コメディ・ライト小説(新)

Re: エンジェリカの王女 ( No.80 )
日時: 2017/08/28 18:38
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: KRYGERxe)

60話「ガラス細工のような指」

「あー、もー。面倒くせぇなぁ。あの天使もやっちまえ!」
 不機嫌なヴィッタは荒々しい口調で悪魔たちに命じる。大柄な悪魔三体がクオォォォと声をあげながらエリアスに襲いかかる。
「危ない!」
 私は反射的に叫んでいた。
 次の瞬間、彼は身長よりも長い槍の一振りで悪魔を一掃し、圧倒的な力の差を見せつける。私の心配はどうやら杞憂だったようだ。
 こればかりはさすがのヴィッタも驚愕していた。
「王女、どうぞ今のうちにお逃げ下さい。この場は私にお任せを」
「貴方、体の傷は?もう治ったの?」
「問題ありません、戦えます。ノア。王女を頼む」
 するとノアは明るい表情で敬礼する。妙に楽しそうだ。
「じゃあエリアス、お願い。でもあまり無理しないでね」
「はい。後から参ります」
 ノアはジェシカを背負うと、私に手を差し出す。
「さて、行こうかー」
 私は二人と共に建物を出て、大急ぎで魔界を脱出した。空は相変わらず薄暗く、分厚い雲が浮かんでいた。

 黒い穴から出た。そこは地上界から入った時と同じ場所だった。私たちはエリアスを待つことにした。
「ジェシカ、体は痛いー?」
 唐突にノアが尋ねる。
「あたし?大丈夫だよ。こんなぐらいどうってことないよ……えっ?」
 ノアはジェシカを思いきり抱き締めた。ジェシカは抱き締められながら困惑した顔をしている。
「……うっ。ジェシカー……」
 彼の肩は小刻みに震えている。いつもは呑気で穏やかな彼だが、今は涙を流していた。私がいるから普通に振る舞っていたが、きっと本当は凄く心配していたのだと思う。
「ノア?ちょっと、ノア?いきなりどうしたの」
「ごめん。ごめん。僕がいつまでも仕事できない落ちこぼれだからー……」
 それを聞いたジェシカはふっと笑みを浮かべ、ノアの頭を優しく撫でる。
「違うよ。ノアは昔とは違う。だって今日、助けに来てくれたじゃん」
 それでもノアは泣き止まない。首を左右に振りながら、ポロポロと涙の粒をこぼす。
「でも王女様がいなかったら助けられてないよー……」
「そんなことない。貴方が一緒に行ってくれて凄く心強かったわよ」
 私は語りかけるように本心を言った。
 私一人では彼女を助けられなかっただろうし、そもそも助けに行く勇気が出なかったと思う。二人だからできたの。
「ほら。王女様もああ言ってくれてるし、もう泣かなくていいって」
 ジェシカはらしくなく優しく慰めている。
 二人の様子を眺めていると、私は少し羨ましくなった。こんな風に強い絆で結ばれている相手が私にもいれば、と思った。

