コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(15) ( No.696 )
日時: 2010/11/27 14:02
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)


 ざっと周囲の景色を見回し手に持った地図と見比べて、少女はいくらかの緊張と、その何倍もの期待と共に、目の前の屋敷をもったいぶった動作で仰ぎ見た。

 全体的に小柄で、夏らしい薄着な服装。極端に短いスカートからは、すらりと細く白い足が伸びている。肩よりわずかに下辺りでカットされた黒髪は無造作に下ろされ、前髪も眉を覆っている。そして印象的な真っ黒の瞳に、小ぶりな鼻と唇。整った、可愛らしい顔立ちだ。

 彼女は特別何かの表情を浮かべるわけでもなく、わずかに口を開いた状態で、しばらく屋敷から視線を外さなかった。

「ウィルくんの言った通りだ……」

 どこか呆けたような声が漏れる。

 ――“古くて茶色い3階建ての豪邸”。その簡潔な説明通りだ。
 聞いた当初は豪邸と言われてもどの程度のものがそう言えるのか判断が付かないと思っていたのだが、心配など全く必要がなかった。神々しいまでの存在感を放ってそびえ立っているその建物を見れば、それが“彼”の屋敷であることがすぐにわかる。つまり、“大崎影晴”の屋敷であることが。

 彼女は唇を引き結び、黒く重々しい門をゆっくりと押した。通るのに十分な隙間ができたところで、するりと体を滑り込ませる。そしてすぐに後ろを振り返って、音を立てないように丁寧に門を閉めた。
 徐々に身の内に膨れ上がってきた緊張。それをはっきりと自覚しながら、先程よりもずっと引き締まった表情で敷地内を振り返った。そして、そのだだっ広い庭に視線を走らすよりも前に――

「恵玲!」

 自分を呼ぶ凛とした声が耳に届き、彼女――荒木恵玲は、緊張すら忘れて一気に笑顔をはじけさせていた。声のした方を見ると、ちょうど正面、このまま敷地内をまっすぐに進んだ先で、同じ組織の仲間であるウィル=ロイファーと棚妙水希が並んでこちらに手を振っている。恵玲は手を振り返すと、うれしそうに彼らに駆け寄っていった。




 ――大崎影晴に最後に会ったのは、いつだったろうか。
 考えるまでもない。能力者として闇組織に加わった日だから、……そう、まだ8歳の頃だった。
 突然自分の前に現れた知らない大人の男性に、最初は声も出ないほどに驚き抵抗を示していた自分は、彼の胸を突くような優しくあたたかい声に、あっさりと警戒心を緩めていた。人外の力を持っていたことで家族から見放された傷が、まだ癒えていなかったせいかもしれない。ただひたすら優しさに触れたくて、安心したくて、彼という存在にすがりついたのかもしれない。

 彼はあの時、膝をついて目の高さをこちらに合わせ、ふわっと包み込むような声で言ったのだ。

「私は大崎影晴。名前を、聞いてもいいかな?」

 ぽろりと、涙が一粒こぼれてしまうような、それはそれは慈愛に満ちた笑みだった。実際熱い滴で頬をぬらしながら、

「えれっ、……あらぎ、えれ!」

と必死に自分の名を告げたことを覚えている。
 それを聞いて満足そうに頷いた彼は、怖がらせないようにするためかゆっくりと低い位置から腕を持ち上げ、その大きな掌で優しく頭をなでてくれた。いい子だ、とそう言われているような気がした。

「私も……君と同じだ。君と同じように、不思議な力を持っている」

 唐突に言われたその言葉に、その意味に、瞬間胸に溢れかえった色々な感情。幼いながらも、否、幼いからこそ、何の疑いもなく素直に溢れ出た……想い。
 耐えきれなくて、正面に膝をついてしゃがむ彼の服を小さな手で思わずつかんでいた。

「あたし……っ、あたしだけじゃないの!?」

 涙に揺れる声に、彼ははっきりと力強く頷いた。その光景は、未だに瞼の裏に焼き付いている。自分の仲間を見つけた、心の拠り所を見つけた瞬間だった。

 あれ以来、彼とは顔を合わせていない。その場で正式な闇組織入りが決定し、ウィル=ロイファーという1コ上の男の子を紹介してもらって、その後は彼の居場所すら知らせてもらえなかった。それでも、自分の能力を生かす任務を与えてくれた、そして何より、自分と同じあるはずのない能力を持って生まれてきた仲間に巡り合わせてくれた、大崎影晴という人物への崇拝に近い気持ちは、揺るぎない信頼は、消えることがなかった。消えるはずが、なかった。


 ――ねぇ、影晴様。

 あなたが何者なのか、どこで生まれてどうやって生きてきたのか、どうしてE・Cという組織をつくれたのか、何も……何もわからないけれど。あなたが、“透視”と“能力察知”の力を持っていることしか知らないけれど。
 あなたについていきさえすれば、大丈夫だよね。あたしを、……あたし達を孤独から救ってくれた、あなたを信じていさえすれば――……