コメディ・ライト小説(新)

Re: 君との出会いは本屋さん。『コメ募集中』 ( No.107 )
日時: 2017/09/03 15:30
名前: ましゅ ◆um86M6N5/c (ID: QYM4d7FG)

36.今なら。



「…は?」

急展開の話について行けず、沙彩が思わず口を開ける。千春とひかりも同じ反応してるだろう――そう思って2人のほうを見ても、夏音と同じような真剣な顔をしていた。
もしかして、事前に打ち合わせとかあったのかなと沙彩が心配半分で3人を代わる代わる見る。

「いや…まぁ……うん…楽しいと思う…」
「曖昧な返答じゃなくて。正直な気持ちだよ」

しどろもどろ答えていると夏音が付け足す。


「……楽しい、よ」


いつもと雰囲気が違うからか、夏音の意図はあまり読めない。とりあえず沙彩は思ったことを正直に言う。
はぐらかしたいけれどどうにもふざけたことを言えないこの状況に、息をのむような思いがあった。

「そっか。……ならさ、……その…」

夏音の声が急に聞き取るのが難しいほど小さくなる。沙彩は突如、この前千春が家に来たときに感じた嫌な予感を持った。
夏音はこんな、急に俯いて話をしたりはしない。だからきっと何か聞かれるんだろうと思っていたら――



「――沙彩ちゃん!学校に来てください!!」



千春が、机をばんと叩きながら立って力強く沙彩に言った。あ、きつねうどんの汁がこぼれそう――なんてことは千春の情熱に負けて言えなかった。

「千春…?」
「私たち4人で話すことが楽しかったんですよね!?なら!絶対学校で話すことも沙彩ちゃんにとって楽しくなるはずですよ!だから……お願いです、学校に1度でも良いので来てくださいよ…」

ちなみに千春には、こうやって情熱的になると敬語になる癖がある。

訴えかけるような千春の言葉には、沙彩も一瞬心が揺れる。

「……嫌…」

けれど、沙彩の返答は今までと変わらないものだった。


「沙彩ちゃんは……もう1回、陸上やらへんの?」


すると次は、ひかりが沙彩の方を向いて――切なげな笑みを浮かべて言った。

「もう1回沙彩ちゃんと走れたらええんやけどな…」

1年ぶりに、と呟きながらひかりが目を伏せる。どこか重みのある言葉に、沙彩は胸が締め付けられる思いを感じた。


(私のせいで…皆に辛い思いかけさせるのって……)


夏音がさっき言葉を濁したのは、沙彩の事情を知ってるが故のこと。かなり辛そうな顔をしていた。
それに千春だって真剣に、沙彩に学校へ来てほしいと思っている。ひかりだって、もう一度勝負したいと願っている――。

『貴女が学校に来なくて、皆心配してるんですよ!!』

そんなの嘘だ――あの時はそう突き放して、何も考えないようにしていた。もともと沙彩はクラスのムードメーカみたいな存在ではないし、沙彩自身も他人に興味なく話しかけられたらただ淡々と返す――そんな人間を心配している人なんて居ないと思っていた。

けれど今は――こうやって、学校に来てと言ってくれる人が居る――。



「………考えとくよ」


それは沙彩にできる、精一杯の返事だった。