コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(11) ( No.576 )
日時: 2010/10/30 19:22
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: bFAhhtl4)

 ――それは、周囲の風景からは完全に浮くほどの、大豪邸だった。

 軽く5、6軒分ぐらいはありそうな、巨大な家。見たところ3階建てであり、それぞれの階がかなり余裕をもった高さで作られていることがはっきりとわかる。壁は趣のある、クリーム色に近い茶色。こちらから見て正面には壁を埋め尽くしてしまいそうな巨大な窓が並び、角を挟んで左側には実に立派で上品なテラスが備え付けられている。塀が周りを囲っているため家の上部分しか見えないが、おそらくこの規模の敷地であれば、池でコイが泳いでいても何らおかしくはないだろう。少し残念なのは、塀の上から顔ののぞかせる木々や花々に手入れされている様子がうかがえないところである。

 ――……ユウの家とどっちのがでけぇかな……

 下橋に住むお嬢様――月上有衣の、これまたそこらにはない大豪邸を思い起こしながら、風也は乾いた笑みを浮かべた。

 そしてそういったことをざっと流すように考えたところで、風也は一度頭の中で状況を整理し直した。

 今彼がいるのは、“泗水”という駅から20分ほど歩いた場所にある、さびれた住宅街。ざっと見ただけでもいくつか廃屋が混ざっていそうな、人の気配を感じさせない場所である。今にも木枯らしが吹いてきそうな、寒々しい街だ。
 そのこじんまりとした街の中に、反り返るようにそびえ立つ例の屋敷。他の家々の低い背丈が拍車をかけ、その屋敷は重々しく神々しい存在感を放って、その場所に腰を据えていた。
 そして風也は、屋敷から5、6メートルほど離れた位置で、その外観を睨みつけていたのである。それも、つり目を鋭く光らせて。

 ――……ここ、か……

 風音からの恵玲の尾行は、あっけないほどにうまくいっていた。自宅を出たところからつけ始め、桜通りを通り、一直線に風音駅へ。その時点で風也はあまりの幸運に、思わずピュゥッと口笛を吹きそうになった。

 ――……普通のルートで行ってくれるとはな……

 “あの”時のように、家の屋根と屋根を跳びつぎながら行かれてしまってはお手上げだ、と思っていたのである。しかし距離が遠いのか、それとも他の理由があるのか、こちらに全く気付いていない様子の恵玲は、相変わらず上機嫌な様子で駅の改札を通り抜けていったのだ。そしてもちろん風也も、チャージしてあるカードで後を追い、ホームへと向かっていったのである。

 恵玲の隣の車両に乗り、電車に揺られること約15分。
 “泗水”という、名前しか聞いたことのない駅で恵玲は辺りをキョロキョロと見回しながら下車し、風也もこっそりと他の人に紛れてホームを踏んだ。そして恵玲は、電車に乗る前のスムーズに歩を進めていた時とは違い、手に持った紙切れと辺りの風景とを照らし合わせながら歩いていったのである。
 これは本当に好都合な状況だった。おそらく初めてなのだろう道を紙に意識を向けながら進む恵玲を、思っていたよりもずっと楽に追えたのである。

 その結果、恵玲が眼前のバカでかい屋敷に入っていくのを、間違いなくこの目でとらえたのだった。

 小さな唇を引き結び、顔を引き締めながらも、風也の体は徐々に徐々に熱を帯び始めていた。緊張や不安や躊躇いをこえる、紛れもない興奮が体の内から沸き起こってくる。彼は気付くと口端をつり上げ、不敵な瞳で屋敷を見つめていた。
 そして好奇心に身を任せ、このまま乗り込もうかと覚悟を決めかけた時――

 心臓が、はねた。
 風也の視界を知った顔が横切ったのだ。驚いた彼はとっさにその名を呼んでいた。


「――白波!」


 以前見た時と同様髪を高い位置で結いあげている白波は、一本向こう側の道で振り返り、怪訝そうな顔で風也と視線を合わせた。

 まるではかり合わせたかのように、不吉な黒をため込んだ雲が泗水の澄んだ青空を侵食し始めていた。