コメディ・ライト小説(新)
- Re: エンジェリカの王女 ( No.50 )
- 日時: 2017/08/14 21:22
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: gK3tU2qa)
35話「銀の髪のベルンハルト」
少しの間、沈黙があった。そして目の前の銀髪の男性は口を開く。
「まずは——、そこの躾のなっていない犬をどうにかしていただけますかな?」
気がつくと、男性の首元に、エリアスが持つ槍の先が突きつけられていた。恐らくそのことを言っているのだろうと分かった私は、エリアスに指示する。
「エリアス。今はいいわ。一旦下がって」
「ですが、王女……」
「いいから下がって!私の命令が聞けないの?」
私は鋭く命令した。
目の前のこの男、どうやら私をすぐに殺すつもりではないらしい。だがいずれは戦いになるだろう。その時に備えて、エリアスには休憩しておいてもらわないと。
「……分かりました」
エリアスは命令に従い槍の先を銀髪の男性から離す。
「ふむ。一応まっとうな飼育をしているようですな」
「飼育とか言わないで下さい」
「おや。これはこれは、失礼しましたな」
少しして男性は続ける。
「それにしてもこの国は実に興味深い国だ。王は大勢の護衛を連れて一番に逃げ、王女を護る者は二人しかいないのですな」
ディルク王は実の父だが、あまり親しくないのだ。彼に置いていかれるのも仕方がない。
「その二人を殺せば貴女は……どんな表情をしますかな」
「寄らないでちょうだい!」
ヴァネッサが噛みつきそうな勢いで叫ぶ。男性は呆れたような顔つきをして笑う。
「……黙れ」
「あっ!……う」
短い悲鳴をあげヴァネッサは地面に倒れ込んだ。私は何が起きたのか分からず、ただ愕然とするだけだった。
「動くなよ」
男性は槍を構えかけたエリアスに対して、静かだが怖さのある声で言い放った。赤黒い瞳が鈍く輝く。エリアスに言ったのだろうが、こんなことを言われては私も動きづらくなる。
「……何をした」
エリアスは怪訝な表情で小さく聞く。
「我が魔気を注入した。ただそれだけのことですぞ」
男性は愉快そうに答え、私の方に薄ら笑いで向きなおる。
「魔気を浴びた天使がどうなるか、ご存じですかな?」
「……知りません」
恐らく何か害を及ぼすのだということだけは分かったが、その理論は知らないので嘘ではない。
「天使が急激に多量の魔気を摂取すれば身を滅ぼす。魔気に慣れない体なのですから、当然といえば当然ですな」
「そんな!じゃあヴァネッサは……」
すると男性は仰々しく丁寧なお辞儀をする。口調も行動も、乱暴でないところが、ますます怪しさを高めている。
「ご安心下さい、この女にはたいした量は入れていませんぞ。即死することはないでしょう。一時的に軽いショック症状を起こしただけですな」
「貴方、酷いわ。いきなり何てことをするの」
すると男性は急に距離を縮め、冷ややかな声で忠告する。
「……よいですかな?我は貴女とお話をしたいと言っただけ。貴女が大人しくしてくだされば、乱暴な手段を使わずに済むのですぞ」
言葉こそ淡々とした調子だが、その表情はとても恐ろしかった。威圧的な表情、それに加えて戦慄するような魔気。逆らったら殺されるだろうと思うぐらいだ。
民衆も王とそれを護る親衛隊も既に避難していて、この場にいるのは私たち三人と目の前の男性だけ。私は、ヴァネッサを心配する気持ちと、もっと早く逃げておくべきだったという後悔が混ざった、複雑な気持ちを抱いていた。しかし、やはり後者の方が大きい。私が無理矢理引っ張ってでもあの時逃げていたなら、ヴァネッサやエリアスもこんなことに巻き込まれずに済んだのに。
「……よろしい。では早速。エンジェリカの秘宝について伺ってもよろしいですかな?」
またか、と思った。
エンジェリカの秘宝についてはライヴァンにも尋ねられたことだが、私は本当に何も知らない。隠しているなどという話ではなく、事実知らないのだ。だからどうしようもない。
「ごめんなさい。エンジェリカの秘宝については話せません」
男性は眉をひそめる。初めて表情が薄ら笑いから変わった。
「何ですと?」
「エンジェリカの秘宝については私も知らないんです。だから尋ねられても話しようがありません」
強い魔気を発する悪魔で、エンジェリカの秘宝を手に入れようと探している。これはライヴァンと同じだ。
「もしかして、貴方は四魔将の方ですか?」
私の中でそういう結論に至った。おおかた、ライヴァンが失敗したため次を差し向けてきた、というところだろう。
「おや、よくお分かりで。さすがは物分かりのよい方。ではその賢明さを称え、一応名乗っておきますかね」
彼は大袈裟に拍手をしながら言い、そこで一度切って、それからまた続ける。
「我は四魔将が一人、ベルンハルト。魔界の王妃カルチェレイナ様に使えております。改めまして、以後お見知りおきを」
銀髪の男性——ベルンハルトは礼儀正しく自己紹介をすると、赤黒い瞳で私を見つめた。
「エンジェリカの秘宝はどんな願いでも叶える。それは事実ですかな?」
私は首を左右に振り否定する。
「知りません。でも、そんな都合のいいものがこの世にあるとは、私には思えません」
「まぁ何でもよろしい。では次を聞かせていただきますぞ」
「どうぞ」
そう答えるしかない。拒否などしたところでヴァネッサの二の舞になるだけだ。
「エンジェリカの秘宝というのは、その赤いブローチのことなのですかな?」
「違います。それは断じて!」
これは母との思い出、母との記憶。ライヴァンの時みたく奪われるわけにはいかない。
「なるほど。しかし、一応調べさせていただきますぞ」
ベルンハルトの手がブローチに触れようとする。私は思わずその手を払い除けていた。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.51 )
- 日時: 2017/08/15 19:49
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: apTS.Dj.)
36話「当たり前には気づかない」
「……逆らうとは、小娘ごときが!」
反抗されたことを怒ったベルンハルトに腕を掴まれそうになった瞬間、エリアスが目にもとまらぬスピードで飛んできた。気がついていなかったベルンハルトに蹴りを一撃お見舞いすると、倒れているヴァネッサと私を抱えて、一気にその場から飛び去る。
「待ちなさい!逃げるとは許しませんぞ!」
ベルンハルトは叫びながら追ってくるが、さすがの彼もエリアスに追いつくのは無理だったようで、追いかけるのは途中で諦めたらしい。エリアスは物凄いスピードで王宮の中へ私とヴァネッサを運んだ。
王宮内に入ると、エリアスは片膝をついて、はぁはぁと荒い呼吸をする。彼にしては珍しく肩が大きく上下している。久々にこれほど激しい飛行をしたからだろうか。
「エリアス、大丈夫?」
私が心配して尋ねると、彼はその体勢のまま顔を上げた。表情はいたって普段通りだった。
「はい。この程度、何ともありません。今からヴァネッサを医務室へ運びます。その間、王女は……」
言い終わると立ち上がり、意識のないヴァネッサを両腕で持ち上げる。俗にいうお姫様だっこという体勢。いくら女性とはいえ、一人前の大人をこうも軽々と持ち上げるとは、エリアスはさすがだ。私だったら運ぶ以前に持ち上げられないだろう。
「私も一緒に行くわ。ヴァネッサが心配だもの」
私ははっきりと言った。
ヴァネッサがこんな目に遭ったのは私のせい。だから、せめて傍にいたいと思うのだ。
「侍女の心配をするとは、王女はお優しいですね」
「そうかな。母親を亡くした私にとって、ヴァネッサはずっと母親みたいなものだったから」
悪魔はまだ王宮内までは入ってきていなかった。使用人たちがバタバタしていて騒がしいのはあるが、ひとまず落ち着く。
「だから私がヴァネッサを心配するのは当然のことだわ」
「そうですか。王女はやはり、お優しい方です」
ヴァネッサを運びながら、エリアスは微笑む。
ベルンハルトはこのまま私たちを逃がしたりしないはずだ。「エンジェリカの秘宝を手に入れる」という具体的な目的があるのだから。いずれ必ずまた会い戦うことになるだろうが、今だけでも、エリアスとこうして落ち着いて話せることが嬉しくてならない。
医務室へ行くと、ちょうどラピスが肘の擦り傷を消毒してもらっているところだった。エリアスに抱かれているヴァネッサを見てラピスは驚く。
「エーーッ!ヴァネッサは一体どうしたノッ!?」
相変わらず大きなリアクションで叫ぶ。それをよそに、医者の天使はエリアスに冷静な口調で事情を聞く。エリアスも冷静に説明していた。
「王女様も一緒だったのデスネー!ヴァネッサに一体何があったのですカ?」
医者の天使とエリアスが深刻な顔で話しているのを待っていると、ラピスが尋ねてくる。彼女はヴァネッサの友達だ。実に言いにくいが、真実を隠すのも悪い気がして、私は彼女に本当のことを話すことにした。
「そうデスカー、なるほどネー。それなら納得しまシタ!」
喋り方は安定の独特さだ。
「貴女のお友達を……ごめんなさい」
「いえいえ!ソンナノ謝らないでくだサイ!」
ラピスは明るかった。
「王女様をお守りスル!それがヴァネッサの仕事ですカラ。当然のことデスネ!」
