コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(2) ( No.901 )
- 日時: 2011/03/21 15:24
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
- 参照: 2ページですww
墨を水でぼかしたような薄闇に包まれた空間。上も下も、自分の周囲が全て同じ色で染められた、奇妙な場所。そこに恵玲が、いた。
唐突に眼前に現れた彼女は、怒っているでも笑っているでもない、真顔でこちらを見、小さな唇をはっきりゆっくりと動かした。
――“あ”“ゆ”“み”
私の、名前だ。しかし、彼女の口から音は発せられない。唇の動きだけで彼女の言わんとしていることを勝手に読み取った私は、わずかに首をかしげ、どうして声を出さないのかと彼女に尋ねようとした。ところが、
――……あれ、私も
声が出ない。どうして、と頭の中でぐるぐると疑問符が駆け巡る。同時に沸き起こってきた濃い不安感に少し混乱してしまった私は、思わず目の前の恵玲に手を伸ばした。「恵玲!」と呼んだ声は音にはならず、それに妙な気持ち悪さを感じながらもそのまま私は彼女の右腕をつかもうとして――
触れる寸前、す……となめらかすぎる動作でよけられて、私は危うくその場に転びそうになった。小さく悲鳴をあげたつもりが、冷たい息しか吐き出されない。それが心細さを募り、体の中に薄く恐怖が広がっていく。しかも恵玲は私の手をさらりとかわしただけでは飽き足らず、そのまま気味が悪いほどにスムーズな動きでくるっと私に背を向け歩きだしてしまった。しかもその足は一見普通に動いているのに、空間の見えない床を滑るように進むのである。
そこで私はふとこれはおかしいと思い、後を追おうとした自分の足に慌てて急ブレーキをかけた。自分の見ている光景は、明らかに普通の世界ではない。建物も何も無い辺り一面一色に塗りつぶされた空間な上、声は出せず、加えて恵玲の動きはやたらと不自然なのだ。そのことに気が付いた私は、相変わらず滑るように私から離れていく恵玲を、追いたい半分、不気味だから関わりたくない半分で、結局黙って見送っていた。そしてそのまま何も起こらず彼女が消えるのかと思いきや。
不意に恵玲が、勢いよくこちらを振り返ったのである。肩辺りまでの黒髪が弧を描くように舞い、未だ真顔のままの顔がこちらに向けられる。その彼女がその時手にしていたものは……
「あっ、クレープ!」
私は思わず声にならぬ声をあげていた。
「恵玲だけずるいです〜!」
この非常時とも言えるときに自分は何を言っているのかと内心呆れながらも、私の目は彼女が右手に握る生地の端がパリパリの出来立てクレープに吸い寄せられてしまう。おそらくあれは恵玲の大好物、ジェラート・イン・カフェモカだろうとよくわからないところで無駄に視力を発揮し、私は自分でもよくわからないまま彼女の方に駆け寄ろうとした。同時に恵玲が相変わらず表情も変えないまま、もったいぶるような動作でクレープを口に持っていって――……
「クレープ―!!」
「うおっ!?」
声が出た、とうれしさが爆発した瞬間、辺りの風景が一変していた。
ベッドが向かい合わせでいくつも並んだ大きな部屋。フローリングの床に、壁に掛けられたカレンダーやアーティストのポスター。それぞれのベッドの上につけられた窓から、まぶしいほどの朝日が入り込み、顔や布団を白く照らしている。真夏の日差しは正直少し暑かったが、部屋全体を包むクーラーの冷気がそれを和らげてくれていた。
自分が布団に横になっていることにぼんやりと驚きながら視線をずらすと、ベッドの脇に2人の女性の姿が見えた。
1人は見覚えのある快活な女性、月上有衣。この間はおろしていたパーマのかかった長い髪を、今日は左上部で一つに結っている。元々華やかな見た目の彼女がやると、格別オシャレで見栄えがする。一方もう1人の女性は、初めて見る顔だった。背は私より少し低いくらいの標準サイズで、年齢は外見からして私よりも年上。小さな顔に、くりっとした大きな黒い瞳。逆に鼻や口などのパーツは小さく整っていて、実に女の子らしい顔立ちだった。染めていない真っ黒な髪は肩のラインできれいにそろえられ、頭にはリボンのついたカチューシャをしている。服装は私があまり着たことの無い、フリルがふんだんに使われた黒が基調の洋服。胸元には大きなリボン。二段のミニスカートをはいて、黒の二―ソックスできめている。その服装だけでも驚きだと言うのに、可愛らしい顔立ちのせいか全く違和感がないことがさらに驚きだった。メイクが薄めなので怖いとも感じない。
私は布団をかぶったまま2人を交互に見、そろってオシャレな彼女たちに内心感嘆して、
不意に今の状況に思い当たり、あまりの恥ずかしさにゆでダコのようになってしまった。考えてみれば、さっきまでの奇妙な光景は全て夢であり、つまり自分は今さっきこの美女2人の前で「クレープ―!!」と寝言で叫んだわけで。どう考えたって自分は今ものすごく恥ずかしい状況にいるわけだ。
改めて2人の顔を見てみると、思った通り彼女らは目を丸くしてこちらを見ており、私は本気で泣きそうになってがばっと勢いよく布団を頭からかぶった。あまりの恥ずかしさに意味もなく布団の中の足をじたばたとさせ、すぐに弁解の言葉を叫びまくろうとした途端、
すがすがしいほどに遠慮のない笑い声がベッドの横で爆発した。この威勢のいい笑い方は、有衣である。
「あっはー!! 亜弓おっ前マジで可愛いな! ちょー可愛い、やべーっ! 風也が惚れんのもわかるわーマジで」
笑い混じりの声でそう言い、有衣はまた大口を開けて豪快に笑う。私が顔を真っ赤にしながらそろそろと顔を出すと、ベッドの横の椅子に腰かけた有衣が、本当に楽しそうに爆笑していた。その笑い声は意地悪なものでも変にフォローするようなものでもなく、ただひたすら本心で楽しんで笑っているような感じで、私までつられて笑みをこぼしてしまった。こうやって笑い飛ばしてくれた方が楽なこともあるものだ。それでもやっぱり恥ずかしかったが。
見ると有衣の隣にいる黒髪の子も、一緒になって笑い声をあげている。こちらは有衣と違って口元に軽く手を当て、比較的上品な可愛らしい笑い方をしてはいたが。
彼女たちのおかげで幾分か恥ずかしさが和らぎ、美人な人の友達も美人さんなんだなぁとよくわからないことを考えながら2人の笑顔をじっと見つめたところで、
ようやく私は、異常事態に気がついた。
「どこですか、ここ!?」