コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第5話『不確かなもの』(10) ( No.370 )
日時: 2010/09/29 16:28
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)


 サ……という涼しげな柔らかい音とともに、地面を打つ滴の量が急激に増加する。まるで有衣の叫びに反応したかのように、突然強くなった雨足。今まで生ぬるかった空気が一気に冷却されたようにさえ感じる。水玉模様になっていたコンクリートの地面も、あっという間に黒く湿っていった。
 傘を持っている私達はまだいい方だ。バチバチとその表面をたたく雨音が耳にうるさいだけで、まともにかぶらずに済んでいる。ただコンクリートを跳ね返る大量の滴が、膝から下を派手に濡らしてくれるだけだ。

 しかし、と私は数メートル先にいる人物に意識をやる。

 風也も私と同じで傘を学校に置いてきてしまったのだろう。肩で息をする彼を大量の雨粒が容赦なく打ち、ワイシャツとズボンは完全に水を吸い込んで変色している。いつもはサラサラと風にそよいでいるショートカットの金髪も、シャワーを浴びた後のように濡れて重みを増していた。目元を覆った一束の前髪から滴が下がり、やがて地面へとあっけなく落ちていく。普段から色艶の良い金髪が、今はさらに拍車をかけて輪を描くように白く光っていた。

 頬に張り付いた1本の金糸を鬱陶しそうに手でよけて、風也は目を細めながら空を仰ぐ。ぼそっと不機嫌そうな声音で言った。

「……雨強くしてんじゃねぇよ、ユウ」

 唐突にしかも随分と滅茶苦茶なことを言われた有衣は、彼の台詞に食いつくように反論する。

「意味わかんねぇよっ。なんでアタシなんだし!」
「お前が空に向かって変なこと叫ぶからだろ」
「いやいやいや、そんなんで雨降られちゃたまんねぇって」

 有衣が真顔で勢い良く首を横に振る。
 私は風也の意識が彼女にいっていることをいいことに、その間中ずっと呆けたように彼の顔を見つめていた。

 すると隣にいる有衣が私と風也を交互に見て、困ったように前髪をかきあげた。

「アタシとりあえずここは去るけど、お前ら傘どーするよ」

 あ、と思わず声をもらし、私は彼女を振り返って首を横に振る。私達に貸したら彼女の分がなくなってしまうだろう。風也も「いらね。邪魔」とぞんざいな口調で即答し、それに対して彼女は「はいはい」と言って口元をニヤつかせた。
 くるっと私達に背を向けて、有衣はひらひらと適当に手を振る。

「んじゃ、風也ん家顔出してくるわぁ」

 彼女の言葉に、風也はハッとして申し訳なさそうに眉を下げた。「それでこんな所にいたのか」と何やら納得したように呟き、彼女の背中に真剣な声音でお礼を言う。有衣は大丈夫だ、とでも言うように軽く手を上げて、そのまま堂々としたどこか優雅な足取りで去っていった。

 再び雨を直接浴びながら、私はハイヒールの音がだんだんと遠ざかっていくのを、とても心細く思いながら聞いていた。