コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(2) ( No.902 )
- 日時: 2011/03/20 21:46
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
ガバッと布団を跳ね上げながら上半身を起こし、脇にいる2人に尋ねる。すると有衣はニッと歯を見せて笑い、私としては衝撃の事実をさらりと言ってのけた。
「ここは下橋の、アタシらのグループの家的なとこだぜ」
「し、下橋!?」
「そ。でさ、早速で悪いんだけど、お前らなんであんなとこにいたんだよ。マジでこっちはビビった……って、亜弓ー?」
下橋に自分がいることだけでも理解できないのに、有衣の言っていることがさらに理解できなくてぽかんと顔を見返していると、彼女は細く整えられた眉をちょっとだけひそめて私の顔を覗き込んできた。覗き込みついでに元々寝癖でひどいことになっている髪をくしゃくしゃとかき回すので、ストレートの長い茶髪がパラパラと視界に降りてきた。私はその髪をよけもせずそのままの状態で二、三度瞬きをし、呆けた声で疑問符を並べた。
「お前ら……? あんな、とこ……?」
今度ぽかんと口を開けることになるのは、2人の方である。有衣は戸惑いの表情を浮かべながらも、状況を理解できていない私に説明を加えてくれた。
「お前ら……いや、亜弓と風也、昨日の夜下橋の駅前で2人そろって倒れてたんだよ。あ、いや倒れてたっていうか、壁にもたれて寝てる感じだったけど。とにかく2人とも声かけても全然起きなくてさ、慌てて功達を呼んでここまで運んだんだ。別に怪我をしてる様子はなかったし眠ってるだけっぽかったから、救急車は呼ばなかったけど……」
呼ばないでくれて本当に良かったと私は内心胸をなでおろしていた。だって、状況が分からなくて混乱はしているが、こんなに元気でピンピンしているのだ。これで救急車に乗ったとなったら恥ずかしくてたまらない。ただ申し訳ないことに、彼女の話は正直全く身に覚えのないものだった。どうして風也といるのかということは考えれば色々と浮かんできそうだが、2人で倒れているというのは全く持って意味不明だしなかなかに気味の悪い話でもある。
私はあまりに不可解な出来事に眉をひそめつつ首をかしげ、いまいち納得のいかないまま有衣に再び問いかけた。
「それで、あの……風也はもう起きたんですか?」
言いながら部屋を見回すが、他のベッドは全て空っぽのようである。
すると、有衣の隣で困ったように首をかしげていた女の子が、親切な態度で答えをくれた。
「風也なら今別の部屋で寝てるよ。ちょっと熱があったから、同じ部屋にいるのはまずいかなって思って」
彼女の話に、ハッとして目を見開く。
「ね、熱って、大丈夫なんですか?」
「寝てればたぶん大丈夫。風也前までは結構頻繁に熱出してたけど、いつも体休めてれば治ってたから」
「そう、なんですか……」
彼が一学期たまに風邪で学校を休んでいたのを思い出す。それに“前までは”という言葉も少し気になったが、なんとなく今追求する話ではない気がした。
私が布団の上に置いた手に視線を落としていると、不意に椅子が床をこする音がして、私はちょっとだけ驚いて顔をあげた。私の視線の先で、黒髪の女の子の方が立ちあがり、こちらにほっと安心させるような優しい笑顔を向けてくれていた。
「あたし下から何か飲み物持ってくるね」
私はハッとして慌ててお礼を言う。ちょうどのどが渇いていたので、正直とてもありがたい。有衣も「サンキュ」と慣れた感じでお礼を言っている。私は、気の利く人なんだなぁと憧れの念を込めて彼女の後ろ姿を見送り、ふとまだ名前すら聞いていないことを思い出して慌てて彼女を呼び止めた。
「あのっ、名前教えてもらってもいいですか?」
ドアノブに手をかけたところで振り返る彼女。一瞬目を丸くした後、すぐに絵にかいたような可愛らしい笑顔を見せ、明るい声で言った。
「あたしは蓮田夜ゑ。普通に名前で呼んでいいよ、あーちゃん」
えっと思わず声が漏れる。
「知ってるんですか?」
「もちろん。これでも風也のグループのメンバーだもん。話はいっぱい聞いてるよ」
「アタシらが聞きだしてるだけだけどな」
有衣がニヤッと笑い、黒髪の女の子――夜ゑも楽しそうに笑みをこぼす。そして軽く手を振って部屋を出ていった。
扉が少し音を立てて閉まると同時に、有衣がこちらに向き直る。前に会ったときもだが、普段は実に豪快な女性で嫌なことも全部笑い飛ばしてしまいそうな人なのに、真剣になるべきところはどこまでも真剣で、人を心配するときは心の底から本気で心配できるような、彼女はそんな女性のようだった。今だってまだ数えるくらいしか会ったことのない私に対し、こんなに心配そうな表情を浮かべている。
「ところで体調大丈夫か? 頭が痛かったりとかは……」
「あ、全然大丈夫です。本当にありがとです」
せめてものお礼に、私はめいいっぱい笑顔を浮かべて彼女を安心させようとした。それからすぐに口元を引き締めて、ベッドに座った体勢のまま頭を下げる。
「それより、なんかすごく迷惑かけちゃって……」
「あ〜そっちは全っ然気にすんな! 全く迷惑じゃねぇから。なんか色々と謎だらけだけど、とりあえず無事みたいでよかった、ほんと」
顔の前にすだれのように下がってきた茶髪を押さえながら顔を上げると、有衣の長いまつげに縁取られた大きな瞳と視線がぶつかった。彼女の意志の強い目は、どこか親友の恵玲に似ているような気もした。
私は有衣に微笑み返しながら、そう言えばさっきは本当におかしな夢を見たなと心の中で苦笑をもらす。念のため後で母親と恵玲にメールをしておこうと、ぼんやりとそんなことを考えていた。