コメディ・ライト小説(新)

Enjoy Club 2章 第4話『知る者、知らぬ者』(7) ( No.276 )
日時: 2013/07/25 08:25
名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
参照: 白波出す予定だったけど変わりました^^;

「女を取り逃がしたぁ!?」

 たまり場が一望できる位置でドラム缶に片膝を立てて座っていた後藤は、部下からの報告を聞くと鸚鵡返しにそう叫んだ。うっすらとしか眉の跡が残っていない額に青筋が立つ。今にも殴りかかってきそうな体勢のトップを見て、部下2人は慌てて深々と地に頭を下げた。

「すっ、すみまっせーん!!」

 彼らの口からほとばしり出たあまりにも情けない声に、後藤はこめかみを震わせ、かかとで激しくドラム缶を蹴りつけた。

「ナメた謝り方してんじゃねぇ!」

 びくっと肩を震わせる部下2人。そしてそれを息をつめて見つめている十数人のメンバーたち。彼ら全員に意味もなく鋭いにらみをきかすと、後藤はドラム缶から腰を上げた。そのまま大股でミスを犯した2人に近付いていく。地を伝わって聞こえるトップの足音に、部下2人は大きな体を情けなく縮こめた。

 下橋を追い出さた後、この地――風音の繁華街から離れた一角――に巣くっていた不良グループに加わった後藤雄麻は、下橋を離れてからもやはり暴力で事をなす男だった。元々この地にたまっていた不良たちはそれほどケンカが強くはなく、後藤はものの数週間でグループのトップの座を奪い取ってしまった。彼と同年代の取り巻きは以前どおり無駄に力を振りかざし、まれではあるが下橋からついてきた年下の者たちはやはり以前どおり、後藤に意見をすることもできずに弱い者同士で固まっていた。下橋からの付き合いの者でさえそうなのだ。元々この風音の地にいた不良たちの扱いがさらにひどかったことは言うまでもない。要するに、下橋から追い出される前と大して変わらなかったのである。
 後藤は見た目からしてがたいのいい、いかにも強そうな男だった。明らかに地のものではない濃い黒髪をオールバックにし、耳の脇辺りに2、3カ所赤いメッシュを入れていた。蛇のような細く釣り上った目に、とがった顎。眉はもう何年も前からそりとられている。耳にはいくつものピアスがつけられていた。

 ただでさえいかつい顔を怒りに青白くさせた後藤は、2人の元まで来ると物も言わずにその脇腹を蹴り飛ばした。それでもまだ怒りがおさまらないのか、肩のところまで袖をまくった上着が肩からずり落ちていることにも気付かず、再び彼らに足を踏み出す。脇腹を押えてアスファルトの地面に転がっていた2人は、後藤の足音に気付いて慌てて飛び起きた。

「すすすすみません今度こそあの女を」
「もう手遅れなんだよっ。あの女が紫苑にこのこと言ってみろ! あのガキまた俺らをつぶしに来るぞ!」

 そう言ってぎりっと歯を噛み鳴らす。腹立たしいくらいに整った顔と透き通るような金髪が脳裏に浮かびあがってきた。今目の前にいる部下2人も下橋の頃から同じグループにいたメンバーだ。紫苑風也の尋常じゃない強さはその目で見ている。対等にやり合って勝てる相手ではないはわかっているはずだった。

「それなのにてめぇらときたら……! 最悪な状況じゃねぇか!」
「ひぃ」

 後藤がごつい指輪をいくつもはめた右の拳を振り上げると、2人は再び情けない声を上げて勝手によろけその場に尻餅をついてしまった。軽蔑のまなざしでそれを見、持ち上げた腕を下ろすと後藤は盛大に舌打ちをした。そもそも不思議なのが、なぜ男2人がかりであんなごく普通の女1人を捕まえてこれなかったのかということだ。まさかあの見た目で実はめちゃくちゃ強かったりするというのか。
 後藤は苛立たしげに顔をしかめた。今日は嫌なことの重なる日だ。つい数時間前にも、せっかく部下が持ってきた警察の弱みにあたる資料を何者かが取っていってしまったのだ。しかもその何者かはやたらケンカが強いうえに、辺りを急に真っ暗にしてしまうという怪奇現象まで引き起こしてきた。

 あまりにむしゃくしゃするので地面に転がっている部下の足を思いっきり蹴飛ばしてくるりと後ろを振り返ると、彼の右腕とも言える付き合いの長い男がそばに寄ってきた。後藤が上着の襟元を直しつつ目を合わせると、彼は切実な声音で言った。

「早めに手を打った方がよくないか?」
「あぁ、やっぱりもう一度あの女を――」

 後藤の考えに右腕の男が目で相槌を打った、その時である。突然、「よぉ」という場にそぐわない平静な声音が、辺りの張りつめた空気を一掃した。

「先日はどーも……って、2年も前だから全然先日じゃねぇか」
「おま……っ」

 嫌な予感とともに普段出入り口のように使っている路地を振り返ると、案の定今最も会いたくない人物がそこにいた。――紫苑風也である。かつて下橋にいたメンバー達は、脳裏に焼き付いている金髪を再び目の当たりにしてあんぐりと口を開けている。今までも恨みを抑えきれず下橋に人を送り込んだことはあるが、まず絶対に風也がいない時間帯だった。下橋を追い出されてから彼とこうしてまともに向かい合うことなど、ついになかったのだ。
 当の本人はというと、ポケットに手を突っ込んで物珍しげにぐるりと周囲を見回していた。味方を後ろに付けてきている様子はない。敵地に1人で乗り込んできたにもかかわらず、彼の顔には一片の恐れも浮かんでいなかった。その様子を見て後藤は戦慄していた。自信があるのだ、彼は。対等な条件であれば、自分達なんか1人で簡単にひねりつぶせる自信が。

 風也は気が済んだのかようやくこちらに視線をぶつけてくる。その寸前、後藤は固い表情のまま上着のポケットに何気なく手を滑り込ませた。