その明るさに私は救われた。
「……ヴァネッサはネ」
彼女が唐突にそう切り出す。
「結婚をして、夫と子どもと、楽しく過ごしていたのデス。でもある時、さっきみたいなエンジェリカへ悪魔の群れが来たことがアッテ、その時に夫と子どもを失ったのデス。しばらくずっと塞ぎ込んでいまシタ」
ラピスはいつもの晴れやかな笑顔とは違う、少し切なげな笑みを浮かべて話す。
「やがて悲しみカラ少しだけ立ち直ったヴァネッサは、王宮へ働きに出ることを決めマシタ。そして、ちょうどその頃に生まれたばかりだった王女の、世話係になったのデス」
「それが、私ですか?」
私が気がついた頃には既に近くにいたヴァネッサ。厳しくて口煩くて、たまに鬱陶しい時もあったけど、でも、私が悩んだり悲しんだりしている時には、いつも傍にいてくれた。
「ソウソウ。ヴァネッサは、忙しくしている方が忘れるカモー、と思ってたみたいデスネ!」
私がしんみりしているうちに、ラピスはいつの間にか明るい表情に戻っていた。いつもの笑顔が眩しいラピスだ。
「だからヴァネッサは、王女様に救われたんデス!友達とシテお礼を言わなくちゃデスネ!」
「お礼だなんて、そんなものはいりません。むしろお世話になっている私がお礼を言わなくてはならないくらいです」
お礼を言ってもらう資格なんてない。私が言わなくてはならないのだ。「ありがとう」と。そして、ヴァネッサが傍にいることを当たり前と思ってすごしてきた私を、叱らなくてはならない。
「ヴァネッサ……ちゃんと良くなるかな」
不安に駆られていた私を、ラピスがそっと包み込むように抱き締めた。腕も体も、すべてが温かく、おまけに何だが良い香りがする。
「大丈夫デス」
彼女にしては小さな穏やかな声で言った。
「心配はいりマセン。ヴァネッサのことですカラ、すぐに復活するでショウ」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.52 )
- 日時: 2017/08/22 19:27
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kI5ixjYR)
37話「友達のように」
医務室のドアが唐突に開く。私は一瞬敵が来たのかと思いドキッとしたが、そこに立っていたのはジェシカとノアだった。ノアは怪我をしたのか、ジェシカに支えてもらっている。
「先生いるーっ!?……あ!」
ジェシカは私に気づいたらしく手を振ってくれる。私は戸惑いつつも手を振り返す。その間に医者の天使がノアを椅子に座らせていた。
「オー!王女様の知り合いのお二人デスネー!」
ラピスが陽気に声をかけながら二人の方へ寄っていったので、私もそれに続いて二人の方へ行くことにする。するとジェシカが明るく言ってくる。
「王女様、無事だったんだね。良かった」
「私は何とか、ね。エリアスに助けてもらったおかげよ」
エリアスがいてくれなければ本当に危ないところだった。彼がいなければ少なくとも捕まっていただろうし、最悪殺されていてもおかしくない状況だったのだから、エリアスには感謝しかない。
「二人は何をしていたの?ノアさん怪我してるみたいだけど大丈夫?」
すると話を聞いていたらしいノアが、椅子に腰かけたままで軽い口調で答える。
「大丈夫だよー。平気平気ー」
あまりに呑気に言うものだから、たいした傷ではないのかなと思いつつ彼の足を覗き込む。そして私は驚いた。右足の足首から膝の間辺りに、十五センチぐらいの切り傷があったから。それも結構深そう。医者が止血しようと使っているタオルにも血が滲んでいる。こんな怪我をしたのがもし私だったら、と考えて身震いする。
駄目だ、気分が悪い。
「これはまた派手にやったな。何をしていた?」
ノアの足を見ようと覗き込みながら尋ねたのはエリアスだった。
「隊長だー。元気そうでなによりだよー」
「問いに答えろ」
エリアスは真顔で迫る。
「うん。ジェシカとみんなの避難誘導してたら突然瓦礫が降ってきてねー、切れちゃったー」
何とも適当な説明だ。そもそもノアはどうしてここまでどうもないのか。
それにしても、何だかフワフワしてきたな……。視界も少し変な気がするし……。
「いつものように体を防御膜で覆っていなかったのか?こんな時に」
「聖気は全部、避難する天使たちを守る方に使ってたからー。ついうっかり、こんなことになっちゃったよー」
「大事なくて良かったが、しっかりしてくれよ。ノア」
それに何だが意識がおかしくなってきた……何これ……。ふらふらする、転けそう。
「エリアス、ちょっとはあたしの心配もしてよ!あたしは女の子なんだから!」
「ジェシカはピンクの髪が可愛イネーッ!」
「うわぁっ。いきなり何よ!?」
「いった!痛い、痛いってー!消毒は待ってー!」
「まず落ち着け、ノア」
駄目なパターンだ、視界が暗くなってくる。耳も水中にいるみたいでおかしい。これは一体な……。
そこで意識は切れた。
意識が戻り、目を開ける。視界には白い天井だけが入った。そこから私は室内にいるのだということを察する。だがどこの部屋だろう。自室ではない、天井の材質が違う。
嗅ぎ慣れない甘い香りが私を包み込むように漂っている。私は、まだはっきりしない意識の中で、記憶を探る。この甘くていい香りは一度嗅いだことがある。そんな気がしたから。
そうだった。香りの記憶を探っているうちに、私は気を失う前のことを思い出す。
まず建国記念祭が始まって、挨拶をなんとか上手に済ませた。だが挨拶が終わった直後に、突然悪魔の群れが現れて、折角のお祭りを滅茶苦茶にした。それから四魔将の一人である銀髪のベルンハルトに襲われ、エリアスの機転のおかげで取り敢えず逃げられて……。
「王女!王女、意識が戻られましたか?」
エリアスの声が私を呼ぶ。
意識はとうに戻っているが、なぜか動きたくない。突然体重が増えたみたいに体が重い。
「王女様、朝だよー」
「朝、来まシターッ」
次はノアとラピスの声。……そうだ!思い出した!
あの甘い香りはラピスの全身から漂う香り。私が気を失う直前は、ノアの足の怪我について話していたのだった。
そこで私はようやく目を大きく開くことができた。見える世界が一気に広がる。何も特別なことではない。これが普段の普通の視界だ。
「そうだった!」
私は慌てて上半身を起こす。医務室のベッドの上だった。まじまじと眺めていたノアとラピスはもちろん、近くにいたエリアスやジェシカも驚いた表情になる。
すぐ隣にあるもう一台のベッドに目をやると、ヴァネッサが眠っていた。すぅすぅと穏やかな寝息を立てている。彼女の寝顔が苦しそうなものでなく安心した。私のせいで彼女がうなされていたならば、申し訳なくて合わせる顔がない。
「い、いきなりだねー」
ノアが驚いたまま苦笑する。さっきまで寝ていたのに急に飛び起きたのだから、彼が驚くのも無理はない。
「王女!起きられましたか!」
一方エリアスは驚いた表情から嬉しそうな表情に変わった。私が目覚めたという興奮からか、少し頬が紅潮している。
「王女様、貧血で倒れたんだよ。みんなびっくりした!」
教えてくれたのはジェシカ。
「気がついてなによりデス!」
ラピスもそう言ってくれた。
私はこんなにも多くの天使に支えられている。大切にされている。それを改めて時間に、温かな気持ちになった。エリアスは当然ながら、ジェシカもノアも、ラピスだって、私を大切に思ってくれている。それも、ただ私が王女だからというだけではなく、友達のように接してくれるのだ。それに気づいた。
私には仲間がいる。だから、どんな困難だって乗り越えられるわ。滅亡の未来なんてはね除けて、また平和に暮らすの。
私は心の中で、あの黒い女に向かって言ってやった。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.53 )
- 日時: 2017/08/16 20:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: xPB60wBu)
38話「特別な力」
それから私はしばらくの間、医務室でみんなと話した。
「どうして悪魔はエンジェリカの秘宝を狙うのかな。それに、なぜ私が狙われるんだろう。どんな願いも叶うような秘宝なら、王女が持っているわけない。普通なら金庫とかにしまってあるはずなのに……」
私の中ではそれがずっと疑問だった。それもみんな揃って、このブローチをエンジェリカの秘宝と勘違いするなんて。これはただのブローチなのに。
「それは王女様がか弱いからじゃないかなー」
ノアが一番に答えた。迷いなく、サラッと。
「バカッ!何言ってんの!」
ジェシカはノアを厳しくしばいてから私をフォローしてくれる。そんなのいいのに。
「ノアの発言とか気にすることないから!それに、王女様は王女様でいいとこあるし!ホントノアは空気読めないやつなんだから。戦いだけが天使の偉さじゃないじゃん!」
ジェシカに気を遣わせてしまって申し訳ない気分になる。
ノアの言ったこともある意味事実だ。弱い者がいれば弱い者から狙われる。それもおかしな話ではない。
「ジェシカ、怒らないでよー。僕だって王女様を悪く言おうとしているわけじゃないよー。ただ、王女様はまだ目覚める前っていうかー……」
ノアは言い訳のように慌てた口調で話す。
「どういう意味だ?」
