コメディ・ライト小説(新)

Re: エンジェリカの王女 ( No.46 )
日時: 2017/08/14 01:50
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 4mrTcNGz)

33話「ついにこの日が来た」

 建国記念祭初日。
 ようやく訪れた建国記念祭の朝はよく晴れていた。私はいつもより少し早い時間に起き、身仕度を整える。挨拶まではまだ二時間くらいもある。
「おはようございます、王女」
 エリアスの出勤もいつもより早い。
「王女の挨拶、楽しみにしております」
 朝会うなり、彼は私に微笑みかけてそう言った。楽しみにしてもらえるのは嬉しいが……プレッシャーで胃が痛む。
 建国記念祭の日は私も特別な衣装だ。私が持っているいつものドレスではなく、式典用に用意された純白のドレスを着用する。
「おはよう、エリアス。今から着替えるところなの。エリアスはもうちょっと待っててね」
「はい。もちろん」
 そんな短い会話を交わして、私たちは別れた。
 その後、私は係員から建国記念祭用の衣装を渡された。滑らかで真っ白な生地に金糸で刺繍が施されているドレス。白いレースで作られたベールも一緒に手渡された。
 私は汚さないよう細心の注意を払いながらドレスを着る。それから、今日のために特別に雇われた髪結いが、私の頭髪をエンジェリカの伝統的な髪型にしてくれた。結構時間がかかる。続けて軽く化粧をしてもらい、最後に頭にベールを被る。これで挨拶の準備は万端だ。
 赤い宝石のブローチを忘れかけていたことに気づき、私は慌てて手に取る。そしてブローチをドレスの胸元に装着した。
「ねぇ、ヴァネッサ。その……おかしくはない?」
 少し不安に思って近くにいた彼女に尋ねてみる。
「問題ありません」
 彼女は他の者がいたからかそっけなく答えた。
 部屋を出ると、既にエリアスが待機していた。随分早い。もしかしてずっとここにいたのだろうか、と思いつつ手を振る。
「もう来てたのね。この衣装、どうかな?」
「とても似合っていますよ」
 エリアスは一言、微笑んで私を褒めた。

 私はヴァネッサ、そしてエリアスと共に、控え室へ向かう。今日は特別な衣装だから、廊下を歩くだけでも視線が集まる。緊張して少し疲れた。
 部屋へはすぐに到着した。普段はあまり入る機会のない個室に入る。中は思っていたよりも殺風景で、テーブルに椅子、それと鏡ぐらいしかなかった。私はドレスを汚さないよう気をつけながら椅子に腰掛け、詰まっていた息を吐き出す。
「アンナ王女、一人で大丈夫ですか?外にいますね」
「えぇ」
 私が適当な返事をすると、ヴァネッサは出ていく。
 それにしても、視線を浴びるのはやはり疲れるものだ。注目されるのが好きな者もいるだろうが、少なくとも私はあまり得意でない。
「はーっ、疲れた」
 私はテーブルに突っ伏し、そんな独り言を漏らす。突っ伏すと胸元のブローチが体に食い込んで痛いことに気づき、一旦外すことにした。外したブローチを理由もなく眺める。いつ見ても綺麗な宝石だが、見つめていると不思議な感じがしてきた。
 その時、ふと視線を感じ、鏡の方を向く。
 鏡にはあの黒い女の顔が映っていた。まばたきしてもう一度見直しても変わらない。女の顔は確かにそこに映っている。
「……また貴女。今度は何?」
 だが私はもう彼女を無条件に恐れたりはしない。何か言いたいことがあるのだろう。
「その時が近づいてきている」
 彼女は静かな声で告げた。
「その時?何よ、それ」
 私がそう返すと、彼女は無表情で言う。
「お前が見た未来」
 黒い瞳が私を凝視している。これほどひたすら見つめられると、こちらも目を逸らせなくなるというもの。
「正しくは、私がお前に見せた未来。あの場所に近づきつつある。そういうことだ」
 彼女が言っているのが、この前夢に出てきた場所だということは容易く理解できる。しかし何がどうなって、あのような状況になるものか。
「だがお前には大切な者を守る力がある。あの時お前が見たのは、最悪の未来だ」
「本当に貴女、何なの」
 今でも鮮明に覚えている。赤と黒だけの世界、いやに生々しい感覚。壊れ果てたエリアスに救いの手を差し伸べることすらできないという悔しさ。
「私に意味不明なことばかり言うのはもう止めて。そんなこと言われても、私には分からないし、どうしようもない」
 私は彼女を振り払うように椅子から立ち上がる。
「今日は建国記念祭なの。縁起の良い日に水をさすようなことは言わないで!」
 自分でも不思議。この時私は彼女に対して鋭く言い放った。 ……本当は怖かったのだと思う。こんな大事な日に何かが起こるなんて、そんな風には思いたくない。
「アンナ王女。お時間です」
 ヴァネッサが細く扉を開けて知らせてくれた。
「分かった、すぐ行くわ」
 私は返事すると、鏡に映る黒い女の顔をまっすぐに見る。
 彼女はやはり無表情だった。だけど、どこか悲しそうにも感じられる。深い闇のような瞳がそう感じさせるだけかもしれないし、本当に何かが悲しいのかもしれない。いずれにせよ、私に彼女の心を知ることはできない。もし直接尋ねたとしても答えてはくれないだろう。
「……あんな未来は来ないわ」
 私は自身が意識下で抱いている不安を払うように言い、ブローチを握り締める。
 大丈夫。何も起こりはしない。
 そして私は部屋を出た。

