コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第3話『ふたり』(6) ( No.187 )
日時: 2011/12/24 07:14
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)


 アスファルトを踏む、2つの足音。片方は革靴の、もう片方はパンプスの音だ。カラスの鳴き声しか聞こえないような人気のない町に、ヒール独特の固い足音ばかりが不自然なくらいに響いている。
 足音の主は、月下白狼の篠原扇と安藤園香だ。先程難なく影晴との面会を終えた2人は今、重い足取りで帰路についているのである。

 ……そう、予想に反して“難なく”面会は終わった。扇は肝を据えて影晴に言ったのだ。自分達はもうそろそろ社会人になる年齢、加えて以前からお互いに想い合う仲だった。だからもう、能力のことは忘れて平穏な普通の生活を送りたい、2人だけの時間をもっと過ごしたい――そうはっきりと申し出た。するとそんな2人に影晴は嫌な顔ひとつせず、しみじみとした表情でうなずいたのである。まるで子供の門出を喜ぶ実の親のように。影晴からどのような反応が返ってくるのか全身を強張らせて構えていた扇と園香は、その表情を見て思わず脱力してしまった。しかし直後、思い直したように警戒心を胸の内で再燃させたのである。少し考えてみれば、主の反応があまりに冷静すぎることも、そしてあまりに寛大すぎることもすぐにわかることだった。謁見の広間で片膝をつき影晴の言葉を聞きながら、扇も園香も凍りついたような思考で彼の意図を探っていた。体温を奪うかのように冷たい汗を、何度ぬぐったことか。扇はそれでも必死に冷静な表情を保ち、一方園香は険しい表情で床に敷かれた赤い絨毯を睨みつけていた。そんな2人に、影晴は芯からあたたかい声でこう声をかけたのだ。

「君達が抜けてしまった後も、月下白狼は存続させるつもりだ。また迅と春妃にも会いに行ってやるといい。……今まで任務、ご苦労だったね」


 ――おかしい、と扇は足を進めながら心の中で呟いた。謁見後、あの屋敷を出てから何度目だろうか。影晴の顔を、言葉を交互に思い返しては、不審げに眉根をひそめて心中呟くのである。おかしい、と。隣を歩いている園香も難しい表情のまま黙りこくっていた。彼女のヒールの音が、やけに耳について聞こえた。もう夕日はほとんど沈みかけている。その神々しい光も低い建物の並びに遮られこちらまでは届かず、代わりに周囲にはさらさらとした薄闇が落ち着いていた。この肌になじむ気持ちの良い空気が、胸の内をごちゃごちゃにかきまぜる危機感と相容れず、扇は顔をしかめて握った手の中で指をこすり合わせていた。

 しばらくお互い無言のまま歩いていたが、不意に園香が歩みを止めた。屋敷がもう暗闇にまぎれて見えなくなった頃だ。唐突にやんだヒールの音に、扇は目を丸くして彼女を振り返る。彼女は細い腕を組み地面をじっとにらんで、動揺のうかがえる声で言った。

「やっぱりアイツ、色々とおかしいわよ……」

 扇は口を挟まず、真剣な表情で続きを待った。組んでいた腕をほどき自分の体を抱くと、園香は震える声で言った。その瞳は、珍しく何かに駆り立てられているかのように揺れていた。

「脱退を簡単に認めてくれたのもおかしいけど、それだけじゃなくて……。アイツ、影晴……っ、扇はよく会ってるから気付いてないかもしれないけど、初めて会った頃から顔が変わっていないもの……! 不気味なくらいに、全く!!」

 最後はアスファルトの地面にたたきつけるようにそう言い、園香はその勢いのまま顔を上げて、こちらに真っ直ぐ視線をぶつけてきた。その目を正面から受け止めた扇は、何も言わずにゆっくりと一歩を踏み出す。すると園香の顔がくしゃっと歪んで、ためらいなく扇の胸に飛び込んできた。得体のしれない不安に体を縮める彼女を優しく抱きとめ、扇は静かな声で言った。

「行こう。影晴のことはいくら考えても答えは出ない。……ここで止まっていても何も始まらない。とりあえずは、迅と春妃のところへ」

 腕の中で園香がうなずく。扇はその頭を軽くなで、ゆっくりと体を離した。そして再び進行方向へと体を向けたところで、

 一陣の風が前方を吹き抜けた。まるで、そこだけに吹いたかのような奇妙な風。そして目を見張る扇と園香の目の前に突如、空気を切り裂くような音とともに2人の男性が現れたのである。何もなかった場所に、突然。そうそれは、“テレポート”で現れたに他ならなかった。完全に不意をつかれ呆然として動きを止める扇と園香。そんな2人の進路をふさぐ形で現れた男性2人は、どちらも仮面をかぶっているかのような無表情のまま、こちらに目の焦点を合わせてきた。扇もハッとしてその視線に真っ向から対峙する。彼らに扇は見覚えがあった。以前、迅と共に影晴の屋敷に行き麗牙光陰と対面したとき、その場にいた2人だ。しかもそのうちの1人は、麗牙光陰のメンバーとして紹介されていた。高い位置で長い髪を結った、長身の青年。先日の月下の集まりで盗み聞きをして逃げる後ろ姿を、扇が一瞬だけ目撃した青年でもある。扇は唇を噛み、強くこぶしを握りしめた。嫌な予感は、当たっていたのだ。
 園香の一歩前に出て、彼らの視線を意志のこもった目でにらみ返す。その感情の見えない瞳は、何を考えているのか扇には全く見当もつかなかった。

 直後、カチャ……と不吉な音が辺りに響いた。刺客の1人――有希白波が、表情ひとつ変えず真っ直ぐこちらに銃口を向けていた。銃を握る手には、跡が残るほどに力がこめられていた。