 抱き締めあう二人を眺めながらそんなことを考えていると、すぐ傍の黒い穴からエリアスが姿を現した。彼のまとう白い衣装は傷一つついておらず、まるで仕立てたばかりのよう。戦闘の後とは思えないぐらい整っている。
「王女、ご無事でしたか」
 エリアスはスタスタ歩きこちらへ近寄ってくる。
 ——とても懐かしい顔。当分会えないと思っていた彼がこんなに近くにいる。実に不思議な感覚だ。
「遅くなってしまい申し訳ありませんでした」
「……エリアス」
 たくさん話したいと思っていたはずなのに、いざ再会すると言葉が見つからない。何から話せばいいか分からなくなる。
「王女?」
 私が言葉を詰まらせているのを疑問に思ったのか、エリアスは眉を寄せる。
「……体は?もう治ったの?」
 すると彼は優しそうな微笑みを浮かべる。
「はい。この短時間ではさすがに完治とはいきませんでしたが、ほぼ元通り動けます」
 良かった。安心すると自然に頬が緩む。
「そっか、わざわざ来てくれてありがとう。エリアスは今から天界へかえ……」
「あーー!」
 ノアが突然叫ぶ。驚いてそちらを向く。彼が抱き締めていたジェシカが急に気を失ったようだ。
「隊長ー……」
 男らしくなく涙目になっている。エリアスは呆れて溜め息を漏らした。
「ノア、ジェシカを家まで運べるか。寝かせてすぐに手当てをする」
 ノアはジェシカを一生懸命抱えて歩き出す。それに続いて私とエリアスも足を進める。
「お医者さんに診てもらう?」
 私が口を開き尋ねると、エリアスは首を横に振る。
「いえ、地上界の病院は人間用なので行けません」
「そんな……」
「軽く手当てすれば大丈夫です。私でも回復したのですから、ジェシカならすぐによくなるでしょう。若いですから」
 若い、とはおかしな言い方をするものだ。
「エリアスも若いじゃない」
 すると彼は苦笑する。
「私はそれほど若くありませんよ。貴女のお母様とも知り合いだったくらいの年ですから」
 王妃だった母は若いうちに私を生み、それから数年して亡くなった。だからあまり多くの思い出はない。はっきり覚えているのは……今は壊れてしまったあの赤いブローチ、あれを貰ったことぐらいだろうか。
「エリアスは私の母を知っているの?」
 歩きながら私は彼に尋ねた。
「はい。存じ上げておりますが、ほんの少しだけです」
「直接話したことはある?」
 それを聞くと彼は少しだけ黙った。何か考えているようだったが、しばらくして答える。
「……少しだけならあります」
「どんな天使だった?」
「貴女によく似た方でした」
「どこが似てた?」
 するとエリアスはいきなり私の手をとり指に触れる。
「ここです。華奢で繊細なこの……ガラス細工のような指」

Re: エンジェリカの王女 ( No.81 )
日時: 2017/08/29 14:24
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: noCtoyMf)

61話「悲しい笑顔」

 気絶した少女を抱えて人混みを歩くのはなかなか危ういものがあった。一歩誤れば誘拐だと通報されてもおかしくないような状況だ。いつ誰が通報するか分からない。そのせいもあってか、ただ帰宅するだけなのにかなり疲れた。精神的に。
「あー、疲れたーっ」
 家に入りドアを閉めた瞬間、私はついつい言う。いつもならこんな大きな声でマイナス発言をすることはないのだが、今日は無意識に言ってしまった。
「隊長、ジェシカどうするー?どこに運ぶー?」
「何か布を敷く、その上に寝かせる。その際なるべく振動を与えないように」
「はいはーい」
 エリアスは当たり前のように家に入ってきている。流しへ水を汲みに行く。
 それにしてもエリアスと家、この二人の馴染まないこと!笑えてくるぐらい違和感がある。
「王女、すみません。手拭いか何かありますか?」
 玄関に座り込んでいた私に聞いてくる。ぼんやりしていた私は突然の質問に慌てる。
「えっ?お風呂のタオルならあるけど、取ってこようか」
 一応言ってみた。
「それは汚れても構いませんか?体を拭くのに使いますが」
「分かったわ」
 私は風呂場へタオルを取りに走る。自分のタオルを取るとエリアスに渡す。
「ありがとうございます王女。これでジェシカの手当てをできます」
 エリアスは笑みを浮かべてお礼を述べてくる。至近距離だったせいかドキッとする。
 私はタオルと水を運んでいくエリアスの背中を不思議な気持ちで眺めた。この気持ちは何なのだろう、と思いながら。

