コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(3) ( No.425 )
日時: 2010/10/07 19:52
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KnqGOOT/)

 風音駅の正面に延びるにぎやかな桜通りを直進し、最初の交差点を左、歩いてすぐに現れる脇道を右に曲がると、左手にシックなデザインの一軒家が見えてくる。ここが、闇組織の主に戦闘を担っている荒木恵玲の自宅だ。車が置いてあるわけでも、綺麗に花壇が整えられているわけでもない、全体的に飾り気のない家である。

 道路を挟んだ真正面に公園があるため、昼間はいつも子供たちの声でにぎわっている。
 恵玲と水希が公園に沿うように歩いていると、例に違わず、かくれんぼをしている子供たちの楽しそうな声が響いてきた。公園の奥の方から、「もういいかーい」と全力で叫ぶ男の子の声が聞こえ、それを微笑ましく感じているところに、「もういいよー!」という声がすぐ左手から聞こえてきて、思わずびくっと肩を震わせる。そちらを振り返ると、幼稚園の紺色の制服を着た女の子が、公園の周囲を覆う茂みに身を隠して得意げに微笑んでいた。こちらの視線に気付くと、顔の前に小さな人差し指を持ってきて、「しーっ」と結構大きな声で言う。その子の仕草が可愛らしくて、恵玲と水希も極力笑い声を押さえながら同じように人差し指を立てた。

「よくここで遊んだなぁ……」

 公園をざっと見渡して、恵玲は感慨深い声で呟く。

 この公園を見て思い出すのは、ここにいる子達と同じくらい幼い自分と亜弓、そして母親だ。家の目の前にあるため毎日視界に入れている場所だが、こうやって改めて眺めてみるとなかなかに趣のある光景である。ただし浮かんでくる感情は、決して気持ちの良いものばかりではなかったが。

 恵玲は隣を歩く水希にちらっと視線を投げた。
 おそらく彼女も、ほぼ同じような気持ちを抱いているはずだ。何て言ったって、恵玲と水希は家庭の事情に関しては似たような境遇にあってきたのだから。

 考え事をしていても、何年も住みついている家には自然と帰れるものである。家の住人である恵玲はもちろん、何度も遊びにきたことのある水希も、気が付くと恵玲の家にたどりつき躊躇いなく玄関をくぐっていた。

 「お邪魔しまーす」と水希は礼儀正しく中に入り、恵玲もその隣で「どうぞー」と彼女を促した。
 来客用のスリッパを置いて、恵玲は何かをかみしめるように家をぐるっと見回す。そしてどこか安心したようにほっと息をついた。

 この家に入るといつも、妙な冷たさを感じる。肌に触れる冷気ではなく、もっと体の内側に薄く広がっていくような、不気味な冷気を。それは以前はいくつも置いてあった玄関の靴が綺麗さっぱり無くなってしまったせいかもしれないし、以前はあった人の気配が煙のように消えてしまったせいかもしれない。全ての電気を付けても、物ではどうにもならない薄暗さがこの家には駐在しているし、テレビの音量を大きくしてもなぜか自分のいる空間から音が消え去ったような、そんな錯覚にとらわれたりもする。不気味な圧力さえ伴った静寂が、家じゅうを埋め尽くすのだ。

 しかし今は、それら不可視の重圧から解放されている。
 恵玲はしっかり者の可愛い後輩に、心の中でお礼を言った。

 リビングに入って電気をつけると、左側にキッチンとテーブル、右側にテレビとソファーが置かれている。どこの家でもよく見るシンプルなデザインのものだ。

 水希はまるで自分の特等席だと言わんばかりに一直線にソファーに向かい、ちょっと弾みをつけて座った。そこでふと頭に浮かぶものがあり、キッチンの床に買い物袋を置いている恵玲に声をかける。

「さっきの」
「――え?」

 何のことを指しているのかわからなくて首をかしげると、水希は何やら楽しそうに後を続けた。

「さっきの白波兄ちゃん、ちょっとびっくりした」

 恵玲の顔に理解が広がり、即座にその話題に食いついてきた。

「“明日なら”でしょぉ!?」
「そう、それっ。あの白波兄ちゃんが自分からそういうこと言うとは思わなかったな―」

 2人で顔を見合わせ、なんだかくすぐったい気持ちになって笑い声をもらした。

 その話は、つい1時間前にさかのぼる……




「――無い」

 白波にこの後時間があるかと尋ねて、返ってきたのはその一言だった。
 根拠もなく承諾の返事をもらえると確信していた恵玲は、出足をくじかれたような気になり危うくずっこけそうになった。

「無いの!? ……あ、ほら、午前中だけでもいいからさぁ」

 懇願するような目つきと声音の恵玲に、白波は帰る直前の体勢のまま少しだけ困ったように眉を下げる。恵玲は身長差のせいもあってか自然と上目遣いになって、前言撤回されることを祈りながら彼の固く引き結ばれた唇を見つめていた。隣にいるウィルなんか、もし彼が断わろうものなら、「女の子からのデートのお誘いを断っちゃダメじゃないか!」と半分冗談半分本気くらいの勢いで言ってきそうである。

 仏頂面を崩さないままドアの前で固まっていた白波は、変に緊迫した空気の中重い口を開いた。

「今日は無理だ。用事がある」

 激しく落胆して肩を落とす恵玲。そしてウィルは呆れたように白波を見る。
 しかしそこで話を終えようとしていた白波は、気落ちして意味もなく足をブラブラと揺らしている恵玲を見て、どうにも帰れなくなってしまった。そして気付くと、思わぬ言葉が自分の口から滑り出てきたのである。

「今日は無理だが……、明日なら……」

 恵玲は弾かれたように顔を上げた。ウィルと水希も目をぱちくりとさせて白波を見る。
 それを言った当の本人も自分自身の台詞に驚いた様子で、不可解そうに顔をしかめていた。




 2人そろってあの時の光景を思い出して、つい口元をニヤつかせてしまう。

「……そろそろスコーン作ろっかぁ」

 恵玲は唐突にそう切り出した。いつまでもこんなことをやっていては日が暮れてしまう。水希も快く頷いて立ち上がった。
 買ってきた材料を丁寧に並べ、水希はレシピを開いている恵玲に確認を取った。

「プレーンとチーズでいいんだよね?」
「そぉだよ〜」

 ウィルの喜ぶ顔が、天使のように澄んだ無邪気な笑顔が、目に浮かぶ。
 2人は尊敬する大好きなリーダーのために、めいいっぱいの愛情を注いだ。