コメディ・ライト小説(新)

Christmas Short Story ( No.773 )
日時: 2010/12/19 23:42
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: wX2LZ/jV)

「サンタさん、今年も来てくれますかねー?」


 その台詞が、事の発端だった。



――夢か現か――



 12月も中旬を過ぎたころ。時期が時期なだけに外は雪が降るのではないかと思うくらいに気温が下がり、寒さが身にしみるようであったが、暖房の付いた私の部屋はほっと息をついてしまうほどに温かかった。暖房が利いて柔らかい空気に包まれると、外から帰ってきて冷え切っている体にはちょっとした天国だ。そしてそのすごしやすい環境になった私の部屋に、その日は総勢5人のお客さんが集まっていた。

 学校でいつも行動を共にしている恵玲と津波、美久、静音、そして風也。この5人がそれぞれ好きな場所好きな体勢でくつろいでいる。その極めつけが恵玲で、私のベッドを堂々と陣取り完全にお昼寝タイムに入っていた。別に文句はないのだが、もはや見慣れた光景に苦笑をもらしたい気分にはなる。
 彼女の寝るそのベッドの隅に腰かけている風也は、津波らの会話を聞きながらドア付近の棚を埋め尽くすCDを熱心に見つめている。そういえばこの間、彼と共通の好みの歌を見つけた。“kaya”というバラード中心の女性歌手。風也は、ちょうどクリスマスイブ発売のファーストアルバムをもう予約してあると言っていた。
 そして彼のすぐ横に、ベッドにもたれかかる形であぐらをかいて座っている津波。その体勢で身を乗り出すように美久たちとの会話にのめりこんでいるから、どうも足の組み方が半端だった。美久と静音は部屋の中央辺りにおいてあるプラスチック製の小さなテーブルをはさんで、上品に足を流して座っている。
 使える場所は全部使っているように思えるかもしれないが、残る私はちょっとした特等席とも言える場所に座っていた。つまり、勉強机のクッションを敷いた椅子である。その椅子の背を前にして逆向きに座った私は、背もたれに組んだ腕と顎を乗せて、意味もなく椅子を左右に揺らしていた。
 私たちはその位置からほとんど動くことなく、昼過ぎから1時間ほど雑談に花を咲かせていたのである。

 そうした中だった。私が壁にかかったカレンダーを見て、独り言のつもりでつぶやいたのは。つまり、――冒頭の台詞を。

 おもしろいくらい一斉に、みんなの視線が私に集結した。序盤から布団に埋もれている恵玲はもちろん無反応だったが、それ以外の4人はみんながみんな同じ表情を浮かべてこちらを見ているのだった。申し合わせたかのようなその反応に驚いた私に、風也がなんとも表しがたい複雑な表情で尋ねてきた。

「お前、もしかしてサンタ……」
「あ〜っ、それ以上言わないでくださいっ。知ってますから!」

 疑心まみれの彼の台詞を、私は両手を激しく振ることで慌てて遮った。幸い彼は何かを察してくれたのか、すぐに口を閉じる。
 すると津波がテーブルの上の器に入ったクッキーに手を伸ばしながら、口元をニヤつかせ楽しげに言った。

「要するにあーちゃんは、知ってるけどそれでも信じたいわけだ」

 掴んだ一口サイズのクッキーを口の中に放り込んで、彼女は幸せそうに頬を緩ませる。その健康的で快活な顔に裏のない笑みが広がると、見てるこっちも実に気持ちがいい。
 私ははっきりと肯定の返事を返したところで、ふとあることを思い出し、くるっと椅子を回転させて机に向き直った。正面の引き出しを開いて、そこから“あるもの”を取り出す。背中に津波らの視線を感じて、口元が自然と緩んでいく。
 私は再び彼女たちの方に体を向け、手の中のものを「じゃじゃーん」と効果音付きで突き出した。みんながその正体を見極めようと一瞬だけ目を細め、すぐその顔に理解の色を広げる。

「クリスマスカードじゃん!」
「そうなのです! サンタさんへのお手紙なのですよー」
「すごい、かわい〜っ」

 黄色い声を同時に発した美久と静音が、顔を見合わせてはにかんだように笑っている。その横で目を輝かせている津波は、身を乗り出してカードに興味津々な様子を見せた。その反応が心底うれしくてカードを津波に渡してあげると、彼女は相変わらず興奮したように開いたりひっくり返したりしながらそれを観察し、同じく興奮した声で言った。

「すごいっ。ここまでやる子初めて見た!」

 私は思わず椅子から転げ落ちそうになった。

「嫌味ですかそれはっ」

 なぜか風也まで顔を伏せて肩を震わせているのを見て、さらにむっとして唇を尖らす。津波がまだ笑みの残る顔で否定しているが、私はなんとなく悔しい気持ちが生じてしまい、椅子の背もたれにのせた両腕に頬を押しつけてわざと返事を返さなかった。……もちろん本気で怒ったわけではないが。
 彼女たちもそのことには気付いているんだろう。笑い混じりの調子で責任を押し付けあっている。

「ほら、あーちゃん拗ねちゃったじゃん」
「なんでそこでオレを見んだよ」

 それに混じって静音のなだめるような、美久の心配そうな声がそれぞれ聞こえて、私はしぶしぶ元の体勢に戻った。そして視線を彼女たちに戻したところで、

「あれ、恵玲起きてたんですか?」

枕を抱きながら大きな黒瞳でこちらの様子を眺めている恵玲へと、そのまま視線を移した。他の皆もベッドの方を振り返って口々に声をかける。特に眠そうな様子もなく、ぱっちりとまぶたを開いている恵玲は、上半身を起こすと感じの良い可愛らしい声で言った。

「サンタクロースってほんとにいるらしいよぉ」

 私を除く全員が意外そうな顔で恵玲を見る。私は彼女と何度かこういう話をしたことがあったため、彼女のその意見には今さら驚かない。ただ、恵玲の意見は私よりもかなり現実的だったが。

 それよりこの子は寝たふりして盗み聞きしていたのかと、あきれるような気持ちでしら〜っとした視線を送ってやった。しかしそんな視線は軽く流し、彼女は何かを思い出すようにやや目を細めながら首をかしげる。

「どこだっけ……世界のどこかにサンタクロース村があるって」
「あたしそれ聞いたことあるかもー」

 美久が鈴の音のような澄んだ声で口を挟む。耳の下でふたつに結った黒い髪がわずかに揺れる。おとなしくて基本的にのんびりしている彼女が誰かの話に口を挟むなんて、あまり見ない光景だった。白磁の頬をうっすらと桃色に染める彼女に、恵玲は微笑みかけうなずく。

 それからちらっとこちらを見て、笑顔のまま言った。

「まぁでもさすがにトナカイにソリ引かせて来ることはないだろうけどねー」

 彼女が笑顔の仮面の下で小さな舌を突き出しているのが手に取るように分かり、こちらも負けずに心の中で全力でやりかえした。