コメディ・ライト小説(新)
- Re: エンジェリカの王女《1章 終了》 ( No.64 )
- 日時: 2017/09/13 00:19
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pD6zOaMa)
〜第二章 地上界への旅〜
48話「いざ地上界へ!」
『まもなく地上界三重坂ー、三重坂ーー』
また車内アナウンスがあった。列車が出発して三十分くらいが経っただろうか。ノアは少し前からすっかり眠っている。
「みつえざか?」
聞き慣れない名称に首を傾げると、退屈そうにしていたジェシカが答える。
「うん、三重坂はあたしたちの借りてる家がある街の地名だよっ。天界と地上界、そして魔界。三つの世界が繋がっているところだから、三重坂っていう名前になったんだって」
「へぇ、そうなんだ」
私はさっき来た車内販売で買ったクッキーを頬張りながらジェシカの解説を聞いた。……それにしても、このクッキー美味しい。
「王女様、それ気に入った?」
ジェシカが面白そうに笑いながら尋ねてきたが、口いっぱいにクッキーが入っているため返事ができない。ひとまず頷く。
「美味しそうに食べるね」
ノアはすっかり眠ってしまい首がガクンガクンなっている。こんな状態が続くと、そのうち首を痛めそうだ。
「そろそろノア起こそっか。もう着くし」
「私が起こしてもいい?」
「いいよ」
ノアの肩をトントンと軽く叩いてみる。しかし無反応。このくらいの刺激では起きそうにない。
「王女様、ノアを起こすにはこれぐらいしないと」
と言いながらジェシカはノアの頬をビンタした。それもかなりの力で。ノアの目がパチッと開く。
「……あれー?」
意識が戻ったらしい。「そんな全力でビンタしなくても」と思う私だったがノアは気にしていない様子だ。私は知らないが、もしかしたら、いつものことなのかもしれない。
「あ、もう着いたー?」
「アンタいつまで寝てんの。もうすぐだから!」
「うん。荷物出そうかー」
ジェシカに厳しい口調で言われてもノアは気にしていない。いつもと変わらないのんびりした口調で話すだけ。足元の棚から大きい荷物を取り出す。私は荷物がほとんどないが、二人はわりと大きめのカバンである。
『三重坂ー、三重坂ですーー。お降りの際は〜〜』
何やら長いアナウンスが車内に響く。私は、数枚だけ残っているクッキーの箱を、自分の小さなカバンにしまった。
「さっ、降りるよっ。ちゃんとあたしの後ろを来てね」
ジェシカに言われたので私は彼女についていった。列車を降りても、一生懸命ジェシカについていく。
「次エスカレーターだから、気をつけて。動くよ」
ジェシカが警告する。足元を見ると、階段が動いていた。どんどん進んでいっている。
「生きてる!?」
「はいはーい、乗るよー」
後ろにいたノアが私の体をひょいと持ち上げ動く階段に乗せた。自力で乗るとなるとタイミングが難しそうだったので、ノアに乗せてもらえて助かった。
「ふぅん、不思議な生き物がいるのね……」
「王女様、生き物じゃなくて機械だよー」
初めて来る地上界は、奇妙なことが多い。
「はい、切符!改札通るよ!」
ジェシカは大きなカバンを抱えながらも手際よく切符を渡してくる。なくしたらいけないから、と私が彼女に預けていたものだ。
「改札って?」
するとジェシカが指差す先には四角い大きめの箱のようなものがある。
「あれの隙間に切符を入れて」
「え、えぇ……」
私は改札に着くと、切符を穴にゆっくり差し込む——シュッ。何もしていないのに吸い込まれて驚く。
「ひゃっ!中に何かいる!?」
「はいはーい。王女様、後ろが並ぶからどんどん進んでねー」
地上界恐るべし。
そんなこんなで私はやっと駅を出た。しかし、外に出てからも衝撃の連続だった。
まず人間はみんな同じような髪色をしていた。それも黒や茶色と地味な色。さらに服装も似たり寄ったりだ。そして最も驚いたのは、鉄の塊が走り回っていること。ジェシカに「車」と呼ぶのだと教えてもらった。その「車」なる物は、色も形も大きさも様々で、バリエーションが豊富すぎる。
私たち三人は車の中でも特に大きな「バス」に乗って、ジェシカとノアが借りているという家まで直行した。
「さて、着いた着いたっ」
バスを降りて数分歩くと、ジェシカとノアが借りているという家に着いた。質素な二階建てアパートである。
……それにしてもバスは凄い速さだった。今まで乗ったどんな乗り物よりも速かった。例えるなら、エリアスが全速力で飛んだ時くらいの速さ。
「この家、すっごく久しぶりだなーっ!」
ジェシカは高いテンションで言う。はつらつとしている。
私たち三人は階段で二階へ上がり、一つ目の部屋のドアを開ける。中へ入ると少し埃の匂いがした。
「お邪魔します……」
初めて地上界の建物に入る。ドキドキしながら一歩踏み込む。……あ、意外と普通だ。
「そうだ!王女様、お昼何食べるっ?何かあったかなっ?」
ジェシカはそんなことを言いながら、大きく白い箱の中を漁っている。
「ジェシカさん、その箱は?」
「あ、これ?これは冷蔵庫っていうんだ。食べ物を冷やすの。保冷庫ってあるじゃん、それみたいな感じ」
「へーっ。コンパクトだし便利そうね」
そこに荷物を置いたノアがやって来る。
「王女様、ここにどうぞー。僕が作ったジェルキャンドル、見せてあげるよー」
私は椅子に座る。するとノアは近くの棚から綺麗な透明のコップを二つ持ってきて、私の目の前に置いた。
「うわぁ!綺麗ね!」
片方のコップは青を基調として魚が泳いでいる海のようなもの。もう片方のコップは、緑を基調としていて、動物が森にいるような感じ。どちらも別の良さがある。
「これは何ていうの?」
「ジェルキャンドルだよー。綺麗だよねー」
私はコップの中の世界につい夢中になった。
「気に入ったなら王女様、作ってみる?」
ノアは珍しく楽しそうな顔をしている。
「私にも作れる……?」
「もちろん!材料さえあれば、誰でも作れるよー」
「じゃあ作ってみたいわ!」
こんな素敵なものがあるなんて、地上界も捨てたものじゃないわね!ウキウキしてきた。
