コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(9) ( No.557 )
- 日時: 2010/10/26 19:03
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: N9MWUzkA)
――“今度の日曜日に、麗牙全員組織のリーダーに会わせてくれる”――
――……今度の……日曜日――
「今日、だよな……」
そう呟いた瞬間、心臓が胸の辺りで大きく音を立てた。自分の息づかいが聞こえるほどの妙に重い緊張感にとらわれて、風也は無意識にシャツの胸元をつかんでいた。
数日前、下橋で顔を合わせた時に、ウィルがついうっかりといった風にこぼした言葉。確かに風也は、恵玲とE・Cとの関係をつかむ情報が何か手に入らないかと考えてはいたが、さすがにここまでのものは期待していなかった。ウィル自身愕然とした表情をしていたことも、仕方のないことである。彼の疑心に突っ込んだのが功を奏したかと、風也はわずかに口端をつり上げた。
しかしそれも一瞬。正直今は、そういう得意になるような気持ちよりも、強い緊張感と、重大な秘密を掌中に握っている高揚感のほうが明らかに勝っていた。
袖のまくられた左腕を視界に持ってきて時間を確認し、風也はふっと空を仰いだ。
心が洗われるように透き通った青空と、密度の濃い、絵に描いたように形の整った白い雲。ちょうど頭上の空を、2羽の鳥がなめらかに横切っていった。
彼がいるのは、風音駅と、彼の最寄りである暁駅から丁度同距離に当たる場所。視界の右手に公園と、亜弓の住むアパートが見える位置だ。そして、彼が塀に背中を預けて身を隠している小道の角から後方をのぞけば、ひとつ一軒家を挟んだところに、落ち着いた色合いの屋根がうかがえる。まさにここが、以前亜弓が教えてくれた、荒木恵玲の自宅だった。
風也はその家からまだ誰も姿を現していないことを確かめ、視線を前に戻した。ここは住宅街なので、視界に映るのは家々の壁ばかり。時間帯のせいもあって、まぁまぁ人通りはあった。その中で彼は、引き結んだ唇をそのままに、背後の物音に耳を澄ませていた。
風也が“あの光景”を目撃したのは、丁度亜弓との仲に亀裂が入った頃だった。下橋仲間の芝崎功と暁を散策した帰り道、彼は一瞬ではあったものの、とんでもない光景を視界にとらえてしまったのである。暁駅の近くの建物の“上”、つまり何の足場も無い藍色の夜空を、荒木恵玲が滑空していったのを……。それこそ、先程上方を横切っていった鳥達のように、だ。
元々小松家の騒動のときの恵玲の行動に強い疑念を抱いていた風也の思考は、当然ある場所にすぐさま落ち着いた。もちろんそれは、“荒木恵玲は闇組織E・Cの能力者である”という結論である。そう考えれば、彼女の不審な点が、かなり解けるのではないかと思うのだ。
そういう考えに行きついてから、風也はどうしても以前と同じようには恵玲を見れなくなっていた。元々普通の女子高生ではないと警戒してはいたが、あの闇組織のメンバーとの関わりを思った瞬間に、心の隅に彼女そのものに対する疑いだとか、彼女と関わることへのためらいが生じてしまったのである。少なくとも、今まで通り、というわけにはいかなくなってしまった。
そして、風也に具体的な行動を取らせるきっかけとなったのが、先のウィル=ロイファーの台詞。
――……今日、E・Cのメンバーは組織のリーダーに会いに行く……
場所はわからない。移動手段も未知数だ。あるいはもうすでに、集合場所に行ってしまっているのかもしれない。
それならそれで構わないと、風也は思う。この機会にこだわるほど自分は切羽詰まっているわけではないし、今こうしているのもほぼ好奇心による行動だと断言できる。もちろん、闇組織に関わっていることを心配する節も無くはないが。
運さえよければ、恵玲の後をつけられる。そしてそれは、彼女が本当にE・Cのメンバーかどうかを確かめることにもつながるのだ――
不意に、ガチャ……と乾いた音が耳に届いた。彼の後方から扉の開く音が聞こえ、今までは無かった人の気配を感じる。
自分の中で張り詰めた緊張感が一気に膨れ上がるのを感じ、風也は必死に息をつめて、背後の気配を探った。彼は家の壁に身をひそめているため、あちらからは見えないはずだ。
同様に彼もあちらの様子が全く見えないが、扉が閉まりカギがかけられるのが、音から判断できた。そして弾むような足音が少しずつ遠ざかっていくのが分かり、風也はごくりと唾を飲み込んだ。
地を踏む足に力を入れる。
風也は音が漏れないように足元に細心の注意を払って、右手の角から、公園に沿って直線に延びる細い道路を覗き込んだ。
こちらに背を向けた状態で、他でもない荒木恵玲が、リズミカルな足取りで駅のほうに歩いていく姿が視界に飛び込んできた――