コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 2章 第1話『愛しき日常』(1) ( No.22 )
- 日時: 2011/05/21 22:50
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: AEu.ecsA)
「1年生はそろそろ高校生活にも慣れた頃でしょう。2学期は体育祭や文化祭といった大きな行事がひかえていますが、気を緩めすぎないように、勉強・行事どちらも精力的に取り組んでいってください。2年生は――」
始業式定番の“校長先生の話”がだらだらともう15分近く続いている。これがユーモアを織り交ぜた面白おかしい話だとまた違うのだが、校長先生が何十年とやっているだろう完全にお決まりの話だ。退屈なことこの上ない。話している間ずっと立たされたままという事も相まって、私の顔がどんどん歪んでいくのが自分でもわかるほどだ。そして追い打ちの、体育館内の反則な蒸し暑さ。正面に立っている親友も、七分丈に折った白いブラウスの袖で汗をぬぐっている。おそらく本当はとても可愛いハンカチを持っているのだろうが、それをポケットから出す気力さえ起きないのだろう。内心彼女の気持ちに深く共感しながら、せめて座って聞かせてくれればいいのに、と恨み言を心の中で呟く。そしてしびれるような鈍い痛みをうったえる足をもぞもぞと動かし、私――友賀亜弓は、今日何度目かのため息を盛大に吐き出したのだ。
9月1日と言えば、多くの学生は長い至福の夏休みが終わり2学期が始まる、あの複雑な気持ちを思い出すだろう。友達に再会できる喜びと、早起きしなくてはならない上にこれから毎日勉強しなくてはならない憂鬱とが交互に現れるような気持ちだ。いや、やっぱり私個人的には後者の方が少しばかり大きいかもしれない。意外と短くてなんだか物足りない最も長いはずの休みが終わってしまい、加えて夏休みの課題なるものも提出しなくてはならないという事実に、気分が落ち込んでしまうのである。課題というものに毎年手をやいている私には、もう馴染みにさえなってしまったものだ。ただし今年に限っては、課題を手伝ってくれる人が近くにいたため、例年ほどは苦労せずに済んだのだが。
そして私の場合この鬱な気分は、2学期初日の教室に入る直前までに限られる。当てはまらない年はあるものの、朝教室に入った時点で、たいていそれまでの沈んだ気持ちが綺麗さっぱり消えてしまうのだ。もちろんそれは、夏休みの間ほとんど会えなかった仲の良い友達と再会できるからである。久しぶりに顔を合わせた時の友達のまぶしいほどの笑顔を見ると、なんだかもう休みじゃなくてもいいかな、なんて思えるのだ。その後の面倒な上に退屈な始業式に参加した時点で、早くもその気持ちは揺らいでしまうのだが。
高校生になって初めての夏休み明け。9月1日の朝。教室に入った私と、私の親友――荒木恵玲を笑顔で迎えてくれたのは、1学期一緒に過ごしていた3人の友達だった。
「恵玲、あーちゃん、おはよー! 久しぶり〜っ!」
肘まで伸ばして大きく腕を振ってくれているのは、私達のグループ1番の元気っ子、谷田津波である。日焼けした乾いた質の茶髪は、涼しげなショートカット。夏休みの水泳部の活動のせいか、一段と肌も焼けたようである。彼女の以前会った時と変わらぬ溌剌とした表情に、私は思わずほっと胸をなでおろした。津波の隣では、沢田美久がふんわりとした人懐っこい笑顔を浮かべている。ポニーテールで涼しげな表情の幸崎静音も、嬉しそうに眼鏡の奥の目を輝かせていた。
「おはよーです〜!」
「おはよぉ」
ちょっとだけ感慨深い思いを感じながら皆の元に歩いて行くと、すぐに津波ら3人の視線が一気に恵玲に注がれた。予想通りの反応だったので、私もなぜか得意気になりながら隣に並ぶ恵玲の方を見る。津波達は窓際の席から一斉に、黄色い声を上げた。
「恵玲その髪型ちょーかわいい〜っ!」
この日の恵玲は、両耳の後ろ辺りを一部三つ編みにし残りは下ろすという、いつもと少し違う髪型をしていた。それをとめる小さな青いリボンがまたよく似合っている。津波達の声に反応して、他の数人のクラスメートもチラチラと恵玲を見ている。彼女は基本的にクラスメート受けのいい子だ。きっと皆今頃、可愛いと感嘆の声をもらしているのだろう。
注目を浴びはにかむように頬を染めた恵玲は、そこで私にとっては不意打ち以外の何物でも無い話題を振ったのだ。
「それより亜弓、夏休みの後半追試の勉強すっごい頑張ったんだよぉ。ねー亜弓?」
その瞬間、私の表情は一気にしらけてしまった。
「恵玲、今その話題振るタイミングじゃな――」
「よかった勉強できたんだ。追試本番はいつなの?」
格段にトーンの下がった私の声を遮ったのは、クラスでもかなり頭のいい部類に入る静音である。しかし彼女はその素晴らしすぎる学力をひけらかす様子が全くなく、勉強面で結構尊敬の眼差しを向けられている。癖の無い性格で、優しく気が利くのも功を奏したのだろう。
私はすぐに手帳を開いて、日にちを彼女に告げた。追試本番は体育祭の直後である。意外と先の予定であることに目を丸くした静音の横で、美久がしゅんとした様子で鈴の音のような声をもらした。
「もうすぐ体育祭だ〜」
その声は少なくとも楽しみにしているようには聞こえなかった。私と津波が顔を見合わせ苦笑をもらす横で、静音は美久と同様あまり気の乗らなそうな顔をしていた。
すると恵玲が不安げな顔の美久の手をとって、「一緒にがんばろぉ」と上目遣いでちょこんと首をかしげたのだ。しかしそう言っている彼女自身抜きんでた運動神経の持ち主なので、運動の苦手な美久の励みになれるとは正直あまり思えなかった。私と同じことを考えていたのだろう。津波が、練習付き合うよと恵玲よりよっぽどためになりそうなことを提案し、私達は名案だと顔を輝かせ、しばらくの間その話題で盛り上がっていた。
久しぶりに顔を合わせても、以前と変わらず穏やかな雰囲気をまとった津波達。私はふと深い安心感に包まれて、体の中心がぽっと蝋燭が灯るようにあたたまるのを感じていた。