コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第8話『友を取り巻くモノ2』(8) ( No.931 )
- 日時: 2011/03/31 19:30
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: st6mEGje)
- 参照: 2ページです
風也に声をかけることができたのは、それから5日後のことだった。功のときのように呼び出すチャンスをなかなかつかめなかったのである。しかし、接触する機会が無くて焦り始めていた、ある平日の学校帰り。1人で下橋駅のホームを踏んだ有衣が、運良く同じ電車から降りようとする風也の姿を目で捉えたのだ。しめた、と内心ガッツポーズをした有衣は、隣の車両から出てきた風也の細い肩を勢い良くつかみ、そのまま有無も言わさず再び電車の中に引きずり込んだのである。風也が驚いて声を上げているが構わない。発車後、誰か厄介な人に見られていないかと窓越しにホームを見、誰もいないことを確認した有衣は、視線を下ろして思わず吹き出してしまった。
風也が遠ざかって行く下橋駅を窓越しに見つめ、やがて外と有衣とをぽかんと口を開けて交互に見だしたのである。小学生と外見上大差のない風也がやると、それは随分と可愛らしい動作だった。しかし彼の目が徐々につりあがっていくのを見て、有衣はやや顔をひきつらせ、すぐに顔の前で音を立てて手を合わせたのだ。自分がやった突発的な行為と、今さっきの彼の驚いた幼い表情を思い出して、口元が緩むのは抑えられなかった。
「悪ぃ、ちょっとだけ付き合って」
ついでに一瞬だけ片目を瞑る。それでも相変わらず警戒心むき出しの風也。年上の有衣相手にもひるむ様子はなく、むしろ反発しているような雰囲気さえ感じた。きっと年上ということで雄麻の取り巻き達といっしょくたに考えているのだろう。有衣からすればそれは迷惑極まりないことなのだが、そう思ってしまうのも仕方のないことだろう。やがて風也はむっとした表情のまま視線をそらし、ただ黙って窓の外の景色に目をやっていた。それを無言の承諾と受け取った有衣は、ほっと胸をなでおろして同じように景色を眺めていた。
昼時も過ぎ、太陽が最も活発になる時間帯。授業が午前中で終わった有衣は例外として、世間のほとんどの学生はまだ教室で授業を受けている。午後出勤の会社員だって、こんな半端な時間にはそう出まい。そのせいか、いま乗っている電車はラッシュ時と比べると驚くほどにすいていて、少しさみしいくらいだった。もちろん席も空いているが、すぐ次の駅で降りるつもりなので、入口の脇に立ったままである。行き先を知らないはずの風也も、何も言わずに突っ立っている。
電車が一定間隔で揺れ、そのたびに大きな部品が跳ねるような音が繰り返される。その音は後ろの車両の方に、こだまのように広がっていく。この揺れが苦手な人もいるのだろうが、電車に慣れている有衣としてはちょっとくらい揺れていないと、逆に違和感を感じてしまいそうだった。例えば仮に、電車が氷を滑るようにスムーズに走って行ったら……それはそれで気持ち悪いと思うのだ。完全に有衣の個人的な意見だが。
なぜかそんなどうでもいいようなことを考えながら、電車の適度な揺れに身を任せ、腕を組んで外を見つめる。電車はものすごいスピードで走っているはずなのに、窓の向こうの景色は有衣の感覚よりもずっとゆっくりな速度で流れていく。視線を建物に合わせてずらしていけば、ほぼ静止したような状態で見れるくらいだ。それがいつも不思議で少し面白くて、有衣はつい真剣に窓の向こうに意識をやってしまう。最初は下橋のぼろくて辛気臭い建物が見えていた外の景色も、すぐにごく普通の住宅街に変わっていき、一気に空気まで澄んできたように見えた。同時に電車が速度を落としていく。ひと駅だとやはり短い。
有衣は風也に目配せして、組んでいた腕を解いた。滑るように、電車がホームに入っていった。