コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第1話『愛しき日常』(10) ( No.102 )
日時: 2011/09/06 20:57
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
参照: これコメディ版に載せるのまずかっただろうか>< 2ページです


 海浜公園の1番奥にある、白い柵に囲まれた展望スペース。海面よりも数メートル高い位置にあり、この公園の中で最も見晴らしのいい海に面したこの場所が、園香との定番の待ち合わせ場所だ。まるでカップルのためにしつらえたような白い2人用のテーブルとイスが、柵の近くに2組置いてある。そこからすぐ見えるところに噴水もあり、なかなか雰囲気のいい場所だ。昼間に来ればアイスクリーム屋の屋台が通ることもある。

 その海の一望できる展望スペースに、1人の少女の姿があった。柵にひじを乗せ、こちらに背を向けて深い藍色の海を見つめている。どうやら彼女の方が先についてしまったらしい。力強い波の音を聞きながら、扇はその背中に声をかけた。

「――園香」

 待ってましたと言わんばかりの勢いで振り返った園香は、そのまま柵に背をつけ嬉しそうに口角をあげる。ちょっと垂れた芯の強い目は、ぴったりと扇にあてられている。扇は挨拶代わりに軽く手を上げると、他人にはわからない程度の淡い笑みを浮かべ彼女に近付いていった。周りに人気はなく、波の押し合う音だけが背景に流れていた。

「突然呼び出して悪かったな」
「どうしたのよ? いつものことじゃない」

 そう言って、ふふっと笑う園香。確実にいつも通りデートだと思っている。
 彼女の隣りに並んだ扇は少し申し訳ない気持ちになって、しばらく黙ったまま海の方に目をやっていた。園香も海に向き直って、しかし目だけはこちらをずっと見つめている。彼女の不思議そうな眼差しを頬に感じながら、扇は先程の決意を自分自身に再確認した。来たばかりなのに真剣で張り詰めた空気が彼の周りを取り巻いていて、園香は何も言えずにいるようだった。

 どれくらいの時間が経っただろう。扇は視線をそのままに、真剣な表情のまま口を開いた。予想していた以上に、固い声が自分の口から出ていた。

「E・Cのことで、真面目な話があるんだ」

 そう言って園香に目を向けると、彼女は少し目を丸くしてこちらを見ていた。その瞳が次第に失望と不満に染まる。やはり最初に言っておいた方が良かったかと少し後悔しながら、扇は園香の返事を待っていた。
 そのうち彼女は唇を尖らせ、すねたように言い捨てた。

「扇はいつだって真面目でしょっ」

 ふんっとそっぽを向いてしまいそうな勢いだ。声が思いっきり不機嫌そうである。しかもちょっと上目遣いにこちらのことを睨んでいて、扇は内心苦笑を洩らしてしまった。本当に誰が相手でも感情をそのまま表に出す子だ。よくポーカーフェイスだと言われる扇とは大違いである。
 扇から視線をそらして、不満げに海を睨みつける園香。これは本題に入るよりも先に彼女をなだめた方がいいかもしれない、そう思って口を開きかけた扇を、園香の怒ったような声が遮った。

「いいわよ。……何? 麗牙の話?」

 棒読みのような気がするが仕方がない。扇も正面を向いて顔を伏せると、緊張を吐き出すように息を漏らした。そのまま静かに目を閉じる。園香の視線を感じる。声を落ちつけ、扇は言った。

「影晴のことだ。それに、俺達自身のこと」

 園香の周りの空気が一気に凍るのを感じた。ゆっくり隣に視線を戻すと、彼女は冷えた目つきで海の方に目をやっている。彼女のアップにした茶髪が、潮風を受けて毛先だけなびいている。ボリュームのある前髪も風に持っていかれているが、特に気していないようだ。ただひたすら唇を引き結んで前方を見つめている。口を開く様子はない。
 扇はしばらくそんな彼女を見つめた後、くるりと海に背を向け、柵にひじをかけてもたれかかった。前方に広がる石畳の広場は、小さな噴水がある以外は閑散としていてどこかさみしい。小高くなった波が崩れ水面に打ちつけられる音や、波が波を押し出す音が迫力を伴って背中に響いて来る。そのうち広大な海に自分の存在がかき消されてしまうような錯覚に陥って、扇はせかされるように柵から身を離した。そのまま再び海の方に――園香の方に体を向けると、彼女もこちらを振り返りつんとした表情で扇を見ていた。

 絶え間なく続く波の音。その中でひときわ大きな波の崩れる音が聞こえた時、扇はようやく口を開いた。

「この間、迅と俺が影晴の屋敷に行ったとき、俺だけ屋敷に残されただろう。あの時、影晴が言ったんだ」

 ごくりと唾を飲み込んで、ざっと周囲を確認する。大丈夫だ、少なくとも見える範囲に人はいない。
 扇は固い声で続けた。

「“E・Cへの依頼が増えてきたため勢力を拡大することになった。重大なことではあるので、一応月下白狼のリーダーである君だけには伝えておこう。ただ、任務内容はこれまでと変わらないし、グループも変わらない。だから余計な混乱を避けるためにも、月下の他のメンバーには内密にしておいてほしい”とな」

 園香が明らかに不審げな表情で目を見開いた。それを扇は静かに見返す。実際よりも強めな表現が多少混じったような気もするが、言われた内容はあっているはずだ。“勢力拡大”、“メンバーには内密に”。怪しすぎると、言われた瞬間扇はそう思った。どうしてこんなに怪しすぎる内容をよりによって自分に言ったのだろう、と疑問には思ったし、もしかしたら何らかの意図があってわざと言ったのかもしれないとも思ったが、かと言って手をこまねいて見ているわけにもいかない。

 やがて園香が考え込むように目を伏せ、調子の低い声で呟いた。

「ほんっとに怪しすぎるわね。逆に何か企んでそうで心配だわ」

 どうやら扇とまったく同じことを考えているようだ。思わず苦笑を洩らした扇は、唐突に園香の方に歩いていった。はっとして顔を上げた園香を、何も言わずに優しく抱き寄せ顔を近づける。強く、扇の腕をつかむ園香。そのまましばし2人の影が重なった。少ししてゆっくりと身を離すと、園香は頬を染めて満足そうな表情を浮かべていた。そんな彼女に、扇は落ち着いた声で言った。


「月下白狼を……いや、E・Cを抜けないか? ……一緒に」