コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(7) ( No.333 )
- 日時: 2010/09/26 19:00
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: hH8V8uWJ)
翌日、私は恵玲と共に4組の教室へと向かっていた。
昨日届いたメールは、文化祭の出し物を決めるための集合命令だったのだ。新学期が始まってしまえば、バタバタとしている間に風音祭が終わってしまう。
4階までの階段を登りきって右に曲がると、すぐに私達の教室だ。中から複数の人の気配がしている。時間ぴったり目に家を出てきたので、かなりの人数がすでに集まっているのかもしれない。
久し振りの教室に少し固くなりながら、私は入り口のドアに手をかけた。
同時に1つ向こうにある3組の教室から、見知らぬ男子が3人急ぎ気味な様子で飛び出してくる。普段なら気にもとめないその光景を見て、私は一瞬で体を硬直させていた。
「3組も文化祭の準備してるんだね」
隣にいる恵玲が、腕を組んで隣の教室を睨むようにじっと見ている。私は重々しく頷いて、内心自分のミスを嘆いていた。
3組といえば、風也がいるクラスだ。どこのクラスもこの時期準備をしているので、3組と日にちがかぶる可能性は十分にあったというのに、全くそのことを考慮に入れていなかった。
「来てないことを祈りましょう……」
沈みきった声で言った私を、恵玲が呆れ半分な表情で見つめていた。
教室内は仲の良いグループで固まって、雑談の場と化していた。つまりは休み時間と全く同じ光景である。教卓の所で文化祭委員が集まっていたので声をかけると、まだ人数が集まっていないのだ、と言われた。教室を見回してみると、確かに半分くらいしか姿が見えない。参加する人は返信することになっていたので、人数は把握しているのだろう。
とりあえずいつものメンバーがいるだろうかとざっと目を走らせると、津波と美久、静音の3人が分かりやすく手を振ってくれた。教室のど真ん中の津波の席だ。
私は恵玲と目配せをして、彼女らと感動の再会を果たした。
10分後、3人はぽかんと口を開けて私のことを穴が空くほど見つめていた。
理由はただ1つ。私が風也のことを全て打ち明けたからだ。
2、3回口をパクパクとさせてから、津波が疑念まみれの声でようやく言葉を発した。
「風也くんが他の子好きとか……ありえなくない……?」
美久と静音が首振り人形のように繰り返し頷く。
恵玲も両腕で頬杖をついて、「どうか〜ん」と声を上げた。
「あーちゃん、それ……何かの間違いじゃ、なくて……?」
心配そうな表情で、眉を下げる美久。耳の下で2つに結った長い髪が、首をかしげるのと同時に小さく揺れている。
「たぶん……」と頼りなさげに呟くと、静音が「元気出してよ、あーちゃん!」と真摯な瞳を向けてくれた。その優しさがいつも以上に身にしみる。
お礼を言おうと口を開きかけた私を、聞き覚えのある声での校内放送が見事に遮った。
「1年4組の友賀さん、森本くん、山崎くん。今すぐ職員室渡辺のところまで来てください」
ブツッという音とともに放送は終了し、クラスメートの好奇に満ちた視線が私達に集まる。
今の声は、渡辺さやか先生。我が4組の担任だ。そして今呼ばれた顔ぶれからして、内容は追試の連絡で間違いない。
夏休みの最初の頃は風也と遊んだ後にちょっとだけ2人で勉強したりもしていたのだが、もちろん今の勉強時間は皆無である。別のことに頭が行っていて、こういう放送でもかからなければ危うく試験当日まで存在を忘れているところだった。
「……行ってきますね」
情けない笑みで席を立つ私に、追試の連絡だと感づいているのか、4人は苦笑を浮かべてひらひらと手を振っていた。
廊下に出ると、私はすぐその場に立ち止まった。
左に行けば職員室に近い階段。右に行けば、3組の教室の前を通り過ぎることになる。
――……会いたくない、ですが……いるかどうかくらい……
心臓の低い鼓動の音が、胸の辺りに響いている。周りの音が、一切消えて無くなる。
しかし葛藤を続けている間、私の目はそらすことなく3組へと向いていた。
ええいっと一歩踏み出す。無論、右方向に。
そのままさっきまでの躊躇いが嘘のようにスムーズに歩きだして、まずは3組の入り口を通り過ぎた。しかしドアはきっちりと閉められており、中は全く見えない。加えて風也の席は教室の1番後ろなので、いるとしたらそこの可能性が高いだろう。つまり、来ているかどうかを確かめるには、断然後ろのドアの方がいいわけだ。
中が見えないことに心底ほっとして、そのまま足を進める。後ろのドアに近付くにつれ歩く速度が徐々に落ちて行き、それと反比例してどんどん緊張が増してきた。
後ろのドアは、開いている――!
はたと、私の足と思考が急停止した。
手が届くくらいに近付いていたドアから、今最も会いたくない人物が姿を現したのだ。おそらくこの瞬間、心臓も機能を停止していたと思う。
「亜弓、おま――」
ちょっと驚いてはいたが、今まで通りの、憎たらしいほどにいつもと変わらない表情の風也に、私の頭は重度のパニックに陥った。
――……無理、無理!! 無理です、絶対……っ!!
彼と並んで歩いていた女性が頭に浮かぶ。
私は何かを言いかけていた風也を置いて、全速力でその場を立ち去った。振り返ることなんて、到底できなかった。