コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(7) ( No.927 )
- 日時: 2011/06/23 17:14
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
芝崎功という人物を、有衣達は完全に把握していたわけではない。自分達より3つ年上の、現役大学生。つまり高校2年でガキ扱いの有衣達とはまず接点のない人で、普通なら他の大学生同様、彼女らの中で単に“トップの取り巻きの嫌な奴”で片づけられて終わるはずの人物だった。しかし実際は違った。彼は良くも悪くも、雄麻の取り巻き連中の中では、異色で少し浮いた存在だったのだ。そして珍しく常識をわきまえた人のように、有衣ら年下の目には映っていた。
有衣は今まで何度か、他の不良達にケンカを売られ太刀打ちできないでいる小中学生のメンバーを、行動を起こさない雄麻達に代わって功がこっそり助けに行っているのを見かけたことがある。しかも彼は、実際助けて帰って来れるくらいに、とてもケンカが強かったのだ。それはもう、トップに全く引けを取らないほどに。そういうことから彼は、唯一年下から支持される大学生だったと言ってもいい。かといって、雄麻一派なことに変わりはないので、気軽に話しかけられる存在でもなかったが。そしてそれに勘付いてか、雄麻が疎ましげに功を見ているのを有衣は何度か見かけていた。
午後11時を回った。食べ物を買ってくると言って抜け出した有衣ら3人は、さっきの青年――芝崎功に告げたとおり、人気の少ない細い裏路地に入った。薄汚れた壁に背を預けて、目的の人物が来るのを待つ。“裏の路地”と言えば、下橋に長くいる者はどこを指しているかはすぐにわかる。3人は緊張した面持ちで、すぐ向かいの壁をじっと見つめていた。
3分後、こちらに近づいてくるかすかな足音に気付いた有衣が、腕を組んだままゆっくりと顔をあげた。ちょうど功が、周りを気にしながら有衣達のいる路地に入って来るところだった。彼はすぐ3人に気が付いて、不審げに眉根を寄せる。低い声に、呆れるような感情がにじんだ。
「月上だけかと思ったら、三和と蓮田もいんのか。なんだよ、3人そろって」
「もしかして告白だと思いました?」
有衣が笑みのない声でさらりと冗談を言うと、功は冷めた目で「んなわけねぇだろ」と単純に返してくる。しかしそれには何も反応せず、3人は壁から離れて功と正面から対峙した。功は当然だが警戒している様子で、睨むように目を細め、有衣から順に視線を走らせていく。呼び出した側の伸次と夜ゑも、固い表情でそれを見返していた。唯一、呼び出すときの功の配慮を知っている有衣は、割合警戒心も薄く、彼の視線をしっかりと受け止められた。
口火を切ったのは、大きな瞳を強気にギラギラと光らせた有衣だった。
「単刀直入に言います」
功が無言で有衣を見る。
「後藤とその取り巻きを今の位置から引きずり下ろす、あるいは下橋から追い出す計画に、協力してくれませんか?」
落ち着いた口調で淡々と言い切った有衣の横で、夜ゑと伸次が相手の反応を恐れて警戒心に目を尖らせる。しかし突然そんな話を持ちかけられた功自身は、ほとんど表情を変えていなかった。むしろ、目つきが少し緩んだほどだ。それを見て、夜ゑが思わず胸に手をあてて、震えるような吐息を漏らしていた。
警戒を幾分か解いた様子で、功が苦笑交じりに言う。
「いつか誰かが反乱起こすんじゃないかとは思ってたけど、お前らだったか……。――いいのかよ、俺だって一応雄麻の取り巻きだぜ?」
それには有衣がにやりと笑って答えた。
「実際のところそうは見えないんすけど」
困ったように眉を下げ、口元だけに笑みを浮かべる功。そのまま何も言わない彼に、夜ゑが、大学生の中に協力してくれそうな人はいないかと尋ねた。反乱に協力する前提で話が進んでいることに対して特には触れず、功は即座に首を横に振る。
「大学生は皆確実に雄麻につくな」
なんだかんだで、取り巻きの大学生達は虎の威を借りて好き勝手出来ている。それを反乱をおこして自分で崩す奴はそういないだろう、ということだ。期待はしていなかったが、反乱を起こすには力不足な有衣達にとっては少々痛い話だった。
自分達のやろうとしていることが遠ざかり始めたような気がして、内心焦り始める有衣。形の良い唇を軽く噛んで、鋭い視線を彼に向ける。
「仮にアタシらと芝崎さんと、あと味方についてくれる小中高生……。そのメンバーで事を起こしたとして……後藤達に勝てると思いますか?」
それに対しても功は、申し訳なさそうな表情でゆっくりと首を横に振った。
「俺が雄麻をどうにかできたとしても、まだ他にかなりの人数の取り巻きがいる。月上がかなりできるとはいえ、失敗する可能性の方が圧倒的に高いぞ」
彼の冷静な言葉に、3人の顔が一気に曇る。それでも夜ゑは打開策を考えているのか、真剣な表情で目の前の壁をじっと見つめていた。伸次も同様腕を組んで考え込んでいたが、すぐにやけをおこして、せっかく整えてあった髪をくしゃくしゃに手でかきまぜている。
しばらくの間沈黙が続く。重たいが、辛いものではない。それぞれが頭の中に新たなる策の候補を上げては、不確実だと打ち消す、そんな無言の作業がとられたゆえの沈黙だった。
――……どうしても無理なのか?
