コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第6話『衝撃の刻(とき)』(15)  ( No.698 )
日時: 2010/11/27 14:02
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: vDb5uiaj)


 屋敷内の薄暗い廊下に、複数の足音が響く。大きな屋敷にはおなじみの彫刻や絵画は一切見当たらず、それがこの廊下の長さとあいまって、どこか先の見えない恐怖が感じられる。もちろん実際はそんなに長いわけがなく、このまま真っ直ぐに進んだ先、一番奥にある扉ははっきりと視界に映っているのだが。
 気温とはまた違ったひんやりと冷たい何かが腕をなでて、恵玲は耐えるように両腕を組んでいた。唇に力を入れて、睨むように前を見据える。

 不意に、ついっと半袖の端を掴まれて、恵玲は思わず声をあげそうになった。それを寸でで押さえて息をのむにとどまり、掴まれた袖に視線を向ける。ちょっと躊躇いがちに指先でつまむその小さな手が右隣を歩く水希のものだとわかって、恵玲はほっと胸をなでおろした。
 彼女もこの廊下を不気味に感じているのだろうか。そのまだどことなく幼い顔に浮かぶ緊張を読み取って、逆に恵玲は自分の中の得体の知れない恐怖が幾ばくか収まっていくのを感じていた。

 袖をつかむ手をうまくほどかせて、すぐにその手を自分の右手で握る。ふっとこちらに目をやった彼女に意識して微笑んで、恵玲はつないだ手をあえて力強く振って歩いた。

 するとそれに気付いたのか、2人の前を先導するように歩いていたウィルがこちらを振り返り眉を下げた。

「ここの廊下ってなんかぞくぞくするよね」

 むき出しの白い腕をさする動作をしながら苦笑気味に言うウィル。恵玲と水希は何度も頷き、彼の真似をして腕をさすりはじめた。皆でその動作をすると、怪しい上にますます寒さが増してくる。現に白波は冷めた瞳でこちらを見ている。

「なんかひんやりするよね。夏なのに」
「クーラーとかじゃないよね……?」

 水希の問いかけに、今度は恵玲とウィルが頷く。そういう物理的な寒さじゃないのだ。

 するとウィルが突然さすっていた手をあっさりと外して、「まぁでもすぐに慣れるよ」と頼もしい声で言い前に向き直った。よくリーダーとしてここに顔を出している彼は、実際ここの空気に慣れているのだろう。さっきまでの動作が完全なフリである証拠に、それはもう冷気なんて感じていなさそうな堂々とした足取りで歩を進めている。恵玲が建物の中に入ったときから感じていた妙な緊張感も、彼はそれほど感じていないようだ。

 ウィルの小さな背中でゆれている綺麗な銀髪。周囲の薄暗さによく映えているそれをじっと見つめていた恵玲は、何気なくその視線を横にずらして無言を貫き通す白波に目をやった。やはり、というべきか、彼もまた何の躊躇いもなく、いやむしろ何かに引っ張られているかのようにどんどん足を前に出していく。おもしろいほどに、いつも通りだ。

 その様子を観察している間に、1番奥の扉へとたどり着いていた。両開きで雰囲気のある、重々しい扉だ。この空間に似つかわしい。
 再びぶり返してきた張り詰めたような緊張に空唾を飲んで、恵玲は上から下へと眼前の扉に視線を走らせた。……本当に今日は緊張のメーターがよく振れる日だ。

 水希とまだつないだままだった手をほどいて、恵玲は無意識に囁くような声音になって尋ねた。

「ここに影晴様がいるんだよね?」
「そうだよ。……この扉の前に立つと未だにドキドキするよ。ここだけは全然慣れない」

 ウィルが右手でこぶしをつくって、それを持ち上げる。「準備はいい?」と3人を振り返り、皆が頷くのを確かめた後、

 コン、コン……

ゆっくりと二度、どでかい扉をノックした。その音が冷たい静寂に不気味に響き、恵玲と水希は表情を固くして扉を凝視する。大好きな主に会える喜びはすっかり身をひそめてしまっていた。それくらい、この空間に広がる独特の空気に体が、心が慣れていなかったのだ。

「麗牙光陰、参りました」

 ウィルのよく通る凛とした声。しかし、いつもよりもどこか機械的な、“面会用”の声音が耳慣れなくて、遠くでそれを聞いているようなそんな錯覚にとらわれた。そして息をつめて扉の奥に意識をやった直後。


「――入って」


 どこまでも穏やかに凪いだ、大人の男性の声。
 懐かしい、しかしずっと耳に残っていた、主の……声。

 ウィルは凛々しい表情で前を見据え、ゆっくりと扉に手をかけた。開かれていく扉の隙間から光が差し込んできて、薄暗い廊下に白い線を走らせる。


 ――ねぇ影晴様。


 扉が、完全に開かれる。


 ――あなたについていきさえすれば、大丈夫だよね。あたしを、……あたし達を孤独から救ってくれた、あなたを信じていさえすれば――……