コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第4話『あなたのために……』(6) ( No.152 )
- 日時: 2010/10/27 19:51
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: bFAhhtl4)
小松家でのE・Cとの対面以降……
私とひとめ惚れの彼との距離は、一気に縮まっていた。
彼は最近クラスに顔を出す回数が少しだけ多くなって、廊下ですれ違った時も声をかけてくれる。最初のうちは津波達が凍りつくように固まってしまっていたが、それも2、3日で慣れてきたようだ。今度お昼を一緒に食べるとかして、ちゃんと紹介しようと思っているくらいである。
2日に1回屋上に行く、という日課は変わっていない。
当然、事件後一緒に昼食をとったときは、小松家の話で持ちきりになった。途中でポツポツと雨が降り始めたので、私達は校舎の中に避難して最上階の階段に座って食べたのである。薄暗いのは電気をつけて解消されたが、少し埃っぽいのは気になった。
「あの、…なんでしたっけ、名前忘れましたけど。あの人、知り合いだったんですか?」
黒髪をポニーテールにした、背の高い男の人。そして隣にいる彼に、銃を突きつけた……
「あぁ、白波のことだろ? 有希白波」
「あ、そうです! ちょっと変わった名前の……。もしかして紫苑くんと同じ学年だった人ですか?」
「まさか」
そう言ってちょっとだけ笑う。
私は卵焼きを頬張った状態で、驚いて彼の横顔を見つめた。とても、柔らかい笑顔だった。
私の視線には気付かず、彼は足元に置いてある紙パックのお茶に手を伸ばす。
「たまたま会ったんだよ。つーかアイツ年下だし。確か14」
「――!?」
思わず吹きそうになって、慌てて口を手で押さえる。急いで口の中身を飲み込んでから、食いつくようにして尋ねた。
「あれで14ですか!?」
「あぁ、大人びた奴もいるもんだよなー」
紫苑くんも大人びてると思いますけど…と言おうとして、無意識に口をつぐむ。
なんだかすごく他人事のような声音だった。そしてなぜだかその分、彼が隠したいであろう気持ちがにじみ出ているような、そんな声音だった。
彼と同じ空気に触れているだけで、彼の感情が流れ込んでくるようだ。心の中をかき乱されるような、今まで味わったことのない感覚に包まれて、自然と涙が瞳を覆っていた。
自分でもこの状況が理解できないまま、ごまかすようにご飯を一気に頬張る。平静な表情で、彼がこちらに顔を向ける。
「……今、すげぇ一気食いしなかったか……?」
ふるふると首を横に振るが、しゃべれないほどに口にご飯が詰まっていては全く説得力がない。口の中で「むほっ、むほ…」と謎な言葉を発している私を見て、彼はぷっと吹き出した。肩を小刻みに震わせて、顔を伏せる。
「何言ってるか全っ然わかんねーっ」
さすがに恥ずかしくなったので、先程と同じようにご飯を無理矢理飲み込んだ。ちょっと胸の辺りが苦しかったので、飲み物を取り出して何口か口に含む。
それからチラッと横目にまだ笑っている彼の顔を見て、心の底から純粋な満足感を感じていた。
「それじゃあ、そろそろ教室戻りますね」
私はそう言って立ち上がる。
今はちょうど13時。あと10分で授業開始だ。
彼はもう少しだけここにいてから下橋に戻るらしい。そのうち下橋に招待してくれると、さっき言っていた。
私はバッグを肩にかけてから、ふと言おうと思っていたことを思い出して、彼と目を合わせた。
「言い忘れました! 今度の日曜日、予定空いてます!? 平日の放課後でもいいんですけど」
彼が驚いたように目を見張る。バッグの中身をしまっていた手も、ピタッと止まった。
「平日の放課後なら空いてるけど……」
「ほんとですか!? この間駅ビルの2階に新しいお店がオープンしたのです! 紫苑くん一緒に行きません?」
もう少し悩むかと思ったら、あっさり承諾してくれた。
私は素直にうれしくて、自分でもびっくりするほどに満面の笑みを浮かべてしまう。一気に気持ちが高揚して、飛び跳ねるような勢いで階段を降りようとした。
「それじゃ――」
「亜弓」
今までの興奮が嘘のように、頭の中が静まり返る。クリアになるのを通り越して、真っ白に。
その場に立ち止まって、固まった表情のまま後ろを振り返った。
「……今……」
――……“亜弓”って……
私の呆けたような呟きは、小さすぎて聞こえなかったかもしれない。
彼は一瞬言いよどむような表情をしたが、やけに落ち着いた、真剣な声で言った。
「呼び方……“風也”でいい」
目を見開いて彼を見つめる。
辺りの静けさに反して、私の胸は自分でも抑えきれないほどに乱れ切っていた。