コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 第3話『我ら、麗牙光陰――』(8) ( No.98 )
- 日時: 2019/07/01 16:20
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: y68rktPl)
銃声と共に鼓膜を揺らしたのは、多量のガラスが割れる音だった。しかし、異常なほど――自分の手元すら見えなくなるほどの暗闇で、何が起きているのか全く把握できない。
それにしてもこの暗闇は何かがおかしい。さっきは部屋の電気が消えたと思ったが、この墨で塗りつぶしたような暗さは、部屋の電気どうこう、という問題ではない。
私は、おそらく誰かが侵入しているに違いないこの状況で、指先一つ動かすこともできずに硬直していた。今まで体験したことの無い本当の“闇”が体の内側から体温を下げていくような、そんな気さえしたのである。
一方恵玲は、闇が部屋を侵食した後も、余裕の表情で成り行きを見守っていた。その口元には、勝ち誇ったような笑みが広がる。
――……“光と闇”の能力――
「みぃちゃん……来てたんだね」
恵玲は音にならないよう口の中でそう呟き、先程の窓の辺りから知った人物の気配を感じて、一気に頬を紅潮させていた。
部屋に異常が起きた瞬間、1番最初に行動を起こしたのは、紫苑風也だった。不覚にも少しの間動きを止めてしまったが、窓の方から何者かが侵入してくる気配を感じて、すぐに反応できたのだ。
とりあえずフィルムを守らなければ、と、闇の中に不気味に浮かぶガラスケースに手を伸ばす。
しかし次の瞬間。
突如部屋の中に、暴風が吹き荒れたのだ。さすがの風也も、これには度肝を抜かれた。
「――なッ!?」
抵抗するより先に足が宙に浮き、彼は押し戻されついでに床に倒れこんだ。直後、悲鳴を上げて飛ばされてきた亜弓の体にとっさに手を伸ばし、床への直撃を防ぐ。
完全に不意を突かれたが、実際風が巻き起こったのは一瞬、呆気にとられる程すぐにそれは収まった。亜弓はまだ放心状態で風也の服をつかみ、息を乱している。
そして不思議なことに、風の消失と同時に先程までの漆黒の闇も綺麗さっぱりなくなっていた。今までの闇が嘘のような光景の中――
亜弓と風也は呆けたようにガラスケースを……否、粉砕して中身が空になったガラスの破片を見つめていた。
風也は目を見開き、思わずそこに駆け寄る寸前の体勢になる。警備員たちも我に返ったように中央を見つめ、それぞれ驚愕の表情をしていた。
敵ながら、あまりに見事だった。突然闇が舞い降りたり、部屋の中を突風が吹き荒れたりと不可解な事象は多かったが、結果的にこんなにもあっさりと獲物を奪い取られている。――偽物ではあるが。
亜弓はようやく息を整え、ゆっくりと視線を横に流して行った。
ケースと窓の、ちょうど真ん中辺り……
1人の青年が、フィルムを片手にこちらを見つめていた。
すらりとした長身の、まだ若い青年だ。黒い髪は高い位置で結われ、彼の動きに合わせて揺れている。無表情にこちらを見るその瞳は、どこか静まりかえったような、冷めた暗い色だ。
自分達と同い年くらいだろうか、と亜弓が割合落ち着いてその青年を見ていると、隣で息をのむ気配を感じた。
目を瞬いて、左を振り返る亜弓。
「……紫苑くん……?」
風也は信じられないといった様子で、青年を凝視していた。青年がじっと見つめていたのも、風也だったのである。風也はギリッと奥歯を噛んだ。
「白波……っ」
射抜くように睨みつけ、直後すくっと立ち上がる。片足を半歩引いて、すぐにでも動きをとれる体勢になる。
彼の視線を、青年――白波は、感情の映らない瞳で静然と見返す。カチャ…と乾いた音が響き、眉をひそめてそちらを見ると、白波の左手にはしっかりと拳銃が握られていた。さらに眉根を寄せる風也。フィルムはすでに、ポケットかどこかにしまわれている。
と、不意に警備員3人が敵を取り押さえようと一斉に飛びかかった。それは完全に2人のみの空気となっている中で、絶妙なタイミングだったのだが……
白波は表情一つ変えずに、右手の平を彼らに突き出した。
「――風よ……」
再び巻き起こる突風。彼らは為す術もなく、声を上げて吹き飛ばされる。
風也は、冷や汗が頬を伝うのを感じた。
「なんなんだよ、お前は……」
心に反して口端がつりあがり、全身が熱を帯びていく。構えをとる両足に、力がこもる。
風也の帯びる空気が変わったことを感じて、亜弓はそそくさと彼から距離をとった。こんな至近距離で見ていたら、確実に巻きこまれる気がしたのである。
結局座り込んで何もできないまま、風也と白波の2人を交互に見比べる。
――……知り合い、なんでしょうか
それからふと、全く目立つ行動をとっていない恵玲に視線を向けた。彼女はちょっと壁よりの位置に立ち、何やら楽しそうに観戦している。
亜弓はあからさまに非難のオーラを発したのだが全く気付かれる様子もなく、再び緊張した面持ちで、対峙する2人に意識を戻した。
恵玲は予定通りじっと白波の姿を目で追いながら、満足感に口元を緩ませていた。
さっきから白波は、面白いほど全くこちらに視線を向けない。もちろん気付いていないわけはない。
――……白波くん、状況察してくれたのかなぁ。……でもそんなに気の利く子じゃないし……
なんて失礼なことを考えながら、目だけ割れた窓の外へと向ける。その視線の先には、恵玲の仲間・棚妙水希が控えているはずだった。……控えると言っても能力の性質上、前線には出てこないだろうが。
彼女の能力は“光と闇”。
さっきこの部屋を真っ黒に塗りつぶしてくれたのは彼女なわけだが、この能力は能力者の視界の範囲内のみに影響する。つまり、水希はこの屋敷のすぐ近くにいるわけだ。そして普通に考えて、窓から派手に突っ込んできた白波と、直前まで一緒にいた可能性が高い。……タイミングを合わせるためにも。
きっとそのとき水希が広間の様子をうかがい、予定外の人物・荒木恵玲を見つけて、色々と配慮してくれたのだ。水希は実に頭のよく回る子で、その上気が利いて優しい。
“白波兄ちゃん、恵玲姉ちゃんが味方だってバレるようなことしちゃダメだよ? 絶対見ないようにね!”
そう言って忠告する姿が、瞼の裏にありありと浮かぶ。
――……ありがとう、みぃちゃん……!
勝手にそうだと決めつけて、恵玲は胸が熱くなりながら、心の中で何度もお礼を繰り返していた。
そして、彼女の仲間で唯一気配すら見せていない人物……
――……さぁて、ウィルくんはどこで登場するのかなぁ
白波が盗ったのは、偽物のフィルム。
おそらく皆、その可能性は考えて動いている。あんなに大胆に置かれては、誰だって疑う。
――……ウィルくん、白波くん、みぃちゃん――!!
絶対任務、成功させてよね!!