コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第7話『友を取り巻くモノ1』(6) ( No.814 )
- 日時: 2011/02/19 08:57
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
ウィルは彼の身体もここまで運んでもらおうと白波の方に目をやって、自分の瞳に映った予想外の光景に目を見張った。
天銀の能力で気を失ったままの風也を見る白波の顔からは、見てとれるほどに血の気が引いていた。普段は感情をほとんど映さない黒い瞳も、今はある感情に満たされ不安定に揺れ、しかし一点――風也からは一時も目をそらさない。その光景にくぎ付けになったかのように、白波の瞳は床に伏す風也を呆然と見つめている。不安げにひそめられた眉が、今この時だけ彼の顔を幼く見せていた。
――恐怖。不安。白波の顔からにじみ出ているその感情を読み取って、ウィルは戸惑いと驚愕に、彼の名を呼びかけた体勢のまま固まってしまった。彼の、何かに耐えるようにきつく引き結ばれた唇に、大きな動揺を見せる瞳に、寄せられた眉に、思わず不審げな顔をしてしまった。
恵玲も白波の異変に気付いたのか、心配半分疑念半分といった声音で彼の名を呟いている。白波の隣に立っていた水希もこちらの顔を見て首を傾げた後、そのまま視線を白波にやってびっくりしたように目を瞬いていた。彼女は白波の顔を不安げに見上げ、慌てて彼の服の袖を引っ張って声をかける。しかし呆然とした表情のまま固まってしまっている白波を正気にかえしたのは、彼の後ろで悠然と佇む主の声だった。
「――白波」
びくっと白波の肩が震え、彼は二、三度瞬きを繰り返した後、ゆっくりと後ろを振り返った。彼の袖をつかんでいた水希は、彼の顔を見上げてそっと手を離す。
いつも通り静然と凪いだ、しかしどこか冷たさを感じさせる表情を浮かべた影晴は、白波に一言二言声をかけると、す……と右腕を持ち上げこちらの方を手で示した。おそらくこちらに注意を促してくれたのだろう。ようやく見慣れた仏頂面に戻ってこちらを向いた白波に、ウィルはよく通る声で言った。
「金髪くんこっちまで運んでくれる? ぼくじゃちょっと背的に大変だからさ」
一拍置いて白波はうなずき、固い表情で風也が倒れているところへと歩き出した。その様子をじっと観察しながら、ウィルは真剣な顔つきで目を細めていた。
先程の彼は、明らかに様子がおかしかった。天銀の能力に驚くにしたってあそこまで顔色を変えるほどのこととは思えないし、風也のこともそこまでショックを受けるほどに友人としての意識を持っているようには思えない。麗牙光陰の中では一番長い付き合いだというのに、彼の感情の変化の理由に見当がつかなくて、ウィルはひどくもどかしい気分に駆られた。
やがて白波が風也の身体を抱えてやってきてゆっくりとその身体を亜弓の隣に下ろし、壁にもたれかけた。風也の力なく垂れた頭と投げ出された手足を見て、ウィルは再び天銀の脅威をひしひしと感じて空唾を飲んでいた。
白波の後ろからついてきた水希が眠ったままの亜弓と風也を交互に見て、不安そうに表情を曇らせる。恵玲も先程とはまた違う、不安に固まったぎこちない声をもらした。
「風也くん……大丈夫、だよね? そっとしておけば起きるよね……」
一瞬だけ部屋の空気が凍りつき、胸の中を冷たい風が吹き抜けていく。しかしウィルはそれを振り切って頼もしい声で断言した。
「大丈夫だよ。まさか命まではとらないでしょ」
そう言い切ってからちらりと部屋の隅に佇んでいる天銀を見る。彼は相変わらず身じろぎもせずにぼんやりと突っ立っているだけで、その様子を見ていても彼の能力を見抜くことなど到底できなさそうだった。
そこでウィルらに近付いてくる、静かな足音。
「そっとしておけばじきに目覚める。心配しなくても大丈夫だ」
「影晴様……」
落ち着いた穏やかな主の声に、ウィルと恵玲、そして水希はほっと息をつくように声をもらした。影晴は何気ない動作で開かれたままの扉を閉め、唇で緩く弧を描いてウィルらの顔を1人1人見回した後、その視線を風也でとめる。変わらぬ口調のまま、彼は言った。
「天銀の能力は、触れたところから精気を吸い取るものでね。やりようによっては命をも奪えるが、今回は意識を失う程度に少し吸い取っただけだ。問題はない」
ゾクッと、背筋を悪寒が走った。
しかし直後、ウィルは慌てて目をギュッと瞑り、首を強く横に振って自らの内にわき起こってきた負の感情を追いやろうとする。まだ冗談でも親しいとは言えず、つかみどころのない謎の人物であるとはいえ、天銀だって自分たちと同じ能力者なのだ。その能力を恐ろしいだなんて、不気味だなんて思ってしまったら、他の人たちと――恵玲や水希の親たちと何も違わないではないか。
恵玲や水希も似たような思考をたどったのだろう。影晴の話を聞いた瞬間は驚きや怯えといった表情をその顔に浮かべていたが、すぐにそれらの感情は裏にしまって引き締まった顔つきに戻っていた。
影晴はそれを見て満足げに微笑んでいる。その表情を見るだけでウィルは胸がいっぱいになる。自分も、この上ない満足感を得られる。
自然と口元をほころばせたウィルの横で、ふと思い出したように顔をこわばらせた恵玲が、そういえばと首をかしげた。
「この後2人はどうするんですか? このままだと亜弓にE・Cのことばれちゃってて本気で困るんですけど……」
恵玲の台詞にハッとして大きくうなずいたウィルと水希は、いったいどうするつもりなのだろう、と影晴の方に目をやった。その視線の先で影晴は、余裕の表情を浮かべ頼もしくうなずいて言った。
「それについては大丈夫。今回のことについては、彼らには綺麗さっぱり忘れてもらうからね」
「――は?」
一斉に、失礼極まりない声が上がった。ぽかんとものの見事に口が開く。
それを見て何やら楽しそうに笑い声をもらした影晴は、涼しげな笑顔のまま左腕のスーツの袖をまくって時間を確認した。「ちょうど来る頃だね」と呟く主の声に、ウィルは恵玲や水希と顔を見合わせて首をかしげる。
それから数十秒後。
ちょうど彼らが集まっていた場所のすぐ横――広間の扉に、微かではあるが足音が近付いてきた。無論部屋の外――廊下の方からである。皆が一斉にまだ閉じられたままの扉に注目し、影晴がひとり、「来たね」と独り言のように呟いた。
そして直後。その大きな扉が二度、ゆっくりと叩かれた。
いつもは叩く側のウィルは、背筋が伸びる思いでそれを聞き、息をつめて壁と化した扉を見つめる。
しっかりと声変わりし、堂々とした落ち着いた声が、扉の向こう側から聞こえてきた。
「月下白狼の篠原扇、神崎迅――参りました」
今までも、これからも聞くはずのなかった他グループの声に、ウィルは息を吸い込み大きく目を見開いていた。