「そしたら、今から材料買いに行こうかー」
「えぇ!行きましょう!」
- Re: エンジェリカの王女《2章 スタート!》 ( No.65 )
- 日時: 2017/08/22 18:31
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: R6.ghtp2)
49話「赤の少女ヴィッタ」
私とノアはジェルキャンドル作りに必要なものを買うべく、ショッピングモールへ行くことにした。ショッピングモールへはバスに乗って数分らしい。それなら近いし安心だ。
幸運なことにバスの二人席が空いていた。私とノアはそこに座り話し出す。
「ジェルキャンドル作りって、一体何を使うの?」
「そうだねー、まずはキャンドルゼリーとキャンドルの芯、それにー……」
そんなどうでもいい会話をしながら、しばらくバスに揺られていた。
車窓からは様々な興味深い光景が見える。整備された黒い道、そこを走る車、そしてその脇に生えている他に馴染まない木々。この街は人工的なのか自然的なのか分からない。それら二つが融合したような不思議な感じの街である。
「そうだ、ノアさん。聖気のことについて聞きたいことがあったのだけど、今聞いても構わない?」
「うん。何ー?」
柔らかい態度で頷いてくれたので、私は躊躇せずに話を切り出せた。
「親衛隊に捕まりそうになった時にね、私が離れろって叫んだら、親衛隊員が吹き飛んだの。もしかしたら聖気の力だったのかなって思ったんだけど……ノアさんはどう思う?」
「今の話を聞く感じだと、言葉を現実にする力かなー。でも聖気でそんなことをする天使なんて聞いたことないよー」
……そうよね。私にそんな凄い力があるわけない。「私にも力があるのではないか」と僅かでも期待した私は愚かかもしれない。
「ただ、王女様は王宮を吹き飛ばすくらいの聖気を持ってるから、普通の天使にはない力を使えてもおかしくないかもしれないねー」
「私、戦う力が欲しいの」
「え?」
いきなり言ったものだから、ノアはキョトンとした顔になる。
「これから先も悪魔に狙われるかもしれない。今まで通りの私だったら、二人に負担をかけることになるわ。それは嫌なの」
「王女様は気にしすぎだよー。僕のシールドがあるから平気平気ー。王女様は護られていればそれでいいよー」
……どうしてそんなにヘラヘラしているの。私は真剣に言っているのに。護られていればいい?信じられない!
「嫌よ!私は変わりたい。強くなりたいのよ!」
ちょうどバスが停留所へ着いた。私たちが降りる停留所ではないが、カッとなっていた私は、バスから走って降りた。
「王女様!」
背後から私を呼ぶ声が聞こえたが無視して駆け出す。
ノアの分からずや!真剣な話なのにヘラヘラヘラヘラと!
どれほど走ったのだろう。どこへ行くでもなく走り続けた私は、いつしか見知らぬ路地に迷い込んでしまっていた。その路地は建物と建物の隙間で昼なのに薄暗い。とても不気味だ。
「……迷った」
ようやく冷静に戻った私は、孤独感を感じながら呟く。
「キャハッ!エンジェリカの王女、みーつけた!」
突如甲高い声が聞こえて上を向く。見上げたところには少女がいた。
血のように赤い髪はきっちり切り揃えられたロングヘアー。真っ黒でフリルがたくさんついた個性的なワンピースを着ている。体つきは子ども体形で、顔は童顔。よく見ると背中に小さなコウモリのような羽が生えている。
「貴女は……悪魔!?」
よりによって一人でいる時に悪魔に出会うなんて。胸の鼓動が速まる、呼吸が荒れる。私は今どうするべきなのか。考えようとすればするほど混乱して考えられない。
「キャハッ!偉い偉い、よく分かったねぇ。さっすがベルンハルトを消滅させただけはある!キャハハッ!」
いちいち発する甲高い笑い声が気味悪い。それにしても、ベルンハルトを消滅させたのが私だと知っているなんて……一体どこから情報が漏れたのだろう。
考えていた刹那、真っ赤な太いリボンが飛んできて、私の体に巻き付いた。ギュッと締まり動けなくなる。
「なっ、いきなり何するの!」
私は強気に言い放つ。本当は怖くて泣きそうだったが、それを悟られるわけにはいかない。
「エンジェリカの王女ゲーーット!キャハッ!キャハハハッ」
足をジタバタしながら一人で大笑いしている。何がそんなにおかしいのやら。
「ヤーン!ヴィッタ、カルチェレイナ様に褒められるぅ!キャハッ!キャハハハッ」
カルチェレイナ。そういえばベルンハルトもそんなことを言っていた。確か、魔界の王妃だとか……。
「貴女もカルチェレイナの命令で私を狙っているの!?」
すると彼女は、恐るべき冷ややかな目で私を睨んだ。
「あー?今何つった」
次の瞬間、全身に電撃が流れる。
「あああっ!」
全身が痺れて痛む。皮膚は焼けるように熱い。あまりの衝撃に私は絶叫した。
「天使の分際で、カルチェレイナ様を呼び捨てしてんじゃねぇよ!」
「う……あああっ!」
また体に電撃が流れる。
「あ、貴女……何するの……あっ……」
まだ全身がピリピリして、視界が歪む。こんな経験は初めてで、どうするべきか分からない。
「どーよどーよっ!?感想聞きたい!ヴィッタに教えてっ!痛い?辛い?苦しいっ!?」
悪魔の赤髪少女・ヴィッタは、興奮で紅潮しながら尋ねてくる。狂っている。明らかに普通じゃない。
でも……どうすれば……。駄目、体の力が抜けていく……。地上界へ来ても悪魔に狙われる運命は変わらなかった……。
「王女様!」
諦めかけた私の耳にノアの声が飛び込んできた。驚いて目を開ける。地面にいたのは確かにノアだった。
「あー?何だ何だ?」
ヴィッタは眉を寄せ口角を下げて言う。
「ノアさんっ!」
私は叫ぶ。助かる望みが生まれた。
「あー?何だテメェ。……もしかして、天使の仲間か?」
「悪いけど話す時間はないんだー。さて、それじゃあ」
ノアの背に二本の翼が生える。それなりに立派な羽だ。
「……王女様を返してもらうよー」
小さく言ってから、ノアは大地を強く蹴った。
- Re: エンジェリカの王女《2章 スタート!》 ( No.66 )
- 日時: 2017/08/22 22:35
