コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(9) ( No.357 )
日時: 2010/09/28 17:18
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)


 学校を飛び出した私は、風音の住宅街をがむしゃらに駆け巡っていた。
 霞んで大きく歪んだ視界。滴がこぼれないように何度も手の甲で目元をこすりながら自分の家を通り過ぎ、まだ足を運んだことが無い場所まで走り続ける。
 そうでもしなければ、胸の内の様々な想いが溢れかえってしまいそうだった。ぐちゃぐちゃに乱れて、乱れ切って、自分では手がつけられなくなってしまいそうだったのだ。

 廊下で風也と出くわした瞬間、色々な感情が体中を巡り巡って、自分で自分の気持ちが分からなくなってしまっていた。もちろん最初に流れ込んできた感情は、驚き。まさか本当にいるとは思わなくて、しかもああいう風に対峙するとは思わなくて、それがきっと私の頭を著しく混乱させたんだと思う。そして直後に頭に浮かんだのが、あの光景。風也とおそらくその恋人が並んで歩いていた、親しそうに話していた、あの二度と思い出したくもない光景。胸が引き裂かれるような痛みを感じたあのときの感情が、勢いよく心になだれ込んできた。そして、彼から逃げる寸前。この滅茶苦茶な状況の中でも、やっぱり胸の中心に往生際悪く残り続けていたのは――……


 ポツ…


 とひんやりとしたものが頬の辺りに落ちてきた。
 反射的に足を止めて空を見上げる。どんよりとした今にも地上に落ちてきそうなほどに重々しい雲が、空一面を覆っている。それをぼんやりと眺めていると、再び空から降ってきた滴が手首を濡らした。

 ――……傘、忘れてきちゃいましたね

 そこでふと辺りを見回して、今更ながら私は体を硬直させた。
 明らかに知らない場所だったのだ。いつもは少々自信を持っている脚を、今ほど恨んだことはない。しかも風也のことばかりが思考を占領していたせいだろうか。爆走している間は、疲れというものを全く感じなかった。我に返った今になって胸が苦しくなってきている。

 そうしてその場に突っ立っている間にも、地面を濡らす滴の量は徐々に増えつつあった。

 途方に暮れた状態でまだ弱い雨にさらされていると、カツ、カツ、というヒールがコンクリートをたたく音が背後から聞こえてきた。住宅街の道路の丁度ど真ん中に立ち尽くしていた私は、邪魔かと思い端に寄りながら何気なく後ろを振り返る。振り返った瞬間、

 冗談ではないか、と思った。

 そこにいたのは、先日風也の隣を歩いていたあの美女だったのだ。

 あまりにも驚きすぎて、涙も一気に引いていく。めいいっぱい目を見開いて、傘をさそうとそちらに意識を向けている彼女を、穴が開くほどじっと見つめていた。

 私の視線に気が付いたのか、傘の留め具を外したところで美女が顔を上げる。その瞬間、私は思わず感嘆の吐息をもらしてしまった。

 顎のラインが綺麗な小顔に、ちょっとつった大きな瞳。対して、小さく形の良い鼻と口。濃いめの化粧が施してあるが、きっとこの人は化粧なんかしなくたって人の目を引き付ける整った顔をしているんだろう。金のメッシュが入った明るい豪奢な茶髪は、おでこを広く開けてセンターから両側に流れ、ふんわりと顔を包むように覆っている。そしてその綺麗に波打った髪は、腰の辺りまで流れるように伸びていた。加えて、顔に引けを取らないモデルのようなスタイル。胸元が大きく開いた薄手の服にショートパンツをはいており、その露出度の高さがさらに抜群の肢体を際立たせている。
 全体的に妖艶な、大人っぽい雰囲気を漂わせた人物で、年齢は20歳かその1つ2つ上くらいに見えた。

 初めて彼女と正面から、しかも至近距離で対峙した私は、そのオーラと迫力に完全に圧倒されてしまっていた。

 そして驚いたことに、彼女は初対面のはずの私を指さして、予想外に豪快な声音で叫んだのだ。

「あーっ! おっ前亜弓じゃーん!!」

 その瞬間、艶っぽく美しい、そして大人の女性という彼女のイメージが、ガラガラと音を立てて見事に崩れ去っていった。