コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第3話『我ら、麗牙光陰――』(5) ( No.81 )
日時: 2010/09/01 06:53
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: 7hab4OUo)

 ―…小松が亜弓達に依頼をした!?

 ―…どこをどうするとそうなるのよ!

 ―…アイツら…一般人でしょ!?



「ウィルく〜ん!」

 叫ぶと同時に家の塀に爪先で着地、反動をつけて再び風を切って家2、3軒の屋根を跳び越える。いつもなら耳元でビュンビュンと音を立てる風を心地良いと感じる余裕があるのだが、今は違う。さっきから頭の中では同じ疑問がぐるぐると渦巻いている。


 ―…なんで亜弓が…!!


 恵玲は納得のいかない顔でギリッと唇をかむ。

 そしてかなり遠くまで飛び回ったところで、ようやく人気の無い道に足をつけた。
 呼吸が乱れ、肩で息をしている状態。足がピリピリと痺れている。

「いけない…アクションの能力を使いすぎた、かな…?」


 ――“アクション”

 それが恵玲が生まれ持って身につけた能力の名称であり、仲間の中でも一目置かれているものである。運動能力が飛躍的に…それこそ、常人にはありえないほどにアップし、使い方によっては今のように空中を移動することも可能だ。彼女については特に“脚”が強化されていて、その脚撃をまともにくらいでもしたら確実に病院送り…下手したらあの世行きである。…この点については彼女が加減できるのでまず大丈夫なのだが。とにかく恵玲は、E・Cの中でも貴重な戦闘要員として働いているのである。

 恵玲は近くの建物に寄りかかり、乱れた息を整えた。
 彼女にとってはそれ程の距離は移動しなかったはずだ。しかも能力の影響で体力もアップしているはずなので、こんなことは今までもあまり経験したことがないのだが…。

 ―…色々ゴチャゴチャ考えすぎたかなぁ…

 自然と自嘲的な笑みがこぼれる。
 いつだったか、能力者本人の精神状態が能力に何らかの影響を与えることもある、と聞いたことがある。

 それから少しして最後に大きく息をつくと、恵玲は再び気合を入れ直した。
 銀髪の少年の姿を脳裏にはっきりと思い浮かべて、あらん限りの声で叫ぶ。

「ウィルく〜ん!!」


 彼になら、“聞こえる”


 恵玲はゆっくりと歩を進めながら、その可愛らしい声を空に響かせた。

「ウィルくん、どこ〜―って、あぁ!!」

 突然、絶望的な声を上げて立ち止まる恵玲。人一倍大きな瞳がじわっとうるみ、口を覆うように当てていた両手はへなへなと下がっていく。

「そうだ、ウィルくん今頃みぃちゃんとデートを――」




「気付くの、遅いよ」




 頭上からりんとした、ちょっと不機嫌そうな声が耳に届いた。顔いっぱいに笑顔を広げた恵玲が声がした方を見上げると、背の低い建物の屋上の縁に、頭に思い描いていた少年が腰かけていた。細い脚を組んでこっちを見下ろしている。

 恵玲が祈るように胸の前で手を組み感動したように見つめていると、彼は躊躇いなくそこから飛び降り空中で華麗に一回転、悠々と着地した。長い銀髪が尾を引くように宙に流れた。恵玲がそのままの体勢でほぅっと熱い息をつく。

「恵玲が何回も呼ぶから、みぃちゃんと別れてきちゃったじゃないか」

 拗ねたように言うウィルがすごく可愛い。

 それでも来てくれたことが嬉しくて、つい「えへへ」と声を漏らしてしまう。それを見たウィルは、わざとらしく大げさにため息をつくのだ。

「で、何かあったの?」

 優しい声音でそう言われた恵玲は、ハッとして速攻本題に入った。

「ごめんウィルくん! あたし、今回のお仕事断る!」

 予想外の台詞に、ウィルは綺麗な蒼瞳をめいいっぱい見開いた。

「断る…!? それってE・Cへの反逆……」
「違うのっ、そうじゃないの!」

 慌ててかぶりを振る恵玲。彼に一瞬でもその言葉を言わせたことが無性に悔しかった。彼らは皆この組織が大好きで、任務も何一つ渋ることすら無かったから。
 恵玲の切実な訴えを込める瞳に、ウィルは真っ直ぐな目で答えた。内心「軽率だった…」と恥じてもいた。

 恵玲はいつの間にか深い藍色に変わっていた空を見つめ、ポツポツと事情を話し始めた。

「明日あの屋敷で任務があるでしょ?」

 腕を組んで建物の壁に寄りかかり、ウィルは静かに頷く。

「その家の小松っていうガキが、うちの学校の有名な不良にE・Cからフィルムを守るの手伝ってくれって頼んだらしいの」

 彼女の“ガキ”と言う時の声音は至極冷たい。

 そこまで聞いて、彼はむむっと眉を寄せる。おそらく恵玲と同じ疑問が浮かんだのだろう。

 そして、恵玲にとってはここからが本題だった。

「それでね、たまたまその場に居合わせた亜弓も一緒に行くって話になっちゃったらしいんだ」

 驚いたように顔を上げるウィル。

「えっ。確かその子って恵玲の親友―…」

 唇を噛んで、何かをこらえるような表情の恵玲と目が合う。ウィルは先を言えずに、ただ黙って彼女を見つめていた。

 恵玲は握った拳に力を込め、

「あたしが行っちゃまずいの! 亜弓に、バレちゃう…。あたしが組織のメンバーだって、バレちゃう…! ――だからウィルくんお願い! あたしを、今回の任務から外して…!」

 一拍置いて、確かめるように言う。

「…ウィルくんあたし達ののリーダーだから、そういうの決められるんだよね…?」

 ウィルはゆっくりと頷く。

 もちろん彼に、引き止める気は毛頭ない。せっかくの友情を崩させるようなことを、彼女にやらせたくはない。

 ウィルはふっと表情を和らげた。温かい、包み込むような微笑を浮かべて、今度は力強く頷く。

「わかった。――大丈夫。後はぼくが何とかするよ」

 彼の頼もしい言葉に、恵玲は体から力が抜けていくのを感じた。



 ふと辺りに目をやると、いつの間にか暗闇に包まれパラパラと街灯が付き始めている。本当に小寒くなってきて、恵玲は無意識に自分の体に腕を回した。…それと同時に、服の擦れる音がし、暖かいものが背中を覆う。見ると、さっきまでウィルが着ていた薄手の上着が彼女の肩に掛けられていた。

 目を丸くして彼を見る。

「寒くなってきたし、先家に帰ってなよ。夜ご飯皆で食べよ」

 その言葉だけで体が熱くなる。体中が、ぽかぽかしてくる。

 恵玲は肩に掛けられた上着をそっと握って、気持ち良さそうに目を伏せた。

「ウィルくんは? すぐに帰らないの?」

 静かな、しみいるような声だ。

「うん、用事が済んでから。でもすぐ終わるから、先帰って待ってて」
「…わかった」

 恵玲は頷き、「ありがとう」と言い残してその場を跳び去っていった。その後ろ姿を優しい笑みを浮かべて見つめていたウィルは、彼女の姿が消えると何かを決意したように口元を引き締める。

「……この任務は1人じゃキツいな」




 ――……やっぱりアイツに、




     白波に手伝ってもらおうか――