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: okMbZHAS)
50話「偶然の遭遇」
薄暗い路地裏で天使の悪魔が交戦しているなんて、地上界の人間は知らないのだろう。こんな薄汚いところに入ってくる人間などいるわけがないから。
「キャハッ!王子様気取りとかおもしろーい!」
宙に飛び上がり、リボンでくくられている私の方へ接近してくるノア。
「でーも、王女はあげらんないんだよねぇ。キャハッ!」
その背後からヴィッタの放った赤い電撃が迫る。ノアは咄嗟にシールドで弾き返す。
「どうかなー」
ノアはニヤリと笑う。紫の聖気が彼の片手に集まる。そして剣の先のように鋭くなった手で私をくくりつけるリボンを縦に切り裂いた。一瞬にして体が空中に放り出される。
「お……落ちる!」
一度はフワリと浮きかけたが、そう言った直後に一気に落下し、見事に地面へ落下した。
「……い、痛ぁ……」
今日一番の痛みだった。
「テメェ、何してくれてんだ!オイ!!」
ヴィッタが乱暴に叫ぶ。折角の可愛らしい顔が台無しだ。彼女はノアに向けてもう一度赤い電撃を放った。前回よりも威力が上がっているように見えるが、それでもノアのシールドを破るほどではない。
「あーヤダヤダ!これだから男は嫌いなんだよっ!!……なーんてね」
ノアは地面に降りてくる——が、その途中で動きが止まる。右足にリボンが巻きついていた。リボンがノアを上へと吊り上げる。
「王女はカルチェレイナ様のものだしぃ、もう一匹捕まえとくってのも悪くないかもねぇ。キャハハハッ!」
ノアを自分と同じくらいの高さにまで吊り上げてから、逆さむきのノアに向かって言う。
「キャハッ。アンタ、右足怪我してるでしょ」
「さぁねー」
ヴィッタは片側の口角を引き上げる。
「そーいうの、動きでバレバレだよ。ヴィッタ、怪我とかには詳しいから。キャハッ!」
彼女は非常に楽しそうだが、ノアはとても不快そうな顔をしている。
「ノアさん!助けるわ!」
「いやいや、王女様は早く逃げてよー」
「そんな!嫌よ!」
そもそも私が原因なのに、放って逃げるなんてできるわけがない。
「それにしても天使はいいなぁ、こーんな綺麗な羽を持ってて。羨まし」
ヴィッタはノアの片翼の羽を指でつまむと一気に引きちぎった。ブチッ、と痛々しい音がして、数枚の羽がハラハラと降ってくる。ノアの顔が苦痛に歪む。
「キャハッ!どーしたのー?あっ、もしかして痛かった?天使の弱点、案外羽だったりしてーっ。キャハハハッ!アンタいい顔するじゃん!?ヴィッタ、気に入っちゃった!」
何やら暴走している。
「……落ちろ」
さっきそう言った時、私は勢いよく地面に落ちた。——もしかしたらあの悪魔も落とせるかもしれない。そう思い、私は叫んだ。
「落ちろっ!」
「おかしなやつ。そんなこと言ったって……んん?」
馬鹿にしていたヴィッタだったが、突如地面へ落下する。突然物凄い重力がかかったかのように。
「キャアアァァッ!」
悲鳴を上げながら地面まで垂直落下した。それに伴いノアも落下する。
ドォン、と低い音が響く。
「ったく……、いきなり何すんだテメェは!」
ヴィッタは黒いワンピースについた埃を払いながら怒鳴る。しかし涙目になっている。
「覚えてろ、エンジェリカの王女!次は手加減しねぇ!」
そう吐き捨てると、彼女は指パッチンをして消えた。
「お、王女様……さすがー」
ヴィッタと一緒に落ちてきていたノアが言う。私は一瞬忘れていたが、その声で思い出し、彼に駆け寄る。
「ノアさん、大丈夫?」
「平気平気ー。ありがとう、王女様。おかげで助かったよー」
ノアは普段通り笑っていたので安心した。たいしたダメージではなさそうだ。
「ごめんなさい。私、勝手に怒って飛び出しちゃって……」
「え、そうだったっけー?」
キョトンとするノア。
……もしかして忘れているの?何ということだ。
「ほら、バスに乗ってて……」
「あ!そうだったねー。ジェルキャンドルの材料買わないといけないんだったー」
ノアは立ち上がると、私の目の前に手を差し出してくる。
「王女様、歩けるー?」
「もちろん。私は大丈夫よ」
こうしてヴィッタから逃れた私とノアは、そのまま、ショッピングモールへ行くことになった。ジェルキャンドルの材料を買うために。
停留所まで歩き、バスに乗り込む。それまでの間いろんなことを話したが、ノアは一度も私を責めなかった。本当に心の広い天使だ。まさに『天使』と呼ぶに相応しい。
「えっ!もしかして、王女様とノア!?」
バスの車内で座っていた時、声をかけてきたのはジェシカだった。私はとても驚く。家にいると思っていたから。
「ショッピングモールに行ってるんじゃなかったっけ!?」
ジェシカもとても驚いていた。ショッピングモールに行っていたならこの停留所から乗ってくることはありえないからだろう。
「ジェシカはどこ行くのー?」
言葉を詰まらせていると、ノアが先に言った。
「あたしもショッピングモール!何か食べ物買おうかなって。今からなら一緒に行く?」
「いいねー。三人で行くと家族みたいだねー」
「……エリアスに殺されそう」
ノアののんびりした発言にジェシカは呆れていた。
「でも確かに、友達と食べるご飯って楽しそうよね」
私はいつも一人か大勢で食事をしていた。一人で食べるのは寂しいし、大勢で食べる時でも嫌いな者がいたりして不快だった。
「友達?王女様、あたしたちのこと友達って思ってるの?」
ジェシカが驚いて尋ねてくる。
「……あ、何かまずかった?」
「そんなことない!とっても、とっても嬉しいっ!」
突然強く抱き締められ焦る。私はこんな風に触れ合うのに慣れていないから。
でも……とても温かい。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.67 )
- 日時: 2017/08/23 10:05
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: oUAIGTv4)
51話「ショッピングモール」