エリアスが真剣な顔で口を挟んだ。彼の瑠璃色の瞳が、ノアをじっと見つめていた。まったく、エリアスは私の話題になるとすぐ参加してくるんだから。
真剣に聞かれたノアは、少しの間迷ったように言葉を止めたが、やがて答える。
「王女様からは結構凄い聖気を感じるんだよねー。まだ発現には時間がかかりそうだけどー」
ノアの言葉を聞いても意味がよく分からなかったらしいエリアスは、怪訝な顔をして首を捻る。私も同じ気持ちだ。ノアは一体何の話をしているのか。
「隠された力、ってわけ?」
話を聞いていたジェシカが尋ねるとノアは頷く。
「うん。そんな感じだねー」
「では悪魔たちは、それを狙っているのか?」
「それはないかなー。だって、ずっと一緒にいた隊長すら気がつかなかったんだよねー?」
ノアはいつものことながら右サイドの髪を指で触りながらきっぱり言う。それを聞きエリアスは悔しそうに顔をしかめる。
「……確かにその通りだな。私には気づけなかった」
ノアは気に対する感度が人一倍良いから、まだ発現していない微量の聖気でも感じることができるのだろう。それは理解できる。だが、私にまだ隠されている力があるというのは、簡単には納得できなかった。もし私にノアが言うような聖気があるなら、少しくらいは自覚することが可能なはず。自身のことなのだから。
その時ふと思い出した。
『アンナ。お前は選ばれた。それゆえにお前は、このエンジェリカを終わらせる天使となる』
前に夢の中で、黒い女の声が私にそう告げていたことを。
……まさかね。そんなことあり得るはずがない。私は今までずっと護られるばかりで弱かった。ついこの前まで、王宮の外へ出たことすらなかった。そんな私に力があるわけない。あるわけないのに。どうしてだろう、いやに引っ掛かる。
「ノアさん、冗談は止めて。私が護ってもらうばかりの弱虫なのは事実だし、それに……気にしてないから。本当のことだもの、気にしてないわ!」
私が唐突に言ったものだから、ノアは指の動きも止まりキョトンとした顔になる。
「冗談?冗談じゃないよー。王女様は確かに特別だよー」
『特別』。その言葉がいやに胸を苦しくする。聞きたくない。私は普通の天使で、ただ王家に生まれた王女なだけ。
「特別なんかじゃないわ。私は無力な王女なの」
私は心の不安を拭うように言った。
「うん。今はそうだねー。だけど、将来的には僕らを越えるかもしれないよー」
「まさか。それは本当か?私を越えるのか?」
エリアスはノアの話に興味津々のようだ。
「隊長はかなりレベル高いけど、もしかしたら越えるかもだねー。だって王女様はエンジェリカに選ばれたわけで——」
「もう止めてっ!!」
私は無意識に叫んでいた。
周囲にいたみんなの視線が集まる。ジェシカもノアも、エリアスもラピスも、驚いた顔をしてこちらを見ていた。冷たく静かな空気が流れる。
「あ……あの、……ごめんなさい。つい……」
とても言いにくかったが、取り敢えず謝る。
「よっし!この話はもう終わりにしよっ。ノア、アンタはホント余計なことばっかり言うんだから!」
沈黙を破り明るく言ったのはジェシカだった。ジェシカは一発ノアにビンタを食らわせると、大きく背伸びをする。それから口を私の耳元に当てて小声で言う。
「……何かあるの?」
すべてを見透かすような言い方だった。ジェシカには他者の心を読む能力はない。つまり、私の言動がそれほど分かりやすかった、ということか。
私は彼女の耳元に唇が触れるくらい接近し問いを返す。
「どうして?」
すると彼女はまた私の耳元に口を寄せて答える。
「さっきから、ちょっと様子がおかしかったから」
本当によく見ているな、と思う。もしかしたら彼女はこの中で最も護衛向きの性格かもしれない。一見すると明るく気ままな少女だが、実際は鋭い観察眼を持った人物なのだと分かった。
「この後、少し二人になれる?できれば二人きりで話したいのだけど……」
そう返すと、彼女は親指をグッと立て、小さく頷く。私の気持ちを汲んで、他に気づかれないようにしてくれているのだろう。
「エリアス、ちょっと王女様を借りてもいい?」
ジェシカは何事もなかったかのように明るく尋ねる。
「突然どうした」
「あたし、王女様に用があるんだ!だから少しだけ二人にさせてくれる?」
エリアスは少し考える。
「……分かった。だがどこへ行くかだけ言っておいてくれ。悪魔が来たらすぐに行く」
「隣のカウンセリング室!あそこなら窓もないし、まだ安全じゃん?」
そしてジェシカは私に手を差し出す。
「さっ、王女様。行こっ!」
私はその手をとり、医務室の外へ出た。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.54 )
- 日時: 2017/08/17 22:57
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 0/Gr9X75)
39話「感情に揺れる心」
私とジェシカは医務室を出ると、すぐ隣のカウンセリング室と書かれた部屋に入る。
中はいたって平凡だった。壁も床も、天井も白く、医務室と同じ材質だが、広さは比較的狭い。三人以上入ると窮屈に感じるであろうぐらいの広さしかない。木製のテーブルと椅子二人があり、壁に時計がかけてある。それ以外は何もないとてもシンプルな部屋だ。
私とジェシカは取り敢えず向い合わせの椅子に腰かける。
「それで、話は何?」
ジェシカが改めて尋ねた。いつもより真剣な顔をしている。
「実はね、少し前からなんだけど……たまに黒い女の人が見えるの」
「黒い女の人?」
ジェシカは不思議そうに首を傾げる。不思議な顔をするのも無理はない。いきなり話しても事情が分かるはずがない。
「その人はどこに見えるの?」
「鏡の中とか、夢の中とかに突然現れるの。そして不気味なことばかり言ってくるの……」
いきなり力が欲しいかと言ってきたり、大爆発を起こしたり、恐ろしい未来を見せたり。あの黒い女はいつも、何がしたいのかさっぱり理解できないことばかりする。
「例えばどんな?」
目の前のジェシカが眉をひそめて聞いてくる。私は少し躊躇いつつも勇気を出して答える。
「私のことを、エンジェリカを終わらせる天使だ、とか……」
すると彼女は納得のいかないような顔をした。
「何それ、完璧におかしな人じゃん。意味不明だし。エンジェリカの王女様が、エンジェリカを終わらせるわけないじゃん」
私だってそう思うわ。私は生まれ育ったエンジェリカが好きだもの、「終わらせてやる」なんて考えたことは一度もない。
「でも確かに、そんなこと急に言われたら嫌だよね」
「そうなの。それで、さっきのノアさんの話を聞いて、もしかしてって思ったの。私は普通と違うのかなって……」
私がいたらみんなも巻き込んでしまうのかなって。そんなのは嫌だ。巻き込みたくない。私のために傷ついてほしくない。
「もし私に特別な力があって、それがみんなを傷つけるようなものなら、私はどうすればいいのかって思って、不安になったの。私、怖い……。エリアスやみんなを巻き込むのが怖い」
「そんなこと、ならないよ。大丈夫だって!」
「でも!ヴァネッサはもう犠牲になったわ!」
私は酷い。それに自分勝手。自分でもそう思う。こちらから相談しておいて、優しい彼女にこんなきついことを言えるのだから、私は最低だ。
「私のせいで傷ついたの!まだ意識も戻らないのよ!エリアスだって私のせいであんなに戦わされて……」
「待って。違うよ、そんな」
悲しそうな顔をするジェシカに、私は今まで溜め込んでいた不安を一気に吐き出す。……私、本当に最低だ。でも、頭ではそう思っていても、言葉が止まらない。
「エリアスもヴァネッサみたいになるかもしれない!私のせいで、苦しむことになるわ!……どうしてなの。私はこんなこと望んでなんてないのに!」
「待って。お願い。王女様、落ち着いてよ」
「次はエリアス……彼が不幸になるかもしれない。私のせいで……どうしてこんな……」
「いい加減にしてっ!!」
ジェシカが怒鳴った。その怒声で正気に戻った私は、「ごめんなさい」と消え入りそうな声で謝る。
「エリアスは強いよ。だから王女様を絶対に護る!侍女のヴァネッサさんとはまったく別の話じゃん!」
彼女の言う通りだと思う。エリアスがそう簡単に戦いに負けるはずがない。だが、頭でそれは分かっていても、時折不安が押し寄せてくるのだ。
「冷静になって。そんなやつの言うこと、信じなくていいよ。気にしたら負けってやつ!」
そう言われて無条件に頷けるなら、とっくに気にしていないだろう。気にしてしまうから、こんな不安になっているのだ。
「って言ってもそう簡単には無理だよね。ちなみに、その女を最初に見たのはいつ?」
「……晩餐会の前の夜、夢の中で初めて見たわ」
「あたしたちと出会う前の日ってこと?」
その確認にはしっかりと頷けた。
「次に見たのは?」
「準備をおおかた終えた時、部屋の鏡で見たわ。その時はヴァネッサに言ったけど、疲れているだけだって、まともに聞いてもらえなかったの」
ジェシカは「そっか」と小さく言ったきり、しばらく黙り込んでしまった。何かを考えているようにも見える。私は静かな空間で、彼女が再び口を開くのを待つ。
「……晩餐会の時さ、グラスが割れたり椅子が倒れたりしたよね。もしかして、あれもその女がやったんじゃない?超能力的な何かで……」
ドンドンドン!