「ん……」
 ジェシカが目覚めたのは夜遅い時間だった。窓の外はもう真っ暗になっている。ノアは少し前に疲れて眠ってしまった。今、部屋には私とエリアス、そして横になっているジェシカだけだ。
「ここは……家?」
 彼女の枕元に座っていた私は声をかけてみる。
「ジェシカさん、起きたのね」
「王女様……今何時」
 どうやら彼女は現状を理解できていないようだ。
「今は九時。ジェシカ、調子はどうだろうか」
 口を開いたのはエリアス。
 ジェシカは包帯を巻かれた自分の腕を眺めながら不思議そうな顔をしている。
「誰が手当てしてくれたの?」
「エリアスよ。エリアスが傷を拭いて消毒して……」
 彼はとても手際がよかった。私なんて手伝うことがないぐらいだったもの。戦いで怪我した仲間の手当てをした経験があったのかもしれない。
 エリアスが自分の上着のポケットから水色の小瓶を取り出しジェシカに近寄る。
「クヤハズキオルーナ飲むか」
 え。今何て言った?
「……飲みたいけど、エリアスはクヤハズキオルーナ持ってるの」
 ジェシカまでスラスラ言う。 有名なの?聞いたことないけど私が無知なだけなのかな。クヤまでしか聞き取れない……。
「念のため持ってきておいた。起きれるか、飲め」
 エリアスは小瓶の蓋を開け、ゆっくり上体を起こしたジェシカに手渡す。ジェシカは小瓶の中の液を一気に飲み干した。
「これで治癒が早まるはずだ」
「うん。ありがと、エリアス。効いてきた気がするよ」
「いや、さすがに早すぎるだろう……」
 そんな時、突然チクリと胸が痛んだ。エリアスとジェシカが話しているのを眺めているだけなのになぜか胸が締めつけられる感じがする。
 もやもやする。言葉で言い表せない不快感。何だろう、この場にいるのが辛い感じ。
「ごめん、私ちょっと外の空気でも吸って……」
「待って」
 私が立ち上がろうとした瞬間、ジェシカが言った。
「エリアス。ちょっと王女様と二人にしてもらっていい?」
 彼女は小瓶を返しながら頼む。
 エリアスは不思議そうな顔をした。
「突然どうした?」
「ちょっとだけ二人にしてほしいんだけど」
「……そうか。分かった」
 彼は空の小瓶を持ったまま、ノアが寝ている隣の部屋へ行った。

