コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(4) ( No.913 )
- 日時: 2011/03/24 20:45
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
すると不意に功が私を呼び、何も言わず前方をおもむろに指差した。彼が指す方向を見て、私は目を見開き、思わず感嘆の声を上げた。
4、5メートルほど先に見える、日光に反射して白く光る湖。周りの木々に隠れて全貌が見えないため、私は期待に背を押されながら、湖の方に駆け出した。
その先には、何とも幻想的な風景が広がっていた。大きさは湖というよりも、大きな池あるいは泉といった方が適切かもしれない。ほぼ円形で、周囲をぐるっと青々とした葉を付けた木が囲っている。風が吹くと葉がこすれあって、波のように耳に心地よい音を辺りに広げる。水面は、木々を映した澄んだ緑色。日の光に照らされ大半がまぶしいくらいに白く輝いているが、底を泳ぐ魚が見えるほどに水は透き通っている。時折吹いた風が水面を揺らすとき、一瞬金色に光る水がなんとも美しい。
私が恍惚とした表情で吐息をもらしていると、功が何も言わず近寄ってきて隣に腰を下ろした。湖の周りは短い雑草がはびこっており、湖の淵から1メートルほど間隔をおいて立派な広葉樹がかまえている。ちょうど座って湖を眺められるスペースがあるわけだ。
私も彼に倣ってその場に腰を下ろすと、柔らかい土と草がクッションになって意外と座り心地がよかった。功がハッとして服が汚れることを気にしてくれたが、私は迷うことなく首を横に振る。少しくらい汚れても構わない。ここに座ったら、自然にあふれたこの場所に溶け込めるような、そんな気がするのだ。
冷たい水が目の前にあるせいか、不思議と空気が涼しく気持ちよく感じられた。微風が吹いたときなんかは、あまりの気持ちよさに高揚感を感じるくらいだ。長い髪を耳にかけながらふと空を仰ぐと、円形を描いて並ぶ木々の間から燦然と輝く太陽が顔をのぞかせていた。額に手をやってひさしを作り、横目に功を見ると、彼はただ静かにゆらゆらと揺れる水面を見つめていた。
「いい所だろ」
不意に彼が、満足感と自信に満ちた声でそう言った。私は湖の方に戻していた目を細め、はっきりとうなずく。
功が体勢を変えるのが、草のこすれる音でわかった。なんとなく、これから彼が色々と話してくれそうな雰囲気を感じ取って、私は何も言わずに話が始まるのを待つ。辺りに広がる草々が、サ……とさわやかな音を立てる。草独特の香りが、ふっと鼻をついた。
「下橋は……元々噂通りの、酷いところだったんだ」
予想していた通り、彼はゆっくりと話を始めた。
「何年前の話かはわからないけど、随分前の俺達の先輩が、元々廃墟だったこの下橋にたむろって、そのうち占領するようになった。四六時中ケンカばっかりやってるし、外で酒は飲むし、バイクばぶっ放すしですぐに近所から煙たがられて。警察も細かいケンカばっかりやってる奴らをいちいち取り締まる暇なんてなかったんだろう、下橋のことは放置してた」
それはたぶんここが元々廃墟だったせいもあるだろうけど、と彼は皮肉に笑う。
「風也の前までのここのトップも、世間一般で言われてるイメージそのままの、タチの悪い暴力的な不良でさ、トップ以外の奴らも雰囲気に流されたりとかしてケンカばっかりやってたから、“下橋は不良のたまり場だ”っていう噂が立ったのも仕方がないことだったんだ」
今まで歩いてきた道をふっと思い出す。確かに、元々廃墟という話が納得できるような状態だった。落書きを見たときなんかは、思わずイメージ通りの“不良”を思い浮かべて、心のどこかで怖がっている自分がいた。
私が熱心に彼の話に耳を傾けていると、彼はふっと微笑んで言った。
「でも……2年前に、有衣達――有衣と伸次と夜ゑと俺、それから風也……つまり今の下橋のトップ5を中心に、当時トップだった後藤雄麻って奴を下橋から追い出して、ここのやり方を一気に変えたんだ。下橋ではわかりやすく“革命”って言っちまってるけどな」
――“革命”。こちらから聞かずとも、自然と出てきた。先程聞きそびれた謎の単語が。
私は呆けたようにその単語を頭の中で反芻する。元々本当に荒れた集団だった下橋が今のように平和なところになるのは、そんなに簡単なことではなかったはずだ。少なくとも、“革命”という二文字であっさり言いきってしまうほどには。
功が一度話を切ったところで、私はちょっとだけ眉をひそめながら尋ねた。
「今の下橋の人達を見てると、全然不良っていう感じがしないのです。そこまで一気に変わるのって、結構大変だったんじゃ……」
私の言葉に、なぜか功は自嘲気味な笑みをこぼした。
「いやーそれがな、別に革命で皆の性格が改善されたってわけじゃないんだ。本当に根っからの不良だった奴をここから追い出しただけであって。あまり褒められた話じゃないんだけどな」
予想していなかったわけではないが、やはり驚きに目を丸くしてしまう。
「追い出したんですか! 結構過激ですね」
「過激もなにも、口で聞く奴らじゃないから最後は力づくだ。……だから正直なところ、もしあの時風也がいなかったら革命は絶対に成功してなかった。元トップの奴らは俺らより年上だし、当然それなりにケンカもできるし。てか今でもあいつら、他の不良グループに入って時々下橋にケンカ売ってくるからな。恨んでるんだろうよ」
少しだけ沈んだ声。その時の状況からして後悔しているわけではないだろうが、わずかに罪悪感は残っているということだろうか。
しかし彼は、すぐに気を取り直して明るい表情でこちらを見てきた。
「まぁ、革命の経緯もうちょいちゃんと聞きたかったら、有衣達の方が詳しいからそっちに聞きな。言いだしっぺ、あいつらだし」
思わず、「えっ」と声が漏れる。自分は今、相当に間抜けた表情をしているだろう。有衣は確かに軽く言い出しそうだが、それにしても革命の言いだしっぺだなんて、思っていた以上にとんでもない人達である。
話を聞いている間に、なぜかしばらく風がやんでしまった。湖のおかげで涼しく感じるとはいえ、やはり炎天下でじっとしていると、思い出したように汗が噴き出してくる。タオルの入ったバッグを家に置いてきてしまったので仕方なく手の甲で汗を拭いていると、不意に功が立ち上がり、待ってろと目で合図をしてきた。うなずいて彼の後ろ姿を目で追ってみる。来た道を戻り数分してすぐに湖の方に帰ってきた彼は、両手に滴のついた缶ジュースを持っていた。つい、目を輝かせ声を上げてしまった。
「わぁっ、ありがとです!」
十分に冷えたアップルジュースの缶を受け取り、思わず火照った頬にそれをあてる。それから不快なほどに渇いたのどをしっかりとうるおして、再び功に熱い視線を送った。続きを聞く準備は万端である。
アイスコーヒーを手に持った功は、「あとは今の下橋のことしかないぜ」と笑って、再び話を始めた。