「ここが……ショッピングモール……!」
私は視界に入る世界に衝撃を受けた。巨大な建造物の中に様々な店舗が並び、物凄い数の人間が行き来している。エンジェリカの大通りだってここまでの賑わいではなかった。生まれてから今までに見た中で一番の賑わいかもしれない。
「お祭りをしているの?」
「ここはいつもこんな感じだよっ。賑わい、凄いでしょ」
ジェシカが楽しそうに笑いながら教えてくれる。
「いつもこうなの?地上界って凄いのね……!」
まだ明るい昼間だというのにこうこうと輝くライト、勝手に動く階段エスカレーターに躊躇いなく乗っていく人間たち。まるで夢をみているような感覚。
「さて王女様、何食べる?」
どんな食べ物があるのかも知らない私に、ジェシカはいきなり質問してくる。
「ジェルキャンドルの材料、買いにいかないのー?」
ノアが少しだけ不満そうに言った。
「あ……う、うん……」
「じゃあ先に材料を買いにいこうよー」
そんな風に急かされ困っていると、ジェシカがノアを鋭く睨んだ。
「ノア、黙ってて」
静かだが凍りつきそうな冷ややかな声色だった。なかなかの恐ろしさである。
「ノアは放ってていいよ。さて王女様!どうするっ?」
ジェシカは私が今日こちらへ来たばかりということを忘れているのかもしれない、とそんな風に思ってくる。
「……ごめんなさい、分からないわ。この世界にどんな食べ物があるのか知らないし」
「あー、そっか。王女様は初めての地上界だもんね。うーん、じゃあどうしよっかな……」
そんな風になんだかんだ話しながら、結局私たち三人は近くにあったお店に入った。ジェシカによれば洋食のお店らしい。そのお店にはオムライスやスパゲッティ、カレーなんかもあって、エンジェリカの食生活に近い感じだった。
「えっ!ノアさん!?」
ようやく喧騒から離れ、席についてホッとした時、見知らぬ女性グループが声をかけてきた。
「ノアさんいる!久しぶりですねーっ!」
「今日もかっこいいっ!」
「素敵ですね、ノアさん!……誰よ、この女は」
脳内に大量の疑問符が浮かぶ。彼女らはノアのことを知っているようだ。それだけでなく、ノアに対して軽い恋愛感情を抱いているようにも見える。
「やぁ、久しぶりー。新しい家族が増えたから紹介するよー」
「「「……家族?」」」
……今、女性たちから物凄く鋭い視線を送られた気がする。ちょっと怖い。
「うん。この子だよー。王女様っていうんだー」
「いや待って!おかしい!王女様は名前じゃないから!」
ジェシカが勢いよく突っ込みを入れる。
「そうだったっけー?」
「そうだよ!名前はアンナじゃん!」
今一つ分かっていない反応のノアに呆れて頭を押さえるジェシカ。
「うん。じゃあもう一回紹介するよー。こちらアンナ、仲良くしてあげてねー」
ノアが改めて紹介すると女性グループは困惑した顔をする。
「「「呼び捨て……?」」」
またしても鋭い視線を送られる。三人の視線がまとまって私に突き刺さる。……そろそろ帰りたくなってきた。
「貴女、ちょっと可愛いくらいで勘違いしないでよね!」
一人の女性が突然私に向かって言ってくる。こんなくだらないことで嫌みを言えるなど平和な世界ではあるが、こんな言い方をされるとさすがに嫌な感じがする。
「おかしいって!勘違いしてんのはそっちじゃん!」
先に言い放ったのはジェシカだった。
「王女様は何もしてないじゃん!そんなこと言わないでよ!」
「何言ってんの?そのアンナとかいう女、どう考えても勘違いしてるし」
さっき私に嫌みを言ってきた女性とジェシカが睨み合う。平和になるとこんなことが起こるのか。私は一つ学んだ。
「ちょっと貴女退きなさいよ。邪魔……」
女性グループの中の一人に腕を引っ張られそうになった瞬間、ノアが私の体をグッと引き寄せた。
「何でもいいけど、王女様に触れるなら許さないよー」
そう言ったのはノアだった。
「忙しいから帰ってもらえるー?さすがにしつこいよー」
少し怒っているようにも見える。ノアに言われた女性たちは、不満そうな顔をして店から出ていった。
「何よあいつら!」
ジェシカは憤慨している。
「ノアさんがあんなに人気だなんて知らなかったわ」
「ホントそれ!謎だよね、ノアのどこが好きなんだろ」
私はなんだか凄く疲れた。
食事を済ませた後、私とノアはジェルキャンドルの材料を買いに行き、ジェシカは食べ物を買いに行った。私はついでに便箋と封筒も買う。エリアスに送る用だ。そして、二時間後にショッピングモールの入り口で集合し、バスで家まで帰った。
「便箋?なになに?誰かにラブレターでも送るの?」
私がテーブルに便箋を広げていると、ジェシカが興味津々で覗き込んでくる。
「エリアスに手紙を書くの。今日あったこととかね」
「へー!面白そうじゃん」
「ジェシカさんも書く?」
すると彼女は首を横に振る。
「いいよ。王女様が書いた方がエリアス喜びそうだし」
「書きたくなったらいつでも言ってね」
「……ありがとう。王女様」
ジェシカは小さく笑みを浮かべてから冷蔵庫へ歩いていった。
さぁ、手紙を書こう!やる気に満ちてテーブルに向かったのはいいが、そういえば私は手紙を書いたことがあまりないということに気づく。幼い頃に母親とお手紙ごっこをしたことはあるが、実際に誰かに書いて送るのは経験がない。
「……何を書こう」
私はテーブルに突っ伏して、考え込んでしまう。手紙を書くなんて簡単だと思っていたが、いざとなると案外難しいことを知った。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.68 )
- 日時: 2017/08/23 19:15
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 7dCZkirZ)
52話「手紙」
物凄く悩んだ。あれも言いたいしこれも伝えたい。驚いたことや楽しかったこと……。しかし便箋に書ける文字数には限りがある。便箋が多すぎたら読み手がしんどいだろうし。