突如ドアを叩く大きな音が響く。ノックとは程遠い音だ。
「入ります!」
そう言ってカウンセリング室に入ってきたのはエリアスだった。
「王女、また悪魔が来ました」
「そんな!」
私は思わず悲鳴のような声をあげる。その口をエリアスが咄嗟に手のひらで塞ぐ。
「貴女はここにいて下さい。私とノアでなんとかしますから。ジェシカ、王女を頼む」
「うん、任せて。エリアスも気をつけてね」
短時間の会話を済ませると、エリアスは白い衣装を翻し、すぐさま部屋から出ていった。
「待って!エリアス!お願い、行かないで!」
急に心細くなった私は叫んでいた。
「駄目だよ、王女様」
「エリアス!」
ジェシカの制止を振り払い、私は彼の後を追っていた。外へ出たら迷惑、足を引っ張るだけ。そんなこと分かっていたのに、私は彼の傍にいたい衝動に動かされた。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.55 )
- 日時: 2017/08/18 17:42
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 8.g3rq.8)
40話「どうして」
ジェシカの制止を振り切り、カウンセリング室のドアを勢いよく開ける。
「王女!?」
エリアスが信じられないものを見たような顔をする。つい衝動的に彼を追っていったものの、その後のことをまったく考えていなかった。
「おや。やはり王女様はいらしたのですな」
ベルンハルトの声だった。驚いて声のする方を見ると、銀髪の男性が立っていた。間違いない、ベルンハルトだ。まさかこんなところまで来ているとは。やってしまった……と衝動的な行動を後悔するが、今さら後悔してももはや手遅れ。
「嘘つきはよくありませんな」
ベルンハルトの顔に薄ら笑いは浮かんでいない。怒ったように眉がピクピク微動している。
刹那、ベルンハルトが指先で何かを描く。
「きゃっ!」
氷の破片が飛んでくる。が、目の前で全部跳ね返った。
「もー、危ないなー」
ノアが聖気で薄紫のシールドを張っていた。それで防げたのだろう。いつもはまったりしているのに、こういう場面では素早いのが不思議だ。
「王女様!大丈夫!?」
カウンセリング室からジェシカが出てくる。
「こっちは平気だよー」
「アンタ怪我してるじゃん!心配すぎ!」
「ほら、僕は動かなくても戦えるしさー」
「防御だけだけどね……」
一方エリアスは槍を構え戦闘体勢に入る。さっきまでとは目つきが変わった。
「ノア、王女を頼む」
「はいはーい」
ノアのお気楽な返事とほぼ同時にエリアスはベルンハルトへ急接近する。そして槍を振る。ベルンハルトは槍の長い柄を方腕で止め、もう片方の手を掲げる。すると小さなコウモリのような悪魔が大量に現れた。
「年老いているからと、なめてもらっては困りますぞ」
ベルンハルトの赤黒い瞳がギラリと怪しく輝いた。
エリアスは一度距離をとる。そこに、小型悪魔が一斉に彼をめがけて飛んでくる。
「その言葉、そっくり返す」
群がる小型悪魔を、白い一閃が消滅させた。エリアスの聖気を込めた槍での一撃。さすがに強烈だ。並大抵の相手では、たちうちできない。
「ふむ……一撃、か」
ベルンハルトはその様子を目にして興味深そうに呟く。
「次はお前だ」
長い槍の先がベルンハルトに向くが、当のベルンハルトは少しも警戒していないようで、まだ興味深そうに独り言を言っていた。
「……さて、実力はどれほどのものですかな」
エリアスは槍を操り攻撃するが、ベルンハルトはユルユルとした滑らかな動きでかわす。さすが四魔将だけあって一筋縄ではいかない。ベルンハルトは天井に当たりそうなぐらいの高度まで飛び上がる。エリアスは槍を持ったままベルンハルトを追う。今度はエリアスに向けて氷の欠片が飛ぶ。だがそれを読んでいたらしいエリアスは、体を回転させるようにして氷の欠片を避けた。
「おぉっと!」
槍に触れかけたベルンハルトはわざとらしく大袈裟にそんなことを漏らす。
「……なんてな」
片側の口角をニヤリと持ち上げる。それとほぼ同時に、背中から出てきた一本の細い触手が、エリアスの左肩辺りを突き刺した。隙ができたエリアスを、ベルンハルトは全力で蹴り落とす。抵抗する時間もなくエリアスは床まで落下した。
「エリアス!」
私は思わず叫んだ。
しかし、かなりの勢いで床に叩きつけられたであろうエリアスは、すぐに体を起こす。即座に立つのは無理のようだが、肩膝をついて座るぐらいはできている。
「……っ!」
エリアスは左肩を押さえて顔をしかめる。そこに追い討ちをかけるように、ベルンハルトは上から大量の氷の欠片を降らせる。
「エリアス!逃げてっ」
ジェシカが大きく叫ぶ。爆発が起きる。ノアがいなければ爆風で飛ばされていたかもしれなかった。その後、煙が広がる。煙のせいで視界が悪く、辺りの様子を視認できない。
やがて煙が晴れると、エリアスが座り込んでいるのが見えた。私は堪らなくなって彼に駆け寄る。
「エリアス!大丈夫!?」
頬にはいくらか傷がつき、先程ベルンハルトの触手に刺された左肩からはドクドクと血が流れ出て、腕を伝って手まで濡れていた。それでもまだ意識はあるし、全然動けない状態ではないようだ。
「このぐらいでは致命傷にはなりません。まだ戦えます」
彼の目は挫けていなかった。
「でもエリアス、血が出てるわ。早く手当てしなくちゃ……」
血が流れている肩に触れようとすると、彼は静かに、それでいて真剣に言う。
「触れないで下さい。魔気が移ります」
一瞬意味が分からなかった。
「え?ま、魔気って……どうしてエリアスから?」
「さっき刺された時、瞬間的に魔気を入れられました。ですから、王女はなるべく触れない方が良いかと」
そんな。やっぱりヴァネッサと同じようになってしまう。私はショックを受けた。
「そんな!エリアス、魔気は平気なの?」
彼の呼吸は少し乱れていた。
「えぇ。……このくらいなら、問題ありません」
それでも彼は微笑んだ。きっと苦しいだろうに、弱音は決して吐かない。
そんな時だった。
「お話はそこまでですぞ」
ベルンハルトの声を聞き、振り返る。先程と同じ一本触手が迫ってくるのが見えた。間違いなく私を狙っている。「もう駄目だ」と思い瞼を閉じる。
——しかし、触手が私の体に刺さることはなかった。
「……く」
喉が締まったような微かな声が耳に入る。触手は私をかばったエリアスのうなじに突き刺さっていた。
「そんな……!」
私が着ている式典用の衣装が、エリアスの血で赤く染まっていく。それを見た時、私は戦慄した。
「……王女、私は……貴女の傍にありたい……」
一瞬だけ、瑠璃色の瞳が力なく私を見た気がする。そして彼は崩れるように倒れた。
「こんな……こんなことって……」
——その先は覚えていない。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.56 )
- 日時: 2017/08/19 00:11
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: yl9aoDza)
41話「暁」
……どうして。どうしてなの。ついこの前まで、平和に暮らしていたのに。私はどこで間違えたの。私が、王宮の外へ行きたいと願ったから?自分勝手な希望を無理矢理通したから、ばちが当たったの?もしそれが理由なら、私が傷つけばよかったのに。私を殺してくれればよかったのに。エリアスもヴァネッサも関係ない、ただ私の近くにいただけよ。それなのに……、傷つくのは無関係な者ばかり。こんなのっておかしいわ。
でも、私にはもう分からない。どうすればいいか、もう分からないよ。
絶望という暗い闇から目覚めた時、辺りは焼け野原だった。ところどころに崩れ落ちた建物の残骸が散らばっている。悲鳴のような叫び声が時折聞こえるが、辺りに天使の姿は見当たらない。
「これは……、夢?」
私は理解不能な光景をぼんやりと眺めながら、誰にともなく呟く。
「夢ではない。現実だ」
背後から声が聞こえてくる。振り返ると、いつものあの女が立っていた。髪も瞳も服もすべてが真っ黒なその女は、無残なその光景を悲しそうな瞳で見つめている。
「四百年前、私が見た光景と同じだ……」
彼女も誰に対してでもなく呟いていた。黒い瞳にはうっすらと涙が浮かんでいるようにも見える。
「アンナ……、やはりお前も私と同じだ。同じ力を持ち、同じ運命を辿る」
「何を言っているの?」
瓦礫は燃え、辺りは黒い煙に包まれている。数十メートル先は見えないくらいの煙だった。
「……前にも話した通り、四百年前、私はエンジェリカの王女だった。ある日突然悪魔の侵攻が始まり、天界は戦乱の時代を迎えた。もちろんエンジェリカも戦場となった」
黒い女は静かな声で語り始める。私はよく分からぬまま、他人事のように聞いていた。
「私はエンジェリカの王女として前線に立ち戦っていたが、仲間たちは私をかばって次々と倒れていった。そしてやがて絶望するようになった。自分のために多くの者が犠牲になることに耐えられなくなった私は、普段通り戦っていたある日、力を暴発させてしまい……エンジェリカを破壊した」
彼女は数百年もの間、辛い思いを抱えていたのか。そう思うと胸が締めつけられて痛くなった。
「それから、私の父である王と天使たちは私を裏切り者と呼んだ。私は王女でありながら罪人として捕らえられ、最終的に死刑となった。ここまでは前に少し話した記憶がある」
「聞いた記憶があるわ……」
