王女様っ!?」
彼女の顔を直視した途端、なぜか急に涙腺が緩んで泣き出してしまった。自分でも意味が分からない。嬉しいはずなのになぜか涙が止まらないのだ。
「ジェシカ、王女様を泣かせちゃったねー」
「そういうのいいから!」
何やらやり取りしているのが聞こえるが、視界は涙で滲んでほとんど何も見えない。
「ちょ、ごめん。王女様、何か嫌なこと言っちゃった?」
私は首を横に振る。涙が止まらないせいで、言葉で「違う」とは言えなかった。嬉しいのだと伝えたいがそれすら不可能な状態だ。
ジェシカは私の心情を汲んでくれたらしく、何も言わず頭を優しく撫でてくれる。とても温かい手。
「……ごめん、なさい……。私……嬉しくて……うぅっ」
徐々に落ち着いてきたので、まともには話せないが、必死に言葉を紡ぐ。ジェシカならきっと分かってくれる。私を変だと思ったりしないだろう。
「これ以上……泣かないから。平気、もう大丈夫」
ようやく涙が治まってくる。腕で目を擦り涙を拭うと視界が晴れた。
「もーっ!王女様急に泣き出すからびっくりしたじゃん!」
ジェシカはほっとしたように明るい笑顔を咲かせる。
「あまりお化粧していない日で良かったですね、アンナ王女」
様子を眺めていたヴァネッサが彼女なりの冗談を言った。彼女は多少普通の人と感覚がずれているので、彼女的には笑いどころなのだろう。もっとも、真剣な顔で言うものだから笑えるわけもないが。
「じゃあやっと次、僕の番が来たねー」
そうだった。すっかり忘れていたが、最初はノアが渡そうとしてくれていたのだった。
「どうぞー」
彼が手渡してくれたのは銀のシンプルなデザインのネックレス。確かに高価そうだが、デザイン的に男ものと思われる。
「これも地上界のものなの?」
ノアはニコニコと穏やかな笑顔で「そうだよー」と答えつつ頷く。
「人間の女の子からのプレゼントだったんだけど、どうにも僕にはこのチェーンはとめられなくてねー。だから王女様にあげようと思ったんだー」
「も、貰い物?」
「うん。似合うと思うよー」
その時、無言で歩み寄ってきたエリアスが、私の手からネックレスをつまみ上げた。
「貰い物をプレゼントするのは良くない」
静かにノアに忠告し、エリアスはネックレスを没収した。
「隊長、没収は勘弁してよー。僕は他のプレゼント何も持ってきてないんだー」
何だろう、この会は。なぜプレゼントを渡すだけでこんなに時間がかかるのか。まぁ一部私のせいもあるわけだが……そこには触れないで。
「ありがとう、ノアさん。私は気持ちだけで嬉しいわ」
「うーん、でもなー……」
納得いかない顔をしている。
「あ!」
何か閃いたようだ。
「それじゃあ、僕をあげるよ。これから僕はずっと王女様のものになるねー」
ノアが言い終わると同時に凄まじい殺気を感じる。それは隣にいるエリアスから発されているものだった。直接向けられていない私すら生命の危機を感じる。なんて恐ろしいの。
「よろしくー」
しかし当のノアは気がついていない様子。呑気に笑っている。気の感度は良くても殺気には疎いのだろうか?聖気や魔気より殺気の方が怖いと思うのだが……。
「ノア、何と言った」
「プレゼントがないので僕をプレゼントにすることにしましたー。隊長、それがどうかしましたかー?」
ノアがいつもの調子で言った瞬間、エリアスは目にもとまらぬ素早さでノアの襟を掴み、一気に引き寄せる。そして顔を近づけて非常に鋭い目つきで睨む。
「王女には私がいる」
そこまで言われてノアはようやく気がついたらしい。
「そ、そーでした。ごめんなさいー……」
ノアが素直に謝ったのでエリアスはすぐに手を離した。ヴァネッサとジェシカはその様子を呆れ顔で見ていた。
「はいはーい、おしまいっ。そろそろ出し物の時間だから!」
「そうでした。アンナ王女、ここからは料理もどうぞ」
駒つきテーブルの上には色とりどりの軽食が並んでいる。どれも美味しそうだが、私一人で食べきるには量が多い。
「早速、歌手のラピスに歌ってもらいましょーっ」
またまたジェシカが芯を取って仕切る。自然と楽しい気持ちになってくる。恐らくみんなが明るくて面白いからだろう。
それにしても不思議だ。あれほどずっと、いつか出ていきたいと思っていたのに、今は王宮の中が楽しい。大好きなみんなとこんな風にすごせることが、とても幸せに思える。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.41 )
- 日時: 2017/08/11 18:04
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SUkZz.Kh)
32話「とても幸せな日」
こうしてようやく始まった感じのした誕生日パーティー。
最初はラピスの歌。ラピスは瑠璃色のシンプルなドレスで現れ、見事な歌唱を披露してくれた。ホールでないので響きにくい環境だ。しかし、想像の遥か上をいく素晴らしい歌だった。それにしても彼女は瑠璃色がよく似合うな、と私は思った。さすがラピスという名前なだけある。……いや、関係ないか。
「歌手っていいなぁ」
ラピスの歌声に聞き惚れながら、ジェシカは独り言のように呟いている。そういえば彼女は本物の歌手を見たことがないと言っていた。初めてだから余計に感動するのだろう。
続いてはフロライトの出番。出し物内容は手品だ。彼のすぐ隣に皿を持ったラピスが立っている。
「……鳩を丸焼きにする」
そっか、凄い手品だなぁ……って、えっ!?ま、丸焼きっ!?