そんなことで手紙を書き終えた時には夜遅い時間になってしまっていた。そこで、明日の朝天界郵便へ出しにいくようジェシカに任せた。本当は私が持っていくべきなのだが、彼女が持っていくと言ってくれたのだ。
三日後。私も地上界での暮らしにだいぶ慣れてきた頃。
朝早くに家を訪ねてきた者がいた。私が出ると、女性の天使が立っていた。
「おはようございます!天界郵便のキャリーと申します。郵便物をお届けに参りました」
薄い緑の髪を一つにまとめてすっきりした印象の天使で、眼鏡がよく目立つ。ずば抜けた美女ではないものの、爽やかな雰囲気が好印象だ。
「あ、はい……」
「エリアスさんからですよ!」
綺麗な空みたいな青色をした封筒だった。
「地上界にはもう慣れられましたか?頑張って下さいね!」
彼女は爽やかな声で励ましてくれた。
「はい……。ありがとうございました」
「それでは、また!」
キャリーと別れると、私は弾むような足取りでテーブルへ向かう。ウキウキする。
椅子に腰かけると早速封筒を開けてみる。
『アンナ王女へ お手紙ありがとうございます。地上界の生活は充実しているようで安心しました』
エリアスの字はとても整っていて読みやすい。
『ショッピングモールなるところへ行かれたのですね。店がたくさんあるとは興味深いです。いつか私も行ってみたいと思います』
便箋は二枚だけで綺麗な字なのもあってか、ほんの数分で読み終わってしまった。会話と違って手紙は書ける量がかなり限られている。少し寂しい気もするが、だからこそやり取りが楽しいのかもしれない。
「返事が来たの?」
ジェシカが話しかけてくる。
「えぇ!エリアスの字、とっても上手なの!」
「ホント!?見せて見せてっ」
便箋を彼女に渡す。すると彼女は食い入るように便箋を見つめる。
「すごっ!エリアス、字上手すぎじゃん!」
ジェシカは興奮気味だ。
「ねぇ、やっぱりジェシカさんもお手紙書かない?」
「えっ!?そんなの、いいよ!」
「ほら、折角だから……」
「書けないの!」
私は首を傾げる。どうして書けないのか。
「……ほら、あたしもノアも良いとこの出身じゃないからさ……まともな字書けないんだよね……」
「えっ?字が書けないの?」
信じられない。そんなの聞いたことがない。
「いや、少しは書けるけど……ちゃんとは書けないんだ。だからさ……ごめんね」
ジェシカが申し訳なさそうな顔をするから、なんだか悪いことをした気分になった。
「そういえばジェシカさんたちの昔の話は聞いたことなかったわね。聞いてもいい?」
すると彼女は迷っているようだったが、少ししてから口を開く。
「いいよ。あまりいい話じゃないかもだけど。……あたしは一般家庭に生まれたんだけど、戦い好きすぎて捨てられたの」
「戦い好きすぎて捨てられた?どういうこと?」
そんな理由で捨てられることがあるのかな……。
「女でそれも天使なのに戦いが好きだったから、小さい頃から気味悪いって言われてたの。それで親と森に行った時にね、突然親がいなくなって……なんとか家に戻ったら、『うちに子どもはいない』って言われてさ。家にも入れてもらえなかった。どうしようもないから、それからあたしは一人旅に出たんだ」
それを聞き、私はますます悪いことをした気分になった。
「なんというか……聞いちゃってごめんなさい」
「え?いやいや!そんなことないよっ。こちらこそごめんっ」
彼女は明るく両手を合わせて謝る。だが、過去の悲しい話を聞いた後だと、その明るささえも悲しいように思えてくる。
ちょうどそこにノアがやって来た。
「おはよー、ん?ジェシカが早起きなんて珍しいねー」
「うるさい!」
「あー、怖い怖いー」
ノアはちゃっかり空いていた椅子に座る。
「で、何の話してたのー?」
「ジェシカさんの昔のことを聞いていたところなの。もしよかったらノアさんの過去についても教えてほしいのだけど……」
ノアは少し目を開いたが、すぐにいつもの微笑みへ戻る。
「過去ー?何それー」
「嫌だったらいいの。ただ、少し気になったのよ。もしよかったら教えてもらえる?」
「……うん。いいよー」
それから彼は話し出す。
「でもあまりちゃんとした記憶がないんだよねー。僕は赤ん坊の時に売りに出されたから、気がついたらもう売られてたかなー」
「売られ!?な、何それ……天使屋さん……とか?」
「うん。そういう感じー。多分、労働力にしたり羽を切って売ったりするんじゃないかなー」
ノアが恐ろしいことを随分普通のように語るものだから、私は困惑した。
「でも僕はこんな性格だからさー、売れなかったんだよねー。主人からは嫌われてたなー。あの主人はすぐ怒るし乱暴だから嫌いだったよー」
「確か脱走したんだっけ」
ジェシカが口を挟むとノアは頷いた。
「うん。脱走して追われてた時に偶然ジェシカと出会ってさー、助けてくれたよねー」
「じゃあ二人はそれからずっと一緒にいるの?」
「そうだよー。天使屋の主人を殺した時も一緒だったねー。あれは痛快だったなー」
純粋な笑みが余計に怖さを増している。
「……ノア。あまり殺したとか言わない方がいいよ。王女様がびっくりするから」
「そうかなー。分かったー。それじゃあ僕はそろそろ買い物にでも行ってくるよー」
そう言って椅子から立つと、ノアはあっという間に家から出ていった。
「びっくりさせてごめんね、王女様。本当ならあたしたちは、王女様に仕えられるような身分じゃない」
「いいえ!そんなことない、生まれた環境のせいよ。生まれた場所が悪かったんだわ」
二人ともそんなに悪いとは思えない。
「……ノアはさ、家族を知らない。それで家族に憧れてるの。だからすぐに家族だって言うけど、あまり気にしないで」
ジェシカは苦笑いする。
「間違いではないわ。もう家族みたいなものよ。少なくとも私はそう思っている」
当たり前よ。私たちに身分なんて関係ないわ。
「……ありがとう、王女様」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.69 )
- 日時: 2017/08/23 23:38
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: HTIJ/iaZ)
