コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(13) ( No.628 )
- 日時: 2010/11/17 14:05
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)
――その時である。
ズボンのポケットに入れてあった携帯が振動したのだ。最初はメールだろうと思い無視してそのまま屋敷に向かおうとしていた風也も、そのバイブがいつまでもやまないことに気が付き、やや慌てて携帯を取り出した。流れるような動作で開くと、思った通り電話がかかって来ている。かけてきたのは……
「亜弓……?」
怪訝そうな声が漏れる。
今日は特に遊ぶ約束はしていなかったはずだがと、首をかしげつつ、着信が切れてしまう前に通話ボタンを押した。一度足を止めて、黒い携帯をシルバーピアスのついた耳に当てる。
「もしもし」
『あ、風也ですか? 突然ごめんです』
聞こえてきたのはいつも通りの亜弓の声。何やら少しほっとしたような様子が感じ取れたが。
風也は未知のものに挑む興奮した気持ちを抑えながら、違和感のないように応答した。
「いや、全然大丈夫だけど。……どうした?」
周りに人の気配は感じないというのに、ついつい声をひそめてしまう。そのことに彼女も気が付いたのか声量のことを尋ねてきたが、あまり大声で喋れない場所にいるんだと言ってごまかした。それに納得するような相槌を打って、亜弓は本題に入る。
『風也、今日時間あります? 遊びません!?』
「あ〜…」
彼女の身を乗り出すような調子の提案に、風也はつい曖昧な反応をしてしまった。5、6メートル先に見える屋敷に一瞬視線をやって渋い表情をする。
「どこで?」
とりあえず話をつなげようとそう尋ねると、亜弓は『それがですねー』と困ったような声で言った。
『最初は下橋に連れて行ってもらうつもりだったんですけど、空が怖すぎるんで家に呼ぼうと思ったのですよ!』
「あぁ、そーいやまだ下橋案内してなかったな。……てか空って……」
『空、真っ黒なのですっ』
そう言われて初めて空を見上げてみて、彼は目を丸くした。今まであまり意識していなかったが、確かに彼女の言う通り、至極不吉な分厚い雲が頭上を覆い尽くしていた。
ぞくりと、寒気がする。再びはっきりと例の豪邸に目を当てて、表情を固くする。
『風也ー?』
心配そうな声が耳元で聞こえて、風也はハッと我に返り、携帯を握り直した。
「あ、悪ィ。確かに空やべぇな。じゃあ、亜弓ん家行けばいいか?」
『はいです! てかほんとは恵玲も呼ぶつもりだったんですけど、電話に全然出てくれないんですよねー。メールも返ってきませんし』
風也はさらりと発せられたその名前に、目を見開いていた。
――“そんなんよくあることじゃねぇか”とは、言えなかった。
心臓が激しく音を立てる。携帯を握る手に力が入り、汗がにじむ。ごくりと空唾を飲むと、体を震えるような緊張が走るのを感じた。
気が付くと、彼の口からするりと言葉が流れ出ていた。
「そりゃあ……出れねぇだろうな……」
どこか遠いところで自分の声を聞いているような、奇妙な感覚だった。それなのに、自分の浅い息づかいだけは不気味なほどにはっきりと聞こえている。頭の中がもやがかかったようにぼんやりとしている。
2拍ほど置いて、亜弓が不審げな声で尋ねてきた。
『風也……何か知ってるんですか……?』
風也の重い声につられたのか、彼女の声もトーンが下がる。
未だに思考がストップしている状況で、風也は体を硬直させ、息をつめてそれを聞いていた。ちらりと目だけ、屋敷に向ける。さらに身の内の緊張が増して、頭の中が真っ白になる。今にも目が回りそうだ。
――言ったらまずい。
それだけははっきりとわかっていた。わかりきっていた、はずだった。荒木恵玲は他でもない亜弓の親友で、特に亜弓は恵玲に絶大の信頼を寄せていると。そして恵玲が闇組織のメンバーであることは今まで明かされずに、おそらくこれからも明かされないまま隠され続けていく、重大な秘密だということも。絶対に、壊してはならない友情だということも。
それでもやはり、まだ出会って数ヶ月の彼の認識は甘かったのかもしれない。いくら親友だと、小さい頃からの仲なんだと聞いてはいても、所詮は他人同士の話だ。それがどの程度の深さを伴ったものなのかは、そう簡単に理解できるものではない。
――言ってはいけない。そう自分を引きとめる気持ちよりもわずかに大きな不可視の何かが、彼の理性の堰をこの瞬間突き破ってしまっていた。
「――なぁ」
塀に背を預けて、顔を伏せ、くぐもった声で風也は言う。自嘲気味な表情が、その整った顔に浮かぶ。
『なんですか?』
亜弓の曇りのない、澄んだ声。
ギュッと強く、携帯を握りしめる。
――……言うな
わずかに残った理性が彼を引きとめる。言うな、言うな、言うな、言うな――……
「オレ今、E・Cの本拠地っぽいとこにいんだけどよ」
自分とはまた別の自分が、声を発っしている。……止められない。
「さっき……」
風也は、ゆっくりと顔を上げた。
「恵玲がそこに入っていくのを……見ちまった」
言った瞬間。
体温が急激に下がるのを感じた。鈍っていた思考が、それはもう皮肉なほどに一気に晴れわたっていく。冷や汗が、頬を伝った。
そして、たっぷり10秒の沈黙ののちに、
「――はい……?」
亜弓のかすれて裏返った声が、彼の鼓膜を震わせた。