有衣は視線を落とした先の地面を思いっきりにらむ。噛んだ唇に、うっすらと血がにじむ。せっかく事が動き出していたのだ。なんとしても実行してやりたい。そして雄麻におびえている年下のメンバー、協力してくれている先輩、友人、そして何より自分のために、下橋をもっと居心地のいい場所に変えてやりたい。
たっぷり5分ほどの沈黙が続いた、その時だった。
功が何かを思いついたように声をもらしたのだ。有衣達が一気に期待の目を彼に寄せた。
「あいつ……。新入りの、えっと……“紫苑”! あいつがこっち側に入れば……」
半分独り言のように呟く彼に、有衣らは思わず不審げな目を向ける。彼が出した“紫苑”という名前、それは比較的最近入ったばかりの小柄な中学生の名前だったからだ。
フルネームは“紫苑風也”。ちょっと癖のある暗い茶髪の、華奢で小柄な子だ。真っ白な肌にちょっとつった大きな瞳。中性的な、人目を引く顔立ち。下橋に加入して1年経つか経たないかという感じで、未だに上の方からは新人扱いをされている。しかし同じ年頃のメンバーの間ではとっくに馴染んで、時たまリーダーシップまで見せている子だった。しかし体が弱いのかよく体調を崩して、他地域の不良とのケンカにも参加しないことが多いので、年上の中では彼をバカにしている人が多い。同じく彼の先輩という立場の有衣は、大きくなったらものすごくかっこよくなるんだろうなぁという期待を込めた思いはあったが、それ以外に関してはそれ程特別な印象は抱いていなかった。そもそも年が離れているせいで接点が極端に少ないのだ。
反応の薄い、いやむしろ悪い有衣達を見て、功がもどかしそうに顔をしかめて言う。
「お前ら、あいつがケンカしてるとこ見たことあるか?」
顔を見合わせて眉をひそめる3人。その中で夜ゑが、自信なさげに口を開く。
「ちょっとならありますけど……。一応最初から他の中学生よりは強い感じだったかなぁ」
「たぶんあいつ、下橋に来てからまだ本気を出してない」
功が唐突に強い口調で言いきった台詞に、有衣ら3人は目を見開かずにはいられなかった。風也のまだ成長期のこない細い身体を思い浮かべ、さらに驚愕の色を顔いっぱいに広げる。
その反応を見ながら、功が熱い口調で続けた。いつの間にか彼も、この計画に対して本気になっていたのだ。
「この間、紫苑がケンカしてるところをたまたま見かけたんだ。本当に速かった。あんまり身軽なんでびっくりして、ずっとその後も陰からあいつの動きを観察くらいだ。でもあいつ、相手に当てる瞬間は、明らかに力を押さえてるんだ。手加減してる。相手が年上だったとしても、だ。だから紫苑ならもしかしたら――」
「戦力になる……かも」
有衣が後を継ぐと、功が真剣な顔つきで重々しくうなずく。4人の気持ちが、ようやく一カ所に固まった。
そこでハッと目を上げた夜ゑが、最終確認、やや不安げな表情で功に尋ねる。
「今さらですけど……いいんですか? 本当に。反乱側に回っちゃって……」
すると彼はふっと優しく微笑み、迷うことなくうなずいたのだ。
「お前らも言ってただろ? 俺は実質雄麻達とはソリの合わない外れ者だって」
楽しそうに、ニッと歯を見せて有衣が笑う。
そして誰からともなく手を差し出し、功と固い握手を交わしたのだった――……