コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 2章 第3話『ふたり』(9) ( No.226 )
- 日時: 2012/06/23 22:53
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
若菜は死んだ――そう叫んだ瞬間、目の前にいる園香の顔から表情という表情が消え去った。それはまるで、影が光をかき消してしまったかのような顕著さだった。小さく開かれた唇は小刻みに震えている。あまりにもショックが大きかったのだろう。さっきまで強い意志のこめられていた瞳も、今は魂が抜けてしまったかのように焦点を結んでいない。
白波自身、今まで目をそらしてきた事実を自分の言葉によって突き付けられ、どこか愕然とした思いで目を見開いていた。頭の中が発熱しているかのように熱かった。
震えるような息を吐きながら、天銀らほうに目をやる。かすみがかった視界に、変わらない状況の天銀と扇の姿が映った。扇が氷の能力で天銀の足元を固めている。その状態で天銀から何か情報を聞き出そうとしているようだが、あの情のかけらもない寡黙な天銀から何かを聞き出そうだなんて到底無理な話だ。
その間もずっと姉の顔が頭の隅にちらついていた。それを拒めば拒むほど、思考が熱をもち頭がくらむようだった。
無造作に、白波は無事なほうの手を持ち上げ天銀のほうへと向けた。園香がハッとして青ざめた顔を上げる。微風が、頬をかすめていった。
「……惜しかったな。あいつなら、天銀を倒せたのに」
「ちょっと、何す――」
園香が反射的に白波へ手を伸ばすのと、繊細な甲高い音があたりに響き渡るのとはほぼ同時だった。次いで、ガシャン……と重たいものが地へと落ちる音。天銀の足元を覆っていた氷は、ものの見事に粉砕されていた。白い光がちらちらと舞っている。白波は熱のこもった息を吐き出し、ゆっくりと腕を下ろした。
「な……」
あまりにも唐突な横槍に愕然とした声を上げたのは、もちろん扇だ。彼は思わずといった風に一歩後ろへと足を引き、ただただ壊された氷を見つめている。園香も勢い良く息を吸い込み扇を凝視したまま、こちらの服をつかんでくる。そして、
天銀が不自然なほど落ち着いた様子で地を蹴った。彼の細長い指が、まっすぐに扇の体へとのびる。まるで死神の鎌だ。一瞬にして人の命を刈り取る、残酷な鎌。扇がとっさに上半身を引く。それを体を硬直させて凝視する園香。白波も、天銀の指が標的の首へとのびるのを、目を見開いて食い入るように見つめていた。無意識に、息をとめていた。時さえ止まったようだった。
「おうぎ……っ!!」
園香の悲痛な声で、白波は我に返った。気を集中させすぎたのだろうか、一瞬かすんだ視界が園香の声で明るさを取り戻し、
その視界の中央で、扇の長身がぐらりと傾いでいった。周囲から音が消えた。
その時、園香が何かを叫びながら扇のもとへ駆け寄ろうとした。その手首を、白波は考えるよりも先に引き留めていた。彼女が向かおうとした先には未だ天銀が深沈とした姿で佇んでおり、今彼の元に行けば簡単に命を取られるのは火を見るよりも明らかだったのだ。しかし園香は勢いよくこちらを振り返ると、憎悪に燃える目で白波を射さした。
「許さないから……っ。あんたも天銀も、影晴も、絶対に許さない……! 影晴の思い通りになんか絶対にさせない……!!」
園香の言葉は激しく白波の頭を打った。表情を硬直させている白波の目の前で、園香はこぶしを握り、息を荒げたまま渾身の力で叫んだ。透明なしずくが、辺りに散った。
「影晴は味方じゃないわ!! お願いだからみんなは……」
涙に声が揺れる。
「――みんなは、死なないで」
最後の声は、小さくかすれていた。彼女が“遥声(ヒア)”を使っていると気付いた時には、もう手遅れだった。止める間も、なかった。
珍しくはっきりと園香を見据えた天銀が、間髪入れずに地を蹴る。すると園香が、涙にぬれた顔になぜか恍惚とした表情を浮かべ、天に向かって再び叫んだのだ。明らかに“遥声”だった。
「扇ー!!」
すると直後、園香は何かに吸い寄せられたかのように扇のほうを振り返った。地に倒れて、ピクリとも動かない彼のほうを。園香の驚きに見張られた目は、すぐに心底満足そうな笑みに変わった。
――直後。天銀の能力を伴った手が園香に触れ、こちらまで血の気の引くほど急に、彼女の体から力が抜けた。とっさに伸ばそうと思った手は、金縛りにあったかのように固まって動かなかった。園香の体が地に落ち、辺りが情のない静寂に包まれる。冷たい汗が一筋頬を伝った。
気付くと白波はその場に座り込み、茫然と園香の顔を見つめていた。手も足も、恐ろしいほどに震えていた。
辺りに深い闇が落ちる。血の凍るような冷気が、体の中心からにじむように広がっていく。
白波は茫然とした表情でアスファルトの地面に腰を落としていた。体の横に氷の残骸が小さな水たまりを作っている。本当だったら風の刃で粉砕することのできた、左手の氷。扇の……氷。それが視界に入った瞬間、ドクン、と心臓が大きく音を立てた。
――人が死ぬ瞬間を見たのは、初めてだった。
「行くぞ」
上から淡白な低音が降ってくる。この状況にあって、これほどまでに動揺とは無縁の声を発せられるのは、天銀以外にありえない。白波は黙したまま、心底ぞっとしていた。よく影晴に、やはり顔も性格もよく似ているねとからかわれるが、もしまたそんな事を言われたら思いっきりかぶりを振ってやりたい。自分はこんなこと、平然とはできない。少なくとも、ここ最近の自分は。
考えれば考えるほど、白波は混乱していった。こんなことを考えていること自体が信じられなかった。
白波はしばらくしてからようやく顔を上げた。天銀が、扇の体を担いでこちらに歩いてきている。ふとその昏い双眸と視線が合い、白波は逃げるように目をそらした。するとそらした先であるものが視界に入り、白波は緩慢な動作でそれを拾い上げた。
写真だ。ごくりと唾を飲み込み、白波は裏向きの写真をおそるおそる表に返した。
姉が、映っていた。持ち主であろう園香と、もう1人別の女の子と一緒に。
写真を持った手をそのまま膝の横に下ろす。そばまで天銀が来ていたが、彼はやはり何も言わなかった。仮にこの写真を見ても、きっと表情ひとつ変えないだろう。白波はゆっくりと目を閉じた。胸の中は不自然なほどにしんと静まり返っていた。
天銀の靴が、砂をかむ。それを合図ととった白波は、写真をポケットにしまい右手を地へと向けた。すでに朦朧とした頭で、残っている力をどうにか紡ぎ合わせる。自分にしか聞こえないような、小さな声で呟いた。
「テレポート」
麗牙光陰のメンバーさえ誰も知らない。白波の、第二の能力。
白い光が白波を中心に広がる。直後、4人の姿はその場から跡形もなくかき消えていた。薄い風が地で渦を巻き、やがて辺りに散って行った。