コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(5) ( No.291 )
- 日時: 2010/09/24 18:44
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: hH8V8uWJ)
「風也くん、が……?」
私が目撃した光景を事細かに説明すると、恵玲は納得がいかなそうな顔で問い返してきた。私はハンカチで目元を押さえながら、コクリと頷く。
西日もかなりおさまってくる時間帯。
私達は公園の日陰になっているベンチに座って、静かな少し重苦しい雰囲気で会話をしていた。さっきまでちらほら姿が見えていた小学生たちも、ある時間帯がやってくると決まり合わせたように解散していった。
閑散とした公園。そこには今、私たち2人だけしか存在しない。まるで周囲の世界と切り離されたかのような、なんとも不思議で神秘的な感覚だった。
本当は懐かしい恵玲の家で話を聞いてほしかったのだが、その家主である恵玲に迷うことなく断られてしまったのである。前はよく遊びに行っていたのに、と恨み言を漏らすと、なぜか彼女は一瞬だけ泣きそうに顔を歪め、すぐに元のむっとした表情に戻ってしまった。それは本当にまばたき一回程度の一瞬の表情で、私はちょっと眉をひそめて彼女を見ることしかできなかった。
ハンカチを持つ手を下してわずかに顔を上げると、隣から恵玲の視線をはっきりと感じる。その視線から彼女の心配と戸惑いが伝わってきて、それだけで胸がじんわりと熱くなった。
「……本当にその人、彼女だったの?」
いぶかしげな声でそう尋ねてくる。
私は少し間をおいてから、ゆるゆると首を横に振った。
「わからないのです、知らない人だったんで。でも、すごく仲が良さそうでしたし、見た目からしてほんとにお似合いでした」
それこそ、悔しいくらいに。私みたいな平凡で地味な子なんか勝てないんじゃないかって、そう思ってしまうくらいに。
恵玲はまだ何か言いたそうな顔をしている。
私はその表情を見て、つい口元に笑みを浮かべていた。
昔から、そういう子だった。普段私と2人でいるときは不機嫌そうな態度で接してくるけれど、私が本当に困っている時、本当に助けを求めているときに、彼女はふと優しさを見せる。心底不安そうな表情で私を見て、本心から励まし応援してくれる。
そんな時私はいつも思うのだ。ひとりじゃないんだって。どんな状況でも、絶対に彼女は味方でいてくれるって。深い安心感が身を包んで、心が落ち着いていくのだ。
私は何も言わずに、徐々に薄暗くなっていく空を見上げた。ちょうど視線の先を、ムクドリの大群が通り過ぎていく。今まで急激に狭まっていた視界が、大きく開けていくような、そんな気がした。
「恵玲は、前言ってたかっこよくて優しい男の子とうまくいってるんですか?」
ふと、頭に浮かんだ疑問を口にする。随分前に恵玲が頬を染めながらしてくれた、男の子の話。
しかし恵玲は、突然の話題変更にまばたきを繰り返した後、ゆっくりとそっぽを向いてしまった。てっきり以前のように恋する女の子に転身するものだと思っていた私は、思わず拍子抜けして体から力が抜ける。彼女の表情が見えないのが、なんだかもどかしかった。
「……そう単純な話でもなくなっちゃった」
しばらくの沈黙の後、彼女は唐突にそう切り出した。
苦笑を伴ったその声は、彼女にしては弱々しい。それでも視線を前に戻した彼女の口元には、うっすらと柔らかい微笑が浮かんでいた。
「その人……もちろん今も大好きなんだけど、もう1人色んな意味で気になる人が出来ちゃったんだよね」
私はゆっくりと目を見開いて彼女を見つめた。完全に予想外の話だったのだ。
すると恵玲は軽い動きでベンチを立ちあがり、そのまま後ろで手を組んで辺りを円を描くように歩きだした。
それをぼんやりと眺めながら、私は1つ気になる点を尋ねてみた。
「色んな意味って……どういうことですか?」
恵玲の大きな瞳と目が合う。
彼女はその場に足を止めて、言葉を選ぶように慎重な様子で言った。
「なんていうか、正直わかんないとこだらけな人なの。あんまり喋んなくて。……それに、どこか足りないっていうか……。必要なとこが、欠けてるっていうか……」
彼女自身、いまいち自分の言いたいことがつかみ切れていないようだ。何度も首をかしげながら、納得のいく言葉を探すように顎に手を添えて考え込んでいる。そのまま刻々と時間が過ぎて行き、私はその間ずっと彼女の様子を見守っていた。
しばらくしてようやくこちらに視線を戻した彼女は先ほどとは違い、強く、何かを決意したような瞳をしていた。
「でもあたし、……あたしね……」
握りしめたこぶしに力を込め、彼女は訴えかけるように想いを吐き出した。
「もしかしたらあの人の力になれるんじゃないかって。あの人のこと変えられるんじゃないかって、そんな気がしてるの。 なんか自分にも他人にも興味なさそうだし、ちょっと冷酷だなって思ったこともあったけど……、でも、あの日は優しかったからっ。心配、してくれたから!」
ギュッと唇を引き結んで、再び私から顔をそむける。
そもそも“あの人”が誰なのかが全く分からなかったが、正直彼女の言葉は私にとって大きな衝撃だった。強くて真っ直ぐな私の親友は、何か大きなことを成し遂げようとしているのだ。人を“変える”という、とてつもなく大きな野望をその胸に秘めているのだ。
――……私、は……?
呆然とした面持ちで恵玲を見つめていると、突然彼女はくるっとこちらを振り返って不愉快そうに顔をしかめた。
「……なんであたしがいきなり暴露しちゃってんのっ! あんたの話聞きに来たんでしょ!?」
「な、なんで私に言うんですか!? 恵玲がペラペラしゃべりだしたんじゃないですか!」
「あんたが変な話ふるからいけないのっ!」
理不尽な言葉を思いっきり叩きつけて、恵玲はいつも通りのどこか冷めた表情でこちらを見る。
「で、さっきより随分元気になってるみたいだけど」
彼女の言葉に、私はハッとして何度も頷いた。
「はいっ。なんか全部話したらだいぶ楽になりました!」
「あっそ」
呟くようにそう言って、彼女はあっさりと私に背を向けた。ちょうど帰る頃合いだと感じて私も立ち上がると、恵玲はそのままの体勢で声だけこちらに飛ばしてきた。
「あたし、その女の人が何であれ風也くんは亜弓のこと好きだと思う。だから……あきらめちゃダメだよ」
彼女の言葉が心にしみ入り、目頭が熱くなる。さっきまでのとはまた違った熱が、胸の内に沸き起こってくる。
「はい……っ」
私は声を震わせながら、強くはっきりと頷いた。