コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(7) ( No.926 )
日時: 2011/03/31 19:34
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
参照: 2ページ〜

 煙たい空気。
 周囲に投げられる、乱暴で陰鬱な言葉。
 空に、湿気を含んだように重みのある黒雲が広がり、月がぼんやりと活気のない光を発して、つまらなそうにたたずんでいる晩。

 下橋のメンバーは大きめの路地にいつものように集まり、談笑とはとても言えない雰囲気で荒々しい会話を交わしていた。派閥に分かれることは現リーダー後藤雄麻が許さないのでグループ分けはなされておらず、下橋に通う全ての不良が一カ所に集まっていることになる。そうすると必然的に人数がそれなりの数になるため、自然と屋外で思い思いの場所に座って話すようになった。一カ所に集まっているとはいえ、話すときは仲のいい人とつるむことになる。有衣と伸次、そして夜ゑの3人がそのいい例だ。彼女ら3人は、色のはげたドラム缶を横向きに置き、建物の壁に寄せて、そこに並んで座っていた。彼女らがグループ内でつるんでいる高校生と中学生の男子も、彼らに向かい合う形でドラム缶やら地べたやらに座っている。そうしていつものように、否定的な言葉の飛び交う愚痴のような会話を交わしていたのだ。

 9時近くになり、ふいっと会話から外れて目をそらした有衣は、長い脚を組み頬杖をついて、他のメンバー達の様子を眺めだした。どこか軽蔑の色を含む、白けたような目で。グロスを引いたつややかな唇に、時折冷笑を浮かべて。

 煙草の煙のせいか、それともここの雰囲気がそうさせるのか、空気はよどみ不気味に揺らめいている。何カ所かに取り付けられたライトも鈍い光を発するだけで、酷いものは不定期に点滅している。はっきり言って辛気臭く、非常に近付き難い雰囲気だった。有衣がざっと視線を走らせただけでも、どう見たって未成年の子が顔をしかめながら煙草を吸っていた。中には足元でもみ消してそのままにしている者もいる。アルコールの缶なんかはところどころに積んで置いてあり、飲み干した物は半端につぶされてそこらじゅうに転がっていた。当たり前のように、彼女自身の足元にも、飲み干したチューハイの缶が何本も立てておいてある。
 そっと目を閉じて交わされる会話をいくつか拾ってみる。しかし予想通り、耳に入ってくる言葉は何かへの恨みや悪意を込めた辛辣な言葉ばかりで、思わず目を閉じたまま強く眉間にしわを寄せてしまった。聞いていて気持ちの良いものでは決してない。爆笑できるような楽しい話題はないのかと、自分を棚に上げて思わず問いたくなってしまう。しかしここにいる人の大半は、周り――特に年上の空気に流されてしまっているだけなのだろう、と有衣はほぼ確信していた。きっと本人達も内心驚き、ショックを受けているはずだ。自分は周りの環境が変わるだけでこんなにも乱暴で悪意たっぷりの言葉を吐けるのか、と。

 ――……お前ら本当に楽しいか? 楽しく、ねぇよな

 どうしてここに来てしまったんだろう。その疑問が何度も頭の中で繰り返される。でも納得できる適切な答えは見当たらなくて、その問いは頭の中をぐるぐると旋回することをやめない。じっと考えていると、自分の目まで回ってきそうだ。

 瞼を半分ほどあげる。少し前かがみになってこめかみを軽く手で押さえると、耳の横の髪が視界にかぶさってくる。耳元でさらっと髪の擦れあう音がする。それを右側だけ耳にかけ、有衣は伏せた胡乱な目つきで、やや離れたところでたむろっている“ある”集団を盗み見した。

 後藤雄麻を中心にいびつな輪を作り、周りから一線引いたような空気を醸し出しているグループ。その面子は例外無く皆大学生以上で、大柄な男性である。すさんだ、あるいは荒々しい狂気的な目つきをし、ここのよどんだ空気の最大の発生源とも言えそうな固まりだった。時折、雄麻達の下品で無駄にでかい笑い声が辺りに響く。小柄な小中学生はそれだけで肩を一瞬震わせている。有衣としても、あまりお近付きにはなりたくない奴らだ。
 しかしその中にただ1人、雄麻とその取り巻きとはやや違う雰囲気を放つ人物がいた。背が高くたくましい体つきで、乾いた質の茶髪を短めな長さでセットした青年。雄麻達と一緒に円陣を組んではいるが、ただじっと彼らのたたきつけるような言葉を、憎々しげに吐き捨てる愚痴を聞いているだけで、特に口をはさむ様子のない青年。ドラム缶にどっかりと腰かけやや開いた足の太ももに鍛えられた腕をおいて、冷めた目つきで仲間の歪んだ顔をただ大人しく眺めている。

 有衣があちらにばれない程度にその異色な青年の様子を観察していると、彼はたむろっている仲間に一言何かを言って、腰をあげた。有衣のメイクでさらに濃くなった目がす……と細められる。同時に、隣に座る夜ゑに肘で腕をつつかれ、彼女はおもむろに立ち上がった。

「ちょっと酒とってくるわぁ」

 だらんと弛緩した声音で一緒にいたメンバーにそう言い、ゆっくりと缶が積んである場所に向かって行く。うまい具合に、あちらとの中間地点だ。体格のいい例の青年も酒をとりに来たようで、さすがは大学生、堂々とした足取りで同じ場所に向かってきた。その場所にたどりつき、何気なく缶をとろうと腰をかがめた有衣は、同じようにビールの缶を3本片手でつかんだ彼に早口で耳打ちをした。


「11時に裏の路地に来てください」


 緊張で、思わず唇が震えた。おそらく語尾はちゃんと聞こえていない。
 雄麻一派のその青年は、突然耳元でそんな事を言われ一瞬動きを止めかけたが、何か状況を察してくれたのか眉間をわずかにひそめたのみで大きな反応は見せなかった。ただ一瞬だけ缶を持ち上げて、すぐに元いた雄麻達の固まりに戻って行ったのだ。今のはきっと了解の合図だろう。雄麻達にバレてしまっては意味が無いので、その無言の合図は本当にありがたかった。

 缶を持つ手にうっすらと汗をかいている。やはり、まともに話したことのない年上の、しかも一応雄麻達と行動を共にしている男性に対し隠密な行動をとるのは、正直心臓に悪い。しかしこの分だと成功したようだ。有衣の口元には、自然と淡い笑みが浮かんでいた。