Re: エンジェリカの王女 ( No.47 )
日時: 2017/08/14 15:21
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0llm6aBT)

34話「建国記念祭」

 建国記念祭の式典が始まる。最初は国王ディルクが、一週間に渡る記念祭の始まりの辞を述べる。その間、私は少し離れた椅子に座って待つ。
 空はよく晴れている。お祭りにの幕開けにはもってこいの快晴だ。
「こうして、三百度めの建国記念祭を開催できることを、何より嬉しく思う。さて……」
 だが温かな日差しのせいで眠くなってくる。挨拶が長すぎて段々うとうとしてきた。
 しばらくするとディルク王の挨拶は終わり、司会の者にマイクが移る。
「続きましては、アンナ王女のご挨拶です」
 私はヴァネッサとエリアスに小さく手を振り、椅子を立ち上がって舞台へと上がる。民衆の視線が集まる。つまずかないように気をつけながら数段の階段を上る。
 そして舞台上に立つ。
「本日は、記念すべき三百回目の建国記念日を迎えられましたことを、エンジェリカの王女として、光栄に思います。今年の建国記念祭は例年と異なり、一週間に渡る日程で……」
 昨夜の練習の成果もあって、かなりすらすらと話せた。私にしては上出来だ。王女として、恥ずかしい姿をさらすわけにはいかない。
「……以上です。ありがとうございました!」
 見事挨拶を乗り越えた私が安堵して椅子へ戻ろうとした——その時。
 ゴオォッっという轟音と共に、凄まじい強風が起こる。司会者もディルク王も、それから私たちも、その場にいたすべての者が、何事か分からず唖然とした顔をする。
 私は飛ばされそうになり、思わずその場に座り込む。
 しばらくして風が収まると、ヴァネッサが駆けてきて声をかけてくる。
「アンナ王女、ご無事ですか。お怪我は」
「えぇ、平気よ。でも、これは一体……」
 唖然としながらそう言って、ふと見上げると、黒い不気味な生物が飛んできているのが目に入った。
「こ、これって……」
 くすんだ緑色の小さい頭に、二つのギョロッとした大きな眼。不気味な醜い顔つき。体は細く痩せこけていて、身長は私たちよりずっと低く、コウモリのような刺々しい黒い羽が生えている。私は生まれて今まで一度も見たことのない生物だった。
「……悪魔!」
 ヴァネッサは厳しい顔つきになりながら呟き、私をかばうように悪魔たちに立ちはだかる。
 式典を見に来ていた一般の天使たちも大騒ぎになって逃げ惑っている。この前のライヴァンによる侵攻は私が標的だったため、王宮の外にはそれほど被害がなかったと聞く。ここしばらく、いや、ずっと、エンジェリカは平和だった。だからこそ、みんな驚いているのだろう。
「ね、ねぇ、ヴァネッサ。逃げよう。早く……」
