コメディ・ライト小説(新)

Re: 君との出会いは本屋さん。『コメ募集中』 ( No.154 )
日時: 2017/10/01 10:03
名前: ましゅ ◆um86M6N5/c (ID: QYM4d7FG)

56.もし責めなかったのなら。



8時過ぎ。朝練終わりの男子たちや、学年の中でも目立つ女子グループが登校してきた。ドアを開けた途端、いつもは居ないはずの席に座っている沙彩を一斉に凝視する。
だが沙彩は気にしないように決めたのか、視線を受けても全く動じず久しぶりに教科書を開いたりしている。

「え…?月島さんだよね、あの人…」
「月島さんだと思うけど…」

目立つ女子グループの中の何人かがそんな声を発しても沙彩はピクリともしない。振り返りもしない。……というか、沙彩は騒がれるのは苦手なのだ。
だからあえて無視しているところもある。

千春とひかりも、突然学校へ来た沙彩に戸惑っているのか。夏祭りの時と比べて話しかけに行こうという気持ちが薄れている。そんな中で――唯一平然に沙彩に話しかけられる夏音が沙彩の席へ行く。


「……沙彩ちゃん、大丈夫なのー?先生のこと……」

周りに聞こえないように小声で話す。沙彩は一瞬目を伏せるような素振りを見せた後、夏音の方を流し見て。

「……大丈夫よ」

その声は少しかすれて聞こえた――。


○**○


それから半時間。……佐野が入ってくる、HRの時間だ。

(本当に大丈夫なの……?)

先ほどの沙彩の「大丈夫」という言葉は明らかに大丈夫じゃない言い方だった。もう佐野が入ってくるのも時間の問題。学校に来たということは何らかの決心があったからだろうが、沙彩に佐野に対する憎悪感はちょっとやそっとの決心では消えないはず。
夏音が複雑な気持ちで机に顔を伏せていると、丁度佐野が入ってきた。

「皆さんおはようございます……って…!?」

普段居ないはずの席にいた彼女を見てたちまち佐野が声を上げた。そして独り言のようにテストの日と間違えたのとか今日は始業式じゃないのにとか言っているが、沙彩はそれでも全く動じずに本を読んだりしている。

「……月島さん、急にどうしたんですか?」

佐野は落ち着きを取り戻して沙彩に問う。

「どうも何も学校に来ただけです」

沙彩は突き放すように冷淡に言った。少し怒りの意味も感じられる言葉には佐野も後ずさりしそうだったが、それでも学校に来て欲しい佐野は負けじと言う。

「学校にやっと来る気になったんですね?」
「……は?」

途端、今まで何の感情も抑え込んでいた沙彩が彼女の青い目を鋭くさせながら言う。底冷えするような彼女の声に、今までそんな声を聞いたことがなかった千春たち3組のクラスメイトが手を止めて硬直していた。
夏音が2人の様子を心配そうに見つめている。そして悠夜は何となく佐野が絡んでいる予想をしていたのか……やっぱり、という顔で見ていた。


「貴女のせいなのに……今更そんな無責任なこと言うの……?」


そして聞こえた涙声は、3組の空気を一気に重くしていく。

「貴女が私を責めなかったら……私は……」

――母親と父親が居たとき。そのときの記憶が蘇ったのか、沙彩の目には涙が溜まっていた。何とか流さないようにと沙彩は急いで拭うが、それでも止まらない。

「つ、月島さん!?待ってください、私もそのことは――」

言い終わらないうちに沙彩は黙って席から立ち上がり、ドアの方へと走っていく。
その様子を見た悠夜が――嫌な予感に襲われる。

そして無意識に。


「月島…!」


そう叫んで、走ってどこかへ行ってしまった沙彩を追いかけた。彼女は元陸上部、一瞬のうちに見えなくなるが――それでも悠夜は何となく予想が出来て、ある場所へと走っていった。