コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 2章 第4話『知る者、知らぬ者』(2) ( No.244 )
- 日時: 2012/08/13 06:11
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
風音駅へと続いている桜通りは、並木の繁った青葉のおかげでちょうどよく日陰ができていた。直射日光が当たらないだけでも随分温度が違って感じられる。木々が時折さわさわと音を立てるのも、耳に心地よい。そういえば、“あの”暑さを上増しするような蝉たちの声が最近減ってきたなぁ、と私はしんみりとした気分で頭上の青葉を見上げた。
今は放課後。時計の針はもうすぐ午後3時を回る。私はクラスメートの恵玲、静音と一緒に、駅に向かって桜通りを歩いていた。津波と美久は今頃部活で汗をかいていることだろう。私たちは私たちであまりさわやかではない汗をかいていたが、先程桜通りの日陰に入ってからは随分楽になり、しゃべる気力も戻ってきた。ふたりと言葉を交わしながら、流れる景色をぼんやりと見ていく。涼しげなワンピースが店頭に並ぶブティック、かき氷を前面に押し出した喫茶店、涼が目当てなのか吸い込まれるように屋内に入って行く人の波。正直その波に、自分も乗りたい。
「静音は涼しげだよねー。亜弓もそろそろポニーテールにしたらぁ?」
私がだらけたことを考えている脇でそう言ったのは、黒髪を2つに結っている恵玲である。彼女は手でパタパタと顔をあおぎながら上目遣いにこちらを見てきている。そのさらに隣を歩く静音も、ポニーテールを揺らしながらちょっと前かがみになって言った。
「言われてみれば確かにあーちゃん、ずっと髪おろしてるよね」
「う〜ん、そうですねー……」
言葉を濁しながら、私は何となく左手で自分の髪をすいてみた。生まれつき茶色いストレートの髪。一応左側だけ一部シュシュで結ってはいるが、ほとんど下ろしているのと変わらない。実際髪で覆われている首の後ろは、汗がじんわりとにじんでいたりする。本当は、風也が長い髪を下ろしている人が好きだからというのが理由のひとつだったりするのだが、さすがに恥ずかしくて言えなかった。
「なんとなくあんまりむすぶ気にならないのですよー。でも、体育祭はさすがに結んでいきます」
「ほんと? じゃあポニーにしてきてよ! 私あーちゃんのポニーテール見てみたい」
「そんな期待するようなものじゃないのですよー」
静音が眼鏡の奥の目を好奇に光らせるので、私は笑いながら首を横に振った。日陰に入ったとはいえ、声になかなか張りが戻らなかった。
その時である。後ろから足音が近付いてきたかと思うと、突然「ねぇっ」と呼び止められたのだ。驚いて振り返ると、そこに息を切らした町田美沙が立っていた。黒くて真っ直ぐな髪が汗で湿っていた。
彼女の急な登場にやや唖然とする私たち。そもそも彼女は私たちとは隣のクラス――一年三組の子なので、普段は全くと言っていいほど関わりがないし、まして後を追ってまで交わしたい会話があるという仲でもない。あるとしたら、そう、風也がらみの話くらいだ。……それが実に厄介なのだが。
目を真ん丸にして固まっている私たちを前にして、町田は息を整えつつ、唐突にこう言い放った。
「勝負しよ! 友賀さんっ」
――思わず口まで真ん丸くしてしまった。そんな私とは対照的に、彼女は白い頬を紅潮させ、ちょっとつった目に闘志の炎を燃やして続けたのだ。
「ほんとは学校で言おうと思ってたんだけど、会えなかったから……。友賀さん、体育祭で男女混合リレーに出るんでしょ!? あたしと風也くんもそうなのっ。だから、勝負しよ! 後ろから二番目が女子の最後だから、そこで一緒に出よ!」
しょ、勝負なんかしてどうするんですか、とたじろきながらも問いかけようとした私を、ある声がきれいに遮った。――無駄に楽しそうな、恵玲の声だった。
「わぁっ、勝負いいじゃん! 楽しそぉ〜っ」
思わず親友をにらむ。彼女は上目遣いにこちらを見ながら、ちろっと小さく舌を出した。