コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第9話『混乱の夜明け』(4) ( No.955 )
- 日時: 2011/05/01 09:44
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
相手の顔は判別できるくらいの薄闇が、辺りに落ちる。活動の時間はもう終わったとでも言うように、しんと眠りにつくとある公園。親子連れやサッカー少年の姿は無く、昼間のにぎやかな声が嘘のように静まり返っている。寂しくたたずむ遊具に、昼間太陽に照らされからからに乾いた灰色の土に、影が落ち不気味にうごめいている。ふと、2匹の野良猫が茂みから顔を出し、左右を確認した後足音一つ立てずに公園のど真ん中を横切っていった。公園のぐるりを囲む青々と茂った木々が、ちょっとの風で大げさに音を立てた。まるで波紋が広がるように、拡大していく音。ぞっと背筋に冷たいものを感じる、瞬間。
木々のざわめきに混じって、さびた金属のこすれる音が公園から漏れていた。聞けばたいていの人はわかる、ブランコの揺れる音である。昼間ならば気にならないその音も、この人気のない日の落ちた時間帯となれば、心の片隅にあるちっちゃな恐怖を助長するには十分だ。果たして誰がこんな時間にブランコを揺らしているのか。それは親子連れでも、サッカー少年でもなく……公園という子供の遊び場を一旦は卒業したはずの、大学生だった。
「迅あんた随分となめてるじゃない。扇置いて1人だけ帰ってくるなんて」
今にも舌打ちをしそうなくらいに不機嫌な声で言ったのは、正面で足を組んでブランコに座っている、いかにも気の強そうな少女。彼女は現在大学1年生で、年齢的に迅の先輩にあたる。彼女は暗い茶髪を高く結いあげ、ボリュームのある長めの前髪は右寄りのところで左右に分けている。チュニックの下に細身のジーパンをはき、シンプルだが可愛らしいデザインのサンダルをはいている。アクセサリーの類は目立たず服装もわりと地味目なのだが、彼女の不機嫌そうな表情といいやや尊大な態度といい、少なくとも大人しそうには見えなかった。高めの、びしっと鋭くたたきつけるような声音もそれを助長しているだろう。
しかしそれはいつものことなので、迅はひるまない。ブランコを囲む柵に腰かけたまま、思いっ切り彼女に舌を突き出してやった。
「べーだッ。そんなに扇に会いたけりゃ、お園が自分で行けってんだ」
迅の視線の先で、“お園”――安藤園香の化粧っ気の薄い顔に、さらに怒りの色がさす。わずかに垂れた目に、ぐっと力がこもる。対する迅もまるで犬が敵を威嚇するように、園香を睨み返していた。歯をむき出して大げさなほどに威嚇体勢に入っていると、思わずガルル……と本当に威嚇の声が漏れてしまいそうだった。
ブランコと柵で正面に向かい合い何やら険悪なムードになっている迅ら2人を、ちょっと離れたところで見つめている青年がいた。
青年というには童顔で少し幼く見える。外見的に言えば少年といった方が適切かもしれない。しかし彼は迅と同じ学校に通う、高校2年生だった。名前は富永春妃。名前で勘違いされそうだが、彼はれっきとした男性である。しかし名前の効果もあってか、彼はどちらかと言うと女性のような繊細な顔立ちをした人物だった。適度な丸みのある顎のラインに、二重のリスのようにくりっとしたこげ茶色の目。前髪、後ろ髪共にごくシンプルで適度な長さであり、そのさらさらの髪は染めたわけでもないのに柔らかい栗色をしていた。顔立ちは、育ちの良いおぼっちゃん、あるいは品の良い王子様というイメージである。だが服装はそういうわけでもなく……、ポロシャツに長ズボンというごく普通の格好だった。
柵に手を置き迅と園香のにらみ合いを観戦していた春妃は、いつものくだらな言い合いが始まる前に口を挟んだ。
「結局どうして迅はリーダーと一緒に帰ってこなかったのー?」
言いつつゆっくりと首をかしげる春妃。適度な音程の声は、柔らかく耳にすんなりと入ってくる。やや緊張感に欠ける声ではあったが。
迅は園香とのにらみ合いを続けようか春妃の問いに応えようか視線をさまよわせたのち、ちょっとやけになりながら口を開きかけ――
「影晴に俺だけ残るように言われたんだ」
喧騒のど真ん中を貫くような低く存在感のある声に、ハッとそちらを振り返った。黒縁眼鏡に乱れなくなでつけられた髪。服装はグレーのワイシャツにネクタイという、固い印象の長身の男性がこちらに向かって歩いてきていた。
迅ら月下白狼のリーダー篠原扇である。彼は特に急ぐ様子もなく、しっかりと地を踏む歩みで園香の横に並ぶ。停止したブランコに座っている園香が、頬を染めて彼を見上げた。皆が静まり返り、扇に注目していた。彼はリーダーとしての威厳や存在感を十分に持ち合わせている人物だったのだ。
そこで場違いに緩い声が扇に向かって投げられた。
「リーダーおかえりー」
春妃である。それまで少し離れたところにいた彼は、柵の中を歩き園香の隣のブランコに腰かけた。これでリーダー扇を中心に、月下白狼のメンバーが集まった。