「この話にはまだ続きがある。それから、私の遺体は封印されることとなった。もう二度とこんな悲劇が起こらないように、鎮魂の意味も込めて。その封印に使われたのが、お前の持っていたブローチだ」
「え?私の……?」
胸元に目をやると、赤い宝石のブローチがない。辺りを見回すと、足元に、粉々に砕けた赤い宝石が落ちていた。
「そんな!割れてる!?」
母からもらった大切なものなのに。ショックすぎる。
私は慌てて両手で拾い集めようとするが、指の隙間からサラサラとこぼれ落ちてしまう。
「恐らくお前の力の暴発を止めようとして割れてしまったのだろう。止められなかったということだな。おかげでエンジェリカはこの状態だ」
黒い女はどこか懐かしむように言う。全身の力が抜けて、私はへたり込んでしまった。
「じゃあ……、私がエンジェリカを壊したのね。エリアスもヴァネッサも、もう二度と会えないの?こんなの……嫌よ。こんなの……!私が王宮から出たいなんて言ったから……わがままを言ったから……!」
涙が溢れてくる。『絶望』という言葉がよく似合う感情。こんなことなら、外に行きたいなんて言うべきじゃなかった。
「……アンナ、それは違う」
黒い女がしゃがみこんで、私の手に触れる。思えば彼女と触れたのは初めてかもしれない。そんな気がする。
「アンナ。お前が外の世界を知りたいと思ったのは、間違いではない」
その瞬間、私は思い出した。彼女が言ったのは、初めて私が外出した日に、エリアスがかけてくれた言葉だ。目の前の彼女とエリアス、二人が重なって見える。
そして、それと同時に、エリアスの微かな聖気を感じた。本当に微かだけど確かに感じる。間違えるはずがない。だってエリアスは私の護衛隊長だもの!彼のことは誰より分かる。
心に光が差してくる。きっと、希望という名の光。絶望の闇が晴れていく。
私は立ち上がった。
「アンナ?」
「そうだ。私、エリアスのところへ行くわ。もしかしたら……、もしかしたらだけど、まだ生きているかもしれない!」
黒い女は微笑を浮かべて尋ねる。
「なぜそう思う?」
その問いに私は迷いなく答えられた。
「エリアスの聖気を感じるの。きっと彼は生きているわ!みんなもその辺にいるかもしれない!」
すると、彼女は初めて穏やかに微笑んだ。
「そうか。では、いってらっしゃい」
「ありがとう。……いってきます!」
私がエンジェリカを終わらせる。その運命の通り、私はこの国を破壊した。でも、まだすべてが終わったわけじゃない。今、私の胸にあるのは、絶望ではない。希望だ。小さな芽がいつの日か大きな樹になるように、私の心に生まれた小さな希望は私の未来を変える。
壊してしまったことは謝ればいい。一生かけてでもこの罪を償う。
待っていて、エリアス。それからみんな。今度は私が助けに行くから!
- Re: エンジェリカの王女 ( No.57 )
- 日時: 2017/08/19 14:49
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: kJLdBB9S)
42話「生きているから」
私は微かに感じるエリアスの聖気だけを頼りに彼を探した。散乱する瓦礫を乗り越え、燃えているものには触れないよう注意しながら、ひたすら歩き続ける。生まれてからずっと護られてきた私にとってはこんなことは初めての体験だ。多少の不安はあれど怖くはない。希望という光があるから。
何度瓦礫の山を乗り越えただろうか。ついに倒れているエリアスの姿を発見し、急いで駆け寄る。
「エリアス!エリアス、聞こえる?……気絶してる」
遠い昔に習った生存確認の方法を頭の隅から掘り起こし、彼の手首の親指よりに手を当ててみる。トクトクと、弱々しいが脈を感じられた。やはり生きている!血は自然に止まったらしく固まっている。
「どうしよう……」と悩んでいると、ちょうど近くから声が聞こえてきた。
「王女様ー」
聞いたことのある声に慌ててキョロキョロ周りを見る。そしてついに声の主を発見した。
「ノアさん!」
薄紫の髪ですぐに分かった。ジェシカを背負っている。私たちはすぐに合流した。
「王女様、無事だったんだねー。良かった良かった。でも、一体何が起きたのかなー?」
呑気に笑っている。良かった、元気そうだ。彼よりも、彼が背負っているジェシカの方が心配である。
「ジェシカさんは……?」
「あー、うん。大丈夫だよー。びっくりして失神してるだけだから、そのうち起きるんじゃないかなー」
良かった、と心の底から安堵する。もう二度と会えないと思っていたみんなにまた会えるなんて……また泣きそう。でも今はまったりと再会を喜んでいる場合ではない。
「エリアス、まだ生きているの。早く手当てをしなくちゃ」
「うん。そーだねー。まずはどうするー?」
呆れるくらい呑気な性格。だけど、その呑気さに救われることもあるのだなって、今はそう思う。
「まず安全なところに運んで、それから……」
どうするべきかなんて分かるわけがない。私は医療に関する知識など持っていないのだ。
「じゃあ、取り敢えず救護班のところまで運ぼうかー。まずはジェシカをここに置いてー」
ノアは背負っている気絶したジェシカを地面に横たわらせる。……えっ、置いていくの?
「ジェシカさんも一緒に運ばなくちゃならないんじゃ」
「うん。けど、僕は力がないから二人も運べないよー」
確かにノアは力持ちではなさそうだが、だからといってジェシカをこんなところに置いていくのはいかがなものか。しかし、気絶しているエリアスとジェシカを、私とノアだけで運ぶのは至難の業である。
「僕が協力してやろうかっ!?」
背後から懐かしい声がして振り返る。そこにはS字ポーズをしたライヴァンが立っていた。黄色に近い金髪と紫の瞳がとても懐かしい。
「……何しに来たのかなー」
ライヴァンの姿を目にして、ノアは警戒したような硬い表情になる。
「僕が協力してやろうかっ!?」
ライヴァンは同じポーズのまま、もう一度言った。どうやら私たちと戦う気はなさそう。
「…………」
私もノアも言葉を失った。
「もういい!負傷者を運ぶ!」
言葉選びに困っている私たちのことは無視して、気絶したエリアスを片手でひょいと持ち上げる。とても軽そうに。
「……ライヴァン。貴方、手伝ってくれるの?」
私はまだ状況を飲み込めないまま尋ねる。すると口を尖らせて返してくる。
「お人好し王女は本当にお人好しだな!僕はただ負傷者を探していただけだっ」
しかし、少し頬が赤くなっていた。
「こいつは救護所へ運ぶ。そこの女は君たちで運ぶがいい」
ノアは一度地面に置いたジェシカを再び持ち上げ背負う。
「じゃあ僕が運ぶよー。王女様はライヴァンと一緒に隊長をよろしくー」
私はまだライヴァンを信じられなかったが、ノアは彼をすっかり信じているようだった。
ほぼ外のような状態の簡易救護所は負傷者で溢れかえっていた。一言に負傷者といっても、擦り傷や打ち身のような軽傷から意識がない重症まで、その状態は様々である。
「負傷者はこちらへー!意識のある方はこちら!意識のない方はこちらへ!出血の方はここで速やかに止血を行いますー!」
看護師の天使が叫んでいた。負傷者もそれ以外も含め天使の数が多すぎて騒がしいため、大声で叫ばなければ聞こえないのだろう。
「麗しい僕が患者を連れてきた!すぐに手当てしてくれ」
言っていることはいつも通りで呆れるが、その表情はいつになく真剣だった。顔つきを見れば今回は嘘をついていないと分かる。
「はい。……重症ですね。ではこちらに」
看護師の天使は空いていた数少ない簡易ベッドの一台に気絶したエリアスを横たわらせる。これでひとまず安心か。私は横たわり眠るエリアスの片手をそっと手に取る。
「私たち、お似合いね」
彼の手は血がこびりついて赤く染まっている。私の純白のドレスも真っ赤に染まっている。ぴったりだと思う。
「ライヴァン、助けてくれてありがとう」
私は純粋に感謝していた。素直に「ありがとう」と言うことができた。
「……ふん。相変わらずお人好し王女だな、悪魔に礼を言うとは」
ライヴァンは感謝されて恥ずかしかったのか、らしくなく赤面して視線を逸らす。それを見て温かな気持ちになった。
「悪魔だからといってお礼を言わない理由にはならないわ。助けてもらってありがとうって言うのは普通でしょ」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.58 )
- 日時: 2017/08/19 17:58
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w1J4g9Hd)
43話「未来への一歩」
あの後ノアはジェシカを救護所へ預けた。そして私は彼とライヴァンと三人で、救護所の外へと出た。外は相変わらず瓦礫の山で、埃と煙の臭いしかしないが、空は青く澄んでいる。柔らかな光が差していた。
「ライヴァン、これからどうするつもりなの?この騒ぎに乗じて魔界に逃げ帰る?」
私は静かに尋ねる。これほど破壊された光景を見続けても、私のせいだとはいまだに実感が湧いてこない。
「……いや。麗しい僕は逃げ帰ったりしないっ!」
片足だちで両手を上に掲げたような意味不明なポーズをしっかりきめる。
「実はしばらくはここに残ろうかと思っているのだよ」
「へ?」
予想の斜め上をいく答えに、思わず情けない声が漏れてしまった。
「この美しさに天使たちはメロメロになることだろうっ!」
まったく理解できない。何を言っているのかさっぱりだ。通訳がほしい。
