コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第2話『灰に染まる波』(3) ( No.122 )
日時: 2011/09/24 20:30
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
参照: みなさんの反応にびくびく←


 低い地響きのような風切り音。無造作に結いあげた黒髪は後ろになびき、むき出しになった白い顔に風が真正面からぶつかってくる。ロングコートの裾のはためく音も風にほとんどかき消されてしまっている。それでも気持ち顔を伏せ目を細めながら、ある場所を目指してしばらく滑空を続けた。辺りはとっくに日が落ちてどこかさびしい空気に包まれている。包み込むような藍色の空には、ポツンとひとり浮かぶ月と、数えるくらいしか見えない白い星。

 数分ほどたち目的地が見えてきたところで、有希白波は徐々にスピードを落とし着陸態勢に入っていった。今まで判別もつかないほどの速さで流れていた周囲の景色がだんだん形をなしていくのを、白波はぼんやりとした意識に眺める。やがてずらりと並ぶ一軒家をはっきりと確認できるようになったところで、白波は特に構えをとる様子もなく流れるように地上に降り立った。器用にもスケボーはちゃんと左手でつかんでいる。
 スケボーの端をぶら下げたまま、それをアスファルトの地面に打ち立てる。空しく響く甲高い音。手に響く、わずかな衝撃。ただ、それだけだ。応えてくれる声も音も、何も……ない。
 乱れた髪を横に流しつつ、左右に視線を走らせ人気がないことを確認する。やはり廃屋の混ざるようなこのさびれた住宅街にはあまり人はやってこない。特に今回のように時間を選べばなおさらだ。白波は正面に目を戻し、ゆっくりと顔を上げた。そして目の前の建物を、ひたと見据えた。

 巨大な屋敷だった。広大な敷地を高い塀が囲み、さらにその内側に青々と茂った木々が並んでいる。敷地の半分を軽く占める庭は、芝が敷き詰められどこか格式高い。そして、奥にある淡い茶色の建物も、ずっしりとした構えで異様な存在感を放っていた。そこはまさに、主の――大崎影晴の屋敷にふさわしい場所だった。

 なぜか自分の息遣いが嫌に耳にこだまする。緊張しているわけでは決してない。なぜならここは、自分が“よく来る場所”だったから。今も、昔も。

 目の前の閉じられた門。鉄製で格子状の、まるで冷気を漂わせているような門だ。静かに手を伸ばし門に触れ、そこで白波は動きをとめた。心もち目を伏せて、そのままじっと門の一点を見つめている。風が一筋吹いて、白波の髪を吹き上げる。前に垂れ下がってきた邪魔な髪を、白波は全く気にしない。

 E・Cをおさめる大崎影晴の屋敷。麗牙光陰と月下白狼それぞれのリーダーしか来ることができない、いや“来れないことになっている”、場所。少なくともE・Cのメンバーは皆そう思っている。

 門に触れたままの指先が、冷えてだんだんと感覚を失っていく。それでも白波はそこから手を離さない。しびれた指先もそのままに、じっと閉じられた門の前で佇んでいる。暗い空がそうさせるのか、それとも全く別の力がそうさせるのか、眼前にそびえたつ屋敷はまるで影をまとっているかのように黒く不気味だ。そしてその屋敷は、目をそらすことなくこちらを見つめている。いつの間にか、白波の頭から周りの家々の存在はかき消されていた。あるのは、ただ命令に従ってここまで来た自分と、それを見張る屋敷だけ。そしてその屋敷にいるだろう、影晴と天銀だけ。

 ――本当は、久しぶりなんかではなかった。

 脳裏に浮かぶのは、あの日――“久しぶりに”麗牙光陰が屋敷で影晴と再会した、あの日。影晴がE・Cの勢力拡大を告げ、紫苑風也と友賀亜弓という招かれざる客が来た、あの――……。
 きゅっと門の格子を握る。金属をこすりつけるような音が寂しく漏れて、冷気が手のひらからしみるように広がっていく。白波は顔を上げた。顔を上げて、屋敷を振り仰いだ。――影晴の屋敷。中に何があるのか、白波はおおかた知っている。他の皆は知らないようなことも。ある部屋には薬品の瓶がたくさん、転がっているということも。

 本当は、久しぶりなんかではなかった。本当は、影晴といつも連絡を取り合っていたし、ウィル以上にこの屋敷にも顔を出していた。勢力拡大のことも、ウィル達より前に知っていた。そしてもう一つのグループ・月下白狼のことも……
 前からずっと監視していた。――そう、今回のように。

 門をつかむ手に力を込める。錆びた音がして、門が少しずつスライドしていく。
 今頃ウィルや恵玲や水希は、楽しくあたたかい夜を過ごしているのだろう。でも。

「俺は……」

 かすれた声でそう呟き、白波は建物へと続く広大な庭に足を踏み出した。門をつかんでいた手には、うっすらと赤く跡が残っていた。