コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第4話『あなたのために……』(10) ( No.180 )
日時: 2010/09/13 14:55
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: s4AxdT15)


「水希!」

 高めのハキハキとした声に呼ばれ、水希は淡いピンク色の携帯電話から目を上げた。予想通りの人物が、正面の1年2組の教室から駆け寄ってくる。おかっぱの髪は、首の辺りで丁寧に切りそろえられていた。
 今日もいつも通りシンプルな赤いゴムでツインテールにした水希は、携帯を閉じてにこっと微笑んだ。

「HR終わった?」
「うんっ、ごめん待たせちゃったね」

 彼女――藤堂茜は、顔の前で小さな手を合わせて謝る仕草をする。大丈夫だよ、と首を振った水希は、ふと何かに気付いたような顔をして声を上げた。

「そのピン、かわいい! 新しいよね?」

 茜が前髪をとめているピン。小学生の頃からお互いに“親友”と言う仲の2人は、些細な変化も見逃さないのだ。

 水希が称賛の声を上げると、茜もつぶらな瞳を嬉しそうに輝かせる。

「そうなの! この前誕生日だったでしょ? その時ママがプレゼントしてくれたんだーっ」

 一瞬、ほんの一瞬だけ水希が顔色を変える。しかし“あれ”からもう7年がたっているのだ。さすがに動揺もほぼ隠せるようになってきた。目の前の親友、茜は気付いているのだろうが。
 他の人から見れば不自然な部分は全く無いという程に、水希は普段通りの会話を続ける。彼女は何も言わないでいてくれる茜に、心底感謝していた。

 そして再び携帯を開いて時間を確認し、そろそろ部活行こうか、と2人で廊下を進んでいると、長い廊下の向こうの方からバタバタと4、5人の走る足音が近付いて来て耳慣れた声が飛んできた。

「水希ー! 茜ー! 今日吹部ないって〜!」
「ほんと!?」

 2人そろって二重奏。思わずお互い顔を見合わせてプッと吹き出す。
 皆部活は大好きなのに、休みだと言われるとそれはそれで喜んでしまうのだ。

 そうしているうちに同じ吹奏楽部仲間の5人がたどりつき、皆大きく息をついた。1人2人肩で息をしている子もいたが。

 そのうちの1人、ロングストレートヘアの1年女子リーダーがニヤッと笑って、

「他の子にも知らせたら、皆でどっか遊び行こうか!」

と威勢のいい声を響かせた。





 夕方6時頃。

 友達と解散した水希は、とぼとぼと自宅に戻って来ていた。まだ新しいアパートを見上げ、小さくため息をつく。いつもならここには寄らずにウィルと白波の家で夜ご飯を食べるのだが、今日は宿題が多い上に部屋の掃除もしなくちゃいけない、と直接家に帰ってきたのだ。

 エレベーターで2階に上がり、“棚妙”と書かれた表札のドアの前で足を止める。ここに立つたびに、ちょっとだけ体が緊張して体温が下がるような、そんな錯覚を覚える。でも、そんな時は恵玲やウィル、白波の顔を思い浮かべて心を落ち着けるのだ。

 ――……大丈夫。私は1人じゃない

 鍵を開けてゆっくりとドアを開くと、目の前に広がるのはあまりにも寂しい薄暗い風景。奥に見えるリビングにも、誰も、いない。

 バッグを部屋に置き電気をつけると、音を立てないようにリビングを進んでいく。この静寂の中に自分の足音だけが響くということが、いたたまれないのだ。

 そのまま窓を開けてベランダに踏み込む。洗濯物を取り込もうと手を伸ばしかけ、ふとその手を止めた。す…っと視線を滑らせてまだ明るい空をじっと見つめる。


 今日は天気がいい。一面絵の具で塗ったような、まっさらな水色だ。

 こういう日は、



 星がよく、見える―…





「ママー、おほしさま、きれいだね」
「そうね、水希。今日はお空が真っ暗だから良く見えるわ」
「おそらがまっくらだとみえるの?」
「そうよ」


 あれは私がまだ5歳になったばかりの頃。

 ママとベランダに出て、手を握り合って、綺麗な夜空を見上げていた。その日も今日みたいな、雲ひとつない快晴。ポツポツと白い光が藍色の空に散らばって、すごく興奮したのを覚えている。

 でも、パジャマ1枚で外に出るには、ちょっと空気が冷たかった。
 ママは優しくつないだ手をほどいて、「上着、とってくるわね」と家の中に入っていった。

 私はぽつん、と1人で夜空を見上げる。…いや、1人じゃなかったな。抱っこしてきた、テディベアがいたっけ。

 ―…おそらがまっくらだと、おほしさまいっぱいになるんだぁ……

 そんなことを考えながら、ぽうっと空を見つめる。

 見ている、だけならよかった。それで、満足してさえすれば。

 幼い私は、自分の身に宿る力など何も知らずに、願ってしまったのである。


 “まっくらになぁれ”


 ……と。


 少しして、私は悲鳴を上げた。ママも、町の人も。


 辺りが、



 漆黒の闇と化していた。



 混乱したママに震える声で何が起きたのかを尋ねられ、私はギュッとテディベアを抱きしめて、

「おそらにまっくらになぁれっておいのりしたのっ! そしたらまっくらになっちゃったの!」

と叫んだ。

 結局私の能力は自然と切れ、一時大騒ぎになった街もしばらくすると元通りの光景に戻っていた。
 ニュースをつけると、緊急速報としてアナウンサーが事態を伝えていた。まだ幸運だったのは、私の能力がまだ弱く、ごくごく狭い範囲の短時間で収まったこと。そしてもちろん原因が究明できるわけもなく、この事件はいつの間にか人々の記憶から忘れ去られていった。……パパとママを除いて、だが。

 私を気味悪がった2人は、次の日逃げるように家を出て行ってしまった。たった5歳の私を置いて。

 そして彼らと入れ替わるようにして現れたのが、


 ――影晴様。


「私がいるから大丈夫だ。恐がらなくていいよ」

 影晴様はそう言って、大きな手で私の頭をなでてくれた……





 あの日以来、彼女の生活は全て影晴のお陰で成り立っている。E・Cに入れてもらい、新しい家族を得、こうやって学校に通えているのも、影晴が全てをやりくりしてくれているからだ。

 ―…今の私がいるのは、影晴様のお陰…

 なぜ“こういう”風に生まれてきてしまったのかは全く分からない。

 でも――



 ふと携帯の鳴る音が部屋から聞こえてきて、水希は急いで家の中に戻った。このメロディは麗牙光陰のメンバーからだ。
 バッグを開けて携帯を取り出すと、差出人は“荒木恵玲”と表示されていた。

『夜ごはん、今日は白波くんも来るから4人そろえるよ! みんなで食べよっ』

 自然と、笑みがこぼれる。

 もちろん承諾の返事をして、水希は携帯を閉じた。掃除は明日でいいだろうと、洗濯物だけとりこんでから出掛ける支度をする。
 最後にチラッとベランダの方に目をやり、彼女はしっかりとした足取りで家を出ていった。

 電気が消された薄暗い玄関で、テディベアが1匹ちょこんと座って彼女の後ろ姿を見守っていた。