「魔界へ帰っても殺されるだけだ。つ!ま!り!だなっ。天界を旅してくるっ!」
「えぇぇっ!?」
顎が外れそうになった。
「貴方悪魔よ?天界を旅するって、そんなの……、普通に駆除対象にされるわよ?」
「僕は新しい人生をゆく!」
まったく、馬鹿げた話だ。ライヴァンは悪魔。どうしたってそれは変わらないのに。コウモリのような羽は生えているし、魔気は放出し放題だし。純粋な悪魔が天界で暮らしていくのは恐らくかなり厳しいだろう。激しい差別を受けるだろうし、場合によっては捕まったり処刑されるかもしれない。
「……きっと苦労するわ」
「いいさ。天界でなら卑怯でなくとも勝者になれる。君の言っていた言葉を信じて、これからは卑怯でない人生を生きようと思っている」
私は一呼吸おいて言う。
「それでも貴方は、天界に生きることを選ぶのね」
「どんな困難も、この麗しさで乗り越えるさ!」
ライヴァンは自信満々に言い放ち、bの文字みたいなポーズをビシッときめた。
「それではな。さらばっ!」
彼は大地を蹴り、上空へ飛び上がる。コウモリのような羽をバサバサと羽ばたかせながら、彼はどこへともなく飛んでいった。
「さよなら、ライヴァン。またいつか会いましょう」
私は飛んでいく彼の背をじっと見つめていた。少しだけ寂しさを抱えながら。
「王女様、ライヴァンを勝手に逃がしてよかったのー?」
今まで黙っていたノアが口を開く。彼の発言は確かにその通りだと思うが、今の私にとってはそれほど気になることでない。
「分からないけど、多分いいんじゃない?」
「怒られないかなー?」
「私はもっと怒られることがあるもの。ライヴァンぐらい些細なことだわ」
エンジェリカの王女でありながらエンジェリカを破壊した。いくら意図的でなく力の暴発とはいえ罪は罪。怒られ罰を受けるのは目に見えている。
「それってエンジェリカを破壊したことを言ってるー?」
私は小さく頷く。するとノアはニコッと笑みを浮かべた。
「王女様は大丈夫。だって、いい人だからさー」
「でもびっくりさせたでしょ」
「ううん、平気ー。だってほら、僕は聖気には鋭いからさー。それに、王女様から出た聖気は、天使だけは全然傷つけなかったよー」
「嘘でしょ。みんな怪我していたわ」
「あれは衝撃波で飛ばされたり瓦礫で怪我しただけだよー」
「同じことよ」
……なんだか気まずい空気。
折角励まそうとしてくれていたのに、ちょっと酷いこと言ってしまったかな?そんな風に悔やむ。でももう遅い。いや、気にしすぎ?
「王女様は大丈夫だよー。隊長がいるし、ジェシカもいるし。ヴァネッサさん……だっけ、あの人もいるしさー」
ノアはのんびりとした口調で話し出した。
「王女様の場合は、恵まれた環境にいるって気づくことが未来を開いていくのかもねー」
まるで自分が恵まれていなかったかのように彼は言う。
「ノアさんは、恵まれていなかったの?」
すると彼は少し間を開けて、静かに答える。
「……そんなことはないよー。ちょっと複雑だったけど、ただそれだけだねー」
「いつか聞かせてくれる?ノアさんの昔の話とか」
「王女様が聞きたいならねー」
ノアは右サイドの髪に触れながら穏やかに笑う。こんな風に二人だけで話すのは初めてだが、案外気楽だ。体の力を抜いて自然に話せる。ずっと昔から知り合いだったみたいな不思議な感じ。
「じゃあいつか、みんなで語り合うのはどう?ジェシカさんとエリアスも呼んで」
「うん。ヴァネッサさんも忘れずに呼ぼうねー」
「もしかしたらヴァネッサは断るかもしれないわね。ヴァネッサはあまり騒がしいのが好きじゃないから」
そんな風に楽しいことを想像していると幸せな気分になってくる。すべての罪がなかったことになるような気すらしてくる。それが幻想にすぎないと理解していても、今だけは夢をみていたい。
「突然、失礼します」
ノアと話していた私に声をかけてきたのは、白い服を身にまとった真面目そうな男性。襟に親衛隊の紋章がついていることから、私の父ディルク王の部下であることがすぐ分かった。
「アンナ王女。王様から貴女にお話があるとのことですので、ご同行願います」
感情のこもらない淡々とした声で言う。
……夢から覚める時間か。
「分かりました。同行します」
私が死刑にならず道を返ることができたら、あの黒い女は喜んでくれるだろうか。ふと頭にそんなことが浮かんでくる。
女はずっと、一人孤独に、自身を悔やみ周りを憎んでいた。すべてを失い自身も辛かったはずなのに、誰にも話せぬまま、破壊してしまった日のエンジェリカにずっといたのだろう。四百年もの間。だけど、彼女はエンジェリカを一番愛していた。それだけは間違いない。
私が同じ結末を辿らないことで、貴女の時計の針を動かすことができるなら——私は。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.59 )
- 日時: 2017/08/19 22:54
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: fqLv/Uya)
44話「運命を変える」
親衛隊員の一人によって招かれたのは、王宮から少し離れたところになる教会だった。真っ白な背の高い建物は、原形を留めている。王宮から少し離れているため、私の聖気の暴発による爆発から辛うじて免れたのだろう。
「どうぞ」
高さのある重そうな扉を親衛隊員が開ける。そこには、私の父、ディルク王が静かに佇んでいた。私は親衛隊員に促され、教会の中へ進む。
「お父様……」
晩餐会の件を話した日以来か。私たちは実の親子だが、親子と呼ぶにはあまりによそよそしい関係である。
「アンナ。お前は自分が何をしたのか分かっているのか」
ディルク王は静かにそう告げた。周囲には部下である親衛隊員たちがいて、様子を無言で見守っている。少し怖いくらいだ。
「お前はエンジェリカの王女。そうだな?」
私は緊張しながらこくりと頷く。声は出せなかった。
「王女のお前がエンジェリカの王宮を破壊した。それがどういう意味か……分かっているな」
嫌なぐらいの静けさ。凍りつきそうな冷たい視線。この場に味方が一人もいないという孤独感。決意したばかりで既に挫けそうになった私は、「負けるな」と自分自身を鼓舞する。
「エンジェリカには過去にも、自国を破壊した王女がいたと聞く。その王女がどうなったか、知っているか?」
「……死刑」
「そうだ。自国を破壊する王女など認めるわけにはいかない。よってお前を、死刑とする」
そう言われると分かっていた。当然だ。……私は大人しく死刑になんてなるものか。最後まで絶対諦めない。
「お父様!……私を死刑なんかにしていいの?私がいなくなれば、この国は終わるわ。跡継ぎは他にいないのよ」
言ってやった。私は今まで、ディルク王の命令にはなるべく大人しく従ってきたが、こればかりは従えない。私の生き死にがかかっているのだから。
「禍々しい王女をここにいさせるよりましだ!」
ディルク王は鋭く怒鳴る。怒鳴れば従うと思っているようだ。今までは、そうだったから。
「親衛隊!連れていけ!」
その叫び声と同時に、周囲にいた親衛隊が寄ってきた。両腕を乱暴に掴まれる。
「ちょっと、何するの?離して!離してちょうだい!」
私が暴れて抵抗したところで親衛隊員からは逃れられない。何せ親衛隊、彼らは強い。
『アンナ……、やはりお前も私と同じだ。同じ力を持ち、同じ運命を辿る』
脳裏に女の言葉が蘇る。
……変えられないかもしれない。もう諦めかけている、死を受け入れかけている自分がいた。私は心の中で首を横に振る。弱気になっては駄目だ。今は私を捕らえる二人の親衛隊員から逃れることだけを考えなくては。
離れろ!離れろ!
身を振り必死に抵抗しながら、心の中でその言葉を繰り返す。
「離れろ!」
心の中での叫びが思わず口から滑り出た時、私を捕らえていた二人の親衛隊員が吹き飛んだ。……今のは、聖気?
身構えていなかった彼らは、飛ばされ柱に激突する。その隙に私は勢いよく駆け出した。教会を出る。
「逃がすな!アンナを追え!」
背後からディルク王の叫び声が聞こえた。実の娘に対してよくそんなことが言えるものだ。まるで罪人のように……いや、今の私は罪人なのか。
そんなことを考えながら走っていると、後ろから親衛隊員が追ってきているのを感じた。まずい、追いつかれる。私は必死で駆けた。飛ぶのも一つの選択肢ではあるが、飛びなれていないためすぐに追いつかれるだろう。だから私は走ることを選んだ。……そんなことはどうでもいいが。
私は取り敢えず王宮があった方向へ走った。無我夢中に走る。やがて簡易救護所が見えてくる。あそこにはノアたちがいるから、もしかしたら助けてもらえるかもしれない。そんな小さな希望を抱き、簡易救護所の方へ向かう。
ノアの姿が視界に入った。
「あ、王女様——」
呑気な顔をしているノアに、私は勢いよく突っ込んだ。
「な、何事ー……?」
「……いったぁ……」
走り慣れていない私の足に急停止は無理だった。ノアと私は絡まるように、近くの簡易テーブルを倒して転けた。
……こんなこと滅多にない。
「ちょっとノア!何して——、えっ。王女様っ!?」
倒れた私とノアを上から覗き込んできたのはジェシカだった。
「ジェシカさん!意識が戻って……」
「う、うん。それより王女様、ベルンハルトは?あいつはどこにいるの?」
そういえば、あの爆発からベルンハルトの姿は見かけていないな……って、そんなこと話してる時間はない!