 ジェシカと二人になってしまい、外へも出られず気まずくなる。私は何も言い出せず、黙り込んでしまう。
 すると彼女が先に口を開いた。
「あのさ……王女様はエリアスのことが好きなの?」
 突然の問いに驚き固まる。なぜ急にそんなことを言い出すのか。
「あたしね、エリアスのこと好きなの」
「それは恋愛として?」
「うん」
 そう答えたジェシカの頬は赤く染まっていた。
 信じられない。彼女がエリアスに恋心を抱いていたなんて知らなかった。驚きだ。
「エリアスはあたしとノアに居場所を与えてくれた。王女様の護衛なんて仕事を任せてくれた。何より嬉しかったの」
 今一体何が起こっているのか理解に苦しむ。彼女はなぜいきなりこんな話をするのだろう。
「初めてだったの。エリアスはあたしの強さを認めてくれた。エリアスだけは、女だとか頭が変だとか言わずに、純粋にあたしの強さを見てくれた」
「そうだったの。じゃあエリアスに告白すれば……」
「できるわけないじゃん!エリアスは王女様を好きなんだもん!」
 ジェシカは口調を強める。
「あたしはお金はないし地位もない。しかも体は貧相だし、顔も平凡。あたしが王女様に勝てる要素はない……」
「待って、ジェシカさん。私はエリアスに恋心を抱いてはいないわ。だからちゃんと言えば大丈夫だと思う」
 こういう時にどんな言葉をかければいいのか、私には分からない。今まで恋愛の話なんてしたことないから。
「それでもね……たまに夢をみるんだ。さっきみたいに、たまに優しくしてくれるじゃん。その度にあたしにもチャンスがあるかもって思うの。だから気に入ってもらえるように強くあろうとしてきた。王女様を護っていたのも、エリアスに気に入られたいから……」
 ジェシカは今にも泣き出しそうだった。ヴィッタに酷いことをされたのもあって心が弱っているのかもしれない。
「最低だ。王女様は家族って言ってくれたのに、あたしはエリアスしか見てなかった。……ははっ。あたしが嘘つきで卑怯者だからばちが当たったんだね」
「そんなことないわ」
「……全部言っちゃった。これで王女様ともバイバイだね。エリアスにも捨てられる。でも最後に王女様に本当のこと言えて良かったよ。嘘ついてばかりの人生だったけど、王女様には本当のこと言いたかったんだ」
 何でそんな、最期みたいに言うの?こんなのはおかしい。
「それでも今のあたしは王女様のこと好きだから。……聞いてくれてありがとね」
 ジェシカは悲しそうに笑った。
 言い終わると、力なく倒れる。包帯を巻かれた小さな羽の一部が黒く染まっていた。
「ジェシカ!!」
 直後に駆け込んできたノアは、倒れているジェシカを必死に揺さぶる。
「ジェシカ!ジェシカッ!!」
 後から青ざめたエリアスが入ってくる。
「王女、無事ですか!?何があったのです?」
「話してたら急に倒れて……」
 私たちが話している間もノアはジェシカの名を呼び続けている。
「エリアス、もしかして何か知っているの?」
「……これは」
 羽の黒が増えてきている。
「まずいですね。このままではジェシカは堕ちてしまいます」
「そんな!天使じゃなくなるということ!?」
 エリアスは深刻な顔で頷く。
「ダメよ!そんなの絶対!どうにかならないの!?」
 私はエリアスに必死に言った。
 ジェシカの天使としての一生をあんな悲しい顔で終わらせたくない。もう一度ちゃんと話したい。笑ってほしい。
 心からそう思うから。

Re: エンジェリカの王女 《2章1節まもなく終了》 ( No.82 )
日時: 2017/08/29 22:00
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: pD6zOaMa)

62話「結婚しよう」

 倒れたジェシカを揺すり懸命に名を呼ぶノアを見つめながら、エリアスは悔しそうに目を細めている。
「本人が意識を取り戻さない限りどうにもなりません。しかし、少なくとも私は、今までに堕ちかけて治った天使を見たことがありません」
「そんな……。あ、でも、もし願いが叶えば治るかも……!」
 何か方法はあるはず。私はまだ諦めたくない。必ず元通りになると信じたかった。
「願い、ですか?しかし私はジェシカの願いなど知りません」
 エリアスは何の躊躇いもなく言い放つ。ここまで好意に気づかない者が相手とは、ジェシカも災難だ。
「……私、聞いたの。ジェシカさんがエリアスのこと好きだってことを」
 私は思いきって告げる。もしかしたら彼女を救う手がかりになるかもしれない。
「王女、何を仰るのです。そんなことあるはず……」
「あるの。でもエリアスは私ばかり気にかけるから、それで悩んでいたみたいなの」
 エリアスは困惑した表情を浮かべる。心当たりがないみたいだ。
「だからエリアスがジェシカさんの気持ちを受け入れるって言えば、願いが叶って、もしかしたら治るかも……」
 しかし彼は首を縦に振らなかった。
「すみませんが王女、私は嘘をつけません。それに、嘘でそんなことを言えば、逆に彼女を傷つけます」
 確かにまっとうな意見だ。エリアスか本気で言っているかどうかくらい、ジェシカには分かってしまうと思う。

