コメディ・ライト小説(新)

Re: 君との出会いは本屋さん。『コメ募集中』 ( No.163 )
日時: 2017/10/21 12:27
名前: ましゅ ◆um86M6N5/c (ID: QYM4d7FG)

59.「だけ」じゃない。



「……なんか落ち着いた。ありがと…」
「やけに素直だな」
「………」

 自分でお礼を言ってから気付いた。そういえば何だか素直になっている。
 ……そんな考え事はさておき。

「佐野先生のことが嫌いなんだろ?だったら面と向かって言えば?」
「はぁ!?でも……」
「そんなんじゃいつまで経っても変わらないし。お前割とはっきり言う性格なんだから、そのくらい言えるだろ」

悠夜の言うとおりなのだが、どうしても沙彩にはその勇気がなかった。……大人に歯向かうというか、非常識みたいじゃん、という心が邪魔して。

「そんなの非常識みたいで嫌なのか?」

 沙彩が俯いていると、その心中を察したのか悠夜が問いかけてきた。沙彩は小さく小さく、こくりと頷く。


「……そもそも不登校って時点で常識とは違うんだよ。後先どうなっても良いから自分の意見ぶつけて来いよ。桃瀬とか有川とか、俊だって言ってるぞ?お前と一緒に学校行きたいってな」

 俺もそう思ってるよ、と少し優しい声で悠夜が言った。どこか、香澄と重ねているのだろうか。

「………った」
「?」
「分かった……言ってくる」

 行って、言う。

 自分は確かに、この悠夜と夏音と千春と俊とひかりと……そんな人たちの優しさや、皆の温かさを実感したはずだ。そして、自分が一度学校に来ようという気まで持たせたのだ。
 その人たちの期待や、希望を……何でもかんでも突き放すのは違う。

 沙彩は固く決心して、教室へと戻っていった。



「佐野先生。少しお話良いですか」


○*



 沙彩は佐野を図書室へと呼び出した。そこにもう悠夜の姿はない。それに人の気配もないことから、誰ものぞきとかもしていないはず。
 2人きりにさせてくれたのは感謝するべきことだろう。言いたいことを何も気にせずに言えるのだから。

「私が不登校になって1年ですね」

 最初は他愛もない話で始める。なるべくここに感情は出さないようにしたのだが、思わず怒ったような感じが出てしまった。……まあ実際怒っているのだし、仕方ないと思い沙彩は佐野の目を真っ直ぐと見た。


「貴女はどうして私に学校に来い学校に来いとしつこく言うんですか?」


 精一杯の怒りを込めて佐野に放つ。

「そ、それは……貴女に学校に来て欲しいからで……」
「嘘よ!貴女は私の両親が亡くなったって言う事情を知りながら一人にさせてくれなかったでしょ!?1週間も休んだのは悪いと思ってるけど、それでも中1があんな辛い思いをしてすぐに立ち直れると思ってんの!!?」

 沙彩は滅多に出さない金切り声を上げた。その声には半分涙が混ざっている。
 佐野はその声に驚愕していた。普段そんな声なんて出さないから。彼女がそんなに思い詰めていたなんて知らなかったから――。

「待ってください、私にも話させてください」
「………っ」

 佐野が珍しく真剣に言ったから、沙彩は睨み付けながらも一旦口を閉じる。

「そのことは本当にごめんなさい……。今更謝っても許されないでしょうが、私も一時の感情でひどいことを言ってしまったことを申し訳なく思っ――」
「そうね、今更許されないわ」

 佐野の言葉にかぶせて沙彩が突き放すように言う。何だか不思議だ、こんなに言葉が出てくるなんて。

「別に私は多少は嫌ですがそこまで学校のことは嫌いじゃないですし、夏音や千春のことは本当に良い友達だと思っています。でも……!貴女が居るから学校に行きたくないんですよっ!」

 いつもは静かな図書室に沙彩の悲痛な叫びが響いた。もう休み時間に入っていたのだろうか、佐野と沙彩の動向が気になった夏音が遠くから見ていることに沙彩が気付く。

「……夏音…」

 ぽつりと呟く。知り合いの居る前では何だか感情を出しにくいのだが、夏音なら事情を知っているのだから良いだろう。

「……もう嫌……私だけこんな思い…………」

 その時、沙彩はふとさっきのことを思い出す。
 
 何か辛い思いをしているのは、自分だけじゃないこと――悠夜だって同じ思いをしていて、ひかりにも父親が居ないんだ。香澄だって自殺しようと思うほど追い詰められたことがあって。


 ――私「だけ」じゃないんだ。


「………あ……」

 さっきまで頑張って止めていた涙が、目から一粒こぼれる。

 突然沙彩に変化が起き、佐野はただただ戸惑っていた。