「それより!助けて!私、殺されるわ!」
「えっ?えっ?」
ジェシカは話についてこれず困った顔をしている。
その時、私を追ってきていた親衛隊員たちが、やっと追いついてきた。各々の武器を構え、私たちをほぼ取り囲むような状態になっている。
「アンナ王女を捕らえろ!」
リーダー格の男性が言った。
「ちょ、何これ!?何これ、どういう状況っ!?」
「王女様が狙われてるねー」
ノアは転んだときに打った腰をさすりながら立ち上がる。
「いや、狙われてるね、じゃないでしょ!相手悪魔じゃなくて親衛隊だし、何これ!?」
ジェシカは状況を飲み込めず一人騒いでいた。天使が天使に狙われているのだから理解不能なのも無理はないが。
「うーん……これは敵カウントでいいのかなー?」
武装した親衛隊に囲まれていてもノアは落ち着いていた。むしろ「もう少し危機感を持つべきでは?」と疑問に思うほど。
「桃色の女と紫の男!アンナ王女を引き渡せ」
リーダー格の男性が命じると、ジェシカとノアは顔を見合わせ、一度頷く。
「君たち……さぁ」
ノアがわざとらしく普段より大きめの声で言う。
「こんな可愛い子いじめて、何が楽しいのかなー」
「だよねっ。まぁでも」
そう言いながらジェシカは聖気を集めて作った剣を構える。
「王女様を狙うやつは全員敵!いっちょやるか!」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.60 )
- 日時: 2017/08/20 09:00
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7dCZkirZ)
45話「結末」
この状況はどう考えても不利だ。こちらはノアとジェシカの二人しかいないのに対し、相手は多勢、しかも親衛隊員。個々の戦闘力もかなり高いはずである。ジェシカ一人で敵うかどうか怪しい。
「ノア!王女様守ってて!」
彼女は剣を構え、今にも飛び出しそう。表情はいつになく生き生きとしている。
「うん。死守だねー」
そう答えたノアは私を自分の傍に引き寄せ、紫色の聖気でドーム状のシールドを作り出す。
「王女様も苦労するよねー。ただちょっと壊しただけなのに死刑なんてさー」
今はただ、ジェシカを信じるしかない。何もできない自分が悔しいが、処刑されないためにはこの方法しかないのだ。
ジェシカは勇ましく挑む。小さな少女の体で親衛隊員たちと互角に渡り合えるのは凄いと思った。彼女は身軽さを武器に一人戦い続ける。殺してはならないのが難しいところかもしれない。
「ジェシカさん、一人で大丈夫かな……」
私は不安でいっぱいだった。
「大丈夫だよー。王女様は優しいからすぐに心配するよねー」
その一方、ノアは落ち着いていた。穏やかな笑みを浮かべ、軽い口調で話す。
「そこが美点でもあるんだけどねー……え?」
いつも通りのまったりぶりだったノアがピクッと何かに反応し視線を移す。彼の視線の先に、ディルク王がいた。
「お、お父様っ!?」
まさかディルク王が直々に現れるとは。そんな風に驚いた刹那、ノアが小さな声で言う。
「……王様じゃない」
「え?」
私は思わずキョトンとしてしまった。ノアは一体を何を言い出すのか、と。いくら親しくない親子とはいえ外見ぐらいは正確に記憶している。私が見間違えるはずがない。
「……気が違う。あれはベルンハルトだよー」
「えっ!?」
でも、さっき私、普通に話して——そうか!急に閃く。
「ベルンハルトが父の体を乗っ取っているとか?」
「……正解」
ディルク王はこちらへゆっくりと歩み寄ってくる。やがて、私との距離が数メートルくらいになると立ち止まり、口を開く。
「アンナ、諦めろ。誰に頼ろうが逃げきることは不可能だ。エリアスが倒れた今、お前を守りきれる者などおりはしない」
今ディルク王が話したことで分かった。このディルク王は私の父ではない、ベルンハルトだ。
「貴方、お父様ではないわね」
私は勇気を出して言った。ノアが驚いた顔をする。
「何を言う?おかしな小娘だ。父親を父親でないと言うとは、恐怖で気がふれたか」
……やっぱり。
最初ノアに言われた時は信じられなかったけれど、今の会話で確信した。目の前のディルク王はディルク王でないと。
「ベルンハルト!お父様から出ていって!」
私は鋭く叫んだ。今までなら味方に隠れていただろうが、私は変わったのだ。
「……何を言っているのやら」
ディルク王、否、ベルンハルトはまだとぼける。
「貴方はさっき、エリアスが倒れたと言っていたけど、それを父は知らないわ。爆発の前、エリアスが倒れたのを見ていたのは、私とジェシカさんとノアさん、そしてベルンハルト!」
「……寝言は寝て言え」
私が気がついたのはそれだけではない。
「それにね、私のことをおかしな小娘って言ったでしょ。父は私を小娘とは呼ばないの」
「それがなぜベルンハルトである理由に……」
「ベルンハルト!広場で私がブローチに触られるのを拒否した時、貴方は言ったわ。小娘ごときが、ってね!」
「……たいしたものですな」
ディルク王だが喋り方がベルンハルトに戻った。次の瞬間、ディルク王の姿のベルンハルトが殴りかかってくる。ノアが前に出た。
「……っ!」
ノアはベルンハルトの打撃をシールドで受け止める。
「ノアさん!大丈夫!?」
「うん。びっくりしただけで、平気平気だよー」
いつもニコニコしているから、彼は心が見えない。そのせいで余計に不安である。
「アンナ」
横を見ると、黒い女が立っていた。容姿が真っ黒なのはいつもと変わらないが、柔らかい笑みを浮かべている。
「ベルンハルトを消滅させろ」
漆黒の瞳には光が宿っていた。
「……消滅させる?私が?」
私が彼女と話す間、ノアはベルンハルトの攻撃を防いでくれていた。
「ディルク王に触れ、消えろ、と念じる。それで祓える。父親を救ってやれ」
「……分かった」
覚悟して首を縦に動かす。すると彼女はすっと消えた。
私はノアのシールドに攻撃を繰り返すベルンハルトに操られたディルク王に手を触れる。それを目にしたノアは口をぽかんと開けた。
消えろ。消えろ。
「消えろぉっ!」
私は目を閉じて叫ぶ。
その瞬間、ディルク王の体から力が抜けた。ディルク王はすっかり脱力し倒れ込む。
「……王女様、何したのー?」
呆気にとられた顔でノアが聞いてきた。
「ベルンハルトを消したの。これで父は父に戻ったはず。気はどうなった?」
ノアは少ししばらくしてから答える。
「王様のものだよ」
私は最大の溜め息を漏らした。これで私が処刑される運命は変えられたはずだ。
- Re: エンジェリカの王女《1章 まもなく終了》 ( No.61 )
- 日時: 2017/08/20 18:24
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: SEvijNFF)
46話「貴方は私の誇り」
「アンナ王女、本当に申し訳ありませんでした」
あの後、私は親衛隊員たちに、ディルク王がベルンハルトに操られていたことを説明した。彼らは私が予想していたより理解してくれ、みんな揃って私に頭を下げた。私はただ死刑を免れたかっただけであり、彼らに謝ってほしかったわけではないが、ジェシカが一人一人謝らせた。なんということだ。
そして私は改めて、ディルク王の前に立っていた。
「アンナ、お前には酷いことをしてしまった。いきなり死刑などありえん。それは謝ろう。だが、お前がエンジェリカを破壊したことは事実……」
死刑以外なら何でもいい。生きてさえいれば何度でもやり直せるもの。
「そこで、お前に頼み事をすることにした」
「頼み事?」
予想外な展開が私を待っていた。
「地上界へ行き、人間の文明について学んできてほしい」
「人間の……文明?」
私は戸惑ったまま繰り返す。ディルク王は真剣な顔で私を見つめて続ける。
「そうだ。地上界へ行き、人間の社会で暮らす。何も難しいことではないだろう?」
人間の暮らす世界なんて、考えてみたこともなかったけど、でもなんだか楽しそう。そう思い、私は頷いた。
「「地上界へ行く!?」」
私は早速簡易救護所へ戻り、エリアスの様子を見守っているジェシカとノアにそのことを話すと、二人はとても驚いた。
「王女様が王宮の外で暮らすってこと!?」
ジェシカはすぐ横に寝ている者がいるというのに構わず騒いでいる。
「それなら僕らの出番だねー」
「そうそう!あたしたちも王女様と一緒に行くよ。そうと決まれば早速用意しなくちゃ!」
ジェシカは物凄く張りきっている。そういえば二人は以前地上界で暮らしていたと聞いたのを思い出す。もってこいの二人だ。
「いつ出発か分からないのに、もう用意するのー?」
ノアは面倒臭そうに言う。
「当然じゃん!善は急げだよ。そうだ、王女様に似合いそうな服を探してこなくちゃね」
