コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(6) ( No.924 )
- 日時: 2011/03/28 09:09
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
今朝買った雑誌の話題でも出して気分を切り替えよう、と口を開きかけた有衣の横で、不意に夜ゑが「あっ」とうれしそうな声を上げた。疑問符を浮かべている有衣の横で、夜ゑが「見ぃつけた」と語尾にハートマークのつきそうな台詞を呟く。その一言で、有衣はすぐに状況を悟った。そして同時に、夜ゑ同様楽しそうに口角を上げたのだ。
すると夜ゑが突然歩く速度を速め、数メートル先にいる“ある人物”に近付いていった。そして教室の前で友達と盛り上がっている“彼”の背後に近付くと、さっとその腕を両手で捕まえたのだ。突然腕を掴まれた彼――三和伸次は、目を丸くして振り返り、夜ゑの姿を見てまた純粋そうな瞳を大きく見開いた。
「えっ、何――」
「一緒に来て」
にっこりと微笑み、ちょこっと小首をかしげてみせる夜ゑ。巻いた長い黒髪がサラッと横に流れる。
それを見てテンションが上がっていたのは伸次の友人達だけで、当の本人の顔には笑みと戸惑いがないまぜになったよくわからない表情が浮かんでいた。夜ゑと友人とを交互に見ながら、困ったように弱々しい声で言う。
「オレ今若干大事な話してんだけど、後じゃダ――」
皆まで言わせなかった。
夜ゑは強くつかんだ腕を不意に引っ張り、転びそうになる伸次に構うことなくそのまま彼を連れて廊下を走って行ってしまったのだ。その行き先の予想が大方付いている有衣は、苦笑交じりにため息をつき、少し歩くペースを速めながら2人の後を追った。背後で伸次の友人達が、うらやましがるような哀れな声を上げていた。
「何だよ急にー。部活の話してたのによぉ」
伸次の拗ねたような声が、反響して辺りに響いた。
彼が連れてこられたのは、屋上前の踊り場。ここは滅多に人が来ないため、3人がこっそり下橋の話をするときによく使っていた。冬に入る直前のこの季節だと、外からのひんやりとした隙間風で小寒いのが難点だったが、今はまだ我慢できる程度である。それとここは不思議と声がよく反響するため、声のトーンを落とす必要もあった。
屋上の扉の両脇にはなぜか、必要のない手すりが付いている。夜ゑと伸次はそこに浅く腰かけ、有衣が追いつくのを待っていた。伸次が携帯を開いて時間を確認すると、次の授業まであと5分もない。
先程恨めしげに漏らした自分の声に夜ゑが反応しないので、少し不満に思いながら彼女を見た伸次は、眉をひそめ表情を固くした。彼女は少し伏せた目を前に向けたまま、何かを考え込むように真剣な表情をしていたのだ。
有衣が追いついたのは、そんなときである。彼女は2人の正面の背中ぐらいまでの高さの壁に体を預け、腕を組んでその場所に落ち着いた。3人は向かい合い、しばらくの間誰も話を切り出さずに沈黙が続いた。しかしこの場合話を始めるべきは事を起こした夜ゑなので、有衣と伸次はただじっと彼女が口を開くのを待っていた。
やがて校内に響く、5限の授業開始のチャイム。屋上前の踊り場にはスピーカーが設置されていないため、下の階からの音しか聞こえない。するとそのチャイムが鳴った直後、夜ゑが目線を変えないまま身じろぎをした。そしてようやく重たい口を開いたのだ。
「後藤を下橋のトップから引きずり降ろせないかなぁ……」
瞬間伸次は、思わずその場にずっこけそうになった。
「夜ゑお前何さらっと恐ろしいこと……っ」
さすがに実際にずっこけはしなかったものの、突然の爆弾発言に焦りの色を隠せない伸次。そんな彼に、夜ゑが真剣な眼差しを向ける。
「だって伸次だって嫌でしょ? 下橋。トップが後藤じゃなくなったら、何か変わるかもよ?」
そこに冗談を言っている雰囲気など全くなく、それだけに伸次は寒気を感じずにはいられなかった。
2人の会話を黙って聞きながら、有衣はその案を現実的に冷静な目で見つめていた。本気になって考える価値が、その案にはあると思ったのだ。
とりあえずわかっているのは、雄麻自身に下橋のトップを降りる気は毛頭ないということだ。となると、夜ゑの言うように周りが引きずり降ろすしかないことになる。そしてトップの座から降ろす方法は確かに存在していたが、有衣達がやるにはなかなかに現実味のないものだった。それは下橋で今までも行われてきたことで、次代トップを望む者がケンカで現トップを倒すことができたらリーダーの座を奪えるという、力づくで非常に分かりやすいものだった。わかりやすいにはわかりやすいのだが……有衣達が実際にやるとなると難しいことでもある。しかも仮に雄麻をリーダーの座から降ろせたとしても、彼がそのままグループ内に残る可能性があるわけで、そう簡単にグループそのものの雰囲気を変えることはできないだろう。雄麻の取り巻き共も厄介である。
それを夜ゑに告げると、彼女はうなずいて強気な声音を崩さずに言った。
「確かにあたし達だけじゃ無理だけど、もっと味方を集めちゃうっていうのはどうかな。後藤達に反感持ってる子なんていくらでもいるし、あたしが聞いただけでも下橋に行くのが怖いっていう子たくさんいるもん」
「大人数でぶつかって、いっそ反乱にしちゃおうってことか? んー……」
有衣が顎に手を添えて、ふ……と視線をそらす。そのまま真剣な面持ちで虚空を見つめ、数秒後サラッと何の重みもない声で言った。
「案外いけちゃうかもしれねぇな」
「いけねぇよっ。入ったばっかのガキが集まったところで後藤達に勝てるわけねぇだろ! アイツら皆大学生なんだぜ!?」
熱く身振りをつけてまで必死で止めようとする伸次に、有衣が相変わらずの調子で言う。
「だから、要はアタシら側にも大学生の味方をつけちゃえばいいわけじゃん?」
「は?」
伸次が間の抜けた声を上げた。夜ゑも目を瞬き、驚きと期待の入り混じった目で有衣を見る。
はっきりと顔をしかめた伸次が、疑心まみれの声で言った。
「……いるか? 大学生の中にそんな奴。しかもケンカ強くないと意味ねぇじゃん」
「いるじゃん、条件ぴったりな人が。あんまりちゃんと話したことはねぇけど、アタシらの意見には賛同してくれる気がする」
「ちょっと待て。そんな話したこともねぇ奴信用できるかよ。そもそもオレらの味方についてくれてケンカも強い奴なんているわけ――」
伸次の台詞が不自然に途切れた。同時に、夜ゑの顔にわずかな光がさす。有衣が得意気な表情で、口元に笑みを浮かべる。
「――あぁ、あの人か……」
伸次が呆けたように呟き、3人は無言で視線をかわして重々しくうなずいた。