53話「おつかい、そして出会い」
久しぶりの晴れ!ということで、私は今日、初めてのおつかいに行くことになった。これも社会勉強の一つ。ジェシカからお金と買う物リストを受け取りいざ出発!……大丈夫かな。
一人で外を出歩くなんて初めての経験。でも不安ではない。それどころかウキウキする。
あっという間にショッピングモールに着き、私は指定のお店へ向かった。
「以上で八四○円になります」
レジへ行くとそう言われる。最大の難関、お会計だ。小銭を数える。百円が八、十円が……とその時、おかしなことに気づく。十円玉が一つ足りない。
どうしよう……。
「これでお願いします」
困っていた私の横から一人の女性が紙を出す。どうすべきか迷っているうちに会計は終了し、買い物が済んでしまった。
「あ、あの……払ってもらってすみません。お返しします。あ、でも十円足りないけど……」
艶のある水色の髪が印象的な女性だった。しかも、近くで見るとかなりの美人である。地上界にもこんな華やかな人がいるんだ、と感心する。
「お金は結構よ。それにしてもお嬢さん、もしかしておつかい?偉いわね」
美しい顔が柔らかく微笑む。髪からはフワリとよい香りが漂っている。
「時間はある?もしよければ、少しお茶でもしない?」
突然誘われ困る。今日はおつかいで来たのに。
「あ……ごめんなさい。私、お金あまり持ってなくて……」
断ろうとすると、女性は私の手を握った。
「心配しなくても奢るわよ。クレープとか好き?」
「クレープ……って」
「甘いものよ。お嬢さん、クレープを食べたことないの?」
私が頷くと、彼女は私の手を握ったまま引っ張る。
「クレープを食べたことがないなんて人生損してるわ!早速食べに行きましょう」
楽しそうに笑って言ってきたので、私は誘いに乗ることにした。いや、正しくは流れに乗っただけか。
「自己紹介がまだだったわね。あたしは麗奈。神木麗奈っていうの。貴女は?」
結局彼女にクレープを買ってもらってしまった。彼女はチョコバナナクレープ、私はイチゴクレープ。
「アンナです」
「ふふっ。名前、似てるわね」
店の近くのベンチに座ってクレープを食べながら話をする。麗奈はチョコバナナクレープを上手に食べているが、食べ慣れていない私にはなかなか難しい。こぼしそうだ。
「麗奈さんは近くにお住みなんですか?」
話題がないので適当に尋ねてみる。
「待って、麗奈で構わないわ。麗奈と呼んでもらえる?」
「呼び捨てですか?」
初対面で呼び捨てを希望するなど不思議で仕方ない。
「その方が好きなの。あたしも貴女のことアンナって呼ぶ。だから麗奈にしてちょうだい」
「分かりました」
気がつくと麗奈はチョコバナナクレープを完食していた。私はまだ半分も食べていないのに。
「それで……質問はどこに住んでいるかだったわね。アンナはどこに住んでいるの?」
「バスですぐの辺りです」
「生まれも育ちも三重坂?」
……おかしい。なんだかんだで私ばかり答えさせられている気がする。
「いえ。エンジェ」
「エンジェリカ?」
黄色に輝く瞳が一瞬私を睨んだような気がして戦慄する。
「ち、違います!」
私は慌てて否定した。こんなに慌てていたら怪しすぎるのに。しかし彼女は笑顔に戻る。
「……そうよね、そんなはずがない。ごめんなさい、アンナ。気にしないで」
本当に不思議な人だと思った。人間離れした水色の髪、黄色い瞳。
「……あたしね、夫と息子、それに娘がいたの。でもみんな死んでしまった。ねぇアンナ、貴女はエンジェリカの秘宝って聞いたことがある?」
どうして、それを知っているのだろうか。
「知りません」
私は咄嗟に答えた。問い詰められたら困るから。それにしても……人間にもエンジェリカの秘宝を狙っている者がいるとは、油断も隙もないわね。
「天使の国にあると言われていて、どんな願いも叶えてくれる秘宝。あたしはそれを手に入れて、いつか家族を取り戻したい。所詮ただの伝説かもしれないけれど……」
どんな願いも叶える秘宝なんてあるわけない。それに、死んだ人を生き返らせるなんてきっと不可能だ。彼女もそれは分かっていて、それでも信じたいのだろう。願いはきっと叶う、と。
「大丈夫です。麗奈の願い、きっと叶うと思います」
私は彼女にはっきりと言う。私だって運命を変えられた。だから、きっと彼女も望みに近づける。いつの日か願いを叶えられるはずだ。
「アンナは優しいのね。ありがとう。もしよければ……あたしと友達になってもらえないかしら」
彼女は少し言いにくそうな表情で言った。
「もちろん!私も麗奈と友達になりたいです!人間の友達は初めてで……」
「人間?」
あ。
しかし麗奈は面白そうに笑った。
「人間って……。貴女少し変ね!でも、面白くて好きよ」
良かった、怪しまれていないようだ。私は胸を撫で下ろす。
「あたしもこんなに気の合う友達は貴女が初めて。これ、もしよかったら連絡して」
麗奈が手渡してきた紙切れには何やら番号がかかれている。もしかして、電話番号かな。
「電話番号ですか?」
「えぇ。あたしの家の電話番号よ。いつでもかけてちょうだい。話しましょう。そうだ、アンナの電話番号も教えて?」
私は口頭で麗奈に電話番号を伝えた。念のため覚えておいて良かった。
「それじゃあね。今日は楽しかったわ。また会いましょう」
「さようなら!」
私と麗奈は別れた。本当はもう少し長く話していたかったけど、また会えるから心配ない。次会った時にまた話せばいい。それだけのことだから。
- Re: エンジェリカの王女 ( No.70 )
- 日時: 2017/08/24 17:49
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: q9W3Aa/j)
54話「三重坂遊園地」
私は人間の友達ができたことが嬉しくて、おつかいから帰ると、ジェシカとノアにすぐそのことを話した。
「友達ができた!?」
「馴染むの早いねー」
麗奈からもらった電話番号の紙切れを二人に見せる。
「麗奈っていうの。とても綺麗な女の人よ。そうだ、早速電話してみてもいい?」