 ——そんな時だった。
 羽が黒く染まったジェシカが目を開けた。
「あ、ジェシカ——」
 嬉しそうな表情が浮かべたノアを、ジェシカは立ち上がりながら強く払い除ける。身構えていなかったノアはその勢いで少し飛ばされてしりもちをつく。
「ノアさん!大丈夫?」
「うん、僕は平気ー。でも……ジェシカー……」
 立ち上がった彼女の小さな羽は黒く染まっていた。視点の定まらない目つきで立っている。
 人形のような彼女は片手をこちらに向ける。その瞬間、黒い衝撃波が飛んでくる。
「下がって下さい!」
 エリアスが咄嗟に私の前に出たおかげで私は当たらなかったが、ノアはしりもちをついた体勢のまま黒い衝撃波を食らう。
「……っ、ジェシカー!」
 黒く染まったジェシカは、自身の名を叫ぶノアに一瞬だけ目をやる。
「こんなのおかしいよー!何で攻撃するのー!」
 ノアは必死に訴えるがジェシカには届かない。彼女は近寄るノアにもう一撃おみまいする。が、今度はシールドで防いでいた。
「ノアさん……」
 彼は誰よりジェシカを心配していた。だから分かる。今も彼はジェシカを救おうとしているのだと。
 ノアは薄紫のシールドを張り魔気を防ぎながらジェシカに歩いて近づいていく。そして黒い魔気が溢れ出すジェシカの体を強く抱き寄せた。
「……ハナシテ」
 人形のようなジェシカの唇が小さく動くのが見てとれる。
「ジェシカ、おかしいよー。こんなの嫌だよー……」
「……ハナシテ!」
 突如ノアを突き飛ばし、魔気の弾丸のようなものを彼に向かって放つ。
「うぁっ!」
 少し彼女の心を取り戻したかと思ったがそうではなかった。
「……ジャマモノハイラナイ」
 ジェシカは黒い剣を作り出し握ると、こちらへ飛びかかってくる。私の前にいたエリアスが咄嗟に槍を持ち彼女の剣を受け止める。
「王女に手を出す者には容赦しない」
 一度距離をとり長槍を構え直すエリアスの目は本気になっていた。目の前の敵を仕留めることしか考えていない冷ややかな表情。後ろにいる私ですら身震いするような静かな殺気を出している。
「ダメよ、エリアス。ジェシカさんを傷つけるのはダメ!」
 慌てて注意する。エリアスは相手がジェシカであっても本当に倒すと思ったから。
「心がけます」
 黒く染まったジェシカの斬撃を長槍で軽く受け流す。この狭い空間では武器が長いエリアスが不利かと思ったが、案外そうでもない。
「……アタシハアイサレナイ。ミンナ……オウジョサマバカリ……」
 ジェシカは物凄く小さな声で呟く。
 私はそれを聞いて辛くなる。彼女は私を好きではなかった。それなのに私のせいで捕まってヴィッタから傷つけられた。そう考えるとあまりに可哀想すぎて、申し訳ない気分になる。
「……ごめんなさい。私が悪かったの!ジェシカさんのことを考えていなかったから」
 私にはあの笑っていたジェシカが嘘だとはどうしても思えなかった。
「こんなこと贅沢って言われるかもしれないけど、私はジェシカさんとまた話したいわ!」
「王女、それは無駄です。恐らくもう聞こえていない」
 そうかもしれない。でもこんなところで別れなんて。
「……アタシハアイサレナイ……サイテイナオンナ……」
「違うよーっ!」
 ノアが背後から飛びついた。ジェシカは振りほどこうとするがノアはつかまり離れない。
 そして叫んだ。
「僕はジェシカを愛してるからー!結婚しようーっ!」
 ……えっ、どういう流れ?
 戸惑ってエリアスを見ると、彼も困惑した顔をしていた。この状況でいきなりプロポーズするとは度胸がありすぎる。
「僕がジェシカを幸せにするから、だからもう目を覚ましてよー。頼むよー」
 しかしそれでジェシカの動きが止まった。
「……エ?」
 ノアは両腕で彼女の上半身を引き寄せる。
「ジェシカは昔、家族になりたいって言ってたよねー。本当の家族になろうーっ!」
 叫んだ直後、ジェシカは物凄い桃色の光に包まれた。抱き締めていたノアの姿も見えなくなるくらいの眩しさ。
「凄まじい聖気だ……」
 その様子を見ていたエリアスは驚き独り言のように呟く。私もその眩しさに思わず目を閉じてしまう。

