コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第2話『灰に染まる波』(6) ( No.142 )
日時: 2011/11/14 06:16
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)

 私と風也が避難した先には、見知った顔がそろっていた。功と夜ゑ、そして恵玲である。3人は木製のベンチに座って紙皿片手に談笑していたが、私達に気付くと手を振って歓迎してくれた。功と夜ゑはバーベキューという煙にまかれる場でも、いつも通りの服装だ。Tシャツにズボンというシンプルな服装をしている功はともかく、夜ゑはかなり凝ったきれいな服を着ているので、正直驚きである。その黒が基調の服装は、夜ゑにとってはもうこだわりなのだろう。そんな2人の隣で、恵玲は膝の上にハンカチを敷いて野菜を小さな口でかじっている。小花柄のミニスカートがハンカチに隠れて裾だけ見えている。

 3人が開けてくれた場所にありがたく座らせてもらおうと思ったところで、突然先程の煙が目にしみてきた。慌てて立ったままパチパチと瞬きを繰り返すが、涙がにじむだけでしみるような痛みは残ったままだ。

「目が痛いのですー」

 思わずそう声を漏らすと、手首をつかんだままの風也が目を丸くしてこちらを振り返った。

「え、今さら……? 大丈夫か?」

 そのちょっと笑いまじりの声があたたかくて、色んな意味で涙目になりながら頷くと、彼は改めて苦笑まじりに優しく微笑んだ。思わず目を見張ってしまった私をよそに、彼はすぐに炉の方に目をやってしまう。

「ここも野菜無ぇな。どっかからもらってくる」
「あ、はい……」

 ぽ〜っと風也の顔を見たままうなずくと、彼はそのまま別の炉の方に行ってしまった。恵玲達と夜ゑが口元を緩ませてこちらを見ている。目の痛さなんか一瞬で忘れてしまった。炉の熱のせいかはたまた別の理由か、頬が火照るのを感じながらその後ろ姿を何となく目で追っていた。

「風也やっぱ笑うとものすごい美形だよな―アイツ」
「ですよねー。学校でももっとあんな感じだったら皆全然こわがらな……って、え!?」

 知らぬ間に。私の隣にすらりとした長身の美女が、肉を食べながら立っていた。それも大真面目な顔で。その豪奢な髪に、小さく整った顔、そしてモデル顔負けのスタイルときたら、有衣の他にはあり得ない。

 先程とはまた別の理由で目を瞬きながら彼女の名前を呟くと、彼女は「よっ」と手を上げて真っ白な歯を見せた。唇に引いたグロスがつややかに光る。彼女は胸元が大きく開き、肩もむき出しの露出度の高い格好で、肉や野菜が山盛りの紙皿をもっていた。ミスマッチといえばミスマッチだが、それが有衣だと納得できる光景でもある。それにしても紙皿の上が男子が食べるのかと思うほど山盛りだったので、目を丸くして見ていると、彼女はその様子を違うふうにとらえたようだ。皿の上から焼き鳥を取って、私の口に持ってきてくれた。目で問われて1拍置いてかみつくと、ほどよい塩味につい顔がほころんでしまった。有衣もにっと笑って、豪快に焼き鳥にかみついている。

 するとそこで戻ってきた風也が野菜を私の皿に分け、すぐに恨めしげな目で有衣の皿を見た。

「焼き鳥どこにあった? オレまだ食ってねぇんだけど」

 風也の顔を見て、遠慮もせず得意気に笑う有衣。風也がむっとして睨みつけているが構う様子はない。私はそれを今さらながら恵玲の隣に座り、野菜を食べつつ観戦していた。この2人のやり取りはもうかなり見慣れてきたが、あの風也にあからさまに睨みつけられてもそれを笑って流せる有衣は、やはりさすがだと思う。もちろん最終的に有衣が、焼き鳥を差し出すことになるのだが。

 ところが突然そこで響いたのが、流行りの曲のイントロだった。思わずびくっと肩を震わせると、ついでマイク越しの伸次の声があたりに響いた。

「カラオケの準備ができたぜ―! 皆歌うぞー!!」

 途端にわぁっと膨らむように広がる歓声。それを慣れたように見ている風也と功。そしてぽかんと口を開けたままの私と恵玲。当然有衣は、一寸の迷いもなく風也に紙皿を預け、「おっしゃあ騒ぐぞ―っ!」と雄たけびを上げつつマイクの方へと走って行ってしまった。1拍遅れて風也が、手に持たされた肉山盛りの皿と有衣とを交互に見る。

「ユウてめぇなんでオレに持たせんだ!」
「それ全部食っちまっていいぜー」
「んなこと聞いてねぇし! 誰がこんなに食うかっ」

 風也の抵抗もむなしく、有衣はすでにマイクを握って他の子達と熱唱を始めていた。見ると、マイクをもった2、3人を中心に皆が好き好きに歌っているようだ。ちゃっかりステージ代わりの小さな台まで用意されており、1曲目は有衣と伸次がそこを陣取っている。もちろん音はそれなりに大きいが、慣れれば近くにいても平気な音量だ。それに下橋という地域のことを考えれば、近所迷惑になるということもないだろう。
 最初しばらくの間は呆けていた私も、そのうちそのテンションの高い空気に慣れてきて、マイクなしで一緒に口ずさむ風になってきた。振付のある曲なんかが流れると、その辺にいる中学生達と一緒に踊ってしまう始末である。マイクを握って歌う人もいれば、私達のように紙皿を放棄して一緒に騒ぐ人もいる。今のうちに、とひたすら食に徹する人もいる。

 下橋らしいな、とそんな思いがふと浮かんだ。“らしい”だなんて、下橋に遊びに行くようになってまだ日が浅い私が言えたことではないのかもしれないけれど。
 何となく、隣にいる風也に目を向けてみる。彼も居心地よさそうにリラックスした表情で、ステージ上の高校生達を見つめていた。それを見ているだけで、この場に参加できてよかったと、心からそう思えた。



 不意に、カラオケとは違う音楽がバイブ音と共に聞こえてきた。近くの椅子に座っている夜ゑが慌てて鞄を開け、携帯を取り出す。どうやら電話のようだ。すると画面を見て相手を確認した夜ゑが、なぜか驚いたように目を丸くした。功が心配そうに声をかけると、彼女は我に返り携帯を耳にあてながら席を立つ。功が風也と顔を見合わせ、小さく首をかしげていた。

 このとき電話の相手がE・Cのメンバーの1人・安藤園香だということを、私はもちろん、風也も、功も、そして恵玲も……誰ひとりとして知らない。