私はあれからずっとウキウキする気持ちが止まらない。今まで友達なんてほぼいなかったのに、地上界へ来るなりこんな素敵な出会いがあるなんて。
それから電話のところまで歩いていくと、ウキウキしながらボタンを押す。こんな気持ち、初めて。
「……はい。神木です」
しばらく呼び出し音が鳴っていたが、やがて麗奈が出てきた。少し暗い声だ。
「こんにちは、アンナですけど……」
「えっ。アンナ!?早速電話かけてくれたのね。ありがとう」
電話をかけてきたのが私だと分かった途端彼女の声は明るくなった。
「アンナ、何か話したいことがあるの?」
「またいつか会えますか?」
「えぇ。構わないわよ。あたしも会いたいわ。いつがいいかしら……」
電話はエンジェリカにもあったけど、地上界の電話はエンジェリカのものより音が良い。雑音も気にならないし、相手の声がはっきりと聞こえる。
「今日が金曜日でしょ。えぇと……来週の月曜日はどうかしら。予定、空いてる?」
「ちょっと確認してみます」
冷蔵庫の中を覗いていたジェシカに約束していいか確認する。ジェシカは案外サラッと「いいよ」と答えてくれた。私はすぐに電話に戻る。
「月曜日、大丈夫です!」
「ありがとう。それじゃあまたショッピングモールで待ち合わせにする?」
「はい。時間は……」
「十二時にして一緒にお昼でも食べましょうか」
「ありがとうございます。それではまた!」
「さようなら。またね」
友達と約束してお出かけなんて初めての経験だ。月曜日が今から待ち遠しい。
私は友達ができたことをエリアスへの手紙に書くことにした。心配しているかもしれないから、楽しく暮らしているということを伝えなくては。
翌日の朝。
「王女様、おはよっ。今日は土曜日だしどこか遊びに行く?」
朝早くからジェシカが元気いっぱいで言ってくる。私はまだ寝ていたのに、そんなことはお構いなしだ。
「遊びに行くって……、どこへ行くの?」
私は半ば寝ぼけながら聞き返す。
「どこがいい?遊園地とか?」
遊園地はエンジェリカにもあった。なんでも乗り物や軽食の店がある楽しいところだとか。もちろん私は行ったことはないが。
「素敵。楽しそう」
「決まり!じゃあノアを起こしてくるよ。あいつ寝過ぎ!」
ノアが寝ている部屋へ行く。しばらくするとジェシカの大きな声が聞こえてくる。
「ノア!いい加減起きて!」
「えー?眠いー……」
「アンタいつまでダラダラ寝てるつもりっ!?」
暫しやり取りをしてから、ジェシカがノアを引っ張るようにして現れた。ノアはうつらうつらしていて、まだ半分寝ている。しかも寝起きだからか酷い寝癖がついていた。
「ノア、準備して!今日三人で遊園地行くから!」
「えー。眠いなー……」
マイペースすぎるノアに苛立っているのかジェシカの拳が震えていた。
「ノアが無理なら二人で行っちゃうよ。アンタだけ家族に入れないよっ!」
「……準備してくるー。家族は三人だもんねー……」
ノアは突然やる気になった。やっぱり家族というものに憧れと執着があるからかな。
十分くらい経っただろうか。ノアがいつもの感じになって現れた。凄かった寝癖もとれている。恐るべき準備速度だ。
「どうー?準備したよー」
勝ち誇った顔をしている。
「……ふん。男だもん、早く準備できるのは当たり前じゃん」
「ジェシカは意外と着替えるの遅いよねー」
「うん。黙ろうか」
ジェシカは微笑みながらノアの喉元に剣先を突きつけていた。どうやらかなり苛立っているらしい。ノアは両手を上げている。
「ごめんなさいー」
それからも様々な困難があったが、一つずつ乗り越え、ついにたどり着いた。
三重坂遊園地!!
土曜日の午前。遊園地はファミリーやカップルで賑わっている。
馬のメリーゴーランド、回るティーカップ、猛スピードで駆け抜けるジェットコースターまである。なんとも贅沢な遊園地。地上界では普通なのかもしれないが私の目にはそう映った。
「さて、どうするっ?」
いつものことながらテンションの上がっているジェシカが明るく尋ねてくる。……毎回私に振るの、止めてほしい。
「ジェシカさんはどこへ行きたいの?」
「えっ、あたし?あたしはあそこに行きたいかなっ」
ジェシカが指差した先には、おどろおどろしい小屋があった。いつ建てたのだろう、と疑問符が出るほど古ぼけている。
「うわ……、あんなところ?なんだか怖くない?」
「けど楽しいよっ。お化け屋敷、あたし好きなんだ」
何と言えばいいのだろうか。背筋が凍りつくような感じがする。
「僕はティーカップにでも乗ってくるよー」
ノアはそそくさと行ってしまった。私は今更断るわけにもいかず、渋々ジェシカとお化け屋敷へ入ることにした。
「はーっ、面白かった!」
小屋の裏口から外へ出る。
……疲れ果てた。お化け屋敷の中は地獄のようになっていた。蒟蒻は降ってくる、死人は生き返る。井戸から出てきた女性が美女だったことだけが、まだしもの救いか。
ジェシカは気持ちよさそうに伸びをしている。彼女はあの地獄を楽しんだらしい。
「王女様はどうだった?」
「……疲れたわ」
「そっか。付き合ってもらってごめんねっ」
「いいえ、気にしないで」
確かに疲れたが、謝られるほどのことではない。
そんな時だった。
カッ、カッ、カッ……。
「久しぶりだねぇ、王女」
赤髪の少女がわざとらしく足音をたてながら姿を現す。
「……魔気」
ジェシカは顔を強張らせ警戒した表情を浮かべる。
「キャハッ!今日は女と二人かぁ。女じゃヴィッタの相手にならなーい。キャハハハッ!」
甲高い奇声のような声で一人笑い続ける。
「この悪魔!何者よ!」
するとヴィッタは静かな声で答える。
「……ヴィッタは、四魔将の一人。紅の雷遣いヴィッタ」
そして空へ舞い上がる。
「女なんかヴィッタの敵じゃなーい。でもやる気なら、そっちからどうぞ!キャハッ!キャハハハハッ!」
- Re: エンジェリカの王女 ( No.71 )
- 日時: 2017/08/24 23:07
- 名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: GTJkb1BT)
55話「女同士の戦い」
