コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(13) ( No.627 )
- 日時: 2010/11/17 14:01
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)
たたきつけるような風に金髪があおられ、風也は我に返って目を上げた。一、二度目を瞬いてから、眼前に垂れ下がってきた金糸を指先でよけ目を細める。……突然吹き下ろしてきた突風。その乾いた風を頬に感じて、彼は顔を強張らせた。
そのまま体勢を変えずに辺りの気配を探って、無意識に止めていた息を重々しく吐き出した。もう、風を操る黒髪長身の青年は、そこにはいない。
意識的に体の力を抜いて、わけも無く周囲に視線を走らせる。その視線はやがて、それが当然の流れであるかのように屋敷に注がれた。つり目が鋭利に光り、短く整えられた眉はつりあがる。思わず舌打ちしたい気分に駆られていた。
「罠、か……?」
苦々しい声で、そう呟く。
また荒れた風が、首筋までの細い髪を持って行った。雲も勢いよく流されながらも、空を覆い尽くしていることに変わりはない。
もう一度ゆっくりと息を吐き目を閉じて、彼はつい数分前の出来事を思い返していた。
わずかな会話ののちの沈黙の中で突然屋敷の方に目をやったかと思うと、「“通せ”と命令が来た」そう言って去っていった白波。そして戸惑う風也に、彼はさらなる謎を残していったのだ。
――“天銀には気をつけろ”
――……天銀って誰だ……? ていうか、どうしてオレは通された……?
白波と交わした会話の中で、そういう展開になるような台詞は何1つ無かったはずだ。それとも、自分が気付かないうちに何か重要なことでも口走ってしまったのだろうか、と風也は頭を悩ませる。
それに……と彼は再び屋敷を睨みあげた。
白波はあの豪邸を見て、「命令がきた」と言ったのだ。その時点で、自分を通すことを判断したのは白波でないことは確かである。しかしもし彼でないとすると、屋敷の人間に自分たちの会話は聞こえないはずだし、しかもこの距離で携帯も使わずに指示を与えるなどなおさら無理な話だ。盗聴器のようなものがあるとすればまた話は別だが。
と、そこまで考えて。
風也ははたとある考えが思い浮かんで、思わず間の抜けた声をもらしていた。
――……そうだ、アイツらどんな能力持ってるかわかんねぇじゃねぇか……
失念していた。
ついどうしても普通の人間の能力範囲で物事を考えてしまう。相手が闇組織の能力者である以上、こちらの常識をくつがえすことが起こる可能性も十分にありうるのだ。
風也は自らに呆れたような空笑いをもらして、久しぶりに自然と体の力を抜いていた。倒れかかるようにして、すぐ横の塀にもたれかかる。
さっぱりとした声で、誰にともなく呟いた。
「――行くか」
相手の情報が少なすぎる今の状況で、ごちゃごちゃ考えていたって仕方がない。
罠、かもしれない。いや、確実にそうだ。
しかしその危機感よりも、明らかに好奇心が勝るのである。群を抜いているとよく言われる自分の身体能力でどこまで“彼ら”に対抗できるのか、非常に気になるのだ。試して、みたいのである。
彼はふと顔を伏せ、口元に白い歯をのぞかせた。こういうときに限っては、ケンカ好きな恵玲と同類なのかもしれないと思う。
元々彼は、好きでケンカを始めたわけではない。
最初はただの憂さ晴らしだった。やればやるほど自分の気持ちがすさんでいく、憎むべきものだった。それなのにやめられない、中毒のような。
それがある時前ほど憂さ晴らしの手段ではなくなったときに、自分である程度自制がかけられるようになったときに、ケンカというものが彼の中で変貌していた。
普段彼は、基本的に自分の力を押さえている。一般人は言うまでも無く、不良相手だとしても出来得る限り手を出さないようにしているのだ。そんな雑魚相手にやってもつまらないという気持ちもあるにはあるが、それ以上に感情に任せて暴力をふるう奴にはできるだけなりたくないという気持ちを持っているのである。しかも自分が暴走すれば、そこらの不良なんか簡単に病院送りにできることが分かっているだけに、だ。
しかし、そんな彼のポリシーも、E・Cの能力者相手には簡単に崩れ去る。あるはずのない能力を持つ彼らを、心の隅で人外の存在だと思ってしまっているせいなのかもしれない。あるいは、ただ単純に自分と対等に戦える相手を見つけたというぞくぞくとした高揚感が、自制を利かなくしてしまっているのかもしれない。
何にせよ、風也は今突如高ぶってきた気持ちに身を任せ、心底楽しそうに口端をつり上げているのである。そして塀に預けていた上半身をゆっくりと起こすと、躊躇い無くその一歩を踏み出していた。