コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(4) ( No.285 )
- 日時: 2010/09/23 21:11
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: hH8V8uWJ)
――いつから、こんなに彼のことを好きになっていたんだろう
――いつから、こんなに傷つくほどに本気の恋をしていたんだろう
気が付くと、私はちょっとだけ懐かしい場所にたどりついていた。
頼りになる、私の大親友の家。表札にはしっかり“荒木”の文字が記されている。
小さい時は、よくここに遊びに来ていた。最初は恵玲の部屋にたくさんあるぬいぐるみで女の子らしい遊びをしているのに、いつも彼女が途中で飽きてしまって外に飛び出すのだ。彼女の家の前には公園があって、いつもそこで走り回って泥だらけになっていたのを覚えている。そう言えば恵玲は、昔からかけっこだとか木登りだとかが大得意だった。リレーで走らせれば確実にぶっちぎりの1位で帰ってきたし、木登りもまるで跳ぶように頂点まで登っていた。
それを内気だった私はいつも、すごいなぁと憧れを含む目で見つめていたんだ……。
恵玲の家を見上げてぼぅっと立ちつくす。
涙は枯れたように止まっていたけれど、胸がやけつくようにヒリヒリと痛かった。
思い出したくもないのに、なぜかさっきの光景が瞼の裏に焼き付いて離れない。彼女の家を視界に含んでいても、私が本当に見つめているのは頭の中の2人。とても親しそうに話していた、風也と見知らぬ女性。
再び目頭が熱くなる。それにつられたようにギュッと引き結んだ唇が震えだす。
――……とんだ思い違いでした……
自分が好きだからといって、相手もそうだとは限らない。私がいくら風也を大好きだって、彼がそれを絶対に受け入れてくれるとは到底言えない。
――……私…こんなに風也のこと、好きだったんですね……
“大好き”って言葉じゃ、表し切れない。否、言葉で表せる感情ではない。“どこが好きなの?”って聞かれたとしても、きっと私はこう答える。
――どこ、とかそういうんじゃない。私は“風也”っていう人が好きなんです
だから、そう思う気持ちが強い分だけ、負けたことが悔しかった。悔しくて情けなくて、心が震えた。
おえつが漏れる。熱い滴が一筋、二筋と頬を伝い、それがまたぐちゃぐちゃの感情をあおって、何もかもわけがわからなくなっていく。胸が詰まって、呼吸が苦しい。
「恵玲……っ」
自然と、その名前がこぼれた。聞こえてきた自分の声は、酷く情けない、弱々しい声だった。
歪んだ泣き顔で、目の前の家を見上げる。そして先のことなど何も考えずに、ただ彼女に会いたくて、インターホンを押していた。すがるような思いで返事を待つ。無意識に呼吸を止め、切羽詰まった表情でその場に固まっていた。
哀しいほどの静寂が、胸をえぐる。頬を濡らしたまま、呆然と虚空を見つめる。まるで救いの綱を失ったような、そんなどん底の感情だった。
落ちるように視線が地面へと下りていく。長い茶髪がサラッと顔の脇を覆った。
……その時。
小さな足音が、ゆっくりとこちらに近付いてきたのだ。
心臓が、大きく跳ねる。
スローモーションのようにぎこちない動きで右を見ると、そこには怒りに瞳を光らせた恵玲の姿があった。彼女が放つ、糸が切れる寸前の張り詰めた、そして今にも爆発しそうな空気に私は正直困惑してしまった。
「……え、れ……?」
「あんた泣かせたの、誰……!?」
ゆっくりと目を見開く。
私のぐちゃぐちゃに乱れ切った心を、彼女の存在がしっかりとつなぎ止めてくれた。