「……ばっかみたい。アンタ、ホントバカなんじゃないの」

 光が晴れるとジェシカは元の天使の姿に戻っていた。傷はついたままのようだが、表情はいつものジェシカのものになっている。
「まさか……戻ったのか……」
 エリアスはその様子を目の当たりにして愕然としていた。色々と経験豊富な彼にとっても初めての経験だったからだろう。
「ジェシカ、良かったー。目が覚めたんだねー」
「……ノア。ごめん」
 ジェシカは気まずそうに俯き気味で謝る。
「僕はごめんじゃなくてありがとうが聞きたいなー」
 穏やかに微笑むノア。それにつられてジェシカも笑う。
「何調子乗ってんの、アンタ。……でも、ありがとう」
 何だか幸せそうな二人の姿を見て、私まで幸せな気持ちになってくる。ジェシカが戻って本当に良かった。
 ピンチが距離を近づける。案外そういうものなのかもしれないなと思うのだった。

Re: エンジェリカの王女 《2章1節終了!》 ( No.83 )
日時: 2017/08/30 18:56
名前: 四季 ◆7ago4vfbe2 (ID: 32zLlHLc)

63話「アイーシアティー」

 正気に戻って少ししてから、ジェシカは私に目をやり、言いにくそうに口を開く。
「あの……王女様、ごめん。あたし酷いこと言っちゃったかも……」
 私は何と答えればよいのか考え、迷った末、簡潔にまとめることに決めた。
「ううん。気にしないで」
 あれだけ言っていたのは魔気のせいもあるのだろうから、私はたいして気にしていない。あんな風になる可能性は誰にだってあるということだもの。
「ジェシカ、お前は王女に何を言った?」
 エリアスが威圧的に尋ねる。ジェシカは怯えたような顔でビクッと震える。
「……ごめんなさい。あまり覚えてない」
 瑠璃色の瞳に冷たく睨まれ畏縮するジェシカ。
「内容によっては許すわけにはいかない。覚えていることだけでも答えろ。王女に一体何を言った」
「待って!待って待って」
 今にも掴みかかりそうなエリアスを止める。
 今このタイミングでエリアスに責められたら、ジェシカはまた苦しむことになるだろう。
「私は怒ってないのにエリアスだけが怒るのはおかしいでしょ?ジェシカさんを責めるのは止めて」
「しかし、王女に牙を剥く可能性がある者を傍においておくわけにはいきません」
 まったく、と溜め息を漏らす。エリアスはおかしなところばかり頑固なんだから。
「ジェシカさんがあんなことを言ったのは魔気のせいよ。だって今まで一度もなかったもの」
「王女様、いいよ。悪いのはあたしなんだから……」
 私はジェシカの手を握る。
「そんなこと言わないで。ジェシカさんは魔気の影響を受けていただけ。つまり被害者よ」
 彼女は何か言いたげだったが黙り込む。
「だからね、エリアス。もうジェシカさんを悪く言わないで」
 するとエリアスはようやく責めるのを止めることにしたようだった。
「……分かりました。今回は見逃すことにしましょう」
 それから彼はジェシカに視線を移す。
「ジェシカ、今後王女に対して失礼のないように」
「……うん」
 ジェシカは小さく頷く。これでひとまず解決といったところか。
「今日は一緒に寝るー?」
「は!?キモッ」
「僕たちもう家族になるんだし全然キモくないよー」
「いやいやいや!待って、あたしまだ答えてないし!」
 ノアとジェシカはそんなやり取りをしていた。なんだかとても懐かしい気がして心休まる。