 私は彼女の服の裾を引っ張りながら言ってみるが、彼女は強張った表情のまま硬直している。その頬を、一筋の汗が伝っていた。
 醜く不気味な姿の悪魔たちがこちらへ向かってくる。私は逃げようと思うが、硬直している彼女を放置して勝手に逃げるわけにもいかず、どうするべきか迷った。
 刹那、白い光が目の前を凄い速さで駆け抜ける。
「王女。早くお逃げ下さい」
 私たちと悪魔たちの間に、長い槍を持ったエリアスが立っていた。
 エリアスは、向かってくる気味の悪い悪魔たちを、次々槍で薙ぎ倒す。華麗な槍捌きだ。
「ヴァネッサさん!何をしているのです!」
 言いながら寄ってくる悪魔を順に倒す。彼は一対多でも全然負けていない。さすがは元・親衛隊だけある。彼の戦いの腕は衰えを知らない。
「早く王女を連れて逃げて下さい!ヴァネッサさん!」
 しかしヴァネッサはまだ硬直している。まるで時間が止まってしまったかのように。
 ちょうどその頃、悪魔の第二波が迫ってくる。エリアスはそれに素早く反応し、再び槍を構える。
「……まだ来るか」
 彼は少し顔をしかめつつも、悪魔を迎え撃つ。その額に汗が浮かんでいるのが見えた。
 恐らく多数との激しい交戦で疲労しているだろう。それでも、エリアスは圧倒的な槍術で、悪魔を蹴散らし続けた。

「ふむ。なるほど」
 やがて悪魔がいなくなった時、突然謎の声が聞こえてくる。
 空中に突如姿を現したのは、一人の男性だった。彼の背には大きな黒いコウモリ風の羽が生えていて、近づくだけで身震いしてしまうような強い魔気を発している。
「確かに、天使にしては強すぎる。かなりの戦闘能力の持ち主ですな」
 銀の長い髪を後ろで一つに束ねるという、男性らしからぬ髪型。赤黒い瞳。顔は少し年老いているように見える。
「……何者だ」
 エリアスは槍の先端を向けつつ威嚇するように睨みつける。
「今の戦い、見せてもらったぞ。見事な戦いぶりであった」
 男性はゆったりとした調子で拍手し、地上へ降り立った。そして私を指差し尋ねる。
「そこの貴女が、アンナ王女ですかな?」
「……はい」
 私はなぜかそう答えてしまった。本当なら首を横に振るべきだったのに。
「我は王女と少しお話したい。お時間いただけますかな」
 男性はそんなことを言いながら私の方へ近寄ってくる。
「貴女!」
 その時になって正気に戻ったヴァネッサが言い放つ。
「待ちなさい!アンナ王女に何をする気です!」
「少し、お話を」
 男性は薄ら笑いしながら柔らかい声色で答えた。
 私の目の前まで来ると彼は私をじっくりと眺める。そして「可愛らしいお嬢さんだ」と呟いた。
「お話って……何ですか」
 怯えていることを察されては駄目だ。そう考えた私は、心の底から湧いてくる恐怖を必死に抑え、落ち着いて対応する。
「貴女が物分かりのよい方で良かった。おかげで平和的に解決できそうですな」