コメディ・ライト小説(新)
- White Day Short Story 1 ( No.198 )
- 日時: 2012/03/05 22:15
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
私――友賀亜弓が、とてつもなく重大な落し物を拾ったのはつい先日、ホワイトデーの日のことだった。
「ラブレターを拾ったぁ!?」
恵玲の今にも裏返りそうな声が、耳元で響いた。私は片目をつむり、つい携帯電話を耳から遠ざける。彼女のただでさえ通りのよい声が耳元で響くと、なかなかにこたえるのだ。携帯を耳から離す流れでふと正面を見ると、台所で手際よく昼食の支度をしていた母親が目を丸くしてこちらを見ていた。
私から「ついさっきラブレター拾っちゃったんですー」という話を聞いたら、恵玲は興味の無さそうな冷めた声で「ふーん……それで?」と言うか、あまりに予想外な話すぎて今みたいな反応をするかどちらかだろうと思っていたが、これはあまりにも良すぎる反応だった。それはもう、逆にこちらが軽く眉をひそめてしまうくらいに。
――……今日は機嫌がいいんですかね……?
内心首をかしげつつ携帯を再び耳にあて、口を開きかけたが、そこで恵玲に先を越された。彼女の可愛らしい顔立ちにぴったりのやや高めの声が、はっきりと感情を含んで私の耳に届く。私と二人きりの時は、いつももっと気乗りしなさそうな声音であるというのに、今はやはり明らかに機嫌がよかった。今日はホワイトデーというちょっと特別な日ではあるし、何かいいことでもあったのだろう。もしかしたら例の“あの人”と、遊ぶ予定でもできたのかもしれない。あの大きな黒瞳をきらきらと輝かせている恵玲を変に冷静に想像しながら、私は電話口でうなずいて携帯を握り直した。
「えっとですね、ほんとについさっきなのですよ! お母さんと買い物に行ってたのです。そしたら――」
私はいつもより気の利いた相槌を聞きながら、事の詳細を彼女に話して聞かせた。
食料品の買い出しを終えた私は、母親と並んで比較的大きな通りをゆっくりとしたペースで歩いていた。通りに添って並ぶ木々はようやくつぼみをつけ始め、頬をかする風も刺すような冷たさが和らぎ随分と優しいものに変ってきている。もういつ春が来てもおかしくない時期であるということを、私は澄んだ柔らかい空気を吸い込みながら感じていた。通りを歩く人々も、以前のように身を縮こませるのではなく、余裕を感じさせる堂々とした歩みを見せている。
昼食をとる時間までまだ1時間は優にあった。私は重たいスーパーの袋を何度か持ち直しながら、午後の予定で母親と盛り上がっていた。私がこれから風也と遊ぶ予定があると知ると、母親は予想通りという顔で楽しそうに口角を上げた。
そんな時だ。左足が何か軽いものを蹴り、私ははたと足を止めたのである。大通りをもう少しで抜ける、という所だった。何人もの主婦や学生が横を通り過ぎていく中で、私はその場にかがんで今蹴とばしたものを手に取った。柔らかい生地の、水色の袋だった。手のひらよりやや大きめのものだ。袋の端にはハートの模様があり、口のところは銀色のリボンでとめられている。そしてそのリボンには、小さなカードが付けられていた。
――嫌な予感が、した。袋を手に持ち立ち上がると、私は何も言えず小さく口を開けたまま、おそるおそる二つ折りのカードを開いてみた。見ていいのかどうか考える間もなく、勝手に手が動いていた。そしてそこに記されていたやたらと大きく独特に歪んだ、しかしどこか無垢さのにじみ出た字を読んで、私は「あ〜……」と意味もなく声を漏らしてしまったのである。そのカードには……
「なんて書いてあったの?」
恵玲が興味津々な声音で尋ねてくる。私は、彼女にはどうせ見えないというのに重々しくうなずいて答えた。
「全部ひらがなで、“ゆきちゃん だいすきだよ。おおきくなったらぼくのおよめさんになってね。 ひろき”って書いてあったのです」
――沈黙。私はその間に、言葉がちゃんと合っているか手元にあるカードを読み直して確認した。やがて恵玲は、私と同様特に意味もない声を漏らし、
「……幼稚園生?」
非常に気の毒そうな声で言った。私は眉を下げてうなずく。
「たぶんそうです。“よ”が左右逆になってますし」
言いながら、このホワイトデーの贈り物を落としてしまった男の子がかわいそうでならなくて、私は無意識に水色の袋を指先でなでていた。中に入っているのは四角い箱のようだ。お菓子でも入っているのだろうか。箱の大きさからして当然指輪では無さそうだが。
この落し物をどうするべきか考えているのか、恵玲はしばらく何も言わなかった。私も先程から、どうやって“ひろきくん”にこのプレゼントを返そうか無い知恵を絞って考えているのだが、いかんせん彼の名字も年齢も住所も何もわからないので何もいいアイディアが浮かばない。きっと今頃大事なプレゼントを落としてしまったことにショックを受けて、ぽろぽろと涙を流しているんだろうと思うと、こちらまで胸がきゅっと痛んだ。せめてもの気休めに、袋のしわを指先で綺麗に伸ばしてみる。
しばらく黙りこんでいた恵玲が、疑念に満ちた声で尋ねてきたのはそんな時だった。
「ていうかさぁ……亜弓今そのラブレターっていうかプレゼント、手元に持ってんの?」
「はいです」
何のためらいもなくそう答えると、返事の代わりに盛大なため息が電話口から聞こえてきた。恵玲がなぜそんな反応をとるのかがさっぱりわからなくて、携帯を耳にあてたまま首をかしげていると、すぐに彼女が心底憐れむような声音で優しく諭してくれた。
「亜弓が持ってたらその子、探しに戻っても一生取り戻せないでしょ。せめて落ちてた場所に戻すか警察に届けるかしたほうがいいんじゃない?」
ごもっともな意見にぽかりと口が開き、「あ」と間の抜けた声がもれる。それを聞いて恵玲が、「ばっかじゃないの」と吐き捨てるように呟いた。もうすっかりいつも通りの恵玲だった。
(後半へ続く……かも←)