コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第7話『友を取り巻くモノ1』(4) ( No.784 )
- 日時: 2011/01/08 10:25
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 1/l/Iy6H)
ウィルのしなやかな銀髪が、印象的な蒼い瞳が、あてつけのように風也の視界に飛び込んできた。反則だろうと言いたくなるような距離を無視したその能力を、完全に失念していた。ウィルが亜弓の背後で、反動をつけるために右手を後ろに引いた瞬間、風也は血の気が引くような戦慄とともに、反射的にたたきつけるような声で叫んでいた。
「――伏せろ!!」
言いながら、風也自身無理だときつく唇を噛んでいた。伏せろと言われて瞬時に従える人なんて、早々いない。強いてあげるとすればずばぬけた反射神経を持つ恵玲くらいだろう。
ウィルの手刀が亜弓の首筋に吸い込まれていく。周囲から一切の音が消滅し、全ての動作が、ウィルの手の動きが、嫌にはっきりとスローモーションとなって目に映る。全身から、汗が噴き出した。
ところが。
そこでその場にいる誰もが予想だにしない事態が起こった。
亜弓が風也の声に予想外の速さで反応し、伏せるのではなく弾かれたように後ろを振り返ったのだ。おそらく背後にいる人の気配も作用していたのだろう。彼女の目は驚きと戸惑いに見開かれている。
結果、手刀が命中する寸前に、狙っていた位置が大きく横にずれた。ウィルの顔に走る色濃い動揺。首は下手なことをすれば命に関わる部分だ。痛い、じゃすまされない。風也の、恵玲の、水希の、何より手刀を繰り出すウィル本人の顔に、緊張が走った。
「――っ!」
呼吸が、止まる。風也は扉の方に足を踏み出した体勢で、金縛りにあったように全身を硬直させていた。見開いた目も、握りかけで半端に開いた両の手も、片方が爪先しか床に触れていない足も、ピリピリと震えるばかりで動かない。のどの辺りを寒気が生じるほどに冷たい汗が伝って、彼は固まったのどで無理やり唾を飲み込んだ。
ウィルの手は、首まであと薄皮一枚というところで止まっていた。小刻みに震えるほど力の入った彼の手に、全神経が注がれているのが傍目にも分かった。彼も、ごくりとたまった唾を飲み下す。そして周囲が時が止まったかのように静まり返る中で、細々と震えるような吐息をはきだした。
どっと部屋の中に安堵の息が漏れる。相変わらずぽかんと口を開けているのは、今まさに危険にさらされていた亜弓だけだった。
一方風也はというと、安堵の息をつくとともに、別の感情が胸の内に広がっていくのを感じていた。それは熱い、ふつふつと煮えたぎるように熱い、怒り。ウィルへの、不甲斐ない自分自身への怒りが体中を満たし、思考をも侵食していく。先程の一瞬ともいえる時間のうちに急降下していた体温が、今度は逆にじわじわと上昇していく。体中に熱が広がり、彼は指が食い込むほどに強くこぶしを握っていた。
彼の充満な殺気をこめた視線の先で、ウィルがまだ動揺の残る声で呟く。
「キミ、反応早すぎるよ……っ。下手に動かれちゃ逆に危ないのに、――っ!?」
皆まで言わせなかった。
風也はまだ戸惑ったように固まっている恵玲を放って、考えるよりも前に床を蹴っていた。そして一気にウィルとの距離を縮めると、怒りにまかせてこぶしを振るったのだ。
“テレポート”と口にする暇など与えなかった。風也は自分のこぶしがウィルの白い頬をこするように殴りつけるのを、スローモーションのように鮮明な画(え)で見つめていた。殴られた勢いでウィルの体が大きくかしぎ、体勢を保とうと一歩、二歩、彼の足が流れるように動く。そして彼は倒れるよりも前に真後ろの扉にぶつかるように手をついて、体勢を大きく崩しながらもどうにか倒れず自分の体を支えていた。銀髪が激しく揺られ弧を描くように広がった後、彼自身の顔を覆うように垂れ下がったところでようやく落ち着いた。