コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(1) ( No.397 )
- 日時: 2010/10/03 14:52
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)
分厚い大型の本と膨れ上がったファイル、そして黄ばんだ光沢の無いノートに埋め尽くされた本棚。それらに囲まれた屋敷のある一室で、闇組織E・Cの長である大崎影晴は紙の束とにらみ合いを続けていた。
かれこれもう10時間。使い古した机の上には実験結果などを記したノートや参考にした本がうずたかく積まれ、今にも雪崩が起きて埋もれてしまいそうだ。あの古びた本独特のにおいが、むせかえるほど部屋に充満している。
そんな中でも、影晴は実に機嫌が良さそうに口元を緩ませていた。
1歩外に出れば痛みを感じるほどの日差しが照りつけているのだが、この屋敷は全館冷房完備。実に心地が良い。加えて、彼が人生をかけるほどの異常な執着を見せる実験関係の冊子に囲まれているのだ。これを幸せと呼ばずに何をそう呼ぶのだろうか。
ノートのページを1枚めくり、紙を真っ黒に埋め尽くす文字を隻眼で追っていく。教科書では触れられもしないような難解の数列や化学式が整然と圧力を伴って並んでいるのだが、彼はそれくらいでは動じない。むしろ胸の内の興奮が高まるくらいである。常人が見ればただの象形文字にしか見えないようなこれらの文字を、一度読んだだけで全て記憶する自信さえあった。
驚くべきスピードで次々とページをめくっていた影晴は、部屋のドアをノックする音でノートから目を上げた。右目を覆う黒髪がわずかにはねる。習慣と化した流れで“透視”の能力を使い、ドアの向こうにいるのが予想通りの人物であることを確認すると、彼は入室の許可を出した。
不気味なほど物音1つ立てずに入ってきたのは、長年彼の助手を務めてきた天銀である。背が高く、外見はまだ若い。前髪はわずかに目にかかる長さで、全体的にやや長めの髪はちょうどよい具合に癖が付き、まるでセットしたかのような髪型である。暗い茶髪は毛先に行くほど徐々に色が濃くなっていき、最後の方はほとんど黒に近い色だった。比較的綺麗な顔立ちをしているのだが、その無気力な精気の無い瞳のせいであまり周りから気付かれない。私服と化しているスーツはシンプルかつオーソドックスなデザインで、特別しっかり着こなしているわけでも着崩しているわけでもない。ただ何となく羽織って何となくボタンを閉めてきた、という感じだ。
対してスーツをオシャレに着こなしている影晴は、天銀が手にしている紙束に気付いて、顔にじわじわと笑みを広げていった。
機械的な動作でわずかに頭を下げた天銀が、ゆっくりと影晴のいる机に近付き手の中のものをあっさりと置く。そして子供のように目をらんらんと光らせる影晴に、声変わりした抑揚のない声で告げた。
「実験成功だ」
影晴は思わず手元にあったルーズリーフをグシャッと握りつぶした。爆発するような歓喜に全身が震えた。
ゴミと化したルーズリーフを机の上に転がして、天銀が持ってきた紙束にかみつくように飛びつく。興奮のあまり破きそうになるのを全力でこらえながら、天銀がまとめてくれたデータをもらすことなく頭に刻み込んでいった。
その紙の1行目には、“能力解除の実験レポート”と書いてある。もちろん彼らは能力解除をする気など毛頭ない。ただ今後自分達にとって厄介な能力が現れたり、厄介な人物が能力を有した時のための必須の対応策なのである。この薬品はなかなかに開発が難しく、長年苦労してきたのだ。実験成功のために、天銀の2つあった能力のうち1つが犠牲になっている。
これでとりあえずは安心だと影晴は紙束を置き、流れるような動作で右目を覆う真っ白な包帯に手を当てた。この右目の傷は昔実験中に負ったものだが、それも皆報われるというものだ。
安堵の息をついて、影晴は身じろぎもせずにその場に待機している天銀に視線を戻した。
「君の弟くんからの情報は入っているかい?」
「いや、何も」
淡々と、眉毛一つ動かさずに答える天銀。
影晴は頷いて、世間話をするかのような口調で言った。
「そうか……。ようやく準備も整ったかな」
初めて能力者を生み出す実験に成功したのは、そう、27年前。あの日あの時に、影晴と天銀は自ら薬品を飲んで、能力をその身に宿した。あれ以降も怠けることなく実験を続け、その7年後には微量ではあるが偶然の産物として“不老”の薬を生み出しまでしたのだ。とはいえ決して不死の神になったわけではない。年を取らないのは外見年齢だけであり、寿命はごく普通に存在するのである。しかしそのおかげで現在影晴は55歳、天銀は40歳という年齢にもかかわらず、見た目は35歳と20歳で止まっているのだ。そんな奇怪な出来事も経験しながら、気が付くとこんなにも長い時が過ぎ去っていた。
悠然と微笑んで、影晴は心の底からの感謝を込めて述べる。
「天銀、君がいなかったらこんな夢のような興奮はきっと味わえなかったよ。本当にありがとう」
その意を天銀は軽く顎を引くのみで受け取る。それでも影晴は不快な表情も見せずに、穏やかに凪いだ声音で、「今日の仕事は終わりだ。もう出てってもいいよ」と彼に告げた。
言われるがままに、無言で部屋を後にする天銀。
その後ろ姿が見えなくなったところで、影晴は頬杖をついて独り言をもらす。
「兄弟そろって本当に忠実だなぁ……」
その顔には、全てが自分の思い通りにいくといった風な、余裕の笑みが深く刻まれていた。