コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第1話『謎の闇組織E・C』(4) ( No.5 )
- 日時: 2010/10/23 07:49
- 名前: 友桃 (ID: N9MWUzkA)
同日の夜、それまで昼間の男の子を思い出してはびっくりするくらい激しく動悸していた心臓が、今別の理由で活発に動きまくっていた。
とうとう明日、新しいクラスの子と初・対面なのである!
この独特な緊張感と、そして大きな期待は、たいていの人が経験済みの心境だろう。それを認識してしまった途端、ちょっと道端ですれ違っただけの男の子のことは、あっという間に頭の隅に追いやられてしまった。
――……はぁ…皆どういう子たちなんでしょう……?
白が基調のベッドの上を、枕を抱いた状態でゴロゴロと行き来する。しばらくそうしているうちに、なぜか不安がだんだん薄らいでいって、代わりに新しい生活への期待が体中に沸き起こってきた。がばっと上半身を起こし、視界に入った高校のバッグを輝かんばかりの瞳で見つめる。
――……そうですよ、私もう高校生じゃないですか!女子高生!女子高生が楽しくないわけないのですっ
だんだんテンションまで上がってきた。抱いていた枕をポイッとシーツの上に投げ捨て、ベッドから反動をつけて跳び下り、そのまま部屋を出ようとすると――
「亜弓っ、あんた何回呼ばせるの!」
若干怒りの形相の母親がタイミングよく部屋のドアを開けた。エプロンをつけたままである。
私は苦笑いを浮かべて、
「あっ、呼んでました?ごめんです、考え事してて……」
「いいから、早く行きなさい。恵玲ちゃん来てるわよ!」
「えっ、恵玲!?」
母親がため息をつきながら頷いている。
私は慌てて部屋を振り返った。
――……汚すぎます…特にベッドが
でも恵玲なら大丈夫だろう、と、私は一目散に玄関へと走って行った。――といっても、私の部屋は玄関のすぐ横なのだが。
「お待たせです、恵玲!」
走りこんで勢いよくドアを開けると、思った通りしかめっ面の恵玲が立っていた。……その真っ黒な大きな瞳に睨まれると本気で足がすくむ。
「マジで待ったんだけど。あんた何、寝てたの?」
「いえ、考え事を……って、あ!!」
私の視線はすごい勢いで彼女の右手に注がれていた。何やら紙の包みが2つ入ったビニール袋には、ピンクの文字で“おいしいクレープ屋さん”と書かれている。
――……これはっ、恵玲がドタキャンしたせいで食べ損ねた……!!
考えていることが筒抜けの私の顔を見て、恵玲はさらにむっとした顔をした。この子は私といるときは基本そういう顔をしているので、さすがに慣れたが。
「せっかく早めに解散したから、クレープ買ってきてあげたのに」
「ごめんですー…って、解散って誰かと集まってたんですか?」
てっきりこの間話していた“すごくかっこよくて優しい男の子”と2人で会っていたのかと思ったが、“解散”というとまるでグループで集まったような感じだ。というか、その男の子ともどこで知り合ったのかなど、詳細は聞かされていないのである。
しかし、恵玲の反応はちょっと予想外のものだった。そんなに深刻な話題に持って行ったつもりは全くないのに、今度こそあからさまに不快な表情を浮かべて私から目をそらしたのである。
「どうでもいいでしょ、そんなこと!いちいち聞かないで!てか早く中に入れてよ!」
「――あ、そうでしたね」
私は首をかしげながらも、彼女を部屋に招き入れた。その小さな背中から、はっきりとピリピリした空気を感じ取れる。よくはわからないが、地雷らしきものを踏んでしまったようだ。……ただし、一応言っておくと、彼女を怒らせるのはこれが初めてではない。小さい頃からの長い付き合いのため、それだけ何度も彼女の謎の地雷は踏んできたように思う。でも、わからないのだ。何に対して怒っているのか。毎回今のように「どうでもいいでしょ!」「あんたに関係ない!」とそう言われてしまうので、謎が謎のまま終わってしまうのである。
本当にわからないことだらけだ、この子は、と私は彼女の後ろ姿を見てそう思った。彼女が私に素を見せてくれている、という自信だけはあるのだが……
「チョコバナナでいいよね」
気付くと恵玲がベッドにもたれかかってクレープの入った包みを差し出していた。私は喜んでそれを受け取り、勉強机の椅子に腰かける。
「ありがとです。恵玲の、何味ですか?」
「ジェラート・イン・カフェモカ」
「……なんかそっち豪華ですねぇ」
わざと恨めがましい視線を送ってみたが、やはり見向きもされなかった。私は気を取り直して、自分のクレープにかぶりつく。その期待以上のおいしさに、声にならない声を上げた。
と、そこで突如昼間の男の子のことを思い出し、急いで口の中のバナナと生クリームを飲み込んだ。
「恵玲っ、私今日すっごいきれいな男の子に会ったのです」
「へぇ、どこで?」
「桜通りのとこの角です。すれ違っただけなんですけど」
もう一口かみついて、私はぼんやりとその子の顔を思い出そうとした。金髪で、真っ白な肌で……それで……
そこで、むむっと眉をひそめる。
――……私の記憶ってなんて曖昧なんでしょう……! もうぼんやりとしか思い出せません!
というよりも、元々一瞬しか見ていないのだ。顔の細部まで覚えていないのは当然である。が、しかし、あれだけの衝撃を受けておいてはっきりと覚えていない、という現実は、本気でショックだった。自分でも驚くほど悔しい。
「もう一度会いたいですねー」
恵玲がちらっとこちらに視線を寄こすのが分かる。そのまましんみりした空気が数秒続き、恵玲が確証も何も無しにぽつりと呟いた。
「……会えるんじゃん?」
なぜかそれを聞くだけで、彼へと一歩近付けるような気がしていた。