ジェシカは楽しそうに言いながら、立ち上がって気持ちよさそうに大きな背伸びをする。
「ジェシカさん、待って。服なんていいわ。私、色々持って……」
私の持っている服はほぼドレスだが、着るものには困らない。
「駄目だよっ。地上界で暮らすなら人間みたいな服を着なくちゃならないんだから。さーて、じゃあ行ってきますっ」
ジェシカは私の答えを待たずに歩いていってしまう。
「それに王宮が壊れたからクローゼットもないかもねー」
ジェシカが去り二人になるとノアはそんなことを言った。そういえばそうだった、と思う。何でもいいが、エリアスの血液で赤く染まったこのドレスはどうにかしたい。ここまで真っ赤だと、通りすぎる天使にやたらと見られて、少し複雑な心境になる。
「僕もそろそろ用事に行ってこようかなー。王女様、一人でも大丈夫ー?」
「えぇ、平気よ」
「それじゃあ隊長をよろしくねー。また後でー」
ノアは手を振りながらどこかへ歩いていってしまった。
エリアスはまだ眠っている。着ていた服は脱がされ、素肌に包帯を巻いた状態で寝かされている。上に毛布をかけてもらってはいるものの寒そうだ。私はそんな彼の手を握り、目覚めるのをずっと待ち続けた。
やがて夕方になり、夜が訪れる。エリアスはずっとびくともせずに眠っていた。それはもう、生きているのか何度も不安になるほど。ただ、手は温かい。
夜空を眺めてぼんやりしていると、突然彼の指がピクッと動いた。私は驚いて彼に目をやる。細くだが目が開いていた。
「気がついた?」
怖々声をかけてみると、彼は掠れた声で返す。
「……王女」
ちゃんとした反応をしている。どうやら意識ははっきりしているようだ。私はひとまず安心した。
「良かった。エリアス、体の調子はどう?」
「……よく分かりません」
「そっか。そうよね。でも、生きていて良かった」
「……ありがとうございます」
それを最後に沈黙が訪れた。もう多くの天使が眠りつつあるのだろう、昼間の騒がしさが嘘のように辺りは静かになっていた。私もエリアスも、何も言わなかった。
私はふいに夜空を見上げる。空にはたくさんの星が輝いていた。今は希望の星に思える。不思議と温かな気持ちになった。
「……王女。ごめんなさい」
エリアスがいきなり沈黙を破って謝ってくる。
「どうして謝るの?」
私には彼が謝る理由が分からなかった。謝るとすれば私の方なのに。
「……貴女を護ると、ずっと傍にいると……言ったのに」
エリアスは言いながらゆっくりと上半身を起こす。
「どうして?エリアス。貴方は私のこと、ちゃんと護ってくれたじゃない」
しかし彼は随分浮かない顔をしている。
「……私はベルンハルトに負けました。王女の前であのような不覚をとるとは情けない……」
「そんなことないわ!」
私は両腕を彼のわきにまわし、頬が胸元に食い込むくらい強く抱き締めた。包帯の生地が頬に触れてザラザラするが、そんなことは気にならない。
「情けなくなんてない!エリアスは私を護ってくれた。貴方は私の誇りよ!」
それから一度体を離して彼の顔を見ると、彼は泣いていた。瑠璃色の瞳から溢れた涙が、頬を伝ってポロポロとこぼれ落ちる。彼自身も無意識のうちに泣いていたようだった。
「……ごめんなさい、王女。私は本当に……情けない……。護衛隊長失格ですね……」
エリアスは包帯に包まれた手の甲で溢れる涙を拭く。
「でも、無事で良かった……。もう会えないかと思いました」
彼がこんな風に涙を流すところを見るのは初めてだ。
「私もちょっと思ったわ。でもエリアスはきっと生きてるって信じてたの」
「ありがとうございます。私は幸せですね……」
寒い夜だった。だけど、エリアスが傍にいるから、ちっとも辛くはない。むしろとても幸せな気持ちだった。
- Re: エンジェリカの王女《1章 まもなく終了》 ( No.62 )
- 日時: 2017/08/20 18:41
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: w93.1umH)
47話「またね」
翌朝。
簡易救護所ですっかり眠ってしまっていた私は、気がつくと朝になっていた。穏やかな朝日が降り注いでいる。
「おはよっ」
ジェシカが目覚めたばかりの私に声をかけてくるが、私はまだ寝ぼけていて目がはっきりと見えない。寝ぼけ眼を擦りながら小さな声で「おはよう」と返す。
「おはようございます、王女」
既に起きていたらしいエリアスも優しく微笑んで挨拶してくれた。表情は昨夜より元気そうになっていて安心した。まだ包帯に巻かれているままだが、悪化はしていないようだ。
「王女様、服これでいい?一応似合いそうなの持ってきたんだけど」
ジェシカの手には見慣れない形の服が乗っている。上半身用と下半身用が別れていて、ドレスとは全然違う。色や飾りもドレスのような鮮やかで華やかなものではなく、比較的シンプルなものだ。
「これが地上界の服?」
地上界の服なんて今まで一度も見たことがなかった。
「そうだよっ。さ、早速着せてあげるよ!」
ジェシカに急かされ、私は彼女と二人で近くの更衣用個室に入る。自力で服を着るということに慣れていないので着られるか不安だったが、ジェシカの丁寧な説明のおかげでわりと簡単に自力で着替えることができた。ドレスとはまったく異なる雰囲気に戸惑いつつも、地上界の服を着た自分が鏡に映っているのを眺めると、そんなに悪い気はしなかった。
「じゃーん!どうっ?」
ジェシカはノリノリだ。私は地上界の服でエリアスの前に立つ。なぜか少し恥ずかしい。
「……なるほど。そういう服装は新鮮です。しかし、よくお似合いですね、王女」
「おかしくない?」
「もちろん。いつもと同じように素敵です」
恐らくエリアスは私が何を着ても素敵だと言うだろう。なので彼の意見はあまり役には立たないが、褒められたことは嬉しかった。
「それにしても王女、本当に地上界へ行かれるのですね。事情は聞きましたが、少し寂しくなります」
「えぇ。私も寂しくなるわ。でも毎日手紙を書くから」
「……手紙、ですか?」
私は大きく頷く。
「そうよ。天界郵便を使えばその日のうちに届くはずだわ。毎日手紙のやり取りをすれば、ちょっとは寂しくないでしょ?」
天界と地上界を繋ぐ天界郵便を利用する日が来るとは夢にも思わなかったが。
するとエリアスはふっと笑みをこぼす。
「そうですね。ありがとうございます。体が治れば、私も地上界へ行きますから」
なんだか少し寂しくなった。
「無理しないでね」
私は最後にエリアスをギュッと抱き締める。ずっとこうしていれたら……なんて少し思ったりもした。でもそんなことを願うのは贅沢だ。生きているだけで十分。
「エリアス、またね。必ず書くから、手紙待ってて」
私は簡易救護所を後にし、ジェシカと共にノアが待っているという場所まで向かった。王宮から大通りを南に下る。
ある雑貨屋の前で私は足を止めた。ショーウインドウにピンクとブルーのくまのストラップが飾られている。
「王女様?」
ジェシカは首を傾げながら足を止める。
「……ここ、前に来た」
くまのストラップのことなんてすっかり忘れていた。多分私はなくしてしまっている。
「このくまのストラップ、前にエリアスと来た時に買ったの。……っ」
今までこらえていた涙が一気に流れた。死ぬわけじゃないから、また会えるから。最後に泣いていたらまたエリアスを心配させてしまうから。
「王女様、それ買う?」
「……いらない。見たら思い出してしまうから。それに、一人じゃ意味がないわ」
ジェシカは静かに提案する。
「一応買っといてさ、後で手紙と一緒に送ったらどう?」
涙を拭いながら、私はこくりと小さく頷く。その発想はなかった。
私はくまのストラップを買った後、大通りを南に下り、ノアと合流した。「随分遅かったねー」などと冗談混じりに言われつつ、地上界行き列車が待つ駅へと向かう。
初めて目にする地上界行きの列車は、真っ白に金色の柄で、とても綺麗な外観をしていた。乗り込むと中には、ワイン色の席が片側には三つもう片側には二つ、それぞれ並んでいた。高級感の漂う車内で、私はあっという間に夢中になる。さっきまで泣いていたことなんてすっかり忘れていた。
私たちは三つ並んでいるところの席だった。切符の番号の席を見つけると、足元の棚に大きな荷物を入れる。
「王女様、窓側に座ったら?外の風景が見れるよっ」
ジェシカの勧めで私は一番窓側の席に座った。大きな窓で、よく風景が見えそうだ。
『天界列車、地上界行き。まもなく出発致します』
車内アナウンスがあった。
「意外とすぐ着くからねー」
ノアがいつも通りののんびり口調で言う。
列車が走り出す。不安もないことはないが、今はそれ以上の期待があるのでもう辛くはない。
こうして私は、ジェシカとノアの二人と一緒に、地上界へ向かうのだった。