コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第3話『我ら、麗牙光陰――』(3) ( No.64 )
- 日時: 2019/07/01 16:12
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: y68rktPl)
初めてあの有名な不良・紫苑風也と言葉を交わして以来――
私は2日に1回のペースで屋上に通うようになっていた。本当なら毎日でも顔を見せたい気分だったが、津波たちとの友情を崩したくもない。
ちょっと前に5人で小さな会議を開き、この2つをどう両立するかについて話し合った。ちなみに進行上やむを得ず、ひとめ惚れの人が“あの”不良だということも打ち明けてしまった。……その時の皆の反応は、容易に想像がつくだろう。
「それはヤバいって! やめといたほうがいいよ、マジ!」
……恵玲に続いて津波にまで言われてしまった。その隣で美久は心底心配そう、というより既に泣きそうな顔をしているし、常識人の優しい静音も眼鏡の奥で目を見開いて固まってしまっていた。恵玲は両肘で頬杖をついて成り行きを楽しそうに見守っている。
とにかくその論争を、教室の隅で、小声ながらも激しく戦わせ、最終的に“様子見”という結論に至ったのである。そして同時に、2日に1回の面会許可も得た。彼本人のいない場で、だが。
「危なそうだったら、ぜーったい逃げてくるんだよ!?」
「あとっ、電話して! すぐ助けに行くから!」
なんとも優しい友人達である。
しかし幸い心配していたようなことは起きてないし、元々そういう心配もほとんどしていない。
最初はやはり私の存在がうるさいようで追い払うような言動もあったが、最近ではそれをいちいち言うのが面倒くさいことに気が付いたようだ。なにせ、私が全く懲りないのだから。
――……私って結構度胸あるんですね!
と最近気付いた私である。
今日も昼休みにバッグを持って屋上に行くと、彼は定位置に座ってあぐらを組み、携帯電話をいじっているところだった。
ギィ…と扉を開ける音で、彼が携帯から顔を上げる。目が合うと、「またか」という顔をされた。
隣に座って足を横に流し、楽な姿勢をとる。
「今日のお昼はおにぎりなのです―」
バッグの中からコンビニで買ったおにぎりを2つ取り出すと、彼がちょっと目を丸くしてこちらを見た。
「珍しいな。いつもパンなのに」
「パンは飽きたのです」
ビリビリと包装を破いている横で、彼はクリームパンにかみついている。好物なのだそうだ。
私がもぐもぐと御飯を頬張っていると、彼がそっぽを向いた状態で独り言のように言った。
「……弁当は持ってこないんだな」
私はごくっと口の中身を飲み込んで、バッグの中からお茶を取り出す。
「1日おきにしか作ってくれないのですよー、面倒くさいって。紫苑くんだっていつもパンじゃないですかー」
「……そうだな」
妙に落ち着いた声でそう返されてしまった。もしかしたらデリカシーのないことを言ってしまったかもしれないと、視界の隅で彼を盗み見するが、別段怒った様子はない。今も普段通り前に視線をやって、紙パックのお茶を飲んでいるだけである。
ほっと胸をなでおろして、そのまま何となく彼の顔を見つめてみる。
つり目を覆うような長めの前髪が、ゆらゆらと風に揺れている。時々風にあおられて、短く整えられた眉も見える。
そういえば今日は顔色がいいなぁ、と内心喜んでいると、彼が横眼でちらっとこっちを見てきた。
「――なに」
「いえ、最近タバコ吸ってないな〜って――」
私が顔の前で両手を振って、弁解しているときだった。
なんと、誰も来るはずのないこの屋上の扉が、音を立てて開いたのである。何事かと、2人同時に入り口の方を振り返った。
標準よりちょっと小柄なイメージの男子生徒が、そこに立っていた。
制服は隅々までびしっと着こなされ、黒い髪も程よい長さ。そしてフチ無しの眼鏡をかけた、外見とそのオーラからして「これぞ模範生!」という感じの人物だった。……いや、彼に関しては、すでに優等生の金持ちおぼっちゃんとして知られているのだが。
――1年1組 小松幸道。彼の名前は、紫苑風也とはまた違った意味で知れ渡っている。
――……なんでこの人がこんな所に……
いったい何をしに来たのかと構えていると――
唐突に彼は、手に持っていた昼ご飯のパンを、ぽとっ…と寂しい音をたてて床に落とした。そのまま眼鏡までずり落ちてしまいそうな勢いだ。 そして何がしたいのかよくわからず唖然としている私たち2人を指さして、彼はなぜか激しく噛みまくりながら言ったのである。
「紫苑くんと、とっ、友賀さん……っ、つ、付き合って……!! みみんなに知らせなくちゃ……っ!!」
――ちょっと待て!
思わず腰を浮かしたが、隣にいる彼の方が圧倒的に速かった。気付いた時には小松は胸倉を掴まれて、驚きに目を見張っていた。もちろん軽く脅し程度につかんでいるだけだろうが、……結構怖いと思う。
「面倒くせぇマネすんじゃねぇよ。痛い目にあいたくなかったら、今見たことは忘れてさっさと失せな」
いかにもかったるそうな声音だったが、そのつり目はすごく不機嫌そうだ。たぶん、私に加えてもう1人邪魔者が出てきてうんざりしているんだろう。
しかし驚いたことに、小松は震えているだけでは終わらなかった。頼りなさ気ではあったが、それでもキッと睨みつけて、
「僕はキミみたいな不良に絶対負けない!!」
と謎な宣言をしたのである。
「ほぅ…」と、金髪の彼が口元に不敵な笑みを刻むのがわかった。そして同時に胸倉をつかんでいた手を離すと、扉に背中を預けて腕を組む。
「で、こんなとこに何しに来たんだ、てめぇは。……まさかそのパン食いに来たのか?」
さっき寂しい効果音とともに床に転がった焼きそばパンを目で示す。
すると小松は、乱れた襟元を直しながら首を横に振った。
「違うよ。それはさっき購買で買ったから持ってただけで」
「じゃあ何しに来たんだよ」
「キミに頼みごとがあってきたんだ。……キミみたいな不良に頼むなんて本当はすごく嫌なんだけど」
この人すごい、と私は内心感心していた。面と向かってここまで挑発できる人はそういないだろう。
フェンスのところに座ったまま、大人しく成り行きを見つめる。
「……頼みごと?」
眉をひそめてそう尋ねると、小松はなにやら重々しく頷いた。
「うん。……でもこの際交換条件ってことでいいよね」
そう言って小松は、私達を交互に見る。
つまり交換条件をのまなければ、私たち2人が屋上にいたという噂を流す、と言いたいのだろう。……彼がそんな性格の悪いことができるようには見えないのだが。
しかし、紫苑風也は乗り気だった。おそらく噂を恐れてのことではない。
「交換条件……おもしれぇじゃねぇか」
彼は口の端を釣り上げ、笑みを浮かべた。