まずフロライトは何も乗っていない右手に布を被せる。そして三秒ほど待ち、その布を取ると、彼の右手には一匹の白い鳩が乗っかっていた。
「面白いですね、王女」
すぐ近くにいたエリアスが声をかけてきたので私は頷いた。
フロライトは慣れた手つきで鳩の脚を掴むと逆さ向ける。そして左手の指を一本伸ばして何やらブツブツと唱える。すると、その一本の指に火がついた。マッチのような小さな炎。その指を白い鳩に近づけた瞬間、ポンッと小さな爆発が起きる。曇り空のような灰色の煙が晴れると、彼の右手にはしっかり焼かれた調理済みの鶏肉が持たれていた。
「うわああぁ」
ジェシカが悲鳴に似た叫び声をあげる。
「美味しそうになったねー」
いやいや、どう見ても鳩じゃないでしょ。フロライトが持っているのはどこからどう見ても鶏肉だ。
フロライトは右手の調理済み鶏肉をラピスが持つ皿に乗せ、羽織っているマントの中から白い鳩を取り出す。
「……これで終わりだ」
最後にそう告げて手品は終わった。なんとも複雑な心境にさせられる手品である。
ラピスが鶏肉の乗った皿を運んできた。
「王女様、これいかがデスカー?美味しいお肉デス!」
彼女は花が咲いたように華やかな笑顔で言ってくれるが、どうにも食べる気にはならない。
「あ、後でいただきます……」
眩しい笑顔を向けられるときっぱり断ることもできず、こう返すしかなかった。
それからもフロライトはいくつか珍妙な手品を披露してくれた。意外と興味深いものも多く楽しかった。
「では先にお部屋へ帰りますネー!今日は楽しかッター!」
「……どうも」
もう夕方になっている。ラピスとフロライトは一足先に客室へと戻っていった。
「いやぁ、楽しかったねっ!」
二人がいなくなるなりジェシカは全力の背伸びをする。爽快な笑顔だ。
「王女、いかがでしたか?」
エリアスが少し心配そうに話しかけてくる。
「とても楽しかったわ。料理も美味しかったし」
それを聞き彼は安心した顔になった。
「それは何より。王女に楽しんでいただければ光栄です」
「うんうん。その通りー」
本当に楽しくて幸せな時間。そして本当にあっという間の時間だった。楽しい時間はすぐ過ぎるという説は事実だと身をもって感じた。
そして夜。
部屋には私と黙っているヴァネッサの二人だけ。ドアの向こう側には見張りのエリアスがいるだろうが、部屋の外なのであまり関係ない。
誕生日パーティーでみんなで騒いでいたのが嘘みたいだ。少し寂しい静寂に包まれながら、私は窓の外を眺めていた。
暗幕のように真っ黒な大空にチラチラと輝く星たち。だが、今晩は若干雲がある。そのせいで星の瞬きは時折遮られる。昨日の夜空の方が澄んで綺麗だった気がする。
ぼんやりと考えつつ、私は明日の建国記念祭で読む挨拶の原稿を取り出す。数日しか経っていないのだが、なぜかとても懐かしい気がして、理由もなく笑ってしまった。
こういう堅苦しい王女の仕事が嫌でよく投げ出したものだ。しかし今は嫌だとは思わなくなった。こんな簡単で安全な仕事にぶつくさ愚痴を漏らすことができる幸せに気づいたから。
「……アンナ王女、明日は建国記念祭です。恥ずかしくない挨拶を頼みますよ」
雑用をしていたヴァネッサが静かな声で言ってくる。
「復習しておくから大丈夫」
短く返してベッドの上に寝転がり、原稿用紙に目をやる。相変わらず堅苦しく難しい文章が並んでいる。読めない字はないが突っかかることはあるかもしれない。だから、なるべくスムーズに読めるように、脳内で何周か読んでみる。何周もしていると段々慣れてきて、次第にほぼ突っかからなくなった。あとは緊張さえしなければ大丈夫なはず。
「……今日のパーティーはいかがでしたか?楽しんでいただけたでしょうか」
ヴァネッサがこんなことを尋ねてくるのは珍しいな、と思いつつ答える。
「えぇ、楽しかった。パーティーは華やかに大規模で行うのが良いって思っていたけど、少人数でも楽しくできるのね」
「色々考えましたから。結局あのような中途半端なものになってしまいましたが」
ヴァネッサは笑わない。でも今日は声から優しい感じが伝わってくる。
「アンナ王女が楽しかったのなら良かったです」
「そうそう。そういえば、料理の中にエンジェルコーンのクッキーがあったわ。あれはヴァネッサのクッキーでしょ」
「はい」
「あれがヴァネッサからのプレゼント?」
「……そうですね。まともなものでなくてすみません」
「ううん、いいの。私、ヴァネッサのクッキー大好きよ。とても美味しかった」