コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(5) ( No.474 )
日時: 2010/10/13 22:03
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: fNW8Dqgc)


 影晴との面会について、ウィルからの報告を受けた次の日の早朝。

 白波はコンクリートで塗り固められた地面を踏み、いつものごとく人気のない路地で身を潜めていた。移動に使用したスケボーを音をたてないように建物の壁に立てかけ、倒れる危険が無いかを慎重に確かめて、自らの背中を同じく後ろの壁に預ける。そして極力呼吸も抑えて気配を殺すと、角からこっそりと目的の建物を覗き見た。

 彼がいるのは、今回の任務対象である場所からは死角に当たる位置。それでも白波は警戒心を絶やすことなく、夜明け前の暗がりにぼんやりと浮くように佇んでいる白っぽい建物を、地面から最上階までさっと睨み上げていく。わずかに眉間にしわが寄せられた。

 ――……見た目は普通のオフィスビルだな

 もちろん都会にあるそれとは全然規模が違ったが。

 白波は建物を視界からはずし元の体勢に戻って、腕にはめてあるシンプルなデザインの時計に目をやった。指定された時間よりもかなり早めに着いてしまったことが分かり、音が漏れない程度に息をついて、無意識に腕を組む。そのまま目を閉じ息を殺して、慣れた緊張感とともに味方が来るのを待っていた。周囲の音に注意深く耳を傾けている間、それを邪魔するように昨日の会話が頭の中でリピートされている。





「白波くん、この後時間ある!? どこか遊びに行こっ」

 任務仲間である恵玲が、彼には無い明るさでそう誘いを持ちかけてきたのは、つい昨日のことである。
 元々人から何かに誘われるということを予期していない上に、それまでの会話とは全く脈絡の無い台詞だったため、白波は頭が付いていかずに少しの間無言で固まっていた。

 ようやく口から出たのは、あまりにもぞんざいな否定の言葉。そしてそれは、実際用事があるか否かに関わらず、彼にとっては正しい、言うべき言葉だった。断って、良かったはずなのだ。

 それでも時間を限定してまで粘る恵玲。どうしてすぐにあきらめないのかと疑問に思う白波は、もちろんそこでも彼女の誘いを断ったのだが。

 その瞬間の恵玲の表情を目にして、不覚にも自分の気持ちに迷いが生じてしまった。そしてその迷いが全く解消されない、自分でも理解できない心境の中、気が付くと信じられない言葉が自分の口をついて出ていたのだ。

「今日は無理だが……、明日なら……」





 ――……まったく何を考えているんだ、俺は

 瞼を上げて、もどかしさに唇を噛んだ。
 わからない、自分の考えが。そもそも自分がちゃんと何かを考えて行動をしているのかすら、自信がない。

 周囲に意識をやっても人の気配は感じられず、再び目を閉じる。





 承諾の返事を耳にし大きな黒瞳を輝かせる恵玲を見て、内心ほっとしている自分がいた。そして直後、身を包むのは発火するように現れた極度の焦り。今しがたの自分の言動を振り返ると、その焦りに加えて得体の知れない恐怖が体の中に沸き起こってきた。ドアノブを握る手に、汗がにじむ。

 とっさに直前の自分の台詞を撤回しようとした白波を、ウィルの気まずそうな声が遮った。

「あのさ恵玲。実は明日、任務が入ってるんだけど……」

 心底うれしそうな表情から一変、恵玲は魂が抜けたような顔でウィルを見て、

「……思わぬ邪魔ものが……っ!」

今にも舌打ちしそうな勢いで、忌々しそうにそう吐き捨てた。対して白波は内心胸をなでおろしていたのだが、彼女に対する読みが足りなかった。恵玲が“任務”なんていう障害を相手に、そうそう簡単にあきらめるはずがないのである。

 突然目をぎらつかせてウィルに任務の難易度を確かめた恵玲は、好戦的な表情で舌なめずりをした。それを見た白波は思わず、めったに動かさない表情をひきつらせたのである。