コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(1) ( No.213 )
- 日時: 2010/09/16 16:29
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: pQfTCYhF)
「そーいや、テストどうだっ――」
「それ第一声に言いますか!」
喫茶店に入り、窓際の席に座った瞬間だった。
私が皆まで言わせずに文句を言うと、風也はからかうようにこちらを見ている。
ウェイトレスが水を置いて去るのを待ってから、私は重い口を開いた。
「風也に教わった英語と数学と古典は3、40点取れたんですよ、奇跡的に! あと国語と保健と…オーラルもギリギリどうにかなったんですけどー…」
私がそこで言葉を濁すと、風也はメニューを開きながら独り言のように言う。
「そーいや、オレ理社教えてなかったな…」
忘れてた、という感じの口調だ。実を言うと私も、頭の中が「数学ヤバい」という言葉で満たされていて化学と世界史の存在が完全に吹き飛んでいたため、文句は言えない。どちらにしろ、時間の関係からしてそこまで手は出せなかっただろうが。そしてもちろん前日に異常なほど焦って一夜漬けに挑戦した私だったが、見事に失敗。始めて1時間で眠ってしまったのである。
ただ、そもそも彼に勉強を教わっていなかったらこれらの教科全て赤点だった自信があるので、彼にはいくら感謝をしてもし足りない。
「夏休み明け、追試ですー…」
予定より少ないとはいえ、やはり追試があるということ自体が憂鬱だ。
落ち込んだ声を出してヘタッとテーブルに伏せる私を見て、風也は苦笑を浮かべた。彼が頬杖をつくと、ショートヘアの金糸がさらっとその手を覆う。
「理社も教えるって。てか追試の科目数オレのが多いし」
「そういえば2日休んでましたもんね」
「あぁ。確か4科目」
それほど、というより全く苦に感じていない声音。4科目と言えば、誰もがまず留年を思い浮かべる数だろう。風音高校には救済措置としての追試が設けられているため留年を避けることは可能なのだが、それでも普通は焦って当然の赤点数である。おそらく追試で十分な点数を取る自信があるのだろう。あるいは、それ以前に出席日数が足りていないために開き直っているだけか。
そこでウェイトレスが注文を取りにやってくる。私はレモンティー、風也はアイスティーを頼み、ちょうど昼時だったのでホットドックを2つ追加した。
「風也テスト何点くらい取ってるんですか?」
私はメニューをテーブルの脇に戻しながら尋ねる。
自分の点数を口にするとどっと気落ちするが、他の人の点数を知るのはわくわくするものだ。
ついさっきまでの沈んだ表情が一変して目をキラキラと光らせる私を、彼は半ば呆れたように見て、ぼそっと小さい声で言った。
「…90前後」
「――はい!? ちょ…っ、不良の肩書きどこ行ったんですか!」
予想をはるかに超えた数字に、私は身を乗り出して声を上げる。
「その辺は気にすんな……って、あ…」
視線を窓の向こうにやった風也が、あからさまに嫌な顔をして呟き声を漏らした。私は首をかしげて彼の視線を追う。
この店の前の桜通り。クーラーの下の私達とは違い、日光にさらされぐったりとした表情の人々が多く行き来する中で、
1人の少女が立ち止まり、こちらを凝視していた。
しかもその表情がまた印象的で、まるで“理不尽な運命により引き裂かれた王子と、幾多の試練を乗り越えて今ようやく再会した…!”とでもいうようなオーラを漂わせているのである。口元に震える手をやり、瞳は今にも滴がこぼれそうな程うるんでいた。
黒いストレート髪の、私と同じ制服を着た女の子。
クラスは違うが、噂はよく聞いている。
「…町田…」
正面で、風也がため息とともにその名前を吐き出す。今度は私が苦笑を浮かべる番だ。
「やっぱりあの子が町田さんですか。風也のこと大好きっていう…」
「――いや、ちょっと待て。アイツ店に入っ――」
「風也くんっ!」
突然至近距離で喜色に満ちた明るい声が響き、私も風也も心底驚いて大きく身を引いた。
さっきまで外にいたはずの町田美沙が、今目の前で頬を桜色に染めている。おそらく風也と目が合って無我夢中で店に駆け込んできたのだろうが、実に周りの見えていない子だ。普通好きな人が女の子と一緒にいたらその場を立ち去るだろう。それとも邪魔でもしに来たのだろうかと町田の顔を見て、私は内心かぶりを振った。そんな性格の悪いことをするような子には見えない。
――……この人完っ全に風也しか見えてないんですねー!
町田は今、ものすごい押しの強さで風也に詰め寄っている。
それをなぜか私は、他人事のように見つめていた。
「風也くん…! あたし達、こんな所で会えるなんてやっぱ運命だよね…!」
「なにバカなことほざいてんだ! 失せろっ」
彼の町田の扱いが至極酷い。会うたびいつもこういう感じなのだろう。
町田は彼が心底迷惑がっていることに気付かないのか、相変わらず恋に酔った表情で彼を見つめる。
「あのね、実はお願いがあるんだけど…」
「失せろ」
「あたしとメアド交換してくれない…!?」
全くもって風也の台詞を聞いていない。ピンク系統の可愛いストラップがたくさんついたスライドの携帯を取り出して、スタンバイ状態である。周りのお客さんが何事かと注目していることにも、気付いていないようだ。
ここまでくると本当にすごい、と私は内心感心していた。これがもし、風也がもう少し相手にしていたら私も不安でいても立ってもいられない状況になるのだろうが、彼がここまで邪険にしているのを見ると、その不安も吹き飛ぶ。
私が黙って観戦する中で2人はしばらく言い合いらしきものを続けていたが、最後には風也が折れた。ズボンのポケットから黒い携帯を取り出して機嫌が悪そうに操作している。それを見て、みるみるうちに町田の顔が光に染まっていった。
「教えたらとっとと帰れよ?」
「うんっ!」
案外素直に頷いた町田に、風也が携帯を向ける。すぐに交換が終わって、町田は嬉しそうに携帯を抱いた。
そしてこのまま大人しく去るかと思いきや、彼女は迷惑極まりない台詞を残してこの場を後にしたのである。
「風也くん…っ、これであたし達、カップルになったも同然だね…っ!」
私達は唖然として声さえ出せずに、ただただ固まって彼女の後ろ姿を見つめていた。