コメディ・ライト小説(新)
- Enjoy Club 2章 第4話『知る者、知らぬ者』(8) ( No.291 )
- 日時: 2012/11/17 07:49
- 名前: 友桃 ◆NsLg9LxcnY (ID: KZXdVVzS)
ブー、ブーと携帯のバイブ音が鳴っている。ブー、ブー。バイブ音は止まらない。ループでもしているのか頭の中で延々と鳴り続けている。それこそ違和感さえ無くなってくるほどに。他に音は何一つ入ってこないのに、その音ばかりがずっと……。
高い位置で結んだ黒髪はかなりゆるんで乱れている。視界を遮る邪魔な髪を払う様子もない。茫洋とした表情の白波は独り、細い道を歩き続けていた。道と言っても大して整備のされていない、足場の悪いところだ。しかも両隣りに迫りくるように立つ建物の壁は、薄汚れ、どんよりとした灰色。その壁と壁の間を冷たい風が吹き抜けていくようなそんな場所を、白波は足を引きずるようにして歩いていた。
――……天銀……
自分がどこを歩いているのかもわからない状態で、ただただ道の続く方向へと足を進めていく。すわった目つきで正面を頑として見つめているが、その目は決して前方の風景を映してはいなかった。ずっと白波が見つめていたのは、数時間前なのか数日前なのかもわからない、あの時の光景だった。人の命が目の前で絶たれた、思いもよらない姉とのつながりが無情に断たれた、あの光景。あの時間。それからすっかり、時が止まってしまったかのようだ。……いや、本当は動いているのだ。自分の周りの時間は、乱れることなく淡々と流れ去っているのだ。残酷なほどに、平然と。
自分の足が地をかむ音がふと耳に届いた。ゴツゴツとした足元。足を一歩引きずるたびに、小石がこすれる音が聞こえてくる。それに混じるのは、相変わらずのバイブ音。それでもやはり固まった表情は動くこともなく、ひたすら道なりに、足が向いた方向に進んでいく。少しするとうっすら自分の息遣いも聞こえてきた。冷たい汗が頬を伝うのを感じる。わずかに目を細め、ぼんやりとした頭で自分の息遣いに意識を向けると、細かな呼吸音が徐々に白波の目を現実に戻させた。
不意に、ピチャッという音とともに左のつま先が地を踏みそこなった。ゆっくりと一つ瞬きをして、足元に目を落とした。
――小さな湖だった。澄んだ水面に、自分の顔が映っている。白波は震える息を吸い込んで、ゆっくりとそれを、飲み込んだ。
強く歯を噛みしめて、白波は両方の手を握りしめる。左手の中で、くしゃりと何かが音を立てた。写真だった。園香と夜ゑと、そして姉の若菜が笑顔で写っている写真。園香が持っていたものだ。
もう、戻れない。そんな気持ちが白波の胸をよぎった。自分も、写真の中の彼女たちも、もう二度と戻れはしないのだ。
――……天銀……っ
水面に映る自分の瞳は憎悪に燃えていた。湖の淵に立ち、白波は長いこと水面を見つめていた。
ブー、ブー。
――……まただ
白波はゆっくりと目を上げた。また、いや、まだ鳴っている。白波は音を少し鬱陶しく感じながら、先ほどより幾分か落ち着いた表情であらためて周囲を見渡してみた。小さな湖をぐるりと囲む木々の葉は、鮮やかな赤や黄に色づき始めていた。木々は湖の向こう側にも深く続いており、自分の後ろの方に一ヶ所だけ奥の光が見える場所があった。そこには草のはらわれた小道ができていて、でこぼことした土は人の行き来を感じさせた。正面にある湖の表面は、周りの風景をきれいに映しどっている。木々の緑も、それに混じる赤や黄も、空のさらりとした水色も。そしてその画(え)の上に、陽の光を反射して白い光がちらちらと散っていた。これほどまでの彩に、白波はたった今ようやく気が付いたのだ。
服を通して、バイブの振動が伝わってくる。どうやら携帯が鳴っているのは少なくとも今は現実のようだと、白波は慌てる様子もなくそれを開いた。ウィル=ロイファーからの電話だった。白波のもう1人のリーダーだ。彼らには語れないようなことを犯した後だったからさすがに後ろめたい気持ちもおきたが、でもそれ以上に、救われている自分が確かにいた。