 やっぱり仲良しが一番ね。
「王女」
 二人の様子を眺めている私にエリアスが声をかけてきた。
「お茶でもいかがですか?」
「いいわよ、そんな……」
 すると彼は小さな包みを取り出す。香ばしさのある甘い香りが嗅覚を刺激する。
「エンジェルコーンッ!?」
 思わず叫んだ。エンジェルコーンは香りですぐに分かる。
「はい。ヴァネッサさんのクッキーです」
「ヴァネッサは元気にしているの?」
 そういえばヴァネッサのことは聞いていなかったな、と今更思う。
「えぇ。体内の魔気は無事除去されましたし、もういつも通りでしたよ」
「それは良かった!」
 私はエリアスから、ヴァネッサが作ったエンジェルコーンのクッキーを受け取る。もうしばらく食べていない。すぐにでも食べてしまいたい衝動に襲われる。我慢、我慢。
「ヴァネッサさんから受け取った茶葉があります。今、お茶を淹れますね」
「できるの?」
 エリアスが家事をするところは見たことがないので少し意外だった。
「地上界へ行くならとヴァネッサさんが教えてくれました。まだ上手くはありませんが、ある程度基礎は理解しました」
「なるほど。じゃあ折角だし淹れてもらおうかしら。ジェシカさ——」
 ジェシカとノアも誘おうと思い振り向くと、二人は布団の上で何やら楽しそうにしていた。と言っても、ノアがジェシカに一方的に絡んでいるだけだが。
「ジェシカは冷たいなー。もっと仲良くしようよー」
「意味不明って言ってるじゃんっ!しつこい!」
「だってジェシカが可愛くて仕方ないんだもんー」
 楽しそうな二人の邪魔をするのも悪い気がするというもの。放っておくことにした。
「エリアス、ここに座っていたらいい?」
「はい。少々お待ち下さい」
 私は椅子に腰かけてエリアスの淹れるお茶を待つことにした。
「そういえばエリアス、これからはこっちで暮らすの?」
 少し退屈なので尋ねてみると、エリアスは作業をしながら返す。
「はい。これからはまた、貴女の傍にいられます。どうぞよろしくお願いします」
 彼はいつになく真剣な顔でお茶を淹れていた。
 そして数分経つと、それをコップへ注ぎ運んでくる。
「結構すぐにできるのね」
「はい。すぐにできて簡単なものをヴァネッサさんが選んでくれたので」
 白っぽい濁りのあるお茶だ。浮いている白い花弁のようなものが雪みたいに見える。
「これは何ていうお茶?」
 何げなく尋ねる。
「アイーシアという、エンジェリカ原産の花を使ったお茶だそうです」
 長い睫が微笑みに柔らかな雰囲気を添える。
「それ知ってるわ。確か中庭に咲いているやつでしょ?小さい頃ヴァネッサとよく見に行ったわ。お茶になるなんて知らなかったけど」
 お茶を一口飲んでみる。
 ……渋い。それに苦い。しかもかなり植物の風味がする。でも、喉を通った後にフワリとくる香りは優しくて好きだ。
 エリアスはお茶を飲む私を不安そうに見つめている。
「どうでしょうか」
 正直な感想を言わないべきか迷いつつ、
「……うん、まぁまぁね。ちょっと渋いかも」
 と答えた。その方が成長に繋がるかなと思ったから。
「渋かったですか。申し訳ありません」
「ううん、気にしないで。まだ慣れてないんでしょ?今からもっと上手くなるわ」
「ありがとうございます。必ずや上手くなってみせます」
 エリアスは嬉しそうに誓う。
 でも何だか意外だ。エリアスは完璧だと思っていたから。彼もいきなり完璧なわけではないのだと知り、何だか親近感が湧いたのだった。