三重坂遊園地・お化け屋敷裏、突如現れた赤い髪の四魔将ヴィッタと対峙するジェシカ。
私はただその様子を見守るだけ。
「アンタ、ホントにここで戦う気?そんなことしたら人間に迷惑かかるじゃん!ちょっとは考えなよ」
「キャハッ!だよね!だけど、その心配はないよぉ」
ヴィッタは宙に浮いたまま指をパチンと鳴らす。すると空が黒く染まった。お化け屋敷の小屋はあるが、さっきまでいた人間たちが見当たらない。
「……何をしたの?」
ジェシカは怪訝な顔で聞く。
「キャハッ!周りの時間を止めただけだよぉ。四魔将はこんなこともできちゃう!凄いでしょ、キャハッ!キャハハハッ!」
何が愉快なのか分からないが、ヴィッタは一人、高テンションで笑っている。
「……ふん。じゃあやりたい放題暴れていいってことだね」
ジェシカは聖気を集める。そして作った剣を握り、構えた。 場所が場所なのであまり派手には暴れられないと思うが……。
「そうそう!キャハッ。そっちからどうぞ!」
宙に浮いているヴィッタは挑発するように言い放つ。口元に不気味な笑みを浮かべている。
「バトルキターッ!いいじゃん!面白いじゃん!……なら遠慮なくいくよ」
そう言うジェシカの表情は、異常に生き生きしていた。
剣に桃色の光が集まり、刃が光り輝いてくる。恐らく聖気を込めているのだろう。
次の瞬間。
「せいっ!」
ジェシカは剣を大きく振る。桃色の衝撃波が上空のヴィッタに飛んでいく。一直線に。ドオォン、と音が響き、上空で爆発が起こる。
が、衝撃波は赤いリボンで防がれていた。
「キャハッ!甘いねぇ!」
ヴィッタの反撃。赤いリボンがジェシカに迫る。
「あたしに勝てると思ってるんじゃないよ!」
ジェシカは迫るリボンをすべて剣で斬った。そして地面を蹴りヴィッタに向かって飛び上がる。
「王女様に手を出すやつは許さないんだから!」
小屋の裏という狭い場所では動きにくいが、上空へ行ってしまえば全力で剣を振れる。これでやっとジェシカも本領を発揮できる、というところだろう。
まるで意思を持ったかのように次から次へと襲いかかってくるリボンを確実に斬り刻んでいくジェシカ。素早い剣技でヴィッタを圧倒する。
追い込まれ気味のヴィッタは急に顔をしかめた。
「あーもー!テメェ、面倒!」
赤い電撃を放つ。
「……くっ!」
ジェシカは即座に回避するが、完全には避けきれず、羽の端に電撃が突き刺さる。
「貧乏臭ぇんだよ!テメェ!」
怒っているヴィッタは品のない怒声を撒き散らし、激しい電撃を放った。先の一発でバランスを崩していたジェシカに電撃が襲いかかる。
「ぐあっ!」
今度は避けられない。赤い電撃の直撃を食らったジェシカは短い声を出して落ちてくる——が、地面へ落ちる直前にクルッと回転し、綺麗に着地する。華麗な身のこなしだ。
「ジェシカさん!」
心配して名を呼ぶ。
本当に情けない。私はいつも狙われるだけで、戦う力なんて少しもないんだもの。いや、力がないことはないかも。言葉の力を使えば……でも、逆に足を引っ張るかもしれないから止めておこう……。
「心配無用!大丈夫っ!」
ジェシカは横目でこちらを見ると、元気そうな声で返してくる。どうやら甚大なダメージではなさそうだ。
「キャハッ!ちゃーんと着地するとか、なかなかやるねぇ」
余裕を取り戻したからかヴィッタの口調は元に戻っていた。
ジェシカは再び空へ飛び、ヴィッタに向けて剣を振る。
「でも、さっきより遅くなってるねぇ」
「黙れ!」
「強気だねぇ。キャハッ!無理しないでいいよ」
——刹那。
ドゴォッ、と低い音がした。
「でも欲しいかもぉ」
ヴィッタがジェシカの腹を殴っていた。肉弾戦はしないものと思っていたので驚いた。
何本もの赤いリボンがジェシカへ向かっていく。
「……くっ!」
数本の赤いリボンに縛られた。
「何すんの!離してよっ!」
ジェシカは強気にそう叫びつつ体を動かして抵抗する。しかしリボンはびくともしない。それどころか、ミシミシと音をたててジェシカの体を締め上げていく。
「あっ……う……」
赤いリボンにミシミシと締め上げられるジェシカ。胴を、腕を、羽を、リボンは無情に締めていく。強く圧迫され、ジェシカは苦しそうに呻いた。
「ヴィッタ!何をするの。すぐに離しなさい!」
「やーだねー。キャハッ!」
ふざけた態度が腹立つ。
「この女は連れて帰ってヴィッタのおもちゃにするんだから!キャハッ!さーいこー!」
前も思ったがこの女はおかしい。いちいち意味が分からない。
「王女様……逃げ……て」
ジェシカは苦しそうに息をしながら漏らす。
「ヴィッタ!離しなさいよ!」
彼女は面白そうに笑う。
「エンジェリカの王女。この女を助けたいなら魔界まで来てよねぇ。キャハッ!」
赤いリボンに縛られているジェシカをヴィッタは担ぎ上げた。意外と力持ちだ。
「待ちなさい!」
「バッカだねぇ、待たないよ。それじゃバイバーイ」
ヴィッタは満面の笑みでわざとらしく手を振る。
「ヤーン!天使で遊べるなんて、ヴィッタ嬉しすぎっ。カルチェレイナ様に自慢しよーっと」
彼女がいなくなると黒くなっていた周囲が元に戻った。遊園地の賑わいが耳に入ってくる。
「王女様ー」
ノアが走りながらやって来た。はぁはぁいっている。
「……ノアさん」
——怖い。言えない。
ジェシカが連れ去られたなんて、ノアに言えるわけがない。
「あれー、ジェシカはー?」
「…………」
黙り込む私を眺めながらノアは呑気に首を傾げている。
「……ごめん。ノアさん……、私……」
地面に座り込んでしまう。
ジェシカを連れ去られたなんて言ったらノアに嫌われるかもしれない。折角家族とまで言ってくれたのに。
「赤い悪魔が来たんだよねー」
えっ?
ノアの顔は笑っていた。もしかして、私の心を察してくれたのだろうか。
「魔気ですぐに分かったよー。遅くなってごめん。……でも、王女様だけでも無事で良かったなー」
優しく言って、そっと抱き締めてくれる。
「ジェシカは大丈夫だよー。僕が助けに行くからねー」
「……私も行くわ。私も行って、ちゃんと謝らないと!」
「王女様は純粋だねー」
何げない一言